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2014年7月

2014年7月27日 (日)

楽しみなシリーズ 〜『監視対象 ―警部補マルコム・フォックス―』『春にはすべての謎が解ける』

『監視対象 ―警部補マルコム・フォックス―』イアン・ランキン著/熊谷千寿訳
(新潮文庫 2014年邦訳)

ブレック巡査部長の身辺を洗え。私は捜査を開始した。警官を監視する職業倫理班。忌み嫌われるイヌの仕事だ。だが奴には国際的な児童ポルノサイトに関与している容疑がある。時をおかず、妹の恋人が他殺体で発見された。何かが狂っている。やがて私は、北国の凍れる闇に足を踏み入れたことに気付いた――。美しく卑しきエジンバラの夜をゆく、マルコム・フォックス警部補、登場…(文庫カバーより)


Complaints イアン・ランキンの新刊が早川書房からではなく、新潮文庫で出てびっくりした。しかも、新シリーズ! 翻訳ミステリー小説でも新潮なら読んでみようというブランド志向の人が少なからず存在すると思うので(なんとなく)、これを機会に著者のファン層が広がり、ジョ ン・リーバス警部シリーズも再び注目されて、未訳のままの巻が読めるようにならないかなと期待しています。

さて、この新たなシリーズも、舞台はランキンのホームタウンであるエジンバラ。そして、主人公マルコム・フォックスの性格や佇まい、行動は、警察内での役職の違いはあるとはいえ、前シリーズの主人公リーバスにそっくりに思えたのは気のせいか? 私がまだ面影を引きずっているのか? アイロン・ブルーを愛飲しているところも同じだ。もっともスコットランドではコーラよりはるかに人気ある炭酸飲料水とのことだが。

主人公が似ているからといって、不満があるわけではまったくない。ランキンは登場人物を緻密に描きわけるというよりか、生理的に描きたいものを描くことで持ち味を発揮しているように思うので、この「感じ」にまた出会えたことがむしろ嬉しかったり。
なになに? 今後シリーズにはリーバスも登場してくるのか! 楽しみなような怖いような笑 リーバスは探偵になっているだろうか?


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『春にはすべての謎が解ける』アラン・ブラッドリー著/古賀弥生訳
(創元推理文庫 2014年邦訳)

復活祭まであと1週間足らず。前任者が失踪しちゃったため、フレーヴィアの姉のフィーリーが、教会の正式なオルガン奏者としてデビューすることになった。折しも教会に眠る聖タンクレアウスのお墓が、考古学研究のため開かれようとしているところ。その発掘現場に居合わせたフレーヴィアは、地下霊廟で、当のオルガン奏者のおかしな死体を発見してしまう。元気に調べはじめたけれど、その一方で、とうとう我が家が売り出されることになり…(文庫扉より)


Speakingfromamongthebonesjpg 化学大好き少女探偵フレーヴィア・シリーズ第5弾。もう、このシリーズは安定して面白いです。謎解きなんかは本当のところどうでもよくて(なぜかその点に関してはいつも狐につままれたような気分になるので)、読めば分かる文章の随所から染み出す滋味。

今作のフレーヴィアは、よりにもよって丑三つ時、懐中電灯を片手に、教会の墓地に掘られたトンネルの中を、埋葬物の残渣が皮膚にくっついたり、煉瓦で鼻を殴られたような悪臭にもめげず、探検するのだ。おまけに、殺人犯が待ち構えているかもしれないのに!
または、彼女は姉の一人が刑事と結婚すればいいと考えるのだが、その理由というのが「長い冬の夜、話すネタができるでしょ。はらわたとか、血糊とか、テトリー紅茶とか」(テトリー紅茶って何?!)だったりする。

しかし、殺人犯がどれだけえげつなくても、フレーヴィアがどんなに無謀な行動をしようとも、彼女が直接的な被害に遭うようなことは著者が絶対にさせないと分かるので安心。この点だけは、子供が読んでも大丈夫な小説だな…。

広大な古いお屋敷バックショー荘を維持できず、売ることを迫られている現在、フレーヴィアの家族たちや、フレーヴィアが伯父から受け継いだ立派な化学実験室がどうなってしまうかも大いに気になるところ。

そして、最終章での展開にびっくり。まるでテレビドラマのシーズン最終回みたいな終わり方じゃないか。次の「シーズン6」もお楽しみに!ってか。BBCでのドラマ化されるらしいのも楽しみ!

南米がベースとなった2作品 〜『ネルーダ事件』『ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密』

ハヤカワのポケミスは最近、国際色が豊かな気がする。


『ネルーダ事件』ロベルト・アンプエロ著/宮﨑真紀訳
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳

南米チリで探偵をしているカジェタノはカフェで、この稼業を始めるきっかけとなった事件を思い出していた。それは1973年、アジェンデ大統領の樹立した社会主義政権が崩壊の危機を迎えていた時のことだった。キューバからチリにやって来たカジェタノは、革命の指導者でノーベル賞を受賞した国民的詩人ネルーダと出会い、ある医師を捜してほしいと依頼される。彼は捜索を始めるが、ネルーダの依頼には別の目的が隠されていた。メキシコ、キューバ、東ドイツ、ボリビアへと続く波瀾の調査行。チリの人気作家が放つ話題作…(裏表紙より)


Elcasoneruda 恥ずかしながらネルーダが誰かも知らずに読み始めたよ…。映画「イル・ポスティーノ」に登場すると知って、「ああ」と思ったくらい。そもそもチリについてもワインが有名とか、何人かのサッカー選手の顔が思い浮かぶくらいの知識しか持ちあわせていない。おかげで濃い読書になったんじゃないかな。謎解きのワクワク感を期待すると肩透かしかもしれないけれど、手軽にその土地のことを学べるというのも翻訳ミステリーを読む楽しみの大きな要素なので、その点では満足度の高い小説だった。主人公がチリ人ではない設定も、チリや南米に詳しくない読み手には共感しやすく働いている。

ネルーダの女性遍歴によってその人生を浮かび上がらせながら、チリ・クーデターが起きたその日までを扱っているので、フィクションだけど、歴史小説としても読めるかな。実在の人物がたくさん登場するが、個人的にはキューバのクラリネット/サックス奏者のパキート・デリベラが登場し、巻頭の登場人物一覧にも名前があることを発見して「おおー!」となった。

ネルーダから探偵をやってみないかと誘われ尻込みするカジェタノにネルーダが教則本として手渡したのがジョルジュ・シムノン。カジェタノは調査に手を付けながら真面目にメグレ警部シリーズを読み進めるのだけれど、やがて混沌とした南米では探偵業も、メグレ警部の欧州のようにスムーズにいくわけがないと思うようになる。革命の闘志となる訓練を受けるためにカジェタノのもとを去っていく妻がブルジョワ出身という設定も、そういうものなんだろなと思わせて、面白い。

メイン舞台となっているチリのバルパライソは、歴史的な街並みが世界遺産にも登録されている港町。写真で見ても南米の情緒たっぷりのとても魅力的な舞台に思える。カジェタノ・シリーズは本国では7作品が刊行されていて、この本の冒頭、回想録に入る前に、私立探偵カジェタノには日系人のスズキという、ふだんは港湾地区で揚げ物屋〈カミカゼ〉を営む人物の助手がいると書かれているのも興味をそそる。貴重な南米ミステリーシリーズ、次も出たら読みたい。


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『ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密』トマス・H・クック著/駒月雅子訳
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳)

「ジュリアン・ウェルズという真摯な作家がいた。あの日、彼は自殺した――彼はかけがえのない友だった」犯罪・虐殺を取材し、その本質を抉る作品を発表したジュリアンは、死の直前もロシアの殺人犯に関する資料調査に没頭していたという。執筆意欲のあった彼がなぜ死を選んだのか? 親友の文芸評論家フィリップは、やがて友の周囲でかつて一人の女性が行方不明になっていたことを知る。フィリップはジュリアンの妹とともに手掛かりを追うが…(裏表紙より)


Crimeofjulianwells ニューヨーク在住のフィリップは、親友ジュリアンの自殺の動機を探して、その妹ロレッタとともに彼の生前の足取りをたどる。フランス、ハンガリー、ロシアなどを訪ね歩き、たどり着いたのは、フィリップとジュリアンが30年前に一緒に旅をしたことがあるアルゼンチン。当時、政情不安の真っ只中にあったその地に、事の発端がありそうなことは最初から匂わされていた…。

それにしても、ちょっとした驕りがとんだ惨劇を呼び込んだものだ。純粋すぎる人物の善意がかえって悲劇を生む典型とも。しかも、世の中にはその純粋さを利用する者たちがいる。
ジュリアンが自分の引き起こしたことをよく理解し、思い悩みながら、世界中の残虐な犯罪を取材して旅する作家になったというのが深すぎてよく分からないが、抱えていた苦しみの大きさは理解できる。クライマックスがいいね。幼友達の友情に帰着するところが、トマス・H・クックの作品らしい。

トマス・H・クックはたびたび読んでいるつもりでいたけど、このブログでは一度もメモしていないので、ずいぶん久しぶりだったみたい。
この小説は、冷戦時代のスパイ小説の類に分類されていいのかな?「人間はその人が抱く疑問でできている」とか、ところどころに印象に残るフレーズがあり、小説としても堪能できた。

2014年7月 4日 (金)

人間もやがて旧型になる商品 〜『地図と領土』

ネタバレしないで感想をメモる能力がないので、遠慮なく書いてます↓


『地図と領土』ミシェル・ウエルベック著/野崎歓訳
(筑摩書房 2013年邦訳)

孤独な天才芸術家ジェドは、一種獰猛な世捨て人の作家ウエルベックに仄かな友情を抱くが、驚愕の事件が二人に襲いかかる。謎をめぐって絢爛たるイメージが万華鏡のように炸裂する傑作。フランスで50万部を超えたゴンクール賞受賞作…(書籍帯より)


Lacarteetleterritoire 今の時代に花開いた天才芸術家ジェド・マルタンの生涯を、近未来にわたって綴った小説。
本作も面白かったー! 本の出だしの印象から、才能が枯渇した画家の苦悩が描かれるのかと思ったが、まったく違いましたね。そんな退屈なテーマでウエルベックが小説を書くわけないかな?

ウエルベック自身が小説の中に重要人物として登場し、とんでもない顛末を迎えたのにびっくり。あと、「…と『プラットフォーム』の作家は驚いた」とか「犬と一緒に『素粒子』の作者も現れた」とか、自分の作品名をあちこちに突っ込んでくるところが笑える。作家としての余裕を感じたわ。


世の中に背を向けているわけではないけれど、気づくといつも孤独に身を置いているジェド。何かに取り憑かれるように作品づくりに没頭しているとき以外は、老人ホームにいる父を思いやるなど、ごくありきたりの優しい青年に描かれている。無名だった彼の才能を見抜いたのは後に彼を愛することになる絶世の美女で、ほどなくジェドは流されるままに商業的成功を収める。しかし、その後もジェドの性格や孤独な生き方に揺るぎはまったくなく…。小説は途中で、刑事の視点によるミステリー小説となり、最後は近未来SFへと展開するが、世界の情勢や価値観が変わっても、ジェドは変わらず「世界を説明したい」というまったくのピュアな衝動のもと作品を生み続ける。

ジェドは、ある種、理想の芸術家なのかな? 自分は芸術の世界にはまったく詳しくないけれど、たまにテレビでアーティストと呼ばれる人たちのドキュメンタリーを見ると、作品を生み出す才能だけでなく、自分をどう見せるかを含め、プレゼンや営業能力にも長けていないといけないのだなと思っていたので、そういう努力とは無縁で、名誉やお金にもさほど興味を示さない、驚くほど冷静な(でもシニカルではない)ジェドのキャラクター自体が、何でも資本主義に取り込まれてしまう現代に対する皮肉に思えたし、そういう現代社会への疲労感も癒やされていく気もした。
寂しい生涯だったのかもしれないけれど、子孫を残すことなく朽ちていくのもこの小説にふさわしく、読み終わった後は妙に清々しかった。


現代を象徴するものとして、実在の人物や商品など固有名詞がいっぱい登場するので、特に人物のところはWikipediaをチェックしながら読んだけど、著者もあとがきでWikipediaに謝辞を捧げてたよ笑

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