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2015年3月21日 (土)

「愛情こそ、状況を一変させるものだ」〜『静かなる炎』『瘢痕』ほか

『静かなる炎』フィリップ・カー/柳沢伸洋[訳]
(PHP文芸文庫 2014年邦訳)

1950年、ブエノス・アイレス。ファシズムに心酔する大統領は、元ナチを大量に受け容れていた。祖国を追われた元ベルリン警察のベルニー・グンターも、この地に辿り着いていた。グンターは地元警察から、相次ぐ少女惨殺事件の捜査を依頼される。なぜなら、その手口が18年前ベルリンで彼が担当し、未解決に終わった殺人事件と酷似(こくじ)していたからだ。グンターは、地元警察も予想していなかった真相を突きとめる…(文庫カバーより)


Aquietflame ベルリンの私立探偵ベルンハルト・グンター・シリーズの5作目だそうで、といっても読むのは初めて。ハードボイルド歴史ミステリという感じで、いかにもハードボイルド探偵ものらしいプロットに加えて、アルゼンチンのペロン大統領や妻エバ(エビータ)、アイヒマンやスコルツェニーら亡命したナチ戦犯が主要人物として登場する。
ほとんどは史実を損なわない範囲の役割だと思うが、元親衛隊大将ハンス・カムラーもアルゼンチンに亡命していたことについては著者の創作ということになるのかな? ナチスについて詳しい人なら読んでいておっ!となったに違いない。さらにもう一人、有名なナチス将校がキーパーソンとして登場するのだが、たぶんこれは名前を挙げてしまうと読書の楽しさを損ないそうなので自粛。

主人公グンターが悪名高きアイヒマンと同じ船でブエノスアイレスに上陸するという序章で、これは面白そうと思った。世に山ほどある迫害されるユダヤ人をテーマにした小説と違って、追われたナチ残党の話ならそんなに重苦しい内容にはならないだろうと高をくくっていたのだ。でも、これが違った。1932年にベルリンで起きた少女惨殺事件の真相を18年を経て明らかにするのがメインと思いきや、同時にグンターはあるユダヤ人女性から行方不明になった身内を探すように依頼されていて、その結果が…。
アルゼンチンでもそんなことがあったんだと驚いた! あとで少しネット検索してみたが、資料がほとんど見当たらないということは、やはり証拠に乏しいゆえに史実として認められていないということだろうか。ここに書かれている規模が本当だとしたら、ほんの少し前の歴史ですら闇に封じ込めることのなんと容易なことよ。


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『瘢痕』トマス・エンゲル/公手成幸[訳]
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)

公園にぽつんと張られた白いテント。昨日まではそこに無かったテントの中に、まさかあんなものが隠されていたとは――酸鼻をきわめる女子学生殺害事件の発生に、ネット新聞社は色めきたった。どこよりも先に特ダネ記事をモノにするんだ! 火災で一人息子を亡くし、心と体に虚無を抱えたまま復帰したばかりの事件記者ヘニングも取材に奔走するが……はたして事件の真相を暴けるか?(文庫カバーより)


Skinndod ノルウェーのオスロを舞台にした事件記者ヘニング・ユール・シリーズ第1弾。記者といってももはや紙ではなくネットメディアのほうである。紙の新聞以上に速報性を要するという…。読者にとっては便利な時代だけど、記者は大変だろうね。新聞社系のサイトですら校閲を省いて誤字は当たり前、誤報なんかもときどきあって後で削除されたりしているのを目撃すると、記者はなにをもってプロフェッショナルの矜持を保てるのか、他人事ながら同情します。
注)というようなことが本書に出てくるわけではありません。

ヘニングは自宅の火災で一人息子を失い、それがもとで妻とは離婚。自身もベランダから飛び降りた際の怪我で2年間のリハビリを経てようやく職場に復帰するところから物語は始まる。
顔に人目を引く火傷の瘢痕があるのがトレードマークとなるのだろう。しかも、復帰した職場「123ニュース」では部下だった女性が上司になっており、同僚には元妻の現在の恋人がいるという。何重ものやっかいを抱え、ときに困惑しつつ、出世とは距離をおいて、現場主義でもって一匹狼のごとく仕事を進める主人公は、この手の小説を本当の意味で面白くする素質が満載。実際、本書はミステリとしてはそれほどでもなく、でも主人公の魅力で十分に補っていると思う。
警察内部の情報をヘニングだけに流してくれる謎のチャット仲間の存在、ヘニングとは疎遠の今は大臣となっている妹など、周囲に配置された人物との絡みも今後を期待させる。

さて、事件については、移民の増大によって欧州に広がるイスラム恐怖症、その恐怖を煽るもの、理解できないものの象徴としてパリ銃撃事件でも話題になったシャリーア(イスラム法)に基づく処刑法が題材に盛り込まれている。国際ニュースといえばイスラムの名を借りた武装カルト集団がトップに来る。日本人にもまさに今を感じさせる題材になってしまった。


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『神の火』髙村薫
(新潮文庫 平成7年文庫化)

原発技術者だったかつて、極秘情報をソヴィエトに流していた島田。謀略の日々に訣別し、全てを捨て平穏な日々を選んだ彼は、己れをスパイに仕立てた男と再会した時から、幼馴染みの日野と共に、謎に包まれた原発襲撃プラン〈トロイ計画〉を巡る、苛烈な諜報戦に巻き込まれることになった…。国際政治の激流に翻弄される男達の熱いドラマ。全面改稿、加筆400枚による文庫化(文庫カバーより)


Kaminohi 原子力発電所が出てくるミステリということで以前からおすすめされていたのを読む。まあとにかく原発の構造などの描写が緻密で、頭で思い描きながら読むにはかなーりハードだった。小説を書くためにここまで調べて知識としてこなれるまでになるというのはやはり特異な才能なんじゃないでしょうか。
でも、島田の勤める小さな出版社や、十三の駅前の中華料理屋の場面など、日常的な描写は昭和を色濃く感じて楽しめた。

ストーリーは想像していたのとだいぶ違って、寒い国から来たスパイならぬ美青年パーヴェルを巡って、主人公とその幼馴染みの男二人が奪い合ってみたり、しかし最後は力を合わせて彼の夢を叶えるという、そっち系の愛が基調になったものだった。そう解釈しないと、島田はパーヴェルのことになるとなぜそこまで熱くなるのか、分からなかったもので。まあ、スパイの心理を理解するのは難しい。島田自身すらなぜ国を裏切るスパイになったのか15年考えても答えが出なかったらしいので。核の拡散以前に原子力技術そのものがカタストロフと感じていたゆえに、こういう自滅的な生き方の選択もあったのかな? 

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