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2010年3月

2010年3月22日 (月)

おれの止まり木にようこそ 〜『死者の名を読み上げよ』〜

エジンバラ警察の万年警部ジョン・リーバスと愛弟子シボーン・クラーク部長刑事の日常を綴るシリーズ、4年ぶりの翻訳新刊本!
いや〜待ってたよー。本国イギリスでの人気はすこぶる高いこのシリーズ。日本ではあまりぱっとしないらしく、早川書房も一時テコ入れを図ったのでしょうか。ハードカバーで出版されたり、未翻訳だった旧作が文庫で出されたり・・・しかし、これは久々にポケミスに戻っての出版。帯にある「リーバス警部、ポケミスに復帰」のキャッチが不屈の男を思わせていいね!笑。テコ入れの結果が芳しくなかったとしたら残念だが、ハードカバーや文庫の表紙のイラストがいまいちイメージでないと思っていたこともあり、こっちのほうが落ち着く。


『死者の名を読み上げよ』イアン・ランキン著/延原泰子訳
(早川書房 2010年邦訳)


Namingofdead 本作は、2005年7月にエジンバラで開催されたG8を背景に、その前後10日間の出来事を描いている。U2のボノらの呼びかけもあり20万人に膨れあがった市民デモと、警備のためにイギリス全土から集められた警察官たちで騒然とするエジンバラ。しかし、その騒ぎを横目に、はぐれ警部リーバスとクラークは地元大物ギャングの部下が殺された事件を追う。それと並行してリーバスは、エジンバラ城での国際会合に出席していた議員の転落死に不審を抱き、クラークはデモに参加していた母親を殴打した人物を捜すのを断念できない…。


スコットランドでG8のあった週は、未曾有の市民デモだけでなく、ボブ・ゲルドフ主催のコンサート「Live 8」が世界規模で開かれたり、2012年のオリンピック開催地がロンドンに決定したり、警備が手薄になったのを狙ってロンドン地下鉄同時爆破事件が起きるなど、イギリスにとって激動の1週間となった。本作は、これらたくさんの要素を無理なく絡めながら、いつものシリーズの持ち味(登場人物のキャラクターの立たせ方など)は損なわれていない。やっぱり面白いわ〜。

今作のリーバスはたまに芝居がかっている・・・相手が誰であろうと媚びることのない態度とは裏腹に、本人が老いてカドが取れたのが伝わってくるからか。とにかく行動に関しては、定年間近の年齢になろうとも青臭い頃のままに、自分なりの正義を貫き通すリーバスであった。終盤、偽警官への子供じみた仕返し場面には笑った。以前から見られるリーバスのこういう行動は、年を取ると滑稽さが増すだけなのだ。しかし、傍から見たその滑稽さもいまや持ち味なのだ。老いても反抗心を失わないロックミュージシャンのごとく。

この作品はいつもに増して音楽ネタが多かった。イアン・ランキンは本作に限って、ジョージ・P・ペレケーノスのワシントン・サーガのシリーズを意識して書いたところもあるんじゃないかと思ったけど、どうなんだろう。


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18世紀のパリを舞台にした「ニコラ警視の事件」シリーズ3作目。

『ロワイヤル通りの悪魔憑き』ジャン=フランソワ・パロ著/吉田恒雄訳
(ランダムハウス講談社 2010年邦訳)


Fantomedelarueroyale パリの中心で開催された王太子とマリー・アントワネットの成婚を祝う花火大会は、大惨事を招く結果となった。大勢の見物客や馬車が押しかけるなか、王立警察と対立するパリ市警の陰謀で警備がまったくなされず、花火の爆発による混乱で何百人もが命を失ったのだ。その責任の所在を明らかにするよう命を受けたニコラ警視は、どさくさにまぎれて捨てられたとおぼしき若い女性の絞殺死体を見つける…。


フランスで作られたテレビシリーズが日本でも放映中とあって、翻訳されるのが早いです。が、半年前に読んだ2作目から物語は10年も進んでいるではないか! このあたりは史実を絡めた時代ミステリだから仕方ないのだろうが、10年後でも主な登場人物たちにほとんど変化はない。
今作は割とオーソドックスなフーダニットミステリになっていて読みやすかった。しかし、面白さは1作ごとに減っていく…。もともとこの時代のフランスに特に興味があるわけじゃないので、新鮮みが薄れたに過ぎないかもしれないが。

2010年3月20日 (土)

Chuck Brown & The Soul Searchers @ビルボードライブ東京

Cb 18日に行ってきた−!チャック・ブラウン&ザ・ソウルサーチャーズのライブ。80年代にインクスティック芝浦で見て以来のライブ。近年のアルバムもまったく聴いていないけれど、十年一日のごとくのワシントンGO-GOのリズム、90分間ノンストップの演奏に、懐かしいなんて感情は一切湧くことなく楽しませてもらいました! 録音されたポピュラーミュージックには流行り廃りを感じるが、ライブにはそんなもの関係ないというのを再確認。チャック・ブラウンが70代半ばなんで、ちょっと迷ったが行って良かった〜。独特の渋い低音ボイス、ジャジーなギターも健在でした!


ワシントンGO-GOというジャンル音楽は、パーカッション入りで刻まれる緩めテンポの跳ねるリズム、その上に乗っかるキメのフレーズとコール&レスポンスだけで基本的に曲が出来上がっている。初めて聴くと、まるで延々と曲のイントロが続いているようで、いつテーマ(歌)が始まるの〜?なんて思っているうちに次の曲に移っている。要するにインストでも成り立つ音楽で、リズムはノンストップが通常。それが本場ライブでは何時間も続く。

最初にその音楽と接したのはトラブルファンクというバンドの1983年の輸入LP「Saturday Night Live From Washington D.C.」で、これは本当によく聴いた。当時からどこか古くさいのに新しいビートという印象だった。そこがワシントンGO-GOの面白いところだ。
http://www.youtube.com/watch?v=5-AZveMx8cY

対して、チャック・ブラウンは、ワシントンGO-GOの誕生以前から、当地のファンクミュージックシーンを引っ張ってきた存在。彼の場合はジャズやブルースが土台になっていて、スタンダード曲なんかもGO-GOビートに乗せて演奏したことで、ローカルじゃない人気を勝ち得ることができたんだと思う。ゴッドファーザーのテーマなんてのも20年くらい変わらずやっている・・・ある意味で前衛的(笑
http://www.youtube.com/watch?v=ne-jxIU3L0Y


さてライブは、メンバーが若返っているくらいで、前半は曲の構成もアレンジも以前からとほとんど同じ(チャック・ブラウンの衣装も、頭からつま先まで芝浦インクで見たときとほとんど変わらない)。今日は踊るぞ〜と期待して来たので、当然最初からスタンディングです! そして、後半はチャックの娘が登場して1曲、キーボードの女性が1曲リードボーカルを取り、ヒップホップやラガマフィンをミックスさせた若い世代のワシントンGO-GOを披露。この新旧世代のコラボが微笑ましいというか頼もしいというか、チャック・ブラウン、まだまだ現役で行けるぞーと思わせました。
さらに、Little Bennyというもう一人のワシントンGO-GOのスター(?)もゲスト参加し、時間がたつにつれて賑やかになるステージ上、盛り上がる客席・・・。いや〜フロアのお客さんたちも濃かったわ。自分はカジュアル席で見たのだが、次のビルボードはフロアにしようと思います。

2010年3月14日 (日)

登場人物が超有名ってだけの 〜シャーロック・ホームズ〜

土曜日は体調不調のなか、1本はネットでチケットを購入してしまっていたのと、もう1本は前売りチケットを今使わないとムダになりそうという理由で映画館をはしご。休日の新宿は人が飽和状態で、気が狂いそうだった。しばらく行きたくない〜。


「シャーロック・ホームズ」(2009年 アメリカ)
★★★

Sherlock 実は小説の私立探偵ホームズは1冊も読んでない。怪盗ルパンは学校図書館にあったのをほぼ全部読んだ。子供のときなので、本の表紙または挿絵に描かれていたシルクハットに黒マントのシルエットのルパンのほうが、チェック柄の鹿狩り帽子にケープ姿のホームズよりも、単純に分かりやすい格好良さだったからかもしれない。当時の読書家の友人はホームズのほうが面白いと言っていた記憶あり。

それにしてもこの映画、ちっとも19世紀末のロンドンらしくなかったわ。ホームズ役のロバート・ダウニー・Jrの顔や演技がイギリス人に見えないのが大きいかな。ストーリーは、原作に基づいているのかどうか知らないけれど、今のミステリー作品と比べたらほとんどひねりのないもの。だから他の楽しみどころをと探しながら見ていたのだけど、体調悪いせいもあって乗れなかった…。

シリーズの序章くらいのつもりで作られていて、パイレーツ・オブ・カリビアンのジョニー・デップのような子供のアイドルを目指しているのかもと思った。ダウニー・Jrは「アイアンマン」のほうが似合っていると思う。ちなみにガイ・リッチー作品は初見。


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「Dr. パルナサスの鏡」(2009年 イギリス/カナダ)
★★★

あははは、相変わらず我が道を行くテリー・ギリアム監督なのであった。
こっちも舞台はロンドン、出演者にジュード・ロウがいて、首つり場面が出てくるなど「シャーロック・ホームズ」とだぶるところがいくつかあり、最初はまるで続きを見ているような錯覚。でも、断然こっちのほうがわくわくするものがあった。

それに、こっちの映画は時代は今のようだったが、よほど19世紀末な感じがした。というか、時代がいつとか、実はどうでもよい感じ。ビジュアルも、テリー・ギリアムがいろんなところで目にして気に入ったモチーフをちりばめたふうで、そのむちゃくちゃさ加減は長新太の絵本並みに痛快。
でも、テーマは意外とシンプルで、見終わった後からじわじわくるものがある。やはり惜しいのはヒース・レジャーが途中で亡くなったこと。「ダークナイト」に続いてこんな役を引き受けたら、そりゃ精神的にきついわ〜。ヒース・レジャーが演じ通していたら★4つ。
でも、この役はあまりヒース・レジャーに合っていない気も…。対して、クリストファー・プラマーや、リリー・コール、トム・ウェイツ、ヴァーン・トロイヤーなどは映画の世界に合っていて良かったです。

2010年3月 7日 (日)

2010月2月に観たDVD

「レイチェルの結婚」(2008年 アメリカ)
★★★★

ジョナサン・デミ監督。薬物依存症で入院してるキム(アン・ハサウェイ)は、自宅で行われる姉レイチェルの結婚式に出席するために一時退院。ピリピリした雰囲気を漂わす彼女に、周囲も最初は遠慮がちに接するが、やがて家族の過去の出来事をめぐりわだかまっていた互いの思いをぶつけ合う…。
手持ちカメラ撮影によるドキュメンタリー風演出が最近はちょっと流行っているのかな。さまざまな人種、いろんな国の食べ物や音楽を詰め込んでいるところなんかもイギリス映画っぽい。デブラ・ウィンガーが娘たちの実の母親役で登場。すっかりいい年齢になっていてびっくり! 脚本のジェニー・ルメットはシドニー・ルメットの娘でレナ・ホーンの孫。ほお。


「それでも恋するバルセロナ」(2008年 スペイン/アメリカ)
★★★★

ウディ・アレン監督作品は、出演俳優の神経質なしゃべりがまるで監督が乗り移ったように感じることがよくあるが、これはそれがなかったのが良い。異国の地でのアバンチュールという題材そのものはよくあるけど、コメディとして軽く描いている。恋の情熱を維持するには障害が必要というスペインの芸術家カップルに対し、自分探しにしか興味のないすかしたアメリカ娘。互いの感情は実はまったく噛み合っていないのが面白い。ペネロペ・クルスのようなするどい顔つきの美人が突然、分からない言葉で人を罵り出すと超怖いです。スカーレット・ヨハンセンがセクシー女優としてもてはやされている理由がいまだ分からんなあ。


「ザッツ★マジックアワー ダメ男ハワードのステキな人生」(2008年 アメリカ)
★★★

親に言われるままに弁護士になる勉強をしていたトロイ(コリン・ハンクス)は、そんな人生に嫌気がさし、かつてのテレビスターで、今は落ちぶれて地方周りをしているマジシャン、バック・ハワード(ジョン・マルコヴィッチ)のマネージャーとなる…。
エミリー・ブラントが出ているので借りてきた日本未公開のヒューマンコメディ。なんちゅー適当な邦題。アメージング・クレスキンという実在のマジシャンがモデルらしい。マジックの夢を残した終わり方がなかなか良かった。アメリカのテレビ番組に詳しいと、もっと楽しめるんだろう。コリン・ハンクスはトム・ハンクス(映画にも父親役で登場)と声がよく似ている。田舎町のミーハー男を演じるスティーヴ・ザーンがおもろいわ〜。
http://greatbuckhowardmovie.com/

一生の後悔が癒えるとき 〜昼が夜に負うもの〜

アルジェリア出身作家が故国を舞台に描いた、一人のアラブ系男性の生涯の恋と友情にまつわる物語。


『昼が夜に負うもの』ヤスミナ・カドラ著/藤本優子訳
(早川書房 2009年邦訳)


Cequelejourdoit 物語は1930年代のフランス領アルジェリアの農村から始まる。「父は幸福だった。そんなことがあの父にありえるとは信じがたかった。いつもの不安から解き放たれた父の顔つきに、私は胸騒ぎさえ覚えたものだ」……長い貧困生活のすえ、その年ようやく豊作となった小麦畑を前にして、父親の笑顔というものを初めて目にした少年ユネスの悪い予感は当たっていた。小麦畑は収穫直前に放火されるという理不尽な仕打ちに遭い、父祖伝来の土地も借金のかたに奪われ、一家は身一つで都会に出て、出口なしの極貧生活に陥ってしまう。

でも、まだこれはほんのさわり。都会でも再び災難に遭い人生に絶望した父は、薬局を営みフランス人を妻とする兄にユネスを託す。アラブ系ながら碧眼で天使のような顔をした彼は、そこでフランス風にジョナスと名前を変えさせられ、フランス系やユダヤ系など入植者の子弟と同じ学校に通い、やがて友人にも恵まる。しかし、誰もが目を奪われる美しい少女エミリーをめぐって、さらにアルジェリア独立を目指す先住者と入植者の対立が広まるにつれ、ユネスと友人たちの関係はぎくしゃくしていく…。


80代となった老人ユネスが自分の青春時代を回想するというかたちを取るこの小説。最後に旧友と再会する章での哀歓を超越した余韻が素晴らしい! これぞ人生って感じ? 「過去にいろいろあっても、年老いて思い出すのは美しい出来事ばかり」との登場人物の言葉に励まされるとともに、一輪の薔薇の話は何度思い出しても切なくて目頭が熱くなる。そして実の父と母、妹の身の上のことも…。なんという救いのない貧困。翻訳がきっといいのだと思うが、文章も魅力的で満喫した〜。


内容をひと言でいえば、報われなかった愛があり、しかし別の愛でそれを補うこともできるというようなものか。要するに愛がテーマ。アルジェリア独立運動を背景に、時代に翻弄された人々の物語としても読めるが、硬派な読み物にしないために、あえて書かれなかったこともたくさんあったように思った。
たとえば、民族対立の様相が明らかになってきてからのユネスへの友人たちの不自然な対応にはアラブ人への差別視があったと思うが、それが具体的に描かれることがない。また、ユネスはきわめて穏和(悪くいえば鈍感)で、傍目でもいらいらするほどに煮え切らない人間として描かれる。それがもとで一生の深い後悔を抱え込むことになるが、そんな性格だったからピエ・ノワール(入植者)の友人たちとの友情は長らえたのではないか。

民族の違いも宗教の違いも、個人同士の関係にはまったく影響を与えないという思いが込められていると感じた。

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