カテゴリー「旅行・地域」の31件の記事

2010年2月28日 (日)

冬の金沢

Kanazawa_0220

2月の第1週に、久しぶりの出張で金沢に行ったのだ。
ちょうど日本海側が大雪の日で、行きの越後湯沢発の列車が大幅遅れ。翌日の帰りも運休列車が多くて、ついでに観光でもして帰ろうと決めてもう1泊。しかし、その翌日も日中は全面運休で、結局は米原経由で帰ってくることになったのだ。


しかし、うちの職場、泊まり出張でも交通費と宿泊費実費しか出ない。食事代のほかに1日2000円の出張手当がついた前職場のほうがいろいろとマシだったな。

時々青空がのぞいたかと思うと、たちまち吹雪になる天候の中を歩き回り撮った写真を少しフォトページにアップしたお。
ブーツが浸水でぐしょぐしょになり、ダメになってしまった。

http://himehikage.cocolog-nifty.com/photos/kanazawa20102/index.html

2009年5月15日 (金)

奈良旅行

4月初めに友人と奈良へ旅行しました。


そう、ちょうど、興福寺の阿修羅が東京へ来たのと行き違いに奈良へ…。さかのぼること昨年暮れ、地下鉄で阿修羅展の予告ポスターを見て「奈良はそれでいいのか、観光目玉なのに」と噂したことがあったのに、ころっと忘れて計画を立てるところが相変わらず抜けている。でも、代わりに奈良国立博物館で唐招提寺の秘仏、鑑真和上が見れました。


気候が暖かくなった頃ということでこの時期にしたのだが、初日は真冬の寒さがぶりかえし真そこ冷えたし、最終日は土砂降りになったのに加え、今年最悪の花粉症症状が出て、もうへとへとになって帰ってきた。鑑真じゃないけど、疲れすぎて目が見えなくなるという経験を初めてした。でも、あちこちの桜がきれいで良かったです。修学旅行生も少なかったし。


奈良を旅行で訪れるのは中学のとき以来だったので、2泊3日の旅は結局、観光の定番中の定番と思われるところだけ訪れて終わった。計画も立てずマイペースで動いていると、寺社などは2、3カ所回るうちに日が暮れてしまう。人におすすめされた新薬師寺と室生寺は行かずじまい。また近いうちに行きたいと思いました。


旅を振り返っていちばん感動したのは、最初に訪れた東大寺南大門の金剛力士像の大きさと、大仏殿の建物の大きさでした。子供みたいな感想です。でも、日本にあんなスケールの遺物があるのが新鮮な驚きでした。心のどこかで前回のエジプトの旅と比べていたかも。

Photo

*  *  *

さて、今回の奈良旅行の完結編として、先週末、東京国立博物館の阿修羅展へ行ってきた。旅行の続きという名目がなかったら、メディアがこぞって仏像ブームと騒ぎ立て、予想通りの混雑となったイベントなどむしろ避けて行かなかった。比較的空いている夕方をねらって行ったのに、とんでもない人混みだ。
八部衆のなかで阿修羅だけが個室展示になっており、部屋に入ると下りスロープがあり、そこから斜め下に展示スペースが見下ろせるのだけれど、もうそのまま素通りしちゃおうかと思ったくらいのおぞましい光景がそこに・・・。阿修羅像の周りを何重にも取り囲む人、人、人。いちばん内側の輪に陣取った人々は、ロックのコンサートみたいにその場にしがみついて離れない。人の流れが完全に止まってみえる・・・。
確かに見た目も美しい像だし、見に来ている一人ひとりは純粋に仏像が見たくて来ていると思うが、あれだけの集団となるとみんなつまらない人かどこかおかしい人に見える。もちろん自分もその中の一人。そもそも首都圏の人口が多すぎるのがいけないのだよね。ほったらかしの一極集中。これもまた計画性のない政策のおかげ。

2008年2月23日 (土)

古すぎてよく分からないエジプト

2月中旬の10日間、ナイル川沿いの名所巡りという典型的なエジプト観光ツアーに参加してきました。参加者は15名。成田からカイロまで直行便なのに約15時間! なぜ? エジプト航空の機体が小さいから?
ツアーでの海外旅行は2度目ですが、今回も湿布薬やら下痢止めやらをもらったり、同行の方々にはお世話になりました。心配していたお腹の調子が悪くなったのは最終日だけで、エジプト下痢と呼ばれるものだったかどうかは定かでなく、期待通りの楽しい旅で、遺跡も素晴らしかったですけど、まずは心に残ったモヤモヤから。

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さすがローマ時代初期からの観光地
エジプトを訪れる外国人観光客はここ数年急増で、年間1000万人を超える勢いだそう(日本人も多いといってもそのうち13万人)。おまけに2月は、朝晩は冷え込むとはいえ砂漠の遺跡巡りにはベストシーズン。予想はしていたけれど、主だった名所はどこも団体ツアー客で混雑。トイレも順番待ちで、ただでさえ短い見学時間が無駄にすぎていく!
また、エジプトではテロ防止対策として、外国人の観光客が都市間を陸路で移動する場合には、必ず「コンボイ」という車列を組んでの護衛付き移動に加わらねばならず、出発時間や都市間に点在する遺跡見学時間もコンボイによって決められてしまう。どこの国のバスツアーもみんな同じ時間に同じ遺跡に移動するわけだから、ますます混み合うわけです。

春は砂嵐。夏は猛暑。秋はラマダンで観光施設のオープン時間短縮。結局やはり冬に訪れるのが効率的なんだろうけど、この混雑の中で古代に思いを馳せるのは容易じゃない。

踊らされやすい自分に気付く
エジプトに限ったことではないが、遺跡はどこも500円から2000円の見学料金がかかるのはもちろん、レストランなど観光客が立ち寄るところはもれなくツーリスト価格。ツアー旅行なので、名所観光の合間にパピルス、アラバスタ、貴金属、じゅうたんといった高価な土産物の工房や店に立ち寄らされる。さらに移動のバスの中でも物品販売がある!(笑)買わなきゃいいんだけど、私もそれほど強くはないもので、気付けばなんらか買わされている・・・。とりあえずカードまでは使わずに済んだけど。

エジプトの土産物には大抵「本物」と「にせもの」があるらしく、それらが混沌としている。売ってる場所、値段も確かな判断基準にならない。様子見に店を覗いたり、商品にいったん目を留めたりしたら、売り子にしっかり捕まってしまう。定価がないのでとりあえず値切って買うが、大幅に値切ったつもりでも全然安くないことが後で判明してがっかりしたり…。
しゃくなので、最終日、余ったエジプトポンドを使い切ってやる!と空港でどうでもいい小物を買ったりして、記念の1ポンド札(20円)1枚以外使い切ったつもりが、家に帰ってきて洗濯しようとしたズボンのポケットから20ポンド札2枚が見つかったときは、今度こそ本当に力が抜けた。日本に帰って来てまでエジプト商魂に踊らされ続けていることに気付き、少々自己嫌悪。

見るところが多すぎる
遺跡で壁や柱のレリーフをじっくり見ている時間などありません。それこそポイントのみ。後でガイドブックなどを見ながら、チェックし忘れた!と気付くことしばしば。8日間ツアーより余裕の10日間を選んでもこの有様。また、イスラム化以降のエジプトにも大いに興味があったのに、バスから降りて見学できたのはカイロのムハンマド・アリ・モスクのみ。それだけ見どころが多すぎるのだ。紀元後の歴史遺産だってごろごろしてるだろうに、おそらくそんなもののにまで保存・保護の手が回らないのではないでしょうか。

しかし、せめてオールドカイロには行きたかった、コプト正教会やイスラムの建造物などがもっと見たかった。カイロで午後2時間ほど自由になったので、一人で地下鉄に乗ってオールドカイロまで行くことを計画したが、当地の地下鉄事情がつかめない(以前にスペインの地下鉄でひったくりらしき人に付けまわされ怖い思いをした)。英語の標識がなかったりして夜の集合時間までにホテルに戻ってこれないとまずいと思いあきらめた。けど、やはり思い切って行けばよかった。そのために余裕のありそうなツアーを選んだのに…。


現代エジプトについては、終始同行していた現地旅行会社のガイドからいろいろ話が聞けて楽しかった。額には敬虔なイスラム教徒の証し、毎日の祈りでじゅうたんにこすりつけて出来たアザがくっきり。流暢な日本語を話し、仕事熱心なのはいいけれど、いったん話し出したら止まらない。しかし、笑うとチャーミングな方で、エジプト人の誇りとか、イスラム教徒として豚に対しては真剣に嫌悪感を持っていることなどが、言葉の端々からうかがわれて面白かったです。

※旅行記と写真はサイドバーにまとめました。

2008年2月20日 (水)

キーボードがうまく打てない

エジプト旅行の日程半ば、神殿遺跡で転んで、左肘を捻挫しました。何かの呪いだったら面白いのだが、それは自意識過剰ってもの。
今はゆっくり折り曲げができるようになったものの、少しでも肘をひねると激痛が走ります。パソコン入力にも時間がかかる。キーボードに対して左手が空手チョップ状態。

あと、自覚はなくても時差ボケらしくて、今日は昼間にコンビニ弁当を買いに行ったら、店で温めてもらっているうちに弁当を買ったことを忘れて会社に戻ってしまうし、帰りの地下鉄で降りる駅を2駅やり過ごすし。
気分的にもまだエジプトにいるようで、凡庸な表現だが、心にぽっかり穴が空いてしまっている気もする。
それだけいろいろ疲れた。いろいろ後悔。だからもう1回行きたい、エジプト。

2008年2月 9日 (土)

お知らせ

旅行でしばらく留守にします。
十中八九、下痢になるだろうことが一番の心配。
老後の生活資金がまったく貯まっていないという深刻な問題はさておき。

2008年1月12日 (土)

予習

いやぁ驚いたなぁ。そんな裏技が使えるとは。もうすっきり一院制にしようぜ。って、そんなことちらっとも議題にものぼりそうにないね。


2月にエジプトに行くのです。ずっとイランに旅行するつもりで、時期も参加するツアーも決めていたのだけど、リビアの砂漠ツアーに突然心変わりし、でも、やっぱり北アフリカまで行くなら基本のエジプトに行くのがまず先だろうと、再度変更しました。イランを止めたのは、誘拐事件のせいでもアメリカの対イラン政策のせいでもなんでもなくて、単に寒い時期に同じ寒いところに行くことはないと思ったからですが、真冬のエジプトも日中以外は東京とあまり変わらない寒さとか。何を着ていったらいいか迷います。


エジプトといっても、古代遺跡よりはイスラム最大の都市カイロのほうに興味があって、まず読んでみたのがこれ。

『ある夜、ピラミッドで』田中真知著
(旅行人 2000年刊)

Fi2621528_1e ひょんなことから1990年から足掛け8年、カイロに暮らした著者による滞在中の印象的な出来事、出会った人々などについて綴ったエッセイ。
特にエジプトフリークというわけではない著者の、ある程度に距離を置いた視線と、しかしどんな不条理なこと、ばかげたことも異国の文化としてできるだけそのままに受け止めようという姿勢が、かの地を非常にイメージしやすい読み物に仕立てていると思いました。
しかし、社会的なルールなどあってなきが如く、人々が感情をむき出しにして生きているカイロの町の混沌を、短期間のツアー旅行などで感じ取ることは無理でしょうか。その混沌のパワーの源は、エジプト人の人間性によるものではなく、貧困や失業、嫉妬などから生じる途方もないストレスかもしれないと著者は書いており、実際にその中に取り込まれそうになったら、好奇心よりも嫌な思いのほうが勝ってしまうかもしれません。

旅の前に先入観はできるだけ持たないほうがいいと思ったけど、これを読んだせいで、エジプト人と接するときの心構えができた気がする。・・・あれ、思いっきり先入観を持ってしまったかな?

2006年7月17日 (月)

中東のこと。

ブログはログインして書き始めるまでが面倒。
毎日あれこれ考えるけど、考えがまとまらないままに放ってしまう。

今はイスラエルに空爆されているレバノンのことが気になって
毎日ニュースをチェックしてる。
身近な北朝鮮のことよりそっちにより目が行くなんて、平和ボケもいいところだと
言われてしまいそうだが、レバノンは去年10月に旅したばかりなので、
自分なりに意見が言えそうな気がしてしまうのだ。
でも、実際にはここに書けるようなことは何も浮かんでこない。
レバノン知ってる、と言ってみても、しょせん旅行のための付け焼き刃知識だ。

日本でのニュース報道を見る限りでは、いつもどおり、軍事力を笠に着たイスラエルの
やってることのほうが一層酷いのではないかという印象は変わらない。
でも、イスラエル国民の中には、
他国の一般民まで巻き添えにする空爆攻撃をとても恥ずべきことと感じ、
こんなに憎まれる国にはいたくないと考える若者が少なくないというし、
キリスト教の信者が3割を超すレバノン国民には、
国内にいるイスラム教シーア派の武装組織こそ迷惑と考える人たちがいる。
イスラエル軍が、今日はついに北部のトリポリまで攻撃。
武器などの輸送経路まで、ことどとく空爆して絶とうという考えらしいが、
多宗教のレバノンが国単位で全面戦争に巻き込まれるというのは、
実際おかしな話だ。

シリアが絡んでくるのも時間の問題と言われているし、
誰か第三者が本格的に仲裁に乗り出さないと収束しない気がするが、
今、そんな影響力と意思を兼ね備えた人は世界にいるんだろうか?
エジプトとヨルダンあたりがイスラエルをなだめることができたら一番なんだろうけど、
ここまで大きくなってくると…。

2005年11月10日 (木)

ヨルダン気の毒。

アンマンの3つの欧米系ホテルで自爆テロ。旅行では、国も人々もとても穏やかな印象を受けただけにショック。現時点で57人の死者が出ているのに、テレビのニュースではあまり大きく報道されていない。中東でのそんな事件は珍しくもなんともないと思われているからだろうか。
それにしても、エジプトのシャルムエルシェイクでの同様の事件のときのほうがもっと騒ぎになっていたと思うけど。爆破は現地の夜9時に起きたということで、詳しい情報はまだこれからかもしれません。

アンマンにはイラク報道の記者だけでなく、イラクで働く外国人ビジネスマンがたくさん滞在しているという。それだけ安全であり、インフラなども整っている。港町アカバに向かう幹線道路では、イラクからの輸送トラックとさかんにすれ違った。ヨルダンはイラクと外国を結ぶ窓口であり、持ちつ持たれつの関係であると思う。一方で、この国は親米とか親イスラエルとか言われている。でも、あの地理的位置に加え、食糧・水の自給率が低く、石油資源もない国としては、国を維持するために必要なことをしているだけと思う。
周辺国との調和を第一に、平和を維持している国で、このような事件が起きることはありきたりの言葉だけど、やりきれないです。観光が重要な収入源となっている国なので、後遺症が残らないことを祈ります。

2005年10月31日 (月)

ヨルダン・シリア・レバノンでの通貨と言語

3国とも都市や観光地周辺ではドルが利用できるようですが、割高になるし、いずれにしろおつりは現地通貨。入国してから小銭として使用する分だけ、それぞれの国のお金に両替しました。

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ヨルダン通貨はヨルダン・ディナール(JD)で、1JD=約1.5ドル。ドルより強い! イギリスの委任統治下にあったため、ポンドに近いレートとのこと。言葉も英語がたいてい通じました。アラビア訛りの英語は日本人にはとても聞き取りやすい。日本訛りの私の英語も、イギリスに行ったときよりはすんなり通じていたと思うのは気のせいか。

結局、旅行中に使ったアラビア語は「サバーヒルヘール」(おはよう)、「アッサラームアレイコム」または「マルハバ」(こんにちは)、「シュクラン」(ありがとう)、「アフワン」(すみません)、「マッサラーマ」(さようなら)だけ。「アッサラームアレイコム」は畏まった挨拶で、ふだんはあまり使わない。そう声をかけると、向こうは急に真面目な顔つきになって「ワレイコムッサラーム」と返事してくるので、途中からなんだか申し訳ない気がしてきました。アラビア数字の表記は「0」と「1」と「5」だけ覚えた! 自慢にならない…。

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シリアでは、50シリア・ポンド(SP)=約1ドル。紙幣には歴史上の有名人や名所がデザインされている。この200シリア・ポンドはサラディンだ! ヨルダンでもそうだったけど、たまに今にも真ん中から2つにちぎれそうなほど、ボロボロになった紙幣が流通しています。

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ややこしいのがレバノン。1500レバノン・ポンド(LP)が約1ドル。桁が違いすぎて、買い物するときに頭の中でドルに換算するのが大変! 単位が大きいので結局コインは一度も手にすることなく終わりました。

シリアとレバノンはフランスの委託統治領だったため、英語よりもフランス語がふつうに通じる様子。観光客に対する挨拶も「アロー」や「メルシー」。ベイルートの大きなスーパーで買い物したときに、欲しい物があって店員に尋ねたら、英語の分かる店員を探すのに少し手間取ったりした。町なかの表記もアラビア語にフランス語が添えてあることが多かったです。

2005年10月21日 (金)

ヨルダン男性の目線が熱いぞ。

訪れた3国の中で、一番好きなのはヨルダンかもしれません。最初に訪れた国で、景色も何もかもインパクトあったし、わずかな時間だったけど、出会った人々も誠実な印象だった。というか、人なつっこく真っ直ぐ目を見つめ返してくる男性たちに惑わされっぱなしだあー。やばいすよ。なんだか20代になった気分で、バカ一人、浮かれてました。

ヨルダンでは街なかであまり女性を見かけず、たまにいてもベールですっぽり顔まで覆ってしまっているので、観光客の女性がいると、私みたいなオバちゃんでも視線が集中します。で、やたら話しかけられる。でもイヤらしい感じはなくて、話してみると大抵は穏やかな紳士でした。日本人だからボッてやろうという感じでもなかったし。どこへ行ってもトイレのドアのカギが壊れていたのが不思議だったけど、そんな些細なことはすぐに気にならなくなるほど、いい感じで素朴さの残る国だったなぁ。ヨルダン良かったです。

Fi1978876_1e 写真はマダバの街の鶏肉屋(?)さん。ヨルダン旅行記のしょっぱなにこのピンぼけフォトはどうかと思うが、現地で最初に話したのがこのお兄ちゃん。背が高くハンサムなうえに、照れた笑顔がめちゃチャーミング! 旅の期待はあらぬ方向へと高まりをみせたのでした笑

都市の治安は、ヨルダンとシリアに関しては特に問題もないように見えました。貧民地区はあるけど、普通に繁華街などは暗くなってから出歩いても危険はまったく感じなかったです。ラマダン月だったので夜の人出が多かったせいもあるかもしれません。前回の旅行先のスペインに比べたら、へでもないという感じでした。ただし、タクシーなどの料金ぼったくりや、お金をせびられることはあるらしいです。私は経験しませんでしたが。

アンマンでは夜、ホテルの近くの商店街をカメラ片手に歩いていたら、20歳前後の女の子たちが一緒に写真を撮ろうと話しかけてきました。ベール姿の印象に反してとても陽気で、東アジア人が珍しかったみたい。で、お互いに写真を撮りあったりしたわけだが、思い出として記憶に残るのは、こういう瞬間であったりするよね。

※旅行中に撮った写真はサイドバーの「マイフォト」にて公開。

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