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2010年10月

2010年10月17日 (日)

最近読んだ文庫

しばしの間と、他のことにかまけているうちに1カ月。


『五番目の女』ヘニング・マンケル著/柳沢由実子訳
(創元推理文庫 2010年邦訳)

休暇が終わって仕事に戻ったヴァランダーを待ち受けていたのは、花屋の家宅侵入の通報だった。店主は旅行中で盗まれたものはない。次は一人暮らしの老人が失踪した疑いがあるとの訴え。一見些細な二つの事件。だが老人が串刺しの死体で発見されるに至り、事件は恐るべき様相を見せはじめる…。(文庫カバーより)


Denfemte ヘニング・マンケルといえば(あとがきにもあるが)、今年5月にイスラエル軍に拿捕されたガザ支援船に乗船していたことが話題に。本人の安否がまだ知れなかった第一報時に、イアン・ランキンがTwitterで「いったいマンケルはどうしてしまったんだ」(以前はこんな人じゃなかったみたいなニュアンス?)と呟いているのを見て、私はそのニュースを知ったが、生真面目なマンケルなら小説だけでは飽きたらず、このような行動に出ても意外じゃないと思ったのだ。

刑事ヴァランダー・シリーズ第6作にあたる本作が書かれたのは15年前だけど、スウェーデンの田舎町を舞台にしながら、シリーズに共通して描いているのは今日の世界の有様で、そこに著者自身が深い憂いを覚えていることを感じとることができる。本作では例えばこんなことをヴァランダーに語らせている。

(娘から「なぜこの国に暮らすのはこんなにむずかしいのだろう」と聞かれたことに対して)

「おれが育った時代のスウェーデンは、みんなが穴の開いたくつ下をかがっていた時代だった。おれは学校でかがりかたを習ったのを覚えているよ。そのうちに急にみんなそれをやめてしまった。穴の開いたくつ下は捨てるものになった。…(略)…古くなったものを捨てるのは、社会全体の風潮になってしまった。もちろん穴の開いたくつ下をかがることを続ける人もいただろう。だが、そんな人たちの存在は見えなかったし、話にも聞かなかった。それがくつ下だけのことなら、この変化はそんなに大ごとではなかったかもしれない。だが、それがいろいろなことに広がった。しまいにはそれは、目には見えないがいつもすぐわれわれの手近にあるモラルのようなものになってしまった。おれは、それがわれわれのものの見方を変えてしまったと思うんだ。なにが正しくてなにが間違いか、ほかの人に対してなにをしていいのか、なにをしてはいけないかという価値基準を変えてしまった。すべてが厳しくなってしまった。多くの人が、おまえのように若い人たちはとくに、自分の国にいながら必要とされていない、それどころか歓迎されていないように感じている。そういう人たちはどう反応するか? 攻撃と破壊だ。恐ろしいことに、いまわれわれが体験しているのは、まだそんな時代のほんの始まりなのではないかとおれは思う」


前作『目くらましの道』のラストシーンで、ヴァランダーは遅い夏期休暇をもらい、年老いた父親を連れてイタリア・ローマ旅行に出る。本作はその休暇が終わったところから始まる。てことで、前作の余韻を思い出させながら、さらに意外な犯人像、物語の構成なども前作を焼き直したかのような内容。双子のような作品だった。殺人犯を突き止める過程がむりやりっぽく感じたけど、「人間と暴力」というテーマへの取り組み姿勢は相変わらず真摯。キバシオオライチョウのいる絵を描き続けたヴァランダーの父親の、ローマで流した涙の秘密が解き明かされる日は来るのだろうか。


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『ベルファストの12人の亡霊』スチュアート・ネヴィル著/佐藤耕士訳
(RHブックスプラス 2010年邦訳)

かつて北アイルランド共和派のテロ実行役として恐れられたフィーガンは、和平合意後、酒に溺れる日々を送っていた。彼を悩ませるのは、常につきまとって離れない12人の亡霊。すべてテロの犠牲者だった。その苦しみから逃れるため、フィーガンは亡霊たちが指差すままに、テロ工作の指令を出した昔の指導者や仲間をひとり、またひとりと殺していく…。(文庫カバーより)


Belfast ベルファスト合意後、テロ組織として恐れられた共和派のメンバーは、ある者は政治の世界で権力を握り、ある者は違法ビジネスで私腹を肥やす。しかし、和平が保たれる限り、民族紛争のどさくさの中で彼らがどんな罪を犯してきたかをわざわざ掘り返す者はいない。そんなややこしい大人の事情で成り立っている世界を、「みんなが報いを受ける」という単純明快なメッセージを突きつけてぶちこわす、元・組織の鉄砲玉フィーガン。
天性の怖いもの知らずの殺し屋が、一方では「ファンディング・ニモ」の映画に見入ったり、勘当した母親に許しを請う手紙を書いたり…そのギャップが切ねえー。フィーガンという男は根がとても純粋で、だから人に利用されやすく、でも、だから幽霊だって見えるのだ(で、その幽霊にも利用されるわけだが)。
これはとても好み。面白かった! 次作が楽しみ!


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『愛おしい骨』キャロル・オコンネル著/務台夏子訳
(創元推理文庫 2010年邦訳)

17歳の兄と15歳の弟。ふたりは森へ行き、戻ってきたのは兄ひとりだった。20年ぶりに帰郷したオーレンを迎えたのは、時が止まったかのように保たれた家。誰かが玄関先に、死んだ弟の骨をひとつずつ置いてゆく。何が起きているのか。次第に明らかになる、町の人々の秘められた顔…(文庫カバーより)


Bonebybone キャロル・オコンネル久々のノンシリーズ作品。前作の『クリスマスに少女は還る』を読み終えた後の衝撃と、どうしても溢れてきてしまう涙はいまだに忘れられない。しかし、あの作品は決して読みやすくはなかったことを、本作を読んでいて思い出した。
これもまた、すらっとは読めない。登場人物のキャラクターを理解するうえでも作風は早く理解しようともがくが、足が空を切るばかりなのだ。ミステリーとしては無駄な設定や展開がかなりあって、実はユーモアもあるけれど、ひねりがきいていてすぐには消化できない個性的な作風。しかし、それゆえ豊かな読み物になっているとも。終盤になると、すべての人の不可解な行動の謎が明かされ、その理由がじんわりと胸に染みいってくる。

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