« 花粉症に負けた 〜「シリアスマン」「トスカーナの贋作」〜 | トップページ | 傍迷惑な一家 〜「キッズ・オールライト」ほか »

2011年3月21日 (月)

最近読んだ文庫 〜『黒き水のうねり』など〜

テレビやネットを見ているだけで過ぎていった1週間だった。その間にいろんなものの化けの皮が剥がれ本質が露わになった。一方で海外を含めさまざまな人のやさしさや勇気を目撃したし、助け合って成り立っている社会というのを改めて実感した。


『黒き水のうねり』アッティカ・ロック著/高山真由美訳
(ハヤカワ文庫 2011年邦訳)

妻の誕生日祝いに用意したナイトクルーズは、女性の悲鳴と銃声で悪夢に転じた。暗い川面から若い女性を救いあげたジェイは、それ以上の関わりを怖れ、彼女を警察署の前に放置して立ち去ってしまう。かつては公民権活動家で、当局の弾圧をも経験した彼にとって公権力とは悪夢そのものでしかなかったのだ。だが射殺死体が発見され、ジェイは否応なく事件の渦中へ…。(文庫カバーより)


Blackwaterrising 1981年のテキサス州ヒューストン。石油産業に支えられた街で、身重の妻がいながらかつかつの生活を送っているアフリカ系弁護士ジェイは、今も生まれ育ったニガー・タウンで得た教訓に縛られている。「下を向いたままでいろ。話しかけられたときだけ話せ」。それは父親が白人から暴行を受けて亡くなったこと、そして公民権運動に参加していた学生時代に無実の罪で逮捕された自身の経験に裏付けされたものだった。
本書は、主人公のこうした性格によって実にじれったい展開となる。殺人事件の目撃者でありながら、さらに脅しを受けながらも、過去の悪夢がよみがえり何もできずにいるジェイ。ミステリ小説として読めば、こんな消極的な主人公は滅多にないと思うが、そこがこの小説のキモ。ジェイが再び熱い正義心を取り戻すまでの葛藤が丁寧に描かれる。

小説にはブラックパワーの提唱者ストークリー・カーマイケルも登場して、アメリカ黒人史の一断面が盛り込まれている。主人公ジェイが意固地に守り続ける教訓は、同時代のジェイムズ・ブラウンのヒット曲「Talkin' Loud and Sayin' Nothing」を思い出させる。

著者もアフリカ系なのだろうとは思ったが、女性というのは意外だった。アメリカ黒人女性作家の小説といったら二重差別されている女性が主人公という偏見を見事に吹き飛ばしてくれた。内容もエモーショナルな部分を抑えて骨太。しかし、思い返すに、男性の臆病な(よくいえば慎重な)性格を最後までぶれずに描けるのは、ふだんそれを客観的に目にしている女性だからなのかなという気がしたり。


**************************************

『黒竜江から来た警部』サイモン・ルイス著/堀川志野舞訳
(RHブックスプラス 2010年邦訳)

「パパ、助けて」突然、留学先からかかってきた一人娘ウェイウェイの電話。ジエン警部は矢も盾もたまらず、英語がまったくできないことも忘れて英国に単身乗り込んだ。言葉の壁にもカルチャーギャップにもめげず、ジエンは持ち前の強引さで中国系移民社会の人々を巻き込んで消えた娘の行方を追う…。(文庫カバーより)


Badtraffic 本国では都会の汚職警官だったりする荒っぽくタフな中国人警部と、貧しい農村育ちで不法就労者として新妻とともにコンテナで運ばれてきたばかりの純朴な中国人青年というコンビが、異国の地で繰り広げる珍・追跡劇って感じか。映画でいうとアクション/コメディに分類される内容で、面白かった。設定の勝利といえる文化的ハンディがもたらす笑いと、暴走するヒーロー、巻き込まれ振り回されるばかりの純朴青年、その他のキャラクターもよいが、行間に漂うさりげないユーモアが好きだわ。
著者はウェールズ生まれのイギリス人で、トラベルライターとして中国を担当していた経歴の持ち主とか。


**************************************

『死を騙る男』インガー・アッシュ・ウルフ著/藤倉秀彦訳
(創元推理文庫 2011年邦訳)

小さな町の平穏は、その殺人で完全に破られた。被害者は末期癌の老女。死体は喉が切り裂かれ、奇妙な細工が施されていた。小さな警察署を署長代理として率いるのは、61歳の女性警部補ヘイゼル。不可解な事実がつぎつぎと明らかになり、やがて事件はカナダ全土へと波及する…。(文庫カバーより)


Thecalling カナダ・オンタリオ州の田舎町が舞台の警察ミステリ。純文学作家が匿名で書いた小説ということだけど、長編のわりに満足感が乏しかったりして。ミステリとしては、最終的には凡庸という印象に。殺人者が施した細工が聖書の内容に関係しており、そこが私には理解できなかったというのもある。

主人公が、警察署を仕切る61歳の女性という点が目新しい。けれど、まだ元気な母親まで重要な役回りで登場するものだから、そんな定年間近な年齢というイメージがちっともわいてこない。性格がテニスン警部(リンダ・ラ・プラント)みたいと思ったが、いまひとつ共感できず。他の刑事たちの個性や人間関係の描き方も中途半端な感じだ。でも、カナダは東西に細長い国であるとか、その中でもまったく孤立している先住民居留地とか、ご当地小説の面白さはある。


**************************************

『ワイルド・ソウル』垣根涼介
(2003年幻冬舎刊 新潮文庫)

その地に着いた時から、地獄が始まった——。1961年、日本政府の募集でブラジルに渡った衛藤。だが入植地は密林で、移民らは病で次々と命を落とした。絶望と貧困の長い放浪生活の末、身を立てた衛藤はかつての入植地に戻る。そこには仲間の幼い息子、ケイが一人残されていた。そして現代の東京。ケイと仲間たちは政府の裏切りへの復讐計画を実行に移す…。(文庫カバーより)


Wildsoul 史上初のミステリ系三冠受賞作とのことだが、題材だけでも十分に引きつけられるものがある。南米移民が経験した地獄のような日々は真に迫る描写で、一方、現代の日本に移ってのパートは過激さを抑え、誰でも抵抗なく読めるエンターテインメント小説として決着。面白かったけど、男女の場面だけはなんか古くさいというか、昔のオヤジ週刊誌のテイストを引きずってるというか。あけすけな描写がダメというのではなく、苦笑いしてしまうところがあるんだよ。それが何なのか説明できないのがもどかしいけれど。

« 花粉症に負けた 〜「シリアスマン」「トスカーナの贋作」〜 | トップページ | 傍迷惑な一家 〜「キッズ・オールライト」ほか »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1175528/39305155

この記事へのトラックバック一覧です: 最近読んだ文庫 〜『黒き水のうねり』など〜:

« 花粉症に負けた 〜「シリアスマン」「トスカーナの贋作」〜 | トップページ | 傍迷惑な一家 〜「キッズ・オールライト」ほか »

インデックス

無料ブログはココログ