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2012年1月

2012年1月22日 (日)

もう一つのトントン・マクート伝説 〜『ミスター・クラリネット』ほか

『ミスター・クラリネット』ニック・ストーン著/熊谷千寿訳
(RHブックス・プラス 2011年邦訳)

生きて連れ帰れば1000万ドル、死体でも500万ドル。それが行方不明の少年チャーリーの発見にかけられた報償金だった。依頼人はハイチの実業界を牛耳るカーヴァー一族。出所したばかりの元私立探偵マックス・ミンガスにとっては喉から手が出るほど欲しい金だ。だが、行く先はヴードゥーの呪術と占いが力をふるう、法なき地ハイチ。しかも、前に雇われた3人の探偵は全員が悲惨な目に! 危険覚悟で旅立ったマックスを待っていたものは…。(文庫カバーより)

Mrclarinet ハイチにルーツを持つイギリス人作家によるハイチを舞台としたアメリカ人探偵が主人公のハードボイルド小説。CWAスティール・ダガー賞とマカヴィティー最優秀新人賞受賞作。

首都ポルトープランス近郊で起きた2年前の大地震によって長らく政府機能も麻痺してしまい、いまだ55万人が仮設テント暮らし、加えて国連派遣団が持ち込んだコレラ菌感染により7000人が死亡など踏んだり蹴ったりな惨状が伝えられるハイチだが、それ以前からこの国に関しての情報はネガティブなものがほとんどだ。この本の中で語られるハイチの状況や歴史もとても重苦しい。そういった見方を少しでも変えられる要素が欲しかった。といったら贅沢かな。誘拐犯の動機が輪をかけてヘヴィー。

Mr.Clarinetのタイトル、探偵の名前はチャーリー・ミンガスやマックス・ローチを想像させ、ジャズ発祥の地ニューオリンズとも縁のあるヴードゥーの要素。これはきっと音楽ネタも豊富に違いないって思ったんだけど、そういうわけではなかった。表紙のイラストをマティスの「Jazz」という作品とだぶらせていたせいもある。後でよく見たら呪い針が刺さったヴードゥー人形だった。目に入るものへの意識が散漫すぎるだろ私。


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『解錠師』スティーヴ・ハミルトン著/越前敏弥訳
(ハヤカワ・ミステリ 2011年翻訳)

マイクは幼少時にある事件に巻き込まれ、そのショックから口がきけなくなってしまう。酒場を営む伯父に育てられながら、孤独のうちに彼は2つの才能を開花させていく。ひとつは絵を描くこと。もうひとつはどんな錠も開けることができる特技。しかし、その特技はマイクが高校生のときに犯罪組織に目にとまってしまい、プロの金庫破りへの道を歩むことになる…。

Lockartist これもCWAスティール・ダガー賞に、さらにMWAエドガー賞最優秀長篇賞、バリー賞最優秀長篇賞、全米図書館協会アレックス賞受賞と前評判がすごい。
しかし、ちょっと期待しすぎたかも。金庫破りの技に焦点を当てた点はユニークだが、主人公が好きで犯罪に手を染めるようになったわけではなし、プロになって1年ほどで逮捕されてしまうので、職人気質を見せつけられわくわくさせられるような犯罪小説とは違う。

で、青春小説という点からみると、10代から20代にかけての10年以上を刑務所で過ごすってのは、この年代からしたらあまりに長い歳月で、初恋の代償としては重すぎる気がする。

物語の中ではすっ飛ばされてしまったこの10年は、いったいなんだったのだろうという思いがくすぶってる。そろそろ刑期を終える時点での回想という形をとったのは、最後に感動を添えるためだろうけど、むしろ嘘くさくなったよ。


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『説教師』カミラ・レックバリ著/原邦史朗訳
(集英社文庫 2010年邦訳)

夏の朝、洞窟で若い女の全裸遺体と朽ちた古い遺体が2体見つかった。休暇中のパトリックだったが、妊婦のエリカを気遣いながらも捜査を指揮することに。検死の結果、新旧遺体は二十数年を挟んで全く同じ方法で惨殺されたことが判明、捜査線上に今は亡きカリスマ説教師の呪われた一族が浮上する…(文庫カバーより)

Predikanten スウェーデンのエリカ&パトリック事件簿の第2弾。前作もそうだったけど、読み終わってしばらくしたら事件の内容をほとんど忘れているのはなぜだ! でも、エリカとパトリック周辺のさまざまな人間模様を盛り込みながら、事件には奥行きがあり、謎解きもしっかりしていて面白いシリーズには間違いない。

個人的に強力な印象を残すのは、海辺のリゾート地・フィエルバッカに住むエリカとパトリックの家にサマーバカンスになると代わりばんこにやってきてずうずうしく居座る知り合いたちだ。夕食として用意したあげた深皿いっぱいの小エビにいきなり両手を突っ込んで、ほかの人の分など考えることもせずごっそりと自分の皿に取り分けるふだんは疎遠の従兄弟とか。おかしな教育論にかぶれて子供を他人の家で暴れたい放題にさせておくその妻とか。自分たちは庭のデッキチェアに寝そべりながら臨月のエリカをホテルの従業員のように使い倒すパトリックの旧友夫婦とか。こういう人たちいるいる!すげー分かる!という感じで、メインのストーリーとはぜんぜん関係のない部分も楽しい。当然しっぺ返しも用意されているので気持ちよく読めます笑

2012年1月15日 (日)

R.I.P. レジナルド・ヒル

最初に読んだのは95年に文庫化されたダルジール&パスコーシリーズ『骨と沈黙』だった。著者初めての文庫だったし、話題作だったから、そういう読者が他にもかなりいたのではないかと思う。ヒルの小説を表すときに衒学的という言葉がよく使われるけれども、『骨と沈黙』はまさにそういう作品で、正直いって当時の私には歯が立たないくらい高尚に感じられた。

取っ付きにくい。でもなんとか読み終えたときの充実感が素晴らしく、他の作品にも手を出したが、あら不思議。ダルジールなどの主要キャラクターを把握してしまうと、随所に散りばめられたユーモアも理解できるようになり、ちょっとした会話にも滋味があり、強烈な皮肉もよいスパイスとなって、めっちゃ面白い!それからは、過去の出版物をあさって読みまくり、最愛といってもいい作家になった。

昨日飛び込んできた75歳での死は少なからずショックだった。P・D・ジェイムズみたいにまだまだ元気で作品を発表してくれると信じ込んでいた。実はがんで長らく闘病生活を送っていたという。

The Telegraphの記事

いくつかの訃報記事などを見ると、ヒルは文学でも大いに才能を発揮しただろうが、その性格からトリックを仕掛けずはいられなかったというようなことが書いてあった。慎ましやかでいたずら好きともいえるヒルの性格は、作品を通じてもしっかり感じ取ることができ、そんなところがまた好ましかった。

父親がプロのサッカー選手だったこと、子供がいなかったことなどは初めて知った。作品からきっと孫には良いおじいちゃんだろうなんて想像してたんだけど。

いくつもの作家名を使い分けており、レジナルド・ヒルとパトリック・ルエル名義で翻訳されたものはすべて読んだつもりでいた。が、いま確認したら短篇集の『最低の犯罪』がうっかり本棚に積ん読のままになっていた。うれしいんだか、悲しいんだかわからない。

代表的作品はもちろんダルジール&パスコーシリーズ(20作品以上)で、個人的にはどれが一番好きとか決められない。とにかくどれも完成度が高いのがすごいところ。加えて最近の作品はますます、良い意味でエンタメ度を増してしたと思うから残念だ。パトリック・ルエル名義の小説も、男女の恋愛を絡めて、映画を見ているような雰囲気と余韻があって素晴らしい。

調べてみると、最近の作品ではノンシリーズの「The Woodcutter」 (2010)が今後翻訳される可能性がありそうだし、本国では2013年に最後の作品が出版予定のようだ。闘病生活を送りながら書き続けたということだろうか。この作品がダルジール&パスコーシリーズであってくれることを願う。そしたら、気持ちのなかでちゃんとお別れができそうだから。

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