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2010年9月

2010年9月12日 (日)

悪魔の楽器 〜『サキソフォン物語』

『サキソフォン物語 悪魔の角笛からジャズの花形へ』マイケル・シーゲル著/諸岡敏行訳
(青土社 2010年邦訳)


Devilshornサキソフォンの生みの親、アドルフ・サックス(1814〜1894)のことから、この楽器がどのように素早く広く世界を魅了し、同時に疎まれ蔑まれてきたかを、自らもアマチュアのサックス奏者であるジャーナリストが、多くの有名ミュージシャン、楽器職人、コレクターなどへのインタビューをまじえて綴った本。


20世紀初めにサックスがアメリカに伝わって起きた音楽革命(ジャズ登場以前)に匹敵するのは、1960年代の電気ギターくらいなものという。広まったきっかけはヨーロッパの軍隊に取り入れられたことで、理由は大きな音が誰にでも簡単に出せるから。エレキギターも似たような理由だろうから、現代の大衆音楽の最大の特徴は「大きな音」なのかもしれないと思った。

「サキソフォンについて語るとき、全部がぜんぶその他の楽器扱いだ。外部から境界に食い込んできたものとしてのね。交響楽団ではおまけの楽器だし、上流社会からははみ出ているし、まじめな音楽からは外れている。悶着を引き起こすし、社会には同調しないが、これこそはこんなにもおおぜいの人が自分の可能性、機会均等と自由を体現する楽器とみてきた証拠だし、伝統のない音楽を中心で支えてきた理由だね」(仏のクラシックサックス奏者、ジャン=マリー・ロンデクス)

「黒人を介して、サキソフォンは人間の声をもつ楽器になった。白人の名奏者はおおぜいいて、すごい技巧で複雑なことをやっていた。だが、どれもこれも同じ音だった。この楽器で、自分だけのものをつかんではいなかった」(アーチー・シェップ)

うーん、これこそサックスの面白さであり、最初の音は簡単に出せる一方で、ジャズの世界ではプロの音色になるまでには10年はかかるといわれるゆえんでもあるかな。電気を通さない楽器で、これだけ音の個性の幅が出る楽器はないわけで、音の個性がありすぎるゆえに西洋音楽の中では二流楽器扱いをされてもきたわけね。

この本、ジャズに限らず世界中のさまざまな音楽におけるサックスの扱いを取り上げている点で真面目な本ではあるけど、1章まるまる流言(笑)に費やされていたりもして、そんなところも含めてサックスらしいというか、著者のサックスへの熱い思いが伝わる本でした。しかし、サックスに興味のない人にとっては退屈なページも多い本かもしれないすね。私自身は特にテナーサックス大好きだし、長年演奏してもいたので読み通すことができたけれど。欲をいえば、楽器の本体、マウスピースとともにリードについて、もっと触れてほしかった(リード選びにかける神経は相当のものだから!)

サキソフォンの歴史に関するこの本が本国で刊行されて間もなく、この本の中でインタビューされている有名ミュージシャンの多くが亡くなったことは何かの因縁だろうか。


最後に著者曰く「この楽器は多くの広告でずさんな使い方、ときにはばかげた使い方をされている」。ほんとだよ、さすがに最近はあまり見なくなったけど、美女がサックスを抱えたショッピングモールのポスターとか、ばっかじゃないって、いつも思っていた! あと、マンションの部屋のソファーにサックスが立てかけてある不動産のポスターとか。そんなところで吹いたら速攻で苦情が来るっつーの!


「コーヒーでもどうだ?」 〜『夢果つる街』〜

『夢果つる街』トレヴェニアン著/北村太郎訳
(角川文庫 1988年邦訳)

各国の移民たちが破れた夢を抱えて生きる吹き溜まりの街、ザ・メイン。この街を知り尽くすラポワント警部補は、ある晩、見知らぬ男の奇妙な死体を発見する。犯罪の絶えないこの街で、嫌疑をかけられる人間は山ほどいたが、街をよく知るラポワントには彼らが犯人でないことは分かっていた。難しい捜査の末に浮かび上がる意外な真相とは…(文庫裏表紙より)


Themain かつてフランス系移民とイギリス系移民が大通りを隔てて住み着いた街。その後、さまざまな国籍を持つ移民が流れ込んで境界はあいまいになり小さなゲットーがいくつも生まれ、しかし、やがて成功した移民や二世は街を去り、老人と負け犬ばかりが残った——カナダ・モントリオールに実在する街を舞台にした小説だが、ザ・メインという個性のない街の名前のせいか、1976年に書かれた古めの作品のせいか、ずっと架空の街を描いた物語と思いこんで読んでいた。

その原因は主人公のラポワント警部補の人物造形にもある。新婚当時に妻を亡くし、以来ずっと独り。ときどき妻と2人の娘とともに郊外の庭付きの家に幸せに暮らしている自分を想像するのが慰めとなっている。街の治安は自分が維持しているとの誇りを持っているが、上司からは古くさいタイプの警官として煙たがられている。さらに彼は心臓の近くに手術不可能な動脈瘤を抱え、いつそれが破裂してぽっくりいっても不思議ではないと医者から宣告されている。舞台といい、主人公といい、ハードボイルドな雰囲気を醸し出すお膳立てが揃いすぎているのだ。

でも、それがとても心地いいんだよ〜、この小説の場合は。 『夢果つる街』という邦題も、気づいたときには冷徹さと自制心で武装してきたタフな心を見失い、老いに向かって加速している主人公の心情とマッチしていてとても良い。あらためて思ったのは、街とそこに暮らす人々の営みを描くのに、警官を主人公にした小説はうってつけということだ(ただし古いタイプの)。私自身、警察小説のそういうところに一番魅力を感じているので、毎度似通ったストーリーにもかかわらず、飽かずに読めるのだと思う。


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