« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009年7月27日 (月)

ワンマン企業の多くが人でなしなのは同意するよ。

はずしたと思った2冊。


『解雇手当』ドゥエイン・スウィアジンスキー著/公手成幸訳
(ハヤカワ文庫 2009年邦訳)


「これからきみたち全員を殺す」社長がそう宣言したとき、36階のオフィスは脱出不可能の牢獄と化していた。通信回線は不通、携帯電話は使えず、エレベーターも止められた。階段のドアには猛毒のサリンを噴出する装置が仕掛けられている。閉じ込められた男女は毒を飲んで自殺するか、射殺されるか、究極の選択を迫られる! 脱出するのは誰か? それとも全滅か? 読者の度肝を抜くハイパー版『そして誰もいなくなった』…。(文庫裏表紙より)


Severrancepackage 滑稽さを忍ばせつつ、ひたすらバイオレンスな場面が続くサスペンス小説。人物描写が浅いし、社会描写なんて皆無。なぜ殺されるのか、黒幕は誰なのかなど、そんな疑問を持つこと自体が無意味。この小説はそれを確信的にやっているのかもしれないけれど、私はダメだ〜。
映画「ソウ(SAW)」シリーズをヒットさせた映画製作会社によって映画化が決まっているという。「ソウ」シリーズは一つも観たことがないが、だいたいこの小説もどんな映画になるのか想像がつく。しかし、それでもよく出来た小説とは思わないんだよね。こういうのが好きな人なら誰でも書けるんじゃないの?という程度にしか思えない。


これを読んで思い出したのが、クリストファー・ブルックマイア。こっちの新作は早く読みたい〜。早く翻訳出してくれ。


**************************************


『木曜日だった男 ひとつの悪夢』チェスタトン著/南條竹則訳
(光文社古典新訳文庫 2008年新訳)


この世の終わりが来たようなある奇妙な夕焼けの晩、十九世紀ロンドンの一画サフラン・パークに、一人の詩人が姿をあらわした。それは、幾重にも張りめぐらされた陰謀、壮大な冒険活劇の始まりだった。日曜日から土曜日まで、七曜を名乗る男たちが巣くう秘密結社とは…(文庫裏表紙より)


Anightmare G・K・チェスタトンが「ブラウン神父シリーズ」で有名な古典ミステリの大御所ということは知っている。手始めにこれでもと思って読んでみたが、ミステリーともサスペンスとも言い難い、逆説に満ちていて、シュールで、ユーモアはあるが、ちょっと難解な小説だった。
無政府主義というのがキーワードになっているが、この小説が書かれたのが1908年で、当時は無政府主義者による暗殺が世界中で起きていた。今となっては無政府主義の意味もだいぶ変わってしまっていると思うし、そういう言い方自体あまり聞かない。そんなんなので、逆説に込められた皮肉などもあまり深く考えずに読んでしまったところはあります。

2009年7月26日 (日)

Anthony Hamilton at Billboard Live TOKYO

Anthonyh 昨日はビルボードライブでアンソニー・ハミルトンのライブ。
最近のR&Bボーカリストの中では、最もソウルミュージックに近い歌声をもつ人だと思う。それでいてサウンドは今らしい個性を感じされるところがいい。とりあえずいままで出たアルバムは全部買って聴いてます。


ということで楽しみにしていましたが…。ここの会場の音響のひどさは、もうちょっとなんとかならないものか。生の音楽に接しているという実感に乏しく、毎回もどかしい思いがする。特にボーカルがまるで拡声器を通したように聞こえる。先日のエディー・リヴァートのときもそこがとても残念だった。歌唱力が売りの人たちが多く出演しているライブハウスなのに、実にもったいない。この日はバスドラの響きがスローな曲を台なしにしていたし、全体のバランスも悪かった。


それはさておきアンソニー。まずはかっちりしたスーツに中折れ帽、サングラスというおしゃれないでたちで登場したのが意外だった。もっと飾り気のないイメージだったから。といっても、1曲ごとに脱ぎ捨てて、早々にシャツ1枚のラフな姿になり、そっちのほうが本人も居心地がよさそうだった。
そして、ボーカリストとしてはおとなしく地味なイメージを持っていたのだが、これも違っていた。曲が盛り上がると個性的な激しいダンス(笑)を披露。途中、客席に降りて走り回るし、曲の合間にはジョークを飛ばして会場を盛り上げる。といっても、爆笑していたのは外国人ばかりで、音響のせいもあって、こっちは英語の単語すら聞き取れず、ぽかーんとしてましたよ。
とにかく、思っていたよりパフォーマンスを意識したステージ。しかし、歌は生でもCDとまったく変わらない抜群の安定感。歌唱力はやはり本物でした!


バンドは、バックボーカル2人、キーボード2人、ギター、ベース、ドラムの編成で、曲のアレンジが面白かった。それぞれ上手い人たちなんだな。ベースの人、ジャコなんかが好きそう。途中で1曲、アンソニーの奥さんがゲストで登場して歌を披露。名前を聞き取れなかったけれど、奥さんも歌手みたいです。

曲は「The Point Of It All」「Prayin' For You」「Cool」「Fallon' In Love」「Her Heart」など最新アルバムからの曲、旧作からは「Can't Let Go」が印象に残ったかな。特に「Prayin' For You」はゴスペルっぽい煽りで、本場の地元密着のライブハウスにいるような錯覚を覚えました。


しかし、ステージが短かかった…。1時間15分くらいだったらしい。当然アンコールがある、それも一応最終回だし、数曲はやると思っていたのですごーくガッカリした。サイン会があるからアンコールがないなんてひどいよ〜。アナウンスでその旨を伝えられても、あきらめられない客がアンコールを求める拍手を止めない。しまいにはブーイングをしている客もいた。気持ちはとてもよく分かる。楽しいステージだったし、本当にこれから仕上げという雰囲気のなかで終わってしまったから。
このライブハウスではライブ後のサイン会を、ファンサービスとしてよくやっているようだ。出演者もプロモーションとして来日している意識が強いんでしょうかね。1日2ステージ制でも充実したライブ体験が続いていたので、もの足りない思いが残りました。

2009年7月22日 (水)

惨めと思うから惨めなんだ

この映画を見た直後に「レスラー」を見てしまって、いっとき感想が吹き飛んでしまったが、こっちも面白かった〜。


「サンシャイン・クリーニング」(2008年 アメリカ)
★★★★☆


姉ローズは高校時代はチアリーダーだったが、30代の今は問題児の息子を抱えるシングルマザー。仕事はハウスキーパーで、かつての恋人である警官と不倫中。妹ノラは勝手気ままな性格でバイトが長続きせず、いまだに父親と同居中。その父親は自営の訪問販売業だが、売れ行きは芳しくない。そんなある日、ローズは恋人から「大金が稼げる」と聞き、家族のために妹を誘って事件現場のクリーニング事業を始める…。


Sunshinecleaning 最大の収穫は妹ノラ役のエミリー・ブラント。表情がいちいち魅力的で見惚れた! 本当は姉役のエイミー・アダムスが主演だから見ようと思った映画で、アダムスも良かったのだが、ブラントの女優オーラにやられた。「プラダを着た悪魔」でしか見たことがなかったが、あの映画とはまったく違った役柄ながら、どっちも似合っている。どんな役でもこなせそうな可能性を感じる。イギリスの舞台出身というのがちょっと意外だ。IMDbを見たら、今度予定されている仕事の充実ぶりがすごい。そりゃあ誰でも使いたくなると思うよ。久々に気になる女優の出現で興奮しました。


(以下ネタばれ)

映画の登場人物で共感したのは健気な姉ローズ。ハウスキーパーとして働いていた家が同級生の家と分かり、恵まれた生活を見せつけられたときはさすがにうろたえていたローズだけれど、その後に始めた事件現場のクリーニングの仕事に引け目などを感じている様子はない。殺人現場や自殺現場を掃除する仕事と聞けば、顔をしかめる人がけっこういると思うのだが、当人たちも周りもそういう浅はかな反応はしないのが好ましい。逆に、例えば自殺した人の家族から感謝される場面なども直接的に入れていないところがいいと思った。仕事を卑下も美化もしないのが、この映画の繊細なところ。ポップコーンや海老などを思いつきで仕入れて商売している老いた父親も同様で、負け組だろうとなんだろうと、あの年齢で自分で生活手段を見つけて、一生懸命働く姿に励まされましたよ。


気になったのは、ローズの息子の父親は誰なのだろうかということ。あの不倫相手の子どもだとしたら、こんな切ない話はないと思うが、まさかね。そして、結末だけれど…クリーニングの仕事で知り合った片腕の男性との縁が切れなくて良かったです。

2009年7月21日 (火)

レスラーという職業

面白そうだけれど、流血しているレスリングの試合のスチールを見て、映画館の大画面で見るのは気が進まない、DVD化を待とうと思っていた。が、映画館に行ってよかった。ミッキー・ローク演じる主人公の、傷だらけの肉体、汗、息切れなどが真に迫り、使命を背負って生きていくとはこういうことなのだなというのを目の当たりにした思い。圧倒させられました。

「レスラー」(2008年 アメリカ)
★★★★★


ランディ・ロビンソンは80年代に大活躍したプロレスラー。しかしそんな栄光も今は昔、それでも彼は老体に鞭打ちながら小さな地方興行に出場して細々と現役を続ける不器用な男。ひとたびリングを降りれば、トレーラーハウスに一人で住み、スーパーマーケットのアルバイトで糊口を凌ぐ孤独な日々。そんなある日、長年のステロイド常用がたたって心臓発作で倒れたランディは、ついに引退を余儀なくされる…(allcinemaより)


Thewrestler 映画は唐突に終わる。映画のタイトルが「ランディ・ロビンソン」でも「ザ・ラム」(レスラーとしての愛称)でもなく「レスラー(The Wrestler)」である意味がじわりと染みてきた。特定のヒーローを描いた映画ではなく、人々を楽しませ元気を与えるために、自らにはとことん過酷を強いるプロフェッショナルとしての生き様を描いた映画だって。


プロレスラーはエンターテイナーであることを、映画はその舞台裏を描くことを通して伝える。これがプロとしての美学を感じさせ、むしろかっこいいのだ。ロビン・ラムジンスキーは、レスラーとしての全盛期はとうに過ぎて、もはや収入は乏しく、トレーラーハウスの家賃も払えないくらいなのに、レスラー"ランディ・ロビンソン"のトレードマークになっている羊色の髪を維持するために美容院に通ったり、肉体を逞しくみせるための日焼けマシンにはお金を惜しまない。派手な演出のために、自分で肉体を傷つけるのも厭わない。


一方で、肉体が資本の職業の過酷さも描いた映画だ。危険な薬を服用するという犠牲を払っても、老いだけは容赦なく、彼自身と、彼が演じてきたキャラクターを引き離していく。そして、レスラーとしての過去の栄光は忘れがたく、私生活で待ち受けるのは孤独だけ…結局、勝利するのは"ランディ・ロビンソン"の人格だ。家族との決裂の後、スーパーマーケットに働きに出て、売り場に向かう彼の後ろ姿をカメラがずっと追う場面では、ロビンの人格がランディにすっかり侵食されてしまったように思えた。


なんといってもミッキー・ロークの演技が素晴らしかったが、ダンサーのキャシディ役のマリサ・トメイも裸を晒して熱演! 老いたレスラーと対のように、子持ちヌードダンサーを登場させるところが素晴らしい。肉体が老いることの残酷さと闘っているのは、社会的にはむしろ女のほうが多数だよね…。

ラスト近くで、ランディの中にわずかに残っていたロビンが、キャシディの居た場所を振り返るシーンが最高に切なかったです。

2009年7月19日 (日)

現代ハードボイルドの傑作(らしいです)

『さらば甘き口づけ』ジェイムズ・クラムリー著/小泉喜美子訳
(ハヤカワ文庫 1980年邦訳)


十年前に行方を断った娘を探してほしい——酔いどれの私立探偵スルーは、捜索を依頼されていたアル中作家を探しあてた酒場の女主人から、次の仕事の依頼を受けた。アル中作家とともにわずかの手がかりを追い始めたスルーが見た悲劇とは? (出版社サイトより)


Thelastgoodkiss あとがきによると「文学的にはチャンドラーの私生児」を自ら名乗るクラムリー。この小説は「The Last Good Kiss」との原題からもうかがえるように、とりわけチャンドラーへの敬意を表した作品になっているようです。

当の『長いお別れ』を私は20歳前後に一度読んだきりだけれど、「こういうものか」程度の感想しか持たなかったと思うのだよね。いま読んだら行間から感じ取れるものがきっと違っていたのでしょう。この手の探偵小説を、数カ月ぶりに手にして「あ〜、気持ち落ち着くなあ」と思いながら読んでいた。精神安定剤のようなところがあるらしいです、下戸で女の自分にも。


しかし、自分が女だからでしょうか、ベティ・スーのことは、結末に近づくほど、信用ならないしたたかな女との予想を募らせていました。思っていたよりロマンチックでしたねぇ。

2009年7月18日 (土)

魅惑のエロサウンド その18

ハービー・ハンコックは、フュージョン全盛期だった1978年のアルバム『Sunlight』をよく聴きました。代表曲は1曲目の「I Thought It Was You」だろうと思いますが、私が好きなのは2曲目のこれ。

Herbie Hancockの「Come Running To Me」


Comerunningtome ハンコックのエレピによる流れるようなソロとボコーダによる歌、ポール・ジャクソンの強力なバネのようなぶっといベース、ビル・サマーズのコンガなどが一体となって醸す曲の雰囲気がたまりません。歌入りのフュージョンながら、1968年に録音された「Speak Like A Child」の繊細でスムーズな世界を継承しているところがある曲だと思います。

最近またボコーダが流行っているようですが、メロウなブラックミュージックでのボコーダ使いのルーツは、ハンコックの『Sunlight』あたりではないのかしら? もっともハンコックの場合はキーボードを弾いて音程を作っており、今の主流は歌ったものを後でボコーダで加工しているようですが。


アルバム5曲中、4曲はポップな曲で、本人も少し物足りないと思ったのか、最後に入っている「Good Question」ではジャコ・パストリアスとトニー・ウィリアムスを迎え、ハンコックは生ピアノを弾く、ラテン風テーマの硬派な曲。


「Come Running To Me」(試聴)
http://www.youtube.com/watch?v=c6WrK7m4ZPk


その昔、初対面同士のバンドでのセッションで必ずやっていたのはヘッド・ハンターズの「Chameleon」。一流の人たちはライブ演奏もぜんぜん違うなあ。当たり前です(笑
http://www.youtube.com/watch?v=JcjkA5ZAWQo
http://www.youtube.com/watch?v=0hmVHhH96es (上の続き)

2009年7月13日 (月)

Mint Condition at Cotton Club

Mintcondition 11日の土曜日、このところ頻繁に来日しているミント・コンディションのライブに初めて行きました。友人と「ちゃんとしたバンドのライブが見たいね」と話したのがきっかけ。


一時はメジャーレーベルでヒット曲を出しながら、今はインディーズからアルバムを出している彼ら。しかしながら、客のノリがとても良いので驚いた。常連さんがたくさんいそう。そして、それに負けず、リードボーカルのストークリー・ウィリアムスや、ベースのリッキー・キンチェンらが激しく動き回るパフォーマンスにも驚いた笑 ストークリーなんか帽子のひさしの先から汗がポタポタずっと落ち続けているのですよ。1日2ステージ・・・毎度こんなに力が入っているのかと。


ブラックコンテンポラリーの世界では、今どきバンドという形態を維持しながら音楽をやっていること自体がとても珍しいのだが(そのためわざわざセルフ・コンテインド・グループと呼ばれている)、彼らのヒット曲の多くはメロディーとコーラスワークが美しいスローナンバー。そのこととバンド形態であることの理由が私の頭のなかで結びつかず、どんな内容のライブになるのか、見るまでは想像がつきませんでした。


ライブを見た印象は、昔のソウルバンドやファンクバンドとも違う、独自路線を走っている人たちだなあということ。今の音楽をやっているのだから当然なのだけれど、出だしは馴染みにくいところも正直ありました。しかし、それが吹っ切れたのは、中盤で、もともとはドラマーでもあるストークリーの長いドラムソロがあり、それに続いて、各メンバーがソロを取るファンキーなインスト曲をやってから。ファンクバンド好きとしては、こういう演奏を待っていました!という思いでした。と同時に、ジャズも好きだし、ヘビメタなロックも好きというメンバーそれぞれの個性が見えてきて、計算され洗練されたショーとは違うのだけれど、やりたいことをやるという良い意味でのアマチュア魂を感じました。


客席が盛り上がったのは、やはり「Breakin' My Heart」や「Nothing Left To Say」といったバラード調の曲。しかし、特に、アンコールでやった彼らの初期の代表曲「Breakin'〜」では、CDで聴くときと違って、重たいドラムがおかずを多用してリズムを後ろに引っ張る、引っ張る。そして合間に大げさなキメが入る。これがとても気持ちいい! 気持ちよすぎて途中から笑えてきた。スローだけれどファンキーというのを堪能した〜。


この曲↓「Baby Boy, Baby Girl」も良かったです!
http://www.youtube.com/watch?v=58MlStkr-XU

アルバムではアンソニー・ハミルトンがゲスト参加している曲。てことで、次はアンソニーのライブだ!

2009年7月12日 (日)

ゆたーはゆたーたい

投票率が劇的に上がらない限り、公明党だけは必ず勝つのだ。…はあつまらない。


『逃亡くそたわけ』絲山秋子
(2005年刊行 講談社文庫)


Touboukusotawake 自殺未遂で福岡の精神病院に入院させられた「あたし」(花ちゃん)は、同じ病棟に入院していた名古屋出身の「なごやん」をむりやり誘い、病院を抜け出して、おんぼろ車で逃亡をはかる…。


躁や鬱のことは分からないが、計画なしにふらっと旅に出たくなる気持ちは常々あるので、このロードノベルには共感するところが多く、楽しく読みました。
逃亡をはかった若い男女2人は、成りゆきで九州を南下する道を選んだことから、九州の血が流れていることを素直に誇りに思っている花ちゃんは、故郷の土地と自身のつながりを再確認し、一方、名古屋生まれであることにコンプレックスをもち標準語しか話そうとしなかったなごやんも、花ちゃんとの対話を通じて、故郷への気持ちに変化が生じたようだった。分かつことのできない風土と人間、旅の効用の一面が、精神を病んだ主人公たちを借りて描かれていると思いました。

著者は東京生まれとのことだけど、方言の活かし方がうまいです。コテコテの方言を話す花ちゃんは、繊細さとたくましさを備えて魅力的。同じ著者のもっと長い話があったら読みたいな。本当はこの作品も倍くらいのページ数は欲しかったです。これを長編と呼ぶのはどうなの?

「お嬢さん、あなたの目は美しい。とくに右目が」

『麗しのオルタンス』ジャック・ルーボー著/高橋啓訳
(創元推理文庫 2009年邦訳)


哲学を専攻する美しい女子大生オルタンスは、パンとケーキの店でアルバイトし、世の男どもをパンを買いに走らせる。それを眺めるアレクサンドル・ウラディミロヴィッチは食料品店で暮らす、さる高貴な血を引く猫。彼は大哲学者の雇う雌猫に心を寄せている。そんな平和な街に起きた〈金物屋の恐怖〉事件!…(文庫扉より)


Labellehortense ミステリ小説と思いきや、ミステリ小説の形式をパロディったユーモア小説でした。第一、推理の対象となる事件が人を食ってる! 事件内容そのものが意味不明!笑

著者ジャック・ルーボーはフランスの詩人で数学者。これは1985年刊行と、比較的最近の小説だが、今ではあまり使われなくなった「ナンセンス」という表現がぴったりの、どこか懐かしさを感じさせる作風。それもそのはず? ルーボーは、1960年にレーモン・クノーと数学者フランソワ・ル・リヨネによって創設された実験文学集団〈ウリポ〉のメンバーだそうで、その創設期の精神を受け継いでいると思われる作風は、もはやフランス文学の正統という気すらする。そのためか、ぶっとんだ内容に対する驚きはそれほどでもなく、ユーモア小説として楽しむのがいいと思う。

しかし、私はひねったユーモアの半分も理解できなかったよ…。3分の1はクスっと笑え(主に人物描写)、3分の1は意味が分からず(主に言葉遊びや哲学パロディ)、残り3分の1は、著者が「私」としてしばしば登場して物語を中断させるのが笑いのツボにはまることもあれば、うざったく感じることもあり…。でも、付属の物語であるアレクサンドルとチューチャという名の猫の話は、すごく印象に残りました。

2009年7月 5日 (日)

謝らない女

ケイト・ウィンスレット主演、ドイツ人作家ベルンハルト・シュリンク原作の映画を先週観ました。

「愛を読むひと」(2008年 アメリカ/ドイツ)
★★★☆

1958年のドイツ。15歳のマイケルは偶然出会った年上のミステリアスな女性ハンナに心奪われ、うぶな少年は彼女と彼女の肉体の虜となっていく。やがて度重なる情事のなかで、いつしかベッドの上でマイケルが本を朗読することがふたりの日課となる。ところが、ある日突然ハンナは姿を消してしまう。8年後、法学生となったマイケルは、ハンナと思いがけない形で再会を果たす…。(allcinemaより)

(以下ネタバレ)


Thereader 後半、ナチスドイツ時代のある犯罪が大きくかかわってくるストーリーで、一方で、文字の読み書きが重要な場面をつくっていて、使われているのは英語。後で思い出すと、すごくちぐはぐ。少年が大人になった姿をレイフ・ファインズ(当時46歳)が演じ、ウィンスレット(当時33歳)はそのまま老けメイクをして演じ通すのも変な感じ。


それはそれとして、ハンナのような人間は男女問わずいるいる!と思った。他人には愚かに思えても、何がその人にとって死にも値する屈辱かなんて分からないものだ。少年を誘惑する場面から人生の最後の場面まで、一本筋の通ったハンナの誇り高き態度は、強烈な劣等感の裏返しとして身につけてきた自尊心がなせるものかもしれない。読み書きができないことを認めるよりも、重い刑を受けるほうを選んだハンナの思いを、唯一事情を知っているマイケルが悩み苦しみながらも尊重したのは、非常に困難な問題をはらみながらも、自分自身は好感をもって観た。

少年マイケルがハンナと初めて関係をもった後、家族との食事の場面で、「おれは女を知ってるんだぜ」という顔で、ニヤニヤしながら厳格な父親をはじめ家族一人一人の顔を見回すところがちょっと面白かった。

2009年7月 4日 (土)

Raphael Saadiq at BlueNote Tokyo

Raphaelsaadiq 6月30日にブルーノート東京にてラファエル・サディークのライブを見ました。


10年ほど前にお台場の、今はなきソウルトレインカフェでトニー・トニー・トニーのライブを見たとき、メインボーカルのラファエルはいなかった。特にアナウンスもなく、狐につままれた思いで聴いていたが、代わりのボーカルがまた、見ようによってはラファエルに見えなくもない顔をしていたので(もっと若くて大柄だったが)、もしかしたら騙し通すつもりだったのかなとも思った。

そんな思い出がありつつも、今でもトニーズの楽曲は大好きです。しかし、メンバーが個々に活動し始めてからは曲を聴いてもあまりピンとこず、ソロCDを持っていてもろくに聴き返してなかったりして…。ラファエルのユニット、ルーシー・パールも興味を持てなかったが、今回のライブで彼らの「Dance Tonight」を聴いたら、なんだか懐かしかった〜。とりわけトニーズの面影がある曲です(ライブではトニーズの曲は1曲もなし。最終日にはやったらしいけど、まあ今さらですから)。


メンバーは、ラファエルのほかに、男女のバックボーカル、キーボード、ギター、ベース、ドラムスという編成。なかでも、バックボーカルのエリカ・ジェリーという女性が、声がいい! 歌がうまい! ダンスパフォーマンスも元気いっぱい! 男性たちと同じ黒のスーツ姿もキュートで、相当に目を引きました。実のところあまりエンターテイナーというタイプではない、ステージで一人フロントに立つよりはバックで、もしくはスタジオで曲を作っているほうが好きそうなラファエルをサポートし、見ていて非常に心強い。曲をこなしていくにつれて、バンド自体の良さもはっきり見えてきて、好感度が増し、とても楽しいライブでした!


演奏曲は、モータウンなどの往年のR&Bへのオマージュ作品ともいうべき最新アルバム『The Way I See It』からの曲が中心で、そのためにメンバー全員が黒スーツ姿、ダンスもR&Bのボーカルグループを意識したものだったのですね。その中で聴けてうれしかったのが「Never Give You Up」。スティービー・ワンダーがハーモニカで参加し、曲調も昔のスティービーとマービン・ゲイを掛け合わせたようなナンバーで、アルバム中でいちばんラファエルらしいと個人的には思っている。あと、非常にライブ映えがすると思ったのが「Sure Hope You Mean It」で、フーフー♪というフレーズが癖になる。ミラクルズっぽい「100 Yard Dash」という曲も楽しくて好き。

そして、アンコールの1曲目がジャクソン5の「帰ってほしいの」でした! これは予感がしてたんだよ。なんらかの追悼があるはずだって。思わず涙腺がゆるんだ。先週のライブでは1曲目にやったらしい。それだけマイケル・ジャクソンの死が衝撃だったんだろう。来日してライブ直前に訃報に触れたんだよね…。
しかし、この日はアンコール1曲目で大正解! すでにステージと客席の一体感が醸成されているので、盛り上がらないはずがありません。今回の曲編成からもまったく違和感のない選曲でした。


今月はミント・コンディションのライブがあるけれど、彼らもマイケル追悼で何かやってくれないかなと密かに期待しなくもない。マイケルが亡くなってから、マイケルの曲やパフォーマンスをいろいろなところで見聴きし、改めてその才能に気づいたという人が私の周りには何人もいて、実は私もその一人だったりするが、昔からのブラックミュージック好きとしては、黒人であるマイケルの業績がちゃんと認められることが、ファンであるなしに関わらずうれしいと感じているこの頃です。


ラファエル・サディークの来日ライブ、なんかもうYouTubeにはいろいろ挙がってるのね…。
http://www.youtube.com/watch?v=rU1vtTQBXJE

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

インデックス

無料ブログはココログ