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2010年11月

2010年11月30日 (火)

神に対してと同じくらい愛についてさめている。

『ある島の可能性』ミシェル・ウエルベック著/中村佳子訳
(角川書店)

物語は世界の終わりから始まる。喜びも、恐れも、快楽も失った人類は、ネオ・ヒューマンと呼ばれる永遠に生まれ変われる肉体を得た。過去への手がかりは祖先たちが残した人生記。ここに一人の男のそれがある。成功を手にしながら、老いに震え、女たちのなかに仔犬のように身をすくめ、愛を求めつづけたダニエル。その心の軌跡を、彼の末裔たちは辿り、夢見る。あらたな未来の到来を。命が解き放たれる日を。(ブックカバーより)


Lapossibiliteduneile 『素粒子』の続編的内容で、これも面白かった。人間についての醒めた考察などにうなずくところがたくさんあるのは、たぶん私もダニエルと同様に個人主義が許される国で生まれ育ったからだろう。

昆虫などの下等な動物には、たった一度の生殖の役目を終えたらすぐに死んでしまうものがいる。生命やその生命が築いた社会の真の目的が、子孫を残すことであることは人間も変わりない。年老いて、容姿も衰えて、生殖能力を失った人間に生きる意味はあるのか。生き続ける価値のある人間がどれほどいるのか。そんなことを私もこの年齢になってぼんやり考えなくもない。この小説の登場人物たちが同様の思いに至り取る行動は、極端すぎる。しかし、心の底に深く根をおろした無力感、敗北感は理解できる。

そして、その人生を何千年も後のネオ・ヒューマンが俯瞰する。生きる苦しみから逃れるために、彼等は永遠の人生を手に入れ、さまざまな欲や感情から解放されたはずだったが、旧人類への理解を深めていくにつれ・・・最後の章はもの悲しく美しい。この本のカバーのイラストは素晴らしい。

ところで、永遠の命が幸せをもたらさないなら、他人への永遠の愛はどうだろうか。両思いなら互いが生存しているうちはよいかもしれない。でも、片方が早くに死んでしまった場合は? 片思いの場合は? これも悲惨な話になりそうだな。 ネオ・ヒューマンが光合成で生きているという設定は、究極のエコロジーだ。人類存続の可能性の高い手段だ。今から遺伝子書き換えの研究に取り組んで備えるべき!?


2010年11月24日 (水)

親愛なる殺人犯様、力を貸してもらえますか?

だいぶ涼しくなりました。


『ブラックランズ』ベリンダ・バウアー著/杉本葉子訳
(小学館文庫 2010年邦訳)

12歳の少年スティーヴンは、今日も母の弟ビリーの遺体を捜してヒースの茂る荒野にシャベルを突き立てる。19年前に起きた連続児童殺害事件以来、被害者の母となった祖母は心を閉ざし、母もまた鬱屈した感情を抑えることができない。傷の癒えない家族を変えるためには、ビリーの遺体を発見し、事件を完全に終わらせるしかないと考えたスティーヴンは、やがて殺人犯である獄中のエイヴリーと手紙のやりとりを開始する…(文庫カバーより)

Blacklands 処女作にして本年度のCWAゴールドダガー賞受賞! 登場人物も物語の設定も、今年のMWA賞最優秀長篇賞受賞作であるジョン・ハートの『ラスト・チャイルド』と似通っているのは面白い偶然。あっちも良かったけど、こっちもいいよぉ〜。
少年スティーヴンが悲壮な思いを胸に秘めているのに対して、母親はスティーヴンには厳しく弟にはやさしい。祖母はいつもしかめっ面をしている。学校の先生は影の薄い少年の名前すらろくに覚えてくれないし、いじめっこたちは情け容赦ない。唯一の親友は昼食のサンドイッチの良いほうの半分をいつも奪って食べてしまう。そして、スティーヴンの手紙は獄中の殺人犯を大いに刺激してしまい・・・でも、最後はほっこりとした気持ちになった。


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『フランキー・マシーンの冬』ドン・ウィンズロウ著/東江一紀訳
(角川文庫 2010年邦訳)

フランク・マシアーノはマフィアの世界から足を洗ったつもりだった。地元サンディエゴで釣り餌店をはじめ複数のビジネスを営むかたわら、元妻と娘、恋人の間を忙しく立ち回り、“紳士の時間”にはサーフィンを楽しむ62歳の元殺し屋。だが“餌店のフランク”としての彼の平和な日々は、冬のある一日に突然終わりを告げる。過去の何者かが、かつて“フランキー・マシーン”と呼ばれた凄腕の存在を消し去ろうとしていた…(文庫カバーより)

Frankie 作家も翻訳も、読ませることに手慣れてるなあ。面白い。登場するマフィアの幹部の中に、前作『犬の力』にも出ていた人物がいると勘違い。あちらは桃の缶詰に目がないから「大桃」とあだ名のついた男で、こちらはモモという名前の別人だった。
フランクは、とうに犯罪組織から足を洗った自分がなぜ今ごろになって命を狙われるのか分からずに、逃亡をはかりながら回想し、思い当たる人物をしらみつぶしにしていく。マフィアの不文律などはきれいごとにすぎないという現実に失望し、一線を画して自分流の生き方を貫いてきたフランクが、孤立に追いやられたのちに救いを求めた相手とは・・・この帰結が爽快。短いセンテンスでつないでいく、乾いていてスピード感のある文章が心地良い。元大統領をはじめ実在の人物が何人か登場する。『犬の力』でも感じたが、部分的に実話を紛れ込ましているのかな。


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『英雄たちの朝 ファージング1』
『暗殺のハムレット ファージング2』
『バッキンガムの光芒 ファージング3』ジョー・ウォルトン著/茂木健訳

(創元推理文庫 2010年邦訳)

Halfacrown イギリスがナチス・ドイツと1949年に講和条約を結ぶという設定のもと、スコットランドヤードの警部補カーマイケルを主人公に、イギリスに浸透するファシズムに運命を翻弄される人々と、密かに抵抗を試みる人々を描く歴史改変ミステリ3部作。

原題はそれぞれ「Farthing」「Ha'Penny」「Halfa Crown」。邦題から想像する内容のイメージと、カタカナ表記の著者名からして、男性作家と思い込み読み始めるが、どうしたって女性の登場人物のほうが生き生きと描かれており、英文表記(Jo Walton)を確認して女性作家と分かる。まあ、主人公のカーマイケルをはじめ、ゲイの男性が主要人物に何人か登場するのも、日本に限らず女性作家らしいかもしれない。
ミステリ小説に分類されるが、3巻とも趣が違う。1巻目は客が集まった豪邸で殺人が起きて警察が駆けつけるというオーソドックスな本格ミステリ。それにしては展開と結末にひねりがなさすぎて、期待はずれかと思った。2巻目はスパイ小説風味だが、盛り上がりが地味めでやはり中途半端な気がしてしまう。しかし、3巻目は面白かった。主人公がいよいよ窮地に追い込まれる展開がスリリング。ファシズムをイギリスに持ち込んだ設定が最後の最後で生かされたかな。


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