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2010年12月

2010年12月30日 (木)

銃社会アメリカの危うさを描き続ける 〜『夜は終わらない』〜

本作より著者の名前からミドルネームの「P」が消えたらしい。

『夜は終わらない』ジョージ・ペレケーノス著/横山啓明訳
(ハヤカワ・ミステリ 2010年邦訳)

ワシントンDC。麻薬、貧困、人種間の争いが蔓延する街——。刑事ラモーンは、この街の犯罪との終わりなき闘いに日々神経をすり減らしている。そんな彼でさえ、やるせなくなる事件が起きた。犠牲者は少年で、しかも息子の友人。事件の解決を心に誓い捜査を始めたラモーンは、20年前の未解決連続殺人事件との類似点に気づく…。(裏表紙より)

Nightgardner ノンシリーズの本作は、なんと警察ミステリ。主人公は型破りなことを好まず、家庭を第一に考えているごくノーマルな刑事で、ペレケーノスの他の作品に比べると若干地味な印象を受ける。しかし、取り上げるテーマは、探偵デレク・ストレンジ・シリーズから引き続き、ワシントンDCおよびその近郊の、貧困者の吹き溜まり地域に生まれ育ったばかりに犯罪に巻き込まれ、死んでいく子供たちのこと。特に銃社会の犠牲になる青少年をペレケーノスは描き続けている。巻末には(おそらく暴力犯罪に巻き込まれて)現実に亡くなった子供たちの名前を羅列して、哀悼の意を表している。

ソウルミュージックに関するネタや、どこかに西部劇的なドンパチ場面を入れてくるのは、いつものペレケーノスなのだが、なんだかどんどん生真面目になってきていやしないか。実際、生真面目にならざるを得ないくらい問題は深刻なんだろうね。アメリカではマスコミもこうした実態を、取るに足らないことのようにほとんど報道しないと、以前に著者自身があとがきで書いていた。


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『ぼくのプレミア・ライフ』ニック・ホーンビィ著/森田義信訳
(新潮文庫 1992年邦訳)

ところで、本田圭佑は今冬にイングランドプレミアリーグに移籍できるの?どうなの?というのが目下最大の関心事だったりして、こまめに海外サイトまでチェックしてるオレ。この冬はアジア杯があって移籍が難しいとしても、夏にはリバプールあたりにいてほしい!
で、思い出して、出版されて以来ずっと積ん読していた本をようやく読む。とっくに映画にもなっているんだけどね…。


Feverpitch 熱狂的アーセナル・ファンの著者が、11歳のときに突然フットボールに恋に落ちて以来のフットボール漬けの人生を、記憶に残っている試合とともに振り返ったエッセイ風小説。
綴られているのは1968年〜91年の出来事で、もはや時間がたちすぎていることもあり、試合に関する内容はまったく手に負えない(選手名などわずかしか知らない)。しかし、熱中の対象をフットボール以外のものに置き換えて想像すると、生活のすべてがフットボールの試合優先で回っている著者の気持ちにところどころ同調できる。

著者が挙げる「いつまでも記憶に残る試合、満足度の高い試合の条件」が印象に残ったので書き出してみる。(1)ゴールは多ければ多いほどいい(2)とんでもなくひどいミスジャッジ(3)観衆の大声援、特に大逆転劇における(4)雨でグチャグチャになったピッチ(5)敵のペナルティミス(6)敵に出されるレッドカード(7)乱闘。
・・・年期の入ったサポーターといっても、自分のような気まぐれ素人ファンが思うところとほとんど同じと分かったのがこの本を読んでの収穫。波乱こそ、スポーツ観戦の醍醐味か。


2010年12月26日 (日)

群像劇って難しいね 〜「黴菌」〜

先週、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出のお芝居「黴菌」をBunkamuraシアターコクーンで見てきた。出演者は北村一輝、仲村トオル、ともさかりえ、岡田義徳、犬山イヌコ、みのすけ、小松和重、池谷のぶえ、長谷川博己、緒川たまき、山崎 一、高橋惠子、生瀬勝久と、これまで見たお芝居の中では最も華やかな面々。北村一輝の公式サイトを経由して得たチケットは、最前列のほぼ真ん中席だったので、ミーハー気分に浸りながら舞台上を眺めていたのは言うまでもない。

最初に透明な幕が降りて、そこにオープニングクレジットが映し出される演出は初めて見たので感心した。お芝居の内容は、終戦を迎える昭和20年、兵器工場と脳病院を営んできた一家の豪邸を舞台にした群像劇。以下、演劇の楽しみ方がいまだよく分からない私ゆえ、辛口な感想かも。


群像劇とはいえ、登場人物みんなに均等に出番を振り分けすぎでは?と思った。物語の核となるのはおそらく名家の没落だが、登場人物それぞれの物語は名家であることとあまり関係がないので、核になりづらい。3時間半もある劇ながら、いろんなエピソードがうまく絡んでくることもなく肩透かしに終わった印象。一応、一家の兄弟がつながりを取り戻すというクライマックスが用意されているが、だったら最初からそこにもっと焦点を当てておけばいいのにと思った。

見終わって思い返すに、「兵器工場での事故で足が不自由になり、さらに好きな女性も一家の四男に奪われた元従業員が巧妙な復讐を企てて一家を破滅させる」または「精神科医の長男に騙されて新薬の実験台となった庶民夫妻が真相を知って一家を皆殺しにする」というミスリードな要素を含ませていたように思うが、それにしては不穏さや緊張感が足りなかった。

その原因は、おそらくお手伝いさん(池谷のぶえ)の出番がやたら多かったせいだ。出演者のなかで一番目立っていた。もしかしてコメディ版「家政婦は見た」みたいな劇を目指したのかしら?と思ったくらい。 しかし、彼女の笑える演技のシーンが、ベタだけど実は一番楽しめたのだ。


北村一輝の役は、悪そうで実は…といういつもと同じ役が振られていて、ファンには意外性も何もないものだったので、なおさらに物足りなさを感じたかも。というか、最近、お金持ちの家の生まれ育ちという設定の役ばかりなのはなんでですかね。野良犬みたいな育ちの役のほうが絶対に個性が生きるし、魅力的に演じられると思いますよ。
生瀬勝久と北村一輝の兄弟役はまた何かで見てみたいなあ。

2010年12月19日 (日)

新旧歌姫の共演 〜バーレスク〜

「バーレスク」(2010年 アメリカ)
★★★☆

最近、映画館にほとんど行ってないどころか、映画情報にも疎くて、久々に飛びついたのがこの映画だったわけだけど、残念ながら内容は、まずはクリスティーナ・アギレラありきのアイドルものの域は出ていなかった。でも、歌とショーパフォーマンスは楽しかった。
それにしても、アギレラはあの顔で、どうしてあんなパンチのある声が出るのか。ダンサブルでパワフルな歌を聴かせる曲ほど私は好きです。しかし、それ以上に歌声の説得力で圧倒したのがシェールだった。年齢のなせる部分も大いにあるが、例えれば女トム・ジョーンズ。特にストーリー的にはむりやり突っ込んだ感じもしなくない2曲目が見事だった。
主人公と仲良くなるクラブのバーテンダーと、クラブのバンドのピアニストが途中まで同じ人物に見えたのは目の錯覚かしら。


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「クロッシング」(2009年 アメリカ)
★★★

これは先月観た。本当はドリュー・バリモアの映画を見るつもりだったのに、土壇場で変更。久々の映画館だったので、前売りを買うことも忘れて後悔した。
「NYブルックリンの犯罪多発地区で危険と隣り合わせの過酷な日常を送る3人の警官たちの三者三様の苦悩」(allcinemaより)を描き、2時間以上、飽きることなく観たけれど、3人それぞれの物語は割とありきたりで薄っぺら、俳優たちの表情演技に頼っている感じがした。
面倒を避けて生きてきて定年を迎えようとしている警官を演じるリチャード・ギアはけっこうはまっていた。イーサン・ホークは近年ずっと憔悴した顔しか見てない気がする(宗教的事情を優先してあんな犯罪を犯すって無理があるのでは?)。しかし、問題はドン・チードルだ。あの役は「悪の色気」を感じさせる俳優がやったらもっと説得力があったはずだ(と私は思う)。何度も書くが、ほかにアフリカ系俳優、いないの?


あと、いま公開中の「ロビン・フッド」は、9月に乗った飛行機の小さくて見づらいモニターで見てしまったので、たぶん劇場には行かない。あれこそ劇場向きだったのにもったいないことした。


2010年12月16日 (木)

恐怖の正体がすりかわる 〜エアーズ家の没落〜

『エアーズ家の没落』サラ・ウォーターズ著/中村有希訳
(創元推理文庫 2010年邦訳)

かつて隆盛を極めながらも、第二次世界大戦終了後まもない今日では、広壮なハンドレッズ領主館に閉じこもって暮らすエアーズ家の人々。かねてから彼らと屋敷に憧憬を抱いていたファラデー医師は、往診をきっかけに知遇を得、次第に親交を深めていく。その一方、続発する小さな“異変”が、館を不穏な空気で満たしていき…。(文庫カバーより)


Littlestranger 家財や土地を売ってなんとか食いつないでいる名家の未亡人と、決して美人ではない娘、戦争での傷害を抱えた息子。大きな屋敷で明かりや暖房も切り詰める哀れな生活に追い打ちをかけるように、屋敷の中では不可解な出来事が相次いで起き、一家を不幸の底に追いやっていく・・・という内容(上のあらすじのままですけど)。屋敷での出来事はよくある心霊現象の類のようだし、人物や英国社会の描写が丁寧ではあるが、結局はオーソドックスなホラーものに落ち着くのではないかと思った。が、そうではなかった。

小説の語り手であるファラデーは医師ということもあり、超常現象など信じず、一家が体験したことはすべて心的ストレスが原因と決めつけて譲らない。そんなやりとりが長々と繰り返される。進展のなさにいい加減にじりじりしてくる。しかし、途中から、実はこの小説が描こうとしている本当の恐怖は、屋敷以外のところに潜んでいるのではないかという気がしてきて落ち着かなくなる。


この作品は、読み手によって何が恐怖かを自由に解釈できるように書かれた、案外と斬新なホラー小説ではなかろうか。オカルト系にさほど興味のない私も、読み終えて思わずうなった。若干ネタばれになるけど、私が主人公のファラデー医師よりも、一家の、特に娘のキャロライン側に立って物語を読ませられていたことによって、下巻の後半の展開こそが不快さと嫌な予感がいっぱいで、ハラハラさせられた。

サラ・ウォーターズは貴族の女性や、それに仕えるメイドを描かせるとうまいな〜。さすが百合小説の人だ(本作にその要素はなし)。原題は「The Little Stranger」だけど、邦題もなかなか。この人の作風に合っていると思われる。


2010年12月12日 (日)

「いつだって準備はできてるよ」

スコットランドのリーバス警部シリーズ、17巻目にしてついに最終刊! といっても、日本ではまだシリーズ中盤の4巻が未翻訳…。残念だけどそのままになってしまいそうだ。


『最後の音楽』イアン・ランキン著/延原泰子訳
(ハヤカワミステリ 2010年邦訳)

クリスマス近づく夜、エジンバラ城脇の寂しい道で、ひとりの男が撲殺された。被害者は、ロシアから逃れてきた亡命詩人。引退を翌週に控えたリーバスは、なんとしても事件を解決せねばと焦る。捜査線上にはあの宿敵カファティの影も浮かんできた。しかし外交と政治の迷路にはまり、思うように捜査は進まない。最終日は容赦なく迫ってくる。そしていつものごとく直感を信じ、自分流に行動するリーバスに、まさかの厳しい処分が…。(裏表紙より)


Exitmusic 職場引退まで10日の時点から始まる物語なので、リーバスの刑事としての活躍が見られるのは本当にこれが最後となる。しかし、コリン・デクスターのモース警部シリーズなどと違って、雰囲気的にはいままでのシリーズとなんら変わることなく、リーバスと愛弟子シボーンらの日常(ほぼ捜査)がたんたんと綴られていて、そんなところもこのシリーズらしい。そして、本作も長編!

前作の『死者の名を読み上げよ』同様、本作の各章には2006年11月15日から11月27日までの日付がふられていて、現実に国内で起きた出来事を絡めながら物語は進んでいく。例えば、この期間に起きたリトビネンコ毒殺事件は、おそらくこの小説のヒントにもなったに違いない。
ほかにも全世界の路上監視カメラの2割がイギリスにあるという事情、パブにも行き渡った禁煙条例、当初の予算の10倍もかかって完成した奇抜なデザインの議事堂を拠点に高まるスコットランド独立の気運・・・あと、リーバスらが捜査報告のために集ったパブで、客がテレビで放映されるチャンピオンズリーグのセルティック対マンチェスターU戦が始まるのを待っている描写がある。あの日本人選手がFKを決めて、セルティックが初の決勝トーナメント進出を果たした試合。といっても、シボーンは別のクラブチームのサポーターだし(ハーツだったけかな?)、描写はそこまで。

人気に支えられてきたシリーズ、弱みを見せないリーバスのキャラクターからして、正直ここら辺りが引き際だったかもしれない。退職の日に持ち帰った私物は「安物のボールペンを2本と販売期限をゆうに1年も過ぎた袋入りの風邪薬」のみ。金時計のプレゼントも自ら断った。
さよならリーバス。もしかしたら何年後かに引退後の番外編が出るかもしれないその時の再会を期待して。

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