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2015年1月

2015年1月 4日 (日)

「すべてはセシリー・ネヴィルからはじまる」 〜『支配者』『養鶏場の殺人/火口箱』

『支配者 チューダー王朝弁護士シャードレイク』C・J・サンソム著/越前敏弥訳
(集英社文庫 2014年邦訳)

1514年夏。国王ヘンリー8世の巡幸に伴う弁護士業務と、北部で捕らえられた謀反人ブロデリックをロンドンに連行するよう命じられたシャードレイク。訪れた北部の町ヨークで、ガラス職人オールドロイドが王に関する不穏な言葉を残して落下死する現場に遭遇する。やがてシャードレイクが幾度と命を狙われる一方、ブロデリックの身も危うくなり…(文庫カバーより)


Sovereign お気に入りの歴史ミステリシリーズの3作目! 今作はヘンリー8世のイングランド北部巡幸に、主人公である亀背の弁護士シャードレイクと助手のバラクも同行し、行きは陸路、帰りはシャードレイクたちは途中から海路でという旅の工程が描かれる。

ヘンリー8世の5番目の妃キャサリンと廷臣トマス・カルペパーの密通という史実ドラマを交錯させながら、殺人事件および未遂に終わる謀反は、現在まで続くイギリス君主の正統性にかかわるもの(なんと!)であり、著者の史学への情熱もヒートアップしたのかも。これまで以上に歴史小説としての味わいを強く感じた。下巻巻末に添えられている年表までも面白く読めましたよ!

滞在先のヨークに先に入っていたシャードレイクたちが地元の名士らととも大規模な王の一団を迎える場面が印象的だ。ヘンリー8世は長身で、残忍な目をした怪物のように描写されているが、当時の人々の目を通したらそう見えて無理はない。畏怖するしかない人物だったのだから。そして、ここで印象づけられた国王の姿が、その後の小説の展開にある種の説得力を持たせることになる。歴史上の人物たちもしっかりキャラ付けされているのがすごいわ。単に登場するだけでなくてね。

ところで、シャードレイクを襲ったり謀反人の口を封じた犯人はあの人かな?と思わせて実は…というミスリードが、読み終えてみれば露骨すぎました。なのに騙されたよ。
訳者あとがきによると続編にはまた1人、シャードレイクの仲間が増えるようだ。すんなりとは信用しづらい人物なんですけどー笑 キャラクターが立っていると思えばよろしいか。


追記)そういえば、本の扉に「P・D・ジェイムズに捧ぐ」と書かれていた。目にしたのは亡くなって間もないタイミングだったので驚いた。どういうご関係だったのでしょう。


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『養鶏場の殺人/火口箱』ミネット・ウォルターズ著/成川裕子訳
(創元推理文庫 2014年邦訳)

1920年冬、エルシーは教会で純朴な青年に声をかけた。恋人となった彼が4年後に彼女を切り刻むなどと、だれに予想できただろう――。英国で実際に起きた殺人事件をもとにした「養鶏場の殺人」と、強盗殺害事件を通して、小さなコミュニティーにおける偏見がいかにして悲惨な出来事を招いたかを描く「火口箱」を収録。現代英国ミステリの女王が実力を遺憾なく発揮した傑作中編集(文庫カバーより)


Chickenfeed 「養鶏場の殺人」は実際に起きた事件を題材に、ミステリ小説入門用に書かれたとあって、すらっと読めちゃう。パラノイアの正体がじわじわと露わになり心理的に追い詰められていくところは、ルース・レンデルの小説にも通じるところがあるね。英国的かも。
そして、今はどうか知らないけど、舞台が養鶏場というも、借金抱えた夫婦が住み込みプラス安月給で雇われるというイメージ(その昔、新聞の求人欄からふくらませていたイメージ)が私には染み付いていて、人生行き詰まりという絶望感をいっそう増すのでした。

「火口箱」のほうは、物事は見る角度によってまったく違って見えるというのをうまく取り入れて、民族偏見などによるご近所のギクシャクした人間関係から生じていた陰湿な空気ががらっと様相を変えるのが面白い。いかにもウォルターズらしい仕掛け。
最終的にはアイルランド人の性格についての俗説が犯人を明らかにするヒントになるのだけど、そのことに気づくのが同じアイルランド人という設定であるから許されるんだろうね、これ。


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以上で昨年までに読んだ本。あと、文庫はこれも読んだ。

内田百閒『御馳走帖』(中公文庫)
須賀敦子全集の第1巻(河出文庫)
阿部謹也『中世を旅する人びと』(ちくま学芸文庫)

2014年刊行の私的ミステリー小説ベスト5は以下のとおり。該当するのは22作品しかありません…。順位はなく、読んだ順。

『逆さの骨』
『ネルーダ事件』
『カルニヴィア2 誘惑』
『死んだ人形たちの季節』
『支配者 チューダー王朝弁護士シャードレイク』

2015年1月 3日 (土)

「だれかがおれの人生のすべてを破壊しようとしている」〜『死んだ人形たちの季節』『刑事たちの四十八時間』

『死んだ人形たちの季節』トニ・ヒル著/宮﨑真紀訳
(集英社文庫 2014年邦訳)

取調べ中、呪術医オマルに暴力を振るい、休暇を取らされていたカタルーニャ州警察のエクトル・サルガド。復帰後、実業家の息子の転落死の調査を命じられ、バルセロナの街を奔走する。一方、オマルがおぞましい痕跡を残して失踪。呪術医の魔の手はどこに向かうのか? セックス、金、ドラッグ、いじめ、人権問題……さまざまなバルセロナの姿が複雑に絡み合っては浮かび上がる…(文庫カバーより)


Elveranodedosjuguetesmuertos バルセロナ警察三部作の第一部だそう。まずは珍しいスペインのミステリ小説ということでご当地らしさ期待したが、そっちは控えめ。ローカル色がさほどないという意味で普遍的、かつモダンな警察小説だった。主人公のサルガド警部をはじめ、相棒を務める新入りのレイラ・カストロ女性刑事なども、わりと辛口で好きなタイプです。

転落事故死と自殺と思われた2人の死が実は、という内容。うーん、なかなかにグロテスクな顛末だった。これはあれかな、ミイラ取りがミイラになるというやつ? ちょっと違うか。裕福な家族の軋轢、無関心が生んだ悲劇ですね。

もうひとつの出来事、アフリカ人少女の売春組織にかかわっていた呪術医オマルによるサルガド刑事への復讐は続編に引き継がれるのか、どうなのか。大きな謎を残して終わる。最終章でいきなり半年も過ぎているので穏やかではない。

ローカル色がないと書いたけど、スペインの格差社会が見え隠れするし、サルガド自身がアルゼンチン出身であったりと、南米やアフリカからの移民や出稼ぎが多そうな土地柄もうかがえるので、続編も楽しみに待つ。
そうそう、サルガド警部もこういった小説の主人公の例に漏れず離婚経験者だが、元妻の新しいパートナーが同性というのが珍しい。


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『刑事たちの四十八時間』アレックス・グレシアン著/谷泰子訳
(創元推理文庫 2014年邦訳)

英国中西部の炭鉱の村で、夫婦と幼児が突如失踪した。ロンドン警視庁のディ警部補とハマースミス巡査部長が捜索に派遣されたが、与えられた時間はわずか2日間。地下の坑道のため沈みゆく村を襲う原因不明の奇病、発見された不気味な目玉と血染めのドレス……。謎に次ぐ謎が刑事たちを翻弄する…(文庫カバーより)


Blackcountry 前作の『刑事たちの三日間』は、19世紀末、ロンドン警視庁に殺人捜査課ができたばかりという設定に新鮮味を覚えたが、田舎が舞台のこの2作目では、すっかりよくあるタイプの警察小説に。不気味な言い伝えが信じられている村というのも、わりとよくあるし。しかもそれほど効果的ではなかったような…。
しかし、メインとなる事件のほうの殺人犯の正体にはびっくりしたなあ…ちょっとずるいとも思ったけど、ゾッとした。その人物が鍵を握っているのは分かっていたんだけど、まさかストレートにそこに落ち着くとは。これってもしかして史上◯◯◯な殺人鬼か?

捜査に費やせる時間は2日間しかないのに、ハマースミス巡査部長は病に感染。しかも極寒の吹雪の中で、時間をロスすれば救える命も救えなくなるかもしれないというスリリングな状況なのに、なぜかディ警部補の身重の妻が炭鉱村までのこのことやってきて、捜査の邪魔をするのが解せず。いちゃいちゃしてないで早く捜査に出かけろって思った。
でも、こののんびりした感じがシリーズの個性といえば個性ですね。レギュラーの登場人物たちが終始楽観的であるのもそうかな。検査官とその知恵遅れの助手のほんわかした関係などは好きですが。

2015年1月 1日 (木)

「自由になりたければ、手を放せばよい」 〜『ピルグリム』『血の裁き』

明けましておめでとうございます。昨年のやり残しの読書メモ書きに元日を費やすという…


『ピルグリム』テリー・ヘイズ著/山中朝晶訳
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)

アメリカの諜報組織に属する10万人以上の諜報員を日夜監視する極秘機関。この機関に採用された私は、過去を消し、偽りの身分で活動してきた。あの9月11日までは……引退していた男を闇の世界へと引き戻したのは〈サラセン〉と呼ばれるたった一人のテロリストだった。彼が単独で立案したテロ計画が動きはじめた時、アメリカは名前のない男にすべてを託す…(文庫カバーより)


Iampilgrim タイトルになっている〈ピルグリム〉は、スパイとして数々の名前を使い分けてきた主人公「私」の最新のコードネームだ。内容を一言で片付ければ、最強の米国諜報員vs最強のムスリムテロリスト。なのに文庫3巻からなる長編! といっても軽めのエンタメ小説なのですらすら読めるよ。昔の映画の007シリーズみたいな。すっきりしない事件を一つ残して終わるのだが、これは続編の伏線らしい。

前職は身内を監視する立場であったことといい、小説の終わりで予告されるその後の生き方といい、主人公のキャラクター設定はリー・チャイルド作品のジャック・リーチャーに似ている。大きな違いは、その出自と懐具合かな。この点で、読者の共感度はリーチャーに軍配があがるかもしれないし、羨望でもってピルグリムの物語に現実逃避しやすいかもしれない。女性にモテるかどうかは今のところ不明。お色気シーンが一切出てこない言い訳のように、ピルグリムは実は女性が大好きで、女性たちからもセクシーと言われると自ら語らせる場面が出てきたのはなんだったのか笑

あと、こっちは世界を股にかけて活躍するところが違う。今作のメイン舞台はトルコのボドルム。最近人気上昇のリゾート地というのを、昨年なにかの記事で見た。新興の観光地には目ざとい金持ちの欧米人が集まる。こんなところもジェームズ・ボンド映画風。どうやら次は東欧辺りが舞台か?

そういえば、リー・チャイルド同様、著者はイギリス人。無敵タイプのアメリカ人を描いても嫌味にならないところは、そこが関係しているかもしれない。この小説については、ムスリムテロリストの生い立ちにもしっかりページ数が割かれているのが良かったと思う。


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『血の裁き』ロバート・ゴダード著/北田絵里子訳
(講談社文庫 2014年邦訳)

かつて高額な報酬に惹かれ、セルビア民兵組織リーダーの生体肝移植を成功させたことがある高名な外科医ハモンドの前に、リーダーの娘が現れた。大量虐殺を繰り返し、戦争犯罪人として逮捕された父親の財産の隠し場所を知る組織の元会計係を探してほしいという。半ば脅迫されたハモンドはハーグへ向かう…(文庫カバーより)


Bloodcount 題材となっているコソヴォをはじめ旧ユーゴスラビア紛争については複雑すぎてニュースだけ見ていてもよく理解できないところを、こういうスリラー小説を楽しみながら少しずつでも学べるのはいいね! オランダのハーグにある旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷がいまも継続中とか、ぜんぜん知らなかったもんね。訳者あとがきによると、著者のゴダードも一般の注目度の低下にショックを受け、人道に対する犯罪にもっと関心を持って欲しいとの思いをこの作品に込めたらしい。

主人公のハモンドは娘が一人いる男やもめだが、富も社会的地位もあるロンドンの外科医。13年前に高額の報酬で請われてベオグラードに赴き救った命が実はとんだ怪物であり、今はハーグで審理を受けていることに、自分には責任はないとしながらも後ろめたさは感じていた。まあ普通に善人だ。しかし、突然目の前に現れた女性から、同じく13年前に起き未解決のままになっている彼の妻が殺害された事件も、ベオグラードに起因があったという衝撃の事実を知る。ハモンドはまずは自らの保身のために行動を起こすが、やがて社会正義に目覚めていくのがこの小説の骨子。

ロンドンからハーグ、北イタリア、ベオクラード、さらにブエノスアイレスへと旅するハモンド。途中、驚きのどんでん返しあり、最後に再び強烈なアッパーを食らい、試されるハモンドであったが、彼の心にもう迷いはなかったようだ。

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