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2010年8月

2010年8月29日 (日)

2つの心残り 〜「瞳の奥の秘密」〜

米アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画。

「瞳の奥の秘密」(2009年 スペイン/アルゼンチン)
★★★★


Ojos ちらし等からヨーロッパテイストのしっとりとした大人の映画を予期していたが、殺人事件とその真犯人を追う者たちという親しみやすい題材に加えて、映画館では随所に笑いが沸き起こっていたのであった。みんな、映画の雰囲気の飲み込みが早いなあ、さすが大人の観客たちだなあと感心した次第です。それと、やはり映画にしろドラマにしろ、こういう題材が受けやすいのは万国共通なんだろうなとも。

出世に関してライバルほどずる賢くなく、若い女性上司に好意を抱いているが、上司というだけで弱気になってしまう検事エスポシトは、ある殺人事件のとばっちりを受けて人生を狂わされ、ブエノスアイレスを去ることに。しかし、彼の潜在意識には2つの未練がくすぶり続けており、その思いが25年を経て、小説を書くことに向かわせる。

主演のリカルド・ダリンはきっと本国では人気の俳優なんだろう。馴染みのない者の目から見ると、ちょっとばかりしまりのないニヤケ顔。ヒロインは愛嬌があるけどガチャ目だし。しかし、映画の場合、知らない顔の俳優がやっているから雑念が入らないですむというメリットが必ずあって(もちろん演技が不自然でないのが前提)、この2人の場合も次第に親しみが湧いてくるのだ。

他方で、新婚の妻を殺された夫の老けメイクには、思わず吹き出しそうになってしまった。しかし、そのメイクの滑稽さをさらに上回るのが、真面目な銀行員の彼が悲しみ・憎しみと折り合うためにとった手段。
うーん、人間てどんな滑稽なことをしでかすか分からないものね。


たまっていた読書メモ

比較的最近出たミステリー系ばかり(いつもながら)。


『血のケープタウン』ロジャー・スミス著/長野きよみ訳
(ハヤカワ文庫 2010年邦訳)

銀行強盗で指名手配されたジャックは、妻子とともにアメリカから南ア・ケープタウンへ逃亡する。だが、ある夜自宅に押し入った強盗を殺した彼は再び自分が破滅の罠に落ちたことを悟る。その強盗にたかっていた悪徳警官に目をつけられてしまったのだ。事件を目撃した元ギャングの夜警や悪徳警官を追う内部捜査官らを巻き込み、男たちの運命は破局へ向かい走り出す…(文庫裏表紙より)


Mixblood南アフリカの作家が描くノワール小説。ジャックが再出発の地としてよりによって犯罪と隣り合わせのケープタウンを選ぶところが(アメリカ人らしく?)間抜けというか大ざっぱなのだが、作家が在住の地とあって、おそらくここに書かれていることは想像する以上にリアルなんだろう。ということで、アパルトヘイト廃止後の無秩序が残る南アという舞台の目新しさと、ジャック以外の登場人物たちのキャラクターが面白かった。ジャックはなんというか、矛盾だらけで、そのあたりもアメリカ人らしいかもしれないね。

最も醜悪に描かれるのが街を牛耳る白人警官で、最も善人ぽく描かれるのが自由を得るためにギャング一味の殺し屋から足を洗った黒人の夜警というのは、エンタメ小説としてはまずは鉄則だ。そして、その夜警も、またエリート黒人の内部捜査官も、何か一つ行きすぎれば狂気に転びそうな危うさを秘めているのが良い。フィリップ・ノイス監督で映画化が予定されていて、その映画では内部捜査官の視線で描かれるのかな、もしかして。


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『音もなく少女は』ボストン・テラン著/田口俊樹訳
(文春文庫 2010年邦訳)

原題は『Woman』。生まれつき聾唖の娘イヴ、麻薬売人の夫の暴力に怯えながらも信仰心から離婚はせずにイブの将来の幸せだけを案じる母クラリッサ、ナチスの断種法の被害者で、若き日に最愛の人とともに子宮も奪われたフラン。そしてイブの恋人の妹で、やはり犯罪者の実父につきまとわれる聾者の少女ミミ・・・NYブロンクスを舞台に、辛い経験を共有しあい互いの愛情を深めていきながら、虐げる者たちへの抵抗を試みる3世代の女たち。しかしやがて追い詰められ、男たちが創り上げてきたこの世の不公平に対する怒りを爆発させる…。


Womanこんなふうに書くと、スカッと感が味わえる結末を期待してしまうが、プロローグを読むだけでそうじゃないと分かる。読後に至っても絶望に近い憂鬱しか感じない。
ボストン・テランを読むのはミステリー小説として評判になった『神は銃弾』以来になるが、この小説は先へ読み進んでも、意外な展開に乏しく、もちろん謎解きの楽しみもない。弱き者=なんらかのハンディを持った女たちの真面目で善良な部分ばかりが強調されているのも重苦しい要因の一つ。気を紛らわす要素は、イヴがカメラマンとしての才能を開花させていくところくらい。
この閉塞感は相当なもの。題材は良いのかもしれないけれど、小説そのものが生真面目すぎて私にはトゥーマッチであった。しかしそれがこの作家の持ち味なのだろう。


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『警視の孤独』デボラ・クロンビー著/西田佳子訳
(講談社文庫 2010年邦訳)

テムズ川沿いに建つ、大物政治家所有のヴィクトリア時代の建物が放火され、焼け跡から女性の殺人死体が見つかる。若き女性消防士の協力のもと、警視キンケイドとパートナーのジェマは、被害者の身元を特定しようとするが、候補者が何人も浮かぶ事態に…。


Inadarkhouse_2 警視キンケイド・シリーズは本作で10作目になるそうだが、ずいぶん前に1作しか読んでいない。ストーリーは悪くないけど、事件と関係ないところの、実質夫婦のキンケイドとジェマの家庭の問題や、男女間のやりとりが出てくると途端に薄っぺらくなる気がする。人物の思考回路が生理的に受けつけなくて、途中で投げ出したくなったことも何度か。
著者のシリーズの登場人物たちに対する思い入れが過ぎるんじゃないかという気もして、この巻だけ読んでも、キンケイド警視がどんなタイプの男性なのかさっぱり掴めない。邦題も意味不明……辛口ですみません。でも、このタイトルに釣られ、裏切られた感が残るんだよなあ。


2010年8月22日 (日)

知らない街に女性の名前で呼びかけてみた 〜「シルビアのいる街で」〜

秋にスイスに行く予定。といっても山岳地がメインじゃなくて、美術館めぐりをするという友人に同行しての都市拠点の旅なのだが、ついでにバーゼルから1時間半ほどの仏ストラスブールにも行こうかと言っていたところへ、そのストラスブールが舞台の映画が公開されていたので観てきた。

「シルビアのいる街で」(2007年 スペイン/フランス)
★★★★


Inthecityofsylvia カフェに座り女性客を観察、彼女らの顔をひたすらノートにクロッキーし続ける旅行者の青年にはある目的があった…。これ以上のストーリーを書いてしまうと映画の面白さを損なってしまいそうなので遠慮しておく。
実際、自分はどんな映画なのかまったく知らずに観て、この青年はいったい何をしているんだろうと気になり、やがてそんな関心も薄れてしまうほど、青年の目を通しての女性たちの魅力的な顔(それも若い女性ばかりでないのがいい)や、なんでもない街の風景(本当にどうってことない)、街の音(BGMはすべて街が奏でる音)に集中させられた。内容を知っていたら、そこまで集中して目や耳をこらしていたかどうか。

セリフもほとんどなく、映像だけを頼りにあれこれ想像をふくらませ楽しむというのを久々に体験。女性の歩く後ろ姿、ガラス越しに映る一瞬の視線で心の動きを物語ったり、たまにミスリードさせる映像を盛り込んで、さりげなく緊張感を出すのが上手い。たまにユーモアも感じられる。個人的には、終盤近くに登場するゴシックファッションの女性たちの一人の顔がアップになり視線をとらえたところで映画が終わっていたら大爆笑するところだった。

青年には目的があったと書いたが、その目的が本当かどうかも疑わしく、実のところストーリーもあるようなないような。でも、この映画、私が旅行を意識して観たせいもあるかもしれないが、特に決まった目的も計画もなしにする旅への憧れを思い出させるのに十分だった。風になびく女性の髪と交互に映し出される、風でめくれるノートのページの間から立ちのぼるのは、知らない街を旅するときの感傷そのものだ。監督・脚本はスペイン人のホセ・ルイス・ゲリン。


ところで、ストラスブール行きが実現し、映画に登場する変な帽子をかぶったアフリカ人の物売りを実際に見かけたらここで報告しようと思います笑


2010年8月 7日 (土)

Jaguar Wright

Jaguar 最近、女性ボーカルばかりを聴いている。同性ボーカルを聴きたくなる何年か周期の只中にあるようで。(好みの男性ボーカルにしばらく出会えていないだけかもしれないが…。)
そのうちの一人がジャグアー・ライト(Jaguar Wright)。彼女の2002年のデビューアルバム『Denials Delusions and Decisions』に今ごろ心酔してる。歌い方と声がちょー好み。上手いし。とにかく声の表現力が素晴らしい。


フィラデルフィア出身。音楽キャリアをラッパーとしてスタートさせたというのが変わってる。そして、おそらくその経歴がエモーショナルな即興性、抜群のリズムとの絡みという、彼女の歌の特長となって表れていると思う。
特に1曲目に入っている、スコット・ストーチの曲とアレンジによる「The What If's」は何度もリピートしてしまう。緩いテンポのブルース調の曲に、ジャグアーの渋いボーカルがはまり、琴線に触れまくり。ストリングスを加えたアレンジもフィリーソウル好きとしてはたまらない。
Last.fmのこの曲に対するコメント欄を見ると、リスナーはブラック率が圧倒的に高く、特に(私と同様)あまり若くない女性たちから支持を集めているのがアイコンの顔写真から察せられる。まあ、若い人の多くはこの迫力だけで引いてしまうだろうね。

The What If's
http://www.youtube.com/watch?v=yMtPN3Zd-TU


アルバムではパティ・ラベルのヒット曲「Love Need And Want You」なんかもやってる。そういえば、彼女のめりはりのある声はラベルにちょっと似てる。ラベルほど暑苦しくないけど。
そして圧巻なのが、ジャグアーがメロディも即興で作っているふうの「Self Love」。そもそもはこの曲で彼女を知って、興味をもったのだ。YouTubeに上がっているライブ動画を見ても、本人は今風のR&B歌手を目指す気はさらさらなく、ジャズボーカル志向が強そう。いや、音楽に乗せてポエトリーリーディングをしていたらジャズ風になったという感じかな。我が道を行くタイプというか、しっかりとしたポリシーもっていそうで良い。

Self Love
http://www.youtube.com/watch?v=Jf9GAFyRQ0Q


2005年の2作目『Divorcing Neo 2 Marry Soul』も買って聴いてみた。悪くはないけれど、1作目に比べると彼女のボーカルのアクの強さが抑えられ気味と思う。特にラファエル・サディークのプロデュース曲がしっくりこない。情念系のジャグアーの歌にラファエルの淡々としていて実は自由度の低い曲アレンジは、相性がいいと思えないのだが…。コンポーザーにジャグアー自身の名前がある曲のほうが面白い(ライナーノーツにはjacquelyn Wrightとあるけど本人だよね?)。あと、このアルバムにも「Woman 2 Woman」という有名曲カバーあり。

近々新作が出るらしいので楽しみに待つ。


2010年8月 1日 (日)

って、有用植物レベルかい! 〜『素粒子』〜

いつもは行かない書店に行ったら、いつもは目に入ってこない本が目立つところに置いてあり、買ってきた1冊。

『素粒子』ミシェル・ウエルベック著/野崎歓訳
(ちくま文庫)

文学青年くずれの国語教師ブリュノ、ノーベル賞クラスの分子生物学者ミシェル——捨てられた異父兄弟の二つの人生をたどり、希薄で怠惰な現代世界の一面を透明なタッチで描き上げる。充溢する官能、悲哀と絶望の果てのペーソスが胸を刺す近年最大の話題作…(文庫裏表紙より)


Elementaires 生き物はやがて老いて死ぬ。自分(人間)もそうだと実感を持って感じ始めるのは平均的に40歳前後くらいかな。精神的な若さと老いていく肉体のギャップ、自分はまだ何もやっていない、こんな人生を送るはずじゃなかった、残された時間はあとどのくらいか、などと考えている世代が読むと、たまらなく切ない小説だと思う。

しかし、最後のうっちゃりにはびっくりだわ。弟ミシェルがいずれ何か大きなことをやらかすのは予告されていたのだが、こんなブラックユーモアな結末が待っていようとは。おまけに、こんなふうにユーモアとともにこの物語を受け止めるような態度も最後には打ち砕かれるのが人生さ、と釘を刺すのを忘れない。へこむ笑

あとがきによると、著者は農業技術学校の出身という。てことは、この最後の展開は、人類の有用植物開発の歴史が土台になっているのだろう。人間と植物を同レベルで俯瞰する発想が、フランス人らしいのではないかと思う。

肉体的な死から逃れられないことが、今日の人類の抱えるさまざまな苦しみの根源。弟ミシェルはその苦しみを絶つ方法を見つけることで、アナベルの愛に彼なりの誠意をもって応えたんだと美しく解釈しておく。


追記。
それにしても皮肉だ。最後に姿を見せる語り手は、それまでの人類にとって有用な特性を備えているのであって、しかし、その人類は死に絶える前提であること。さらに、新種の彼らは「苦しみ」を感じないのかどうかという疑問も残る。「人間の観点から言えば幸福」とか「旧人類の目から見れば楽園」という言い回しに、新たな絶望が広がっている気配を感じなくもない。


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