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2012年3月18日 (日)

東も西も、北も南も、神のものである 〜『わたしの名は赤』『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』

深夜にサッカーばかり見てるせいで電車で居眠り。読書がはかどりません。


『わたしの名は赤』オルハン・パムク著/宮下遼訳
(ハヤカワepi文庫 2012年新訳)

1591年冬。オスマン帝国の首都イスタンブルで、細密画師が殺された。その死をもたらしたのは、皇帝の命により秘密裡に製作されている装飾写本なのか……? 同じころ、カラは12年ぶりにイスタンブルへ帰ってきた。彼はくだんの装飾写本の作業を監督する叔父の手助けをするうちに、寡婦である美貌の従妹シェキュレへの恋心を募らせていく…(文庫カバーより)


Watashinonahaaka 一度は読んでみようと思っていたトルコの作家。『わたしの名は紅』(藤原書店)が新訳で文庫化というので購入。こういうふうにミステリ小説の形式をとっていると、犯人探しの目的ができて、膨大な固有名詞登場に対する素養不足にひるむことなく読み進められるね。
でも、この小説のテーマは犯人探しなんかではなくて、16世紀のオスマン帝国で隆盛をきわめた細密画(ミニアチュール)の名人絵師たちが、自分たちとはまったく異なる技法(遠近法など)で描かれた西欧の絵画を知ることによって起きる心の葛藤。時代の変わり目において、滅びようとするものが最後の輝きを放つかのように、細密画工房の職人たちの修行の様子や、珈琲店に集う人々などイスタンブルの市井がこまやかに描かれていて、そこもまた魅力だ。

イスラム文化圏の絵画芸術についても、ほとんど知らなかったのでとても面白かった。偶像崇拝の禁止はよく知られるところだが、絵画も正当には認められず、その代わりに写本の挿絵(細密画)というかたちで絵画が発展してきた歴史があること。オスマンの細密画は中国とペルシャの系譜にあり、彼の地の高名な絵師の画風を忠実に写しとるのをよしとし、個性を出すのは邪道とされた。それによって、高貴な女性はみな細い目をもつ中国美人に描かれていることなど。

絵師たちが美少年を追いかける楽しみをたびたび語っているが、以前のイスラム圏では、女性を守るという名目でそっちは大目に見られていたらしい。最後の最後で、著者が自分自身をこの小説の中にこっそり忍び込ませていたことを知ってニヤリとする。


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『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』ジュノ・ディアス著/都甲幸治、久保尚美訳
(新潮クレスト・ブックス 2011年邦訳)

オスカーはファンタジー小説やロールプレイング・ゲームに夢中のオタク青年。心優しいロマンチストだが、女の子にはまったくモテない。不甲斐ない息子の行く末を心配した母親は彼を祖国ドミニカへ送り込み、彼は自分の一族が「フク」と呼ばれるカリブの呪いに囚われていることを知る。独裁者トルヒーヨの政権下で虐殺された祖父、禁じられた恋によって国を追われた母、母との確執から家をとびだした姉。それぞれにフクをめぐる物語があった…(書籍カバーより)

Oscarwao
ピュリツァー賞と全米批評家協会賞を受賞作。
少し前に読んだハイチが舞台の探偵小説『ミスター・クラリネット』でデュヴァリエ独裁政権について読み齧り、これは同じ西インド諸島のドミニカ共和国が舞台で、やはり登場する強烈な独裁者トルヒーヨ! 都市に権力者の名前をつける例はほかにもあるけれど、国で最高峰の山を自分の名前に改名してしまうほどだからどれだけやりたい放題だったかうかがい知れるってもんよね。で、半世紀にわたって日本国を相手に訴訟が続けられてきたドミニカ移民も、このトルヒーヨ政権時に渡航したんだと考えると心底ぞっとするわ。

オタクがはまりこむマンガやアニメ、SFやファンタジーには詳しくないので、ドミニカの暗い過去、一家が味わってきた苦難とともに、ポップカルチャーの軽やかさも備えたこの小説の複合的な面白さを感じ取れたかどうかは自信がない。本の帯にある推奨の言葉もあまりぴんと来ないんだけど、知らない国のことが豊富に盛り込まれた小説は好物なので、入り組んだ構成にちょっと戸惑いながらも楽しめた。

抑えつけるものから自由になろうとする中で壮絶な経験をし、アメリカに渡って女手で2人の子供を育て上げたオスカーの母親の描かれ方が強烈だ。そして、主人公のオスカーについては、最後に思わず発見できたものに感動する姿にしんみりきた。この終わり方はよかった。

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コメント

ひめさーん、こんばんは(◎´∀`)ノ

キャー、己で散々押しておいて
その己が半分でとまっているというありえない状況。。
(うっぅっ、許してください(u_u。))

だってだってだって
ダルがわたしを...って、まだ言ってるかっ(*`ε´*)ノ
っちゅー感じなんすけど。。
(我が家でダル=ダルジールですからね、ダルビシッシュ~う?、誰それ状態っす♪♪)

しかも、今西洋に疲れたのか
唐十郎の「佐川君からの手紙」しかも完全版読んでいる始末で。。

わたし、昔から男と本にはだらしなくて...\(;゚∇゚)/
↑まあ「男」部分は多少盛っていますが。。
本には、マジで節操なくて
でも、いいです「佐川君からの手紙」

フィンチャーのドラゴン
.....でした。
わたしはスウェーデン版のほうが好きです♪
(ミカエルもタイプだし。。はあと)

良し悪し含め
全てソフィスティケートされてるな。。って
(わたしは)思いまして...。

スウェーデンのドラゴンは
荒々しかったかもしれないし、女には見たくないシーンも多々ありましたが
作品自体がぬくいのです。
どんなにグロテスクな物語であっても、リスベットもミカエルも清いんです
(たとえ道徳的な生き方と反対であっても。。)

なんて、いつものごとし
記事とは関係ない駄文失礼しました(._.)アリガト

マキより(はあと)

こんばんは、マキさん!

この本、見た目よりはるかに読み応えありますよね。
著者の注釈にもびっくりだけど、決して読みやすくはなく思ったより時間かかりました。

「佐川君からの手紙」って懐かしい…。実は読んだことないけど(笑)
マキさんの読む本は、昭和の薫りが濃厚にする本が多いのはなぜだ? 若いのに。

男と本の関係…もしかしたら正しいところをついてるかも?
私の場合は一途ですけどね笑

フィンチャーのドラゴンは、結局見に行きそびれてますけど、私もスウェーデン版のミカエル好きですよー。
リスベットだけでなく、ミカエルもあの人のイメージがしっくりきてるから、ダニエル・グレイグと知ったときには違和感ありました。
スウェーデン版のミカエルは、ジャーナリストの役にぴったりです。
あちらでは有名な俳優なのか、ほかのスェーデンドラマにも出演していましたよ。

作品自体がぬくいか・・・人間くさいという解釈をさせてもらうとフィンチャー版は見ていないけども、同意させていただきます。

ひめさーん、こんばんはヽ(´▽`)/

今週は病院週間で(歯科大・整形・精神科)
明日は、久しぶりの精神科の主治医のとこに行ってきます。。
(女医なんですけど、同じ性だからわかる話もできる
非常にステキな女医さんなのです!)

↑どうやったら酒が減らせるか相談。。
って、どんな相談なんだか...ですけども\(;゚∇゚)/

>「佐川君からの手紙」って懐かしい…。実は読んだことないけど(笑)
>マキさんの読む本は、昭和の薫りが濃厚にする本が多いのはなぜだ? 若いのに。

よかったです、佐川君。
って、もうわたしも若くないっすよ。。
もともと、自分の生まれる前の作家が好きだったりして
まあ古臭い女なんすよ、わたしって。
後、昭和って
ものすごく猥雑な匂いがするというか
そんな匂いに惹かれるわたしは、ある意味そんな癖なんでしょうね。。
(だって今流行りの作家(例えば東野とか)についていけないんだもん...)

はあ~
トータルで古臭い女っすよ、わたしは。。
(でも、昨日病院の帰りに美容院によってカラー&ばっさりカットしてきてサッパリ気分っす♪)

記事と関係ないコメント
申し訳ないっす。。

マキより(はあと)

マキさん、こんにちは。今日はいい天気です!
自分のブログ、3日ほど開けて見もしなかったので、
マキさんの書き込みに気づかなかった。終わってる…。

女医さんに相談できたかしら。
精神科は行ったことがないので、どうしてもアメリカ映画の
普通のリビングみたいなオフィスで、ソファに座ってお話をするというのを
想像してしまうけども、普通の病院の問診するところと変わらないのかな?

昭和の猥雑か…。なるほどね。
あまり本を読んでいない私ですので、よく分からないんですが、
猥雑さの背景に恥をさらす覚悟が潜んでいるのが昔の小説というイメージで、
それが私小説かもしれないですが、今はそういう小説が、ベストセラーには
なりにくいんじゃないでしょうかね。

あと、私が海外の小説を読む理由のひとつとして、
日本のことは自分がそこに暮らしてるだけで十分という思いがあって、
でも逆に、海外と対比して日本のことが見えてくる部分があります。
同じことが「時代」についても当てはまるかも。

なんて言いながら、まったく見当違いな方向でごめんなさいw

私も昨日美容院に行ってきました!
何年も担当してくれた美容師さんが辞めるらしくて、
「10年間やってきて、疲れました」と言っていたのだけど、
最近その近所でやたら美容院が乱立していて、客が減っているのに気づいていたから
「そうだよね」というしかなかったです。

ひめさーん、こんばんは(◎´∀`)ノ

>自分のブログ、3日ほど開けて見もしなかったので、

そりゃ、今時の言葉で表せば「リア充」ってなもんで
うらやましいっすよ~♪
(わたしなんて病院ばっかで、時々深い虚無になるぐらいな人間ですから...泣)

>普通の病院の問診するところと変わらないのかな?

いや、ちょっと違うかな?
というか、わたしの知る精神科は、なんつーかいわゆるよく知る内科なんかとはちと違いますね。
わたしの通院する病院は
まず診察室に大きな窓があって、医師と患者の間に机があるんです。
ほどよい距離感というか。。
後は何もない、殺風景さなんですけど。。
それがわたしには良いというか。
昨日も散々泣いてきて、わたしが「ああ、泣いてスッキリしました」と言うと、女医さんが「わたしにはそれしかできないから。。」と。
わたしの場合特に薬が必要という訳でもなく(ここしばらく眠剤は飲んでますが)
ただ、たまった自己嫌悪を吐き出すというのか
駄目ですよね、いつまでたっても自分内でうまく処理できなくて。。(深刻)
昨日は、どれだけ自分は最悪で最低でズルい人間かを訴えひたすら泣く。。という。
(文章にするとほんとしょーもな...)
で、主治医はだまってティッシュの箱を目の前に置く。
(母親と同じぐらいの年かな?先生は)

↑って、ひめさんにとって
どーでもいい情報ごめんなさい( ´・ω・`)

>あと、私が海外の小説を読む理由のひとつとして、
日本のことは自分がそこに暮らしてるだけで十分という思いがあって、

ああ、その感覚はわかります。
わたしも十代の頃は「怪奇・幻想」コーナーに通いつめていましたから。。
後、例えば「家畜人ヤプー」とはよほど現実離れした物語に夢中になったり。。
その延長上で例えば漱石なんかが居たり
余りに時代が遠いと、現実感とは別のところで読書できるから。。
でも、ベッド暮らしが長くなると、
ろくな日常おくれないというか、どんどん現実と己が乖離していくというか、生きているという一番大事な感覚すら希薄になっちゃったりして。
そんな部分を埋めてくれるのが、わたしにとっての読書でもあって。
だから、わたしの場合
日本と海外、半々ぐらいかな?

>何年も担当してくれた美容師さんが辞めるらしくて、

あ、それはさびしいっすね。。
わたしの担当は四十代のおっさんなんですけど
(子供三人の父親でもある)
まだそんな年じゃないのに、最近糖尿病がみつかって
(´・ω・`)ショボーン
むしろスタイルの良い人なのに、だから余計大変みたいで。。
わたしの行く美容院もまわりは美容院だらけの場所なので(駅近しなので。。) もう大変みたいです。。
こんなわたしなのに、すごいマインド的にフィットする美容師さんなので
わたしより長生きして欲しい。。と願うばかりです。

マキより(はあと)


マキさん、こんばんは!

私がリア充ですと? 違う違う、単に怠け者。
何をしていたかわからないまま1日が終わる。
マキさんに比べたら自由になる部分が大きいですけどね、
基本的に一人でだらだらが好きなの。
最近はブログを開けずにツイッターばかり。

>医師と患者の間に机があるんです。ほどよい距離感というか。

取調室思い浮かべた笑
診察はアメリカ映画のカウンセラーと同じなんですね!

読書が日常の感覚を取り戻すものでもあるのかあ。
そういう視点は私にはありませんでした。
10代の頃は私も怪奇・幻想が大好きでしたよ。あとエロいやつね笑
それこそ警察小説などはまったく興味なかったけれど、
これは会社勤めを始めてからですね。

美容院の競争、どこも大変みたいですね。
以前から労働時間が長くて、給料はその割に少ないイメージでしたが、
いまはさらに条件が悪くなっているんじゃないかと。
美容師に限らず、いまは普通に稼ぐのが大変になっています。

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