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2015年3月

2015年3月30日 (月)

ありふれていない夏 〜『ありふれた祈り』『約束の道』ほか

子供を主人公にした家族の絆の物語をミステリの味付けで、というアメリカの十八番的な2作品。


『ありふれた祈り』ウィリアム・ケント・クルーガー/宇佐川晶子[訳]
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳)

あの夏のすべての死は、ひとりの子供の死ではじまった――。1961年、ミネソタ州の田舎町で穏やかな牧師の父と芸術家肌の母、音楽の才能がある姉、聡明な弟とともに暮らす13歳の少年フランク。だが、ごく平凡だった日々は、思いがけない悲劇によって一転する。家族それぞれが打ちのめされもがくうちに、フランクはそれまで知らずにいた秘密や後悔に満ちた大人の世界を垣間見る…(裏表紙より)


Ordinarygrace アメリカ探偵作家クラブ賞、バリー賞、マカヴィティ賞、アンソニー賞という全米4大ミステリ賞で最優秀長篇賞を受賞!となると、何がそんなに評価されたのか探らずにいられない笑 ミステリ読みのサガかも?

田舎町の草原広がる郊外、鉄道と川の交わる辺りでさほど時を置かずして見つかる3つの死体。さては連続殺人鬼でも紛れ込んでいるのか?と想像させながら、実は、人間は身近な人の死をどう乗り越えていくかという内面的な主題の物語だった。加えて、大人たちが抱える戦争の傷跡、ネイティブアメリカンや障害をもつ者への偏見など、社会的な要素を取り入れているのもポイント高そう。

主人公の父親が聖職者という設定なので、宗教的な話題も多い。物語のクライマックスは一家に訪れる小さな奇跡。この奇跡をどう受け止めるかで小説の印象が変わる気がする。自分はすんなりと受け入れた。この程度の奇跡を信じないと人生つまらないからね。40年後に飛ぶエピローグも爽やかで、ミステリとしては小粒だったけれど読後感は良かった。

「ありふれた祈り」というタイトルは、信心深くない自分にも理解できる、内容を的確に表した良いタイトルと思う。が、しかし、子供がひと夏で偶然にしても3人の死を体験するというのは、まったくありふれてないよね。


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『約束の道』ワイリー・キャッシュ/友廣純[訳]
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)

母さんが死に、施設に引き取られたわたしと妹のもとに、3年前に離婚して親権も放棄したウェイドが現われた。母さんからはいつもウェイドは野球に挫折した負け犬だと聞かされていたが、ほんとうはもっとひどかった。ウェイドは泥棒でもあったのだ。すぐに彼と盗んだ金を何者かが追ってくる。やむなくわたしたちはウェイドとともに旅に出るが…(文庫カバーより)


Thisdarkroadtomercy こちらは英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)受賞作。やっぱり少年と違って、総じて小説に登場する少女は賢く健気だと思わざるを得ないね!

物語はシンプルだ。舞台はアメリカ南部。時はサミー・ソーサとマーク・マグワイアがホームラン記録争いをしていた年ということなので1998年か。貧困のうちに母親が薬物過剰摂取で亡くなり、被虐待児童保護施設で暮らす12歳のイースターと7歳のルビーの姉妹のもとに、別れた父親ウェイドが訪ねてくる。父親は落ちぶれた元プロ野球選手で、娘たちに接することも禁じられていたが、ヤバい金を盗んだせいで、姉妹の身にも危険が迫り、一緒に逃亡することに。

登場する殺し屋が漫画チックなこともあり、サスペンスというには弱い。だから、親子が絆を取り戻すロードムービー的小説というのが正しいのだろう。しかも、その絆は共犯者としてのそれという形をとるのが洒落ている。
少女の機転がもたらす大逆転とか、そのまま映画にしてもいけそう。紋切り型な感動映画になりそうだけど…。


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『犬が星見た ロシア旅行』武田百合子
(中央文庫)

生涯最後の旅を予感している夫武田泰淳とその友人竹内好のロシアへの旅に同行して、星に驚く犬のような心と天真爛漫な目とをもって、旅中の出来事・風物を克明に伸びやかにつづり、二人の文学者の旅の肖像を、屈託ない穏やかさでとらえる紀行。読売文学賞受賞作(文庫カバーより) 


Inugahoshimita 面白かった! 百合子さんは、みんなが正面を見ているときに一人横を見ているタイプというか、決してひねくれているわけではなく、自分に価値判断に忠実に生きてる人という感じ。描写の表現も独特だ。
訪れた先々のトイレ事情、何を食べたか、お土産に何を買ったか、現地のお金でいくらしたかとかが綴られているから、私なんかでもかったるくなく読めちゃう。でも、この人の一番の関心事は、人なのかな。

海外旅行記というと今なら個人旅行だろうけど、この昭和44年(1969)当時は、旅先が旅先だからか観光ツアーに参加しての旅行記というのが逆に新鮮だった。ナホトカから飛行機を乗り継いで西に移動していくという、今もこんなコースのツアーあるのだろうか。

2015年3月21日 (土)

「愛情こそ、状況を一変させるものだ」〜『静かなる炎』『瘢痕』ほか

『静かなる炎』フィリップ・カー/柳沢伸洋[訳]
(PHP文芸文庫 2014年邦訳)

1950年、ブエノス・アイレス。ファシズムに心酔する大統領は、元ナチを大量に受け容れていた。祖国を追われた元ベルリン警察のベルニー・グンターも、この地に辿り着いていた。グンターは地元警察から、相次ぐ少女惨殺事件の捜査を依頼される。なぜなら、その手口が18年前ベルリンで彼が担当し、未解決に終わった殺人事件と酷似(こくじ)していたからだ。グンターは、地元警察も予想していなかった真相を突きとめる…(文庫カバーより)


Aquietflame ベルリンの私立探偵ベルンハルト・グンター・シリーズの5作目だそうで、といっても読むのは初めて。ハードボイルド歴史ミステリという感じで、いかにもハードボイルド探偵ものらしいプロットに加えて、アルゼンチンのペロン大統領や妻エバ(エビータ)、アイヒマンやスコルツェニーら亡命したナチ戦犯が主要人物として登場する。
ほとんどは史実を損なわない範囲の役割だと思うが、元親衛隊大将ハンス・カムラーもアルゼンチンに亡命していたことについては著者の創作ということになるのかな? ナチスについて詳しい人なら読んでいておっ!となったに違いない。さらにもう一人、有名なナチス将校がキーパーソンとして登場するのだが、たぶんこれは名前を挙げてしまうと読書の楽しさを損ないそうなので自粛。

主人公グンターが悪名高きアイヒマンと同じ船でブエノスアイレスに上陸するという序章で、これは面白そうと思った。世に山ほどある迫害されるユダヤ人をテーマにした小説と違って、追われたナチ残党の話ならそんなに重苦しい内容にはならないだろうと高をくくっていたのだ。でも、これが違った。1932年にベルリンで起きた少女惨殺事件の真相を18年を経て明らかにするのがメインと思いきや、同時にグンターはあるユダヤ人女性から行方不明になった身内を探すように依頼されていて、その結果が…。
アルゼンチンでもそんなことがあったんだと驚いた! あとで少しネット検索してみたが、資料がほとんど見当たらないということは、やはり証拠に乏しいゆえに史実として認められていないということだろうか。ここに書かれている規模が本当だとしたら、ほんの少し前の歴史ですら闇に封じ込めることのなんと容易なことよ。


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『瘢痕』トマス・エンゲル/公手成幸[訳]
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)

公園にぽつんと張られた白いテント。昨日まではそこに無かったテントの中に、まさかあんなものが隠されていたとは――酸鼻をきわめる女子学生殺害事件の発生に、ネット新聞社は色めきたった。どこよりも先に特ダネ記事をモノにするんだ! 火災で一人息子を亡くし、心と体に虚無を抱えたまま復帰したばかりの事件記者ヘニングも取材に奔走するが……はたして事件の真相を暴けるか?(文庫カバーより)


Skinndod ノルウェーのオスロを舞台にした事件記者ヘニング・ユール・シリーズ第1弾。記者といってももはや紙ではなくネットメディアのほうである。紙の新聞以上に速報性を要するという…。読者にとっては便利な時代だけど、記者は大変だろうね。新聞社系のサイトですら校閲を省いて誤字は当たり前、誤報なんかもときどきあって後で削除されたりしているのを目撃すると、記者はなにをもってプロフェッショナルの矜持を保てるのか、他人事ながら同情します。
注)というようなことが本書に出てくるわけではありません。

ヘニングは自宅の火災で一人息子を失い、それがもとで妻とは離婚。自身もベランダから飛び降りた際の怪我で2年間のリハビリを経てようやく職場に復帰するところから物語は始まる。
顔に人目を引く火傷の瘢痕があるのがトレードマークとなるのだろう。しかも、復帰した職場「123ニュース」では部下だった女性が上司になっており、同僚には元妻の現在の恋人がいるという。何重ものやっかいを抱え、ときに困惑しつつ、出世とは距離をおいて、現場主義でもって一匹狼のごとく仕事を進める主人公は、この手の小説を本当の意味で面白くする素質が満載。実際、本書はミステリとしてはそれほどでもなく、でも主人公の魅力で十分に補っていると思う。
警察内部の情報をヘニングだけに流してくれる謎のチャット仲間の存在、ヘニングとは疎遠の今は大臣となっている妹など、周囲に配置された人物との絡みも今後を期待させる。

さて、事件については、移民の増大によって欧州に広がるイスラム恐怖症、その恐怖を煽るもの、理解できないものの象徴としてパリ銃撃事件でも話題になったシャリーア(イスラム法)に基づく処刑法が題材に盛り込まれている。国際ニュースといえばイスラムの名を借りた武装カルト集団がトップに来る。日本人にもまさに今を感じさせる題材になってしまった。


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『神の火』髙村薫
(新潮文庫 平成7年文庫化)

原発技術者だったかつて、極秘情報をソヴィエトに流していた島田。謀略の日々に訣別し、全てを捨て平穏な日々を選んだ彼は、己れをスパイに仕立てた男と再会した時から、幼馴染みの日野と共に、謎に包まれた原発襲撃プラン〈トロイ計画〉を巡る、苛烈な諜報戦に巻き込まれることになった…。国際政治の激流に翻弄される男達の熱いドラマ。全面改稿、加筆400枚による文庫化(文庫カバーより)


Kaminohi 原子力発電所が出てくるミステリということで以前からおすすめされていたのを読む。まあとにかく原発の構造などの描写が緻密で、頭で思い描きながら読むにはかなーりハードだった。小説を書くためにここまで調べて知識としてこなれるまでになるというのはやはり特異な才能なんじゃないでしょうか。
でも、島田の勤める小さな出版社や、十三の駅前の中華料理屋の場面など、日常的な描写は昭和を色濃く感じて楽しめた。

ストーリーは想像していたのとだいぶ違って、寒い国から来たスパイならぬ美青年パーヴェルを巡って、主人公とその幼馴染みの男二人が奪い合ってみたり、しかし最後は力を合わせて彼の夢を叶えるという、そっち系の愛が基調になったものだった。そう解釈しないと、島田はパーヴェルのことになるとなぜそこまで熱くなるのか、分からなかったもので。まあ、スパイの心理を理解するのは難しい。島田自身すらなぜ国を裏切るスパイになったのか15年考えても答えが出なかったらしいので。核の拡散以前に原子力技術そのものがカタストロフと感じていたゆえに、こういう自滅的な生き方の選択もあったのかな? 

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