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2011年2月

2011年2月27日 (日)

花粉症に負けた 〜「シリアスマン」「トスカーナの贋作」〜

花粉症の薬を飲んでから映画館に行くというポカを今年もまたやらかした。しかも、1本だけで止めておけばいいのに、せっかく渋谷まで出たのだからという欲が働き2本ハシゴ。だってどっちも渋谷でしか上映してないんだから。
どっちも途中で眠ってしまったので、感想を上げるのが気が引けるが、いちおう。


「シリアスマン」(2009年 アメリカ)

コーエン兄弟が、実際に少年時代を過ごした中西部のユダヤ人コミュニティを舞台に描く異色のブラックコメディ。ごく平凡な人生を送っていた真面目な主人公が、ある日突然次々と不条理な不幸に見舞われ、人生の坂道を怒涛の勢いで転げ落ちていく悲劇の顛末をシニカルなタッ チで綴る…(allcinemaより)

Seriousman 前回のアカデミー賞作品賞や脚本賞のノミネート作であり公開初日、しかも都内では1館だけの上映にも関わらず映画館が空いてた! でも、どうしてだか観て分かった気がした。

これは、ユダヤ教やユダヤ系の風習などに詳しくないと、本当の面白さは理解できない内容なのではないか。少なくともコテコテにまぶされたコーエン流の笑いのツボを理解していないと厳しい。個人的には好きなタイプの映画だったので、途中でうつらうつらしてしまいもったいなかった。

ジェファーソン・エアプレインの「Somebody to Love」の歌詞と曲調が効果的に使われている。最高位のラビが、あの歌詞を否定しなかったところが、ラビの懐の深さをうかがわせて良かった。親父も思い切ってお隣さんと一度浮気しちゃえば案外ハッピーな人生を切り開けたかもしれず…。そして、最後の場面が超絶コーエン兄弟らしい。文字通り、もう笑い飛ばすしかないじゃんって感じ。この終わり方は好きだ。

主人公がラビに相談に行くときに「境界線の知者」というのが登場して、マイケル・シェイボンの『ユダヤ警官同盟』をコーエン兄弟が映画化する予定というのを思い出したけれど、あの映画化の話は流れて、代わりにやりたかったことをこの映画に反映させたのかなと想像。


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「トスカーナの贋作」(2010年 フランス/イタリア)

イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督がイタリアのトスカーナ地方でロケを行い、主演にフランス人女優ジュリエット・ビノシュと、これがスクリーン・ デビューの英国人オペラ歌手ウィリアム・シメルを迎え、国際色豊かな体制で撮り上げた異色の恋愛ドラマ…(allcinemaより)

Certifiedcopy_3 うーん、手強い。これこそ真ん中あたりで居眠りしてたら台なし! 本当のところの解釈は自由というのは分かる。ビノシュの怖さを生かした映画だというのも・・・ドレスの胸元から安っぽいブラジャーがずっとはみだしてても違和感ないのは、ビノシュくらいだ。私はこの年になって、彼女の良さがわかってきたかも?笑

「本物よりも贋作のほうが美しい場合がある」という言葉が映画の鍵になっているんだろうか。ぱっとは気づかない仕掛けがいろいろとありそうに思わせる。一方で、トスカーナの観光映画をキアロスタミにお願いした?と思えなくもない。微妙にポイントをずらして、例えば広場の彫刻は全貌を見せなかったりするけれども。


2011年2月18日 (金)

最近観た映画 〜「RED/レッド」「ザ・タウン」〜

「RED/レッド」(2010年 アメリカ)
Red 引退した各国諜報機関の腕利きエージェントが再会し、ある陰謀に立ち向かう…。REDがRetired Extremely Dangerousの略という時点でニヤリとしてしまうわ。テンポよくコメディ映画としては十分に楽しかった。
ブルース・ウィルスは他のメンバーに比べるとちょっと若すぎるかな。特にアフレコの声が妙に若くて別人のようなのが気になった。ジョン・マルコヴィッチの神経症ぽい役はお手のものだ。危機察知能力、銃の腕前、そして拷問のエキスパート…すごすぎないか? ビニール被ってるのが受けた! ヘレン・ミレンは自分にとっては傑作ドラマ「第一容疑者」の印象がいまだ強烈なのだが、笑ったりすると室井滋を思い浮かべてしまうのだった。元KGB役のブライアン・コックス、現役CIAエージェント役のカール・アーバンもよい味を出していた。
続編があるとしたら、ウィルスはまた別の女性を口説いているだろうし、あの人は生き返っているだろう。

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「ザ・タウン」(2010年 アメリカ)

Thetown 学園都市ボストンのもうひとつの顔、チャールズタウンで生まれ育ったアイルランド系の銀行強盗団の話…。ベン・アフレック(監督/脚本/主演)の顔がどうにも苦手なのだけど、新刊本を買ったばかりのチャック・ホーガンが原作というのが気にかかり観ることに。
あっちから奪ったお金がこっちに還元される結末が爽やかすぎた。しかし、こういう物語は映画よりも小説で読むほうがやっぱり好みだなと、またしても思ってしまった。
ごろつきらしさを一人で背負って演じたジェレミー・レナーは、なるほど得難い個性があるかも。そして、レベッカ・ホールの清楚さも良かった。執拗に追いかけるFBIの人も、ほのかにコミカルさを醸しだし印象的。
これが最後の出演作というわけではなさそうだが、ピート・ポスルスウェイトのこのような役どころを亡くなってから見るのは切ないものがある。


2011年2月 7日 (月)

中部ヨークシャーのアンタッチャブルとか! 〜『午前零時のフーガ』〜

ダルジール&パスコー・シリーズ長編22作目。

『午前零時のフーガ』レジナルド・ヒル著/松下祥子訳
(ハヤカワ・ミステリ 2011年邦訳)

ダルジール警視は周囲の反対を押し切って職場に復帰した。しかし体調はすぐれず、仕事の勘も戻らない。そんなある日、古い知り合いの警視長パーディーから、7年前に失踪した部下の刑事について調べて欲しいと依頼される。パーディーは部下の死亡推定を前提に、その妻と再婚するつもりだった。だが最近妻のもとに夫と思われる人物の写真が掲載された雑誌が送られてきたのだった。ダルジールは非公式に捜査をはじめるが、背後には危険な影がうごめく…(裏表紙より)

Midnightfugue ヒルは毎回趣向を凝らしてくる。本作は24時間もの。そのためか、いつもよりスピーディで、作風も少し若返ったふうもあるが、中身は濃厚だ! この1冊に、たった1日の出来事の中に、いったい何人の人生が描かれていることか。73歳にしてこれだけ入り組んだプロットの作品を整然と書き上げられる能力に感嘆。そして、ところどころニヤリとさせられるオチをつけてくる文章も相変わらず楽しい。至福の読書タイム!

前から言っているが、ヒルは気丈な女たちを描かせると実にうまい。失踪した刑事の妻の苦悩については、パトリック・ルエル名義の作品を思い出させた。最後の章は、ヒル作品としては異色の展開で、読者へのサービスとして付けられたオマケみたいなものかな。この章がないと、若い読者にはモヤモヤが強く残ってしまうだろう。
長く続くシリーズ作品だと、途中から読むのに抵抗を感じる人も多いが、本作は映画のような展開で取っつきやすい。初めて読む人にも十分に楽しめる作品になっていると思う。入門編としてぜひおすすめしたいなあ。


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化学大好き少女探偵フレーヴィア・シリーズ第2弾。

『人形遣いと絞首台』アラン・ブラッドリー著/古賀弥生訳
(創元推理文庫 2010年邦訳)

教会の墓地で、11歳の少女フレーヴィアは、テレビで有名な人形遣いルパートとアシスタントのニアラに出会った。ヴァンが壊れてしまったのに、修理するお金がないらしい。そこで、デンウィン司祭の提案で、教会区ホールで『ジャックと豆の木』を上演してもらうことになったんだけど、豆の木が切られたときに降ってきたのは巨人じゃなくて…。(文庫扉より)

Hangmansbag こちらも70歳台の作家による、ほのぼの田園ミステリ。
フレーヴィアちゃんが周囲の大人をなめまくりなところが楽しい。住居侵入などもしほうだい笑
さらに、前作『パイは小さな秘密を運ぶ』で死体を発見して以来、死に魅せられるようになり「とりわけ腐敗という化学現象にはうっとりしている」とのたまう11歳。無敵!




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昨年のベストミステリにランクインしていた本。サラエボの国立博物館所蔵の、実在する稀覯本を題材にした歴史フィクション。

『古書の来歴』ジェラルディン・ブルックス著/森嶋マリ訳
(武田ランダムハウスジャパン 2010年邦訳)

Peopleofthebook 長い間ゆくえが知れなかった「サラエボ・ハガダー」が発見され、一般展示に先立ち、オーストラリア人のハンナのもとに古書鑑定の依頼が舞い込む。それは、500年前にスペインで作られた美しい挿絵入りのユダヤ教の書。ハンナはページの間に挟まっていた小さな遺物や羊皮紙の染みから、古書がたどってきた数奇な運命をひもといていく。絵画的表現がユダヤ教の戒律に背くとされていた時代になぜこのような細密画で彩られた本が作られたのか、異端審問やユダヤ追放などの迫害の歴史をどうやって乗り越えられたのか…。

ハンナを主人公にした章と、ナチス占領下のサラエボから19世紀末のウィーン、17世紀のヴェネチア、15世紀のタラゴナ、セビリアまでさかのぼって古書を手にしてきた人々の運命を綴った章から成り立つ本書。ハンナの私生活のあれやこれやが絡んでくる現代のパートより、後者のほうがだんぜん面白く、短篇集のような風合いがある。しかし、なぜミステリ小説として評価されたんだろう? ちっともミステリじゃないぞ。まんまと騙されたかな。

本書を通じて強調されるのが、かつてスペインには宗教の異なる人々が共存していたコンビベンシアと呼ばれる時代があり、この書物はその時代の遺産ということ。その趣旨はよしとして、個人的には、小説半ばでハンナが自分の出自を知り、実はユダヤ系だったと分かるところでだいぶ鼻白んだ。そんな設定がなければ、ハンナが500年前の挿絵画家と改めて対面する場面はもっと感動的だったと思うのだが。


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