カテゴリー「雑記」の89件の記事

2010年12月26日 (日)

群像劇って難しいね 〜「黴菌」〜

先週、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出のお芝居「黴菌」をBunkamuraシアターコクーンで見てきた。出演者は北村一輝、仲村トオル、ともさかりえ、岡田義徳、犬山イヌコ、みのすけ、小松和重、池谷のぶえ、長谷川博己、緒川たまき、山崎 一、高橋惠子、生瀬勝久と、これまで見たお芝居の中では最も華やかな面々。北村一輝の公式サイトを経由して得たチケットは、最前列のほぼ真ん中席だったので、ミーハー気分に浸りながら舞台上を眺めていたのは言うまでもない。

最初に透明な幕が降りて、そこにオープニングクレジットが映し出される演出は初めて見たので感心した。お芝居の内容は、終戦を迎える昭和20年、兵器工場と脳病院を営んできた一家の豪邸を舞台にした群像劇。以下、演劇の楽しみ方がいまだよく分からない私ゆえ、辛口な感想かも。


群像劇とはいえ、登場人物みんなに均等に出番を振り分けすぎでは?と思った。物語の核となるのはおそらく名家の没落だが、登場人物それぞれの物語は名家であることとあまり関係がないので、核になりづらい。3時間半もある劇ながら、いろんなエピソードがうまく絡んでくることもなく肩透かしに終わった印象。一応、一家の兄弟がつながりを取り戻すというクライマックスが用意されているが、だったら最初からそこにもっと焦点を当てておけばいいのにと思った。

見終わって思い返すに、「兵器工場での事故で足が不自由になり、さらに好きな女性も一家の四男に奪われた元従業員が巧妙な復讐を企てて一家を破滅させる」または「精神科医の長男に騙されて新薬の実験台となった庶民夫妻が真相を知って一家を皆殺しにする」というミスリードな要素を含ませていたように思うが、それにしては不穏さや緊張感が足りなかった。

その原因は、おそらくお手伝いさん(池谷のぶえ)の出番がやたら多かったせいだ。出演者のなかで一番目立っていた。もしかしてコメディ版「家政婦は見た」みたいな劇を目指したのかしら?と思ったくらい。 しかし、彼女の笑える演技のシーンが、ベタだけど実は一番楽しめたのだ。


北村一輝の役は、悪そうで実は…といういつもと同じ役が振られていて、ファンには意外性も何もないものだったので、なおさらに物足りなさを感じたかも。というか、最近、お金持ちの家の生まれ育ちという設定の役ばかりなのはなんでですかね。野良犬みたいな育ちの役のほうが絶対に個性が生きるし、魅力的に演じられると思いますよ。
生瀬勝久と北村一輝の兄弟役はまた何かで見てみたいなあ。

2010年7月19日 (月)

長編ブラックユーモア小説 〜『ウサギ料理は殺しの味』〜

『ウサギ料理は殺しの味』ピエール・シニアック著/藤田宜永訳
(創元推理文庫 2009年)

フランスの田舎町で起きた連続女性絞殺事件。たまたま町を通りがかった元刑事の探偵事務所調査員が、ほんの好奇心から調査に乗り出す。やがて分かったのは、町のレストランで狩人風ウサギ料理が出された木曜日の晩に限って殺人が起きるということ…。


Femmesblafardes 若干ネタ晴らしをしてしまうと、町には個性的な面々がいて、彼ら彼女らの生活習慣が風が吹けば桶屋が儲かる式につながっているのが、殺人事件を招くからくり。しかし、この小説の本当の持ち味が発揮されるのは、そのからくりが分かり事件も落着した後のパート。

元は中公文庫から1985年に刊行された仏ミステリ。再刊のタイミングや邦題などからすると『麗しのオルタンス』の次を狙ったのだろうか。あっちはネコ好きもお墨付きを与える愛らしいネコ、こっちは狩りで仕留められたのちに調理されたウサギしか出てこない点で、結びつけるには無理があるけど…。その代わり、美食や性欲ネタが豊富に入っているところがフランスらしい。もちろんブラックユーモアのセンスもどっぷりフランス。ブラックユーモア小説というと、昔はローラン・トポール、ボリス・ヴィアン、イギリスのロアルド・ダールとかけっこう好きで読んでいたのでどこか懐かしい感じもした。


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こちらは1952年に書かれたアメリカ・ノワール小説の2005年邦訳版。マイケル・ウィンターボトム監督で映画化と聞き、積ん読してあったことを思い出して読む。

『おれの中の殺し屋』ジム・トンプソン著/三川基好訳
(扶桑社ミステリー 2005年)

テキサスの田舎町のしがない保安官助手ルー・フォード。愚か者をよそおう彼の中には、実は危険な殺し屋がひそんでいた。長年抑えつけてきた殺人衝動が、ささいな事件をきっかけに目を覚ます…( 文庫裏表紙より抜粋)。


Killerinsideme なるほどこれは出版された当時としては画期的、今のほうが無理なく受け入れられる犯罪小説というのが分かる。しかし、よりによって女性への暴力を抑えられないという、許しがたきデーモニッシュな主人公の最後あたりのつぶやきが、心の叫びのように思え、美しい小説に触れたとさえ思えてしまうのはなんでだろう(翻訳もうまいです)。男の一人称で綴られるこの小説、むちゃくちゃな理屈、矛盾さえも多いのに、たまにするどい真実を突いてくる。そして「おれ」の中には殺し屋もいるが、愛をちゃんと分かっている「おれ」もいる。




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今さらになってしまうが、チャバララの豪快なゴールで始まり、カシージャスの感極まった涙で終えた2010サッカーW杯、楽しみました。
サッカーのこの大会だけは若い頃からできるだけ観ている。サッカー通でもなんでもないので、いちばんの楽しみは強豪国以外のチームの番狂わせな活躍だったりする。もちろん今大会はそのうちの一つが日本だったのがダブルの喜び。ベスト8は奇跡でもなんでもなく可能だったと感じるところが惜しくてたまらないけれど、その、あと一歩の困難さってやつが、次のドラマを生むのに欠かせないのだ。
にわか本田圭佑ファンになってしまったので、ロシアリーグの試合をテレビで観ようと思ったが、今の住環境でのスカパー契約までの道のり、視聴料の高さから断念。ネット視聴で我慢します・・・これって違法? 今晩もあります。また夜更かしをしなきゃならない。


2010年1月 7日 (木)

頭とは関係なく心は動揺するのだ

職場の隣りのビル1階がコンビニで、他にろくに店のない地域だから、ほぼ毎日1回は利用している。
今日の昼休み、その店の前で男性二人が立ち話をしていた。片方は見るからにリッチな風采の中年で、場所に不似合いな感じがしたので、つい顔に目が行ったのだが、学生のときに付き合っていた男に似ていると思った。


その男とは、二股をかけられていたことが分かり決別したのだが、以来、学校でもなぜか一度も会うことがなくなった。なのに卒業して何年かして電話があり「今度結婚することになった」と言われた。突然の連絡だったので、「あ、そう」くらいの返事しかできず、「おめでとう」すら言う余裕がなかった。それが後々まで半ば恥ずかしく、半ば腹立たしい思いとして残った。

社に戻って「そういえば、あいつは今どうしてるのだろう」と名前を思い出し、興味本位でネット検索にかけたところ、ある会社の重役に同姓同名の人物を見つけた。
割と珍しい名前だからそうそういるわけはない。胸騒ぎがして、その会社のホームページで住所を調べてみたら……まさに隣りのビルではないか。そして、去年の暮れにそのビルに越してきたことが分かる。


それからもう動揺しちゃって、手もぶるぶる震えてしまって、今日の午後から家に帰って来るまでの記憶がほとんどない(苦笑 もうウン十年前のことなのに、社会人になってからのほうがいろいろあったのに、そんなのも全部ふっとんでしまうほどの衝撃を受けているのがなぜなのか、分からない。


なんとも憂鬱だ。今さら会いたかねーよ。しかし、次に遭遇するのは時間の問題という気がする。そうしたら向こうも気づくかもしれない。どっちにしろもう気軽に隣りのコンビニに行けないよ!マスクとメガネと帽子を用意しておくか?
なぜこんなに頑なになっているのかもまた分からないわけだが…。どうなのよこの大人げのなさ。自分も結婚して子供でもいたら、「こんな偶然もあるのね」で済んでいたかもしれない。今は気持ちを落ち着けようと、こうやって書いてみているが、落ち着いたら削除しよう。

2009年12月 5日 (土)

これぞ話によく聞く芸人の生き様

マキノコさんのブログに古今亭志ん生の本のことが書いてあったので、1冊読んでみました。

『びんぼう自慢』古今亭志ん生/小島貞二編集
(ちくま文庫)

「貧乏はするもんじゃありません。味わうものですな」その生き方が落語そのものと言われた五代目古今亭志ん生がこの世を去って三十有余年。今なお落語ファンを魅了してやまない師匠が、自らの人生を語り尽した名著。(文庫裏表紙より)


Binbojiman 大震災に空襲に満州足止め…、いろいろ大変な目に遭いつつも、妻子を抱え赤貧を生き抜くことに比べたらへでもないという調子で語られるところがいいです。そもそも貧乏の原因は、収入があるとその日のうちに「呑む、打つ、買う」に使ってしまうからだが、50、60歳近くまでそんな生活が続けられるというのは、秘めてるパワーが半端じゃないからだ。弱っちい人間は若いうちに日の目をみようとあせるが、本当にパワーがある人間は大器晩成と余裕でかまえて、生きたいように生きる。そして、落語の場合は、そのすべてが芸の肥やしになる。
ずっと文句もいわず付き添ってきた奥さんの苦労が、晩年は報われたようで、よかったよ〜。

マキノコさんがいうように、なめくじ長屋の話が特に面白かったです。湿気が高くて家の中も蚊となめくじがいっぱいで、壁にはなめくじが這った後が、きらきらと輝いて模様を作っているとか。

笑える貧乏話が好きな人はけっこういると思うが、なぜだろうかと考えると、貧乏も面白がってしまえるたくましさを眩しく思うのに加え、貧乏イコール束縛されない自由を想像して憧れるせいもあるからだろう。しかし、あくまでも、本当に困った時には助けてくれる人たちが周りにいる、そういう社会があるという前提があってのこと。今の社会は自分の明日のことばかりが心配で、そんな度量をなくしている。

ん?それは私か。


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最近ボケが進んでいる自分。特に11月はいろいろありすぎた。年齢によって一晩の睡眠くらいでは疲れが取れなくなっている状態で、緊張を要する仕事が重なると、脳が考えることを停止して、頭の中がつかのま空っぽになってしまうのだ。この症状はとってもまずい! 何度か冷や汗までかいた。

うちの会社のワークシェアリングはなしくずし状態。むしろ休業日は集中してやらなければできない仕事を家で片付けるのにうってつけ。人手が足りなくて、有給休暇も名目だけになっていると社員はみなブツブツ言っているが、そんなさなかの土曜日に、会社が旅費全額持ちでの全員参加の社員旅行(バスツアー)があり、私は寝坊をしてしまい当日キャンセル。そしたら理由が理由だからと、旅費は当月の給料から引かせてもらうと総務からの通知が来た。

…そりゃあ自分が全面的に悪いのは分かっちゃいるよ。でも、なんか納得いかない。減額される一方のお給料。これではますます気持ちが腐ってしまう。会社は来年も就業時間短縮制度を続ける意向らしいが、だったら社員旅行なんかやめてしまって、せめてそのぶんを給料に回してくれたらどうか。


そんな腐った気分をやや復活させてくれたのは、北村さん来年1月からの連続ドラマ初主演のニュース。おめでとうございますっ! 我がことのように目出度い! ほかに希望がないから余計に…あ〜典型的なおばちゃんのつぶやきでした。

2009年11月15日 (日)

otamatone

かわいいなあ〜、オタマトーン欲しいな。

Otamatone_2


http://www.youtube.com/watch?v=qecPQ0FB-64
↑最後の実演の選曲がナイス!

アマゾンで売ってるらしいが、自分のことなのでたぶん、ちゃんと弾けないうちにすぐ飽きる。
忘年会のビンゴゲームの賞品ならいいかもしれない。

2009年10月27日 (火)

ライトアップ

職場の引っ越した先が東京タワーの近くなので、退社時は駅まで歩いて15分、毎日ライトアップされたタワーを仰ぎ見ながら帰るのだ。これがなかなかいい。
今のこの時が、何年何十年もたった後で、このランドマークを再び見ることで思い出されると考えると、しみじみとしてくる。未来から自分を眺めている感じが、毎日ライトアップされたタワーを見るたびにする。そうやって想像して楽しんでいるにすぎないが、私の生活の中の唯一の「ほのぼの」タイムではないかと思う。


今日みたいに、雨天で雲が低く垂れこめている日のタワーも面白い。尖塔のほうが煙って見えなくなっていて、その周辺の雲だけがぼーっと明るくなっているのが神秘的。台風の日は流れる雲が、炎のように渦巻いて見えたのが不気味でよかった。


しかし、ライトアップの光の色が、夏は涼しげな白、冬は暖かな黄色が基調になるのは知っていたが、それ以外にも、週末や時間帯などによってライティングの形や色が変わるのだ。今夜は青緑だったし、オリンピック開催都市が決定する前の日は五輪をイメージした色使いになっていた。あまりに頻繁に変わると、テーマパークみたいでちょっとどうかなと思う。

唯一、乳ガン早期発見キャンペーンの日の、全面が紫がかったピンクのライトアップの日は、日常離れした美しさで見とれた。職場から駅まではオフィスがあまりないせいか、いつもは歩いている人もそれほど多くはないのだが、この日は交差点のところに黒々と人だかりがしていて、何かあったのかなと近づいてみると、みんな立ち止まって携帯電話をタワーのほうに掲げて写真を撮っていたのだった。私がその人たちを見物している間に、入れ替わり立ち替わりざっと4、50人はいたかな。

タワーを見るのを忘れて、その人たちを見ていた私は、実はその人たちが羨ましかった。この人たちはそうやって撮った、たわいもない写真を見せる相手がいるんだというのを想像して、振り返り自分はと考えて少しさびしい思いがした。


手ぶれでボケボケの写メール、私も送りつけてみていいすか?


2009年10月15日 (木)

ジーンズが格安で誰が喜ぶの?

今朝のテレビのワイドショーで不愉快だったのが、業界最安値ジーンズの話題と、それに対するレポーターたちのはしゃぎっぷり。
いったい生活の中でジーンズがどれほど重要だというのか。簡単に消耗するものでもないし、安いのを何本も持っていたって仕方ないでしょ。テレビでは貧乏人の味方みたいにレポートしているけど、単なる客寄せ商品なのは誰もが気づいてるし、なのに「安いよね〜、うれしいよね〜」って大はしゃぎ・・・バカにしてんのか。

むしろ貧乏人は、こういう大してありがたくない価格破壊が、やがて自分たちの首も絞めることになるのを恐れてますよ。ちょっと前だと、スーパーでの生鮮食品の袋詰め放題。いかにたくさん詰め込むかをテレビでやってたけど、あれも実に不愉快だった。


2009年8月 5日 (水)

田舎ではおかしなものが流行っている

1〜2年に1度、お盆かお正月に帰省して集う高校時代の仲良しグループ(7名)があるのだが、そのうちの2人がマルチ商法にはまったらしい。
私にも、携帯電話ビジネスのお誘いと、意味不明なチェーンメールが送られてきたが、地元の仲間は健康食品などを押しつけられたり、しつこく講演会に誘われたりしているという。やっていることが手広い…、いったいどんな団体なのだ。


そんな状況なので、この夏に予定されていた集まりはお流れとなった。ウン十年続いてきた仲、崩壊の危機!

しかし、それ以前に私自身は、お盆の真っ只中の日曜日に職場の引っ越しがあるため、今年は参加できなかったのだった(…つくづく従業員にやさしい会社だよ)。

2009年5月31日 (日)

Doblogが!

うわ〜、予告どおり、消滅。

http://www.doblog.com/

5月末日(深夜)がその日と勘違いしていたんで余計に動揺した。

自分のブログより、自分を含めてあそこを利用していた人たちのブログが全部いっぺんに消滅してしまったことに動揺する。交流はごく少なかったほうだが、帰属意識はしっかりあった模様。

思い出のよすがとなるものが何も残らないというのはけっこう衝撃的。
さよならを言いたいが、もはやどこに向かって、何に対して言ったらいいんでしょう。

2009年5月20日 (水)

強制するなよ。

いっそマスクも「医師の処方箋がなければ着けてはいけない」ってことにならないかと願う今日び。日本の反応は異常だと自分も思う。
そのうち街でマスクをしていなかったら、刺されちゃったりしてね。


話は変わって「NHK歌謡コンサート」が面白い。
いままで年配向けの懐メロ番組だと思ってまともに見たことがなかった。昨日は「花」をテーマにした曲の特集だった。そこで「すみれ色の涙」を歌った岩崎宏美のすごさを再認識。やっぱり本物の実力、本物の才能をもった人の歌はいいですね!
「紅い花」をギターの弾き語りで披露した五木ひろしもさすがだった。もうずいぶんしばらく物まねされる有名人のイメージしかなかったのですが。

あと、門倉有希が歌った「鬼百合」の歌詞が受けた(笑
http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=77400
ラップのネタにいかがですか?

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