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2012年4月

2012年4月21日 (土)

2組の夫婦の対比が面白い 〜「別離」〜

去年の7月で止まっていた映画メモ、再開!となればいいんですけど。


「別離」(2011年 イラン)

テヘランに暮らす夫婦ナデルとシミン。妻のシミンは娘の将来を考え、海外への移住を計画していた。しかし準備が進む中、夫のナデルは、アルツハイマー病を抱える父を残しては行けないと言い出す。夫婦の意見は平行線を辿り、ついには裁判所に離婚を申請する事態に。しかし離婚は簡単には認められず、シミンは家を出てしばらく別居することに。一方ナデルは父の介護のため、ラジエーという女性を家政婦として雇う。ところがある日…(allcinemaより)


Nadersiminseparation アスガー・ファルハディ監督・脚本・製作。昨年のベルリン国際映画祭金熊賞をはじめ、主要な欧米の外国映画賞をほぼ総なめにしたイラン映画が公開。都内ではたった1館って少なすぎるだろ?

ナデルとシミン夫妻はおそらく高学歴で生活にもゆとりがある。古いしきたりにそれほど縛られることもなく、きわめて現代的な考えの持ち主だ。対して、この夫婦とあることをめぐって裁判で争うことになる家政婦のラジエーとその夫は、貧しく保守的。妻はイスラムの戒律に背くことを死ぬほど恐れ、夫は家長としての面子が汚されることに激怒する。結局、この2つの夫婦の対立も平行線のままで、「嘘をついているのはどっちなのか」というミステリー要素もはらみ、会話中心の内容ながら最後まで緊張感を保ち、目が離せない。珍しく映画館で眠くならなかった!

対アメリカ・対イスラエル姿勢を明確に打ち出すなど、何かと話題のイランなので、その国の映画が欧米で評判となれば、イラン・バッシングを増長させる要素をもった内容なのかもと考えていた。たしかに刑罰の重さ、女性の境遇などイスラム国ならではの面はあったが、家族の問題については普遍的で、純粋に映画の出来の良さを評価されたらしいことが分かり安堵。
見終わって印象に残るのは、人知れず苦しんでいた娘のテルメー。両親の離婚に振り回される子供という、最近では忘れがちな、そして珍しくもないためかまずは映画のメインテーマになりにくい題材に思わず感動させられて、むしろすごく平和的な映画じゃないかと、ほのぼのしてしまったほどだ(戦争や犯罪映画、心が病んでる人の映画に比べればってことですが)。

この娘役の子がとても雰囲気が出ていて、あとで調べたら監督の実娘だった。ラジエーの幼い娘役の子も、いかにもイラン映画の子役らしい顔をしていて愛らしい。

映画館を出たところで、若い女性が友人と「ラジエーの行動が理解できない」と腹立たしげに話していたが、いや、あの女性は単に教育が欠けているだけと思えば、理解できる範囲。むしろ、アルツハイマーの義父をおいて離婚をしてまで、娘をつれて国を出たがるナデルのほうが身勝手じゃんと私は感じたけど、イランの国の事情を暗に示しているのかもしれずなんともいえない。ちょっとひっかかるところではありました。

2012年4月 7日 (土)

炎はその命を手放さなかった 〜『火焔の鎖』ほか

『火焔の鎖』ジム・ケリー著/玉木亨訳
(創元推理文庫 2012年邦訳)

「あたしは嘘をついた」新聞記者のドライデンは、知人であるマギーの死に際の告白を聞く。27年前、アメリカ空軍の輸送機が農場に墜落した。彼女は乗客の赤ん坊を助けだしたが、生後2週間の息子は死んだと語っていた。だが実際は自分の息子と死んだ赤ん坊をすり替えたのだ。なぜ我が子を手放したのか? 少女の失踪や不法入国者を取材しながら真相を探るドライデンは、拷問された男の死体を見つけてしまい…(文庫扉より)

Firebaby 観光名所としてはイーリー大聖堂が知られる、イングランド東部の沼沢地帯(フェンズ)の田舎町を舞台にしたミステリシリーズ2作目。1作目は、大洪水に襲われるこのフェンズという土地が、いくら描写されてもイメージしづらかったが、今作は大干ばつによる砂塵嵐が押し寄せてきて、やはりイメージしづらいながらも、泥炭地であることがいろいろやっかいな土地であることは分かったよ。

27年前の飛行機墜落事故、トーチカで見つかる拷問死体、闇で売買される未成年ポルノ、コンテナで輸入されるアフリカ人不法就労者、イラクでの後遺症を抱えているらしきアメリカ兵、前作に引き続き昏睡状態にあるドライデンの妻ローラが残した謎のメッセージ…。盛りだくさんのネタが最後にはひとつにつながって明かされるのがこのシリーズの醍醐味のようだが、ちょっと強引に韻を踏みすぎじゃない?と感じるところがあり(韻というのはキーワードのことだけど)、クライマックスの出来事は、その因果を思い、強烈なインパクトを付与するけれども、あんまり感心はしなかった。

でも、フェンズという馴染みのない土地や、細部の描写などに著者独特の感性が感じられて、不思議な魅力があり、たぶん次作も出たら読むかな。ドライデンとローラのその後も気になるしね。

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『ブラバン』津原泰水
(新潮文庫)

1980年、吹奏楽部に入った僕は、管楽器の群れの中でコントラバスを弾きはじめた。ともに曲をつくり上げる喜びを味わった。忘れられない男女がそこにい た。高校を卒業し、それぞれの道を歩んでゆくうち、いつしか四半世紀が経過していた―。ある日、再結成の話が持ち上がる。かつての仲間たちから、何人が集まってくれるのだろうか。ほろ苦く温かく奏でられる、永遠の青春組曲。(文庫カバーより)

Buraban この本を読もうと思ったのは、自分も高校時代は吹奏楽部だったのと、単行本刊行時の書評にあった以下の本書から抜粋に共感したからだ。
「名曲が郷愁と寸分なく合致した時、それは人を殺すほどの、あるいはもう一度生まれ直させるほどの力を持つ」

ん〜思っていた小説とは違っていた。「僕」が妙にさめているやつのせいか、これならノンフィクション小説のほうがよっぽど盛り上がるんじゃないかと思えるくらい、感動には乏しかった笑・・・私はベタな現実をつきつけられるだけの話などは今さら読みたくないんじゃー!!!
自分のブラバン時代が懐かしくなることもまったくなくあてが外れたが、まあそもそも青春小説と勘違いした私が悪い。
いちばん印象に残ったのは小説の筋ともテーマとも関係のないこの言葉。
「美しい音色は習得できない。出せる人間だけが初心者のうちから出せる」

2012年4月 1日 (日)

北の灯台に光が灯ると、ウナギ岬で誰かが死ぬ 〜『冬の灯台が語るとき』ほか

『冬の灯台が語るとき』ヨハン・テオリン著/三角和代訳
(ハヤカワ・ミステリ 2012年邦訳)

スウェーデンのエーランド島に移住し、双子の灯台を望む「ウナギ岬」の屋敷に住みはじめたヨアキムと妻、そして二人の子供。しかし間もなく、一家に不幸が訪れる。悲嘆に沈むヨアキムに、屋敷に起きる異変が追い打ちをかける。無人の部屋で聞こえるささやき。子供が呼びかける影。何者かの気配がする納屋……そして死者が現世に戻ってくると言われるクリスマス、猛吹雪で孤立した屋敷を歓迎されざる客たちが訪れる… (出版社Webより)

Nattfak エーランド島シリーズ第2弾。前作『黄昏に眠る秋』は個人的には昨年度読んだミステリ小説のナンバーワンだったが、「このミス」誌上で発表された上位54作にも入ってなかったわ。どういうこっちゃ。ぷんぷん。理由を考えてみたけど、一つ思うに、自分の中にこもっていたいダウナーな気分のときに読むとぴったりなんじゃないかってこと。読書するときの気分で小説の印象もだいぶ変わる。

そして、本作も面白かった! 前作との大きな共通点は、エーランド島という舞台(風土や歴史)はもちろん、身内を亡くした人が悲しみから立ち直るまでを描いている点だろうか。いくつものオカルト現象を取り入れているけれど、あと味は悪くない。共通する登場人物は、高齢者ホームに暮らす80歳過ぎのイェルロフで、またしてもいい働きを見せる。登場場面は少ないけれど、読み終わってみればその存在はでかかった。

それにしても、冬のブリザードは過酷だ。舞台となった地域は民家もあまりなさそうなところだし、昔はもっと不便だっただろう。いつもどおりグーグルマップを見ていたら、ウナギ岬に該当する地点に、骨だけになって横たわる古い船の写真が載っていて、あっ!となった。


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『アイアン・ハウス』ジョン・ハート著/東野さやか訳
(ハヤカワ・ミステリ 2012年邦訳)

凄腕の殺し屋マイケルは、ガールフレンドのエレナの妊娠を機に、組織を抜けようと誓った。育ての親であるボスの了承は得たが、その手下のギャングたちは足抜けする彼への殺意を隠さない。ボスの死期は近く、その影響力は消えつつあったのだ。エレナの周辺に刺客が迫り、さらには、かつて孤児院で共に育ち、その後生き別れとなっていた弟ジュリアンまでが敵のターゲットに! マイケルは技量の限りを尽くし、愛する者を守ろうと奮闘する…(裏表紙より)


Ironhouse この作家は『川は静かに流れ』『ラスト・チャイルド』に続いて読むの3作目。作風はどれも違うと思うが、どれも面白くてぐいぐい読ませる! それでも一番好きなのは『ラスト・チャイルド』。本作は凄腕の殺し屋が主人公なので、エンタテインメントと割りきって読むタイプの小説だね。まさか妊娠中のエレナまで、あんなエグい目に遭うとは。ハードでした。
あと、やっぱりアメリカには先住民のタタリみたいなのがあるに違いないと再び思った笑


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『水晶玉は嘘をつく?』アラン・ブラッドリー著/古賀弥生訳
(創元推理文庫 2011年邦訳)

ジプシーの占い師から、水晶玉に将来の姿が見えると言われたフレーヴィア。動揺のあまりちょっとしたアクシデントを起こしてジプシーのテントを炎上させてしまい、自宅の屋敷近くの林へ招待することに。その夜、屋敷に侵入した村の男を追い出したあとで、ジプシーに大変なことが起きているのを発見!…(文庫カバーより)

Redherring 11歳の化学大好き少女探偵フレーヴィアちゃんシリーズ3作目。2作目はいま一つ乗れなかったが、本作で盛り返したかな。本作もミステリ小説として構えると大したことないかもしれない。けど、何かすごくほっとするのだ。特にすぐ上のような小説を読んだ後だと…。作家が高齢で、ちょっと前の時代の暮らし描写の中に、祖父母の話を聞いているような懐かしさがあるせいかもしれない。

姉二人とは犬猿の仲で、「あたしの人生と比べたら、シンデレラなんか甘やかされたちびだ」などと意気がるフレーヴィアの、痛々しいほどの孤独がこのシリーズの基調にある。が、この3作目にしてようやく、いつも子供たちのことは眼中にないような父親や、意地悪な姉たちが、実際にはフレーヴィアの行動を心配しながら見守っていたり、誇りに思っていたりするらしいことが私にもはっきりとわかる部分があった。フレーヴィア目線で語られる物語なので、いままで気づいてなかったよー。(巻末にある中村有希の解説が、このあたりを鋭く突いていて申し分ない)。なかなかしんみりするラストでしたね!


 

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