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2009年6月

2009年6月27日 (土)

魅惑のエロサウンド その17

6月25日、マイケル・ジャクソン逝く。まずは哀悼の意を表します。


マイケルの歌声を初めて意識したのは、テレビで見た人食いネズミの出てくる映画の主題歌だったか、もしくはそれ以前のABCだったか。
全米トップ40育ちなので、70年代の洋楽ヒットにはどっぷりと浸かったが、MTVが登場するのと前後して、ヒットする曲に好きなものはほとんどなくなってしまっていた。ソロ活動以降のマイケル・ジャクソンについても同様で、曲は自然に耳に入ってくる状況だったが、思い入れはそれほどない。


しかし、マイケルの音楽に興味が持てなかったのは、マイケル自身のせいというよりは、彼の音楽のプロデューサーがクインシー・ジョーンズだったからという理由が大きい。クインシーは見た目は黒人だが、その音楽に私の好きなブラックミュージックのエッセンスを感じたことはほとんどない。妙に健全でお行儀が良くてつまらない。これが大ヒットの要因ともいえ、大ヒット自体をとやかく言う気はない。ブラックミュージックにおいてマイケルが切り開いた道を考えると、良い面もいっぱいあったと思うし。


Dangerous でも、マイケルのアルバムだったら、クインシーがプロデューサーを降りたのちの『Dangerous』を贔屓したくなる。ラジオから流れてきた「Remember the Time」を聴いたときは衝撃的だった。「え? これがあのマイケル? すごくいい曲じゃん!」って。そしたらプロデューサーはテディ・ライリーだった。やっぱりクインシーが鬼門だったのだと改めて思った。


さっきから何回も動画サイトで「Remember the Time」を見た。やっぱり良い曲だ〜。テディ・ライリーがそもそも好きだったこと、さらにこれが90年代になってからの曲というのも、好きってことに大いに関係している。

2009年6月24日 (水)

リンカーンの後部座席がオフィス

村上大先生の新作は読まないけれど、コナリーの新作は読むんです。

『リンカーン弁護士』マイクル・コナリー著/古沢嘉通訳
(講談社文庫 2009年邦訳)

高級車の後部座席を事務所代わりにロサンジェルスを駆け巡り、細かく報酬を稼ぐ刑事弁護士ミッキー・ハラー。収入は苦しく誇れる地位もない。そんな彼に暴行容疑で逮捕された資産家の息子から弁護依頼が舞い込んだ。久々の儲け話に意気込むハラーだが……警察小説の名手が挑む迫真のリーガル・サスペンス。(裏表紙より)


Lincolnlawyer "ボッシュ・シリーズ"を離れての本作は警察とは対立する側の刑事弁護士が主人公。中年弁護士ハラーの顧客の多くは、麻薬を売ったり売春で食いつないでいる常習犯で、彼らの量刑を軽くしてやることがハラーの仕事のほとんど。こう書くと、弱い者の味方の人情派と早合点しそうになるが、取り立てるものはしっかりと、情け容赦なく取り立てるのだ。弁護費用の相場(ましてやアメリカの)などまったく分かりませんが、依頼人がぼったくりと言いたくなる気持ちは分かるよ、うん。で、ある日、クレジットカード詐欺で捕まった彼の依頼人から指摘されてしまう。
「あんたはおれと同類のペテン師だ。それがわかっているのか、ハラー? ロースクールでもらった紙切れのおかげで、あんたは合法的な存在になっているんだ。それだけさ」


弁護士の仕事を続ける中で、そして2度の離婚による経済危機を経て、世俗のアカにまみれた主人公が、見失ってしまっていたものに気づいたときには、もう遅かった。ハラーは自らのおごりが招いた過ちによって、とんだ刑事訴訟案件を抱え込むことに・・・。と、いつものようにだらだらあらすじ書くしか能のない私ですが、この状況設定を思いついたコナリー、さすがだと思いました。アイデアの勝利。

そして終盤。法廷ばかりか法廷外の人々も意のままに操って問題解決に導くという荒技を、これだけ無理なく読ませるコナリーは、構成にそつがなく、相変わらず抜群の安定感をもっていると思う。ひとつが意のままにいかなくても、成り立つ仕組みになっている。で、このすきのなさが、たまに鼻につき、実はファンとまではいえない作家だったりするのだけれど、きっとまた新作が出たら買うんです。


ボッシュは大のジャズ好きだが、この小説の主人公ハラーは、自分の依頼人たちのことをよりよく理解するためにラップやヒップホップに耳を傾ける。お気に入りは故トゥパック・シャクール。

2pac「God Bless the Dead」
http://www.youtube.com/watch?v=ARVmXdHot_U

2009年6月21日 (日)

工作チーム名はバビロン・シスターズ

このところ休日になると頻繁におきる吐き気を伴うひどい頭痛。それも特に予定のない週末に限って、と思って調べてみた。「週末頭痛」という症状らしい。毎日「あと何日会社に行くと休み」と指折り数えながら働いているからのようだ。(・・・この後、いつものように職場のグチを書きなぐってみたが、よけいに気分が悪くなって削除)


『聖なる比率』デヴィッド・ヒューソン著/山本やよい訳
(ランダムハウス講談社 2008年邦訳)

クリスマスの5日前。ローマはいつにない大雪に見舞われていた。そんななか、閉館後のパンテオンに侵入者がいると通報を受けたローマ市警刑事ニック・コスタは、相棒のペローニとともに現場へ向かう。どうせ行き場をなくしたホームレスに違いない・・・。だが、天窓から雪舞い降りる幻想的な神殿で彼らを待ち受けていたのは、背中に不可解な紋様が刻まれた女性の全裸死体だった——。熱血新米刑事コスタシリーズ、第3弾! (裏表紙より)


Sacredcut ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図で有名な聖なる比率(セイクリッド・カット)の構図。古くからあるこの概念に基づいた建造物で見つかる死体には、やはり聖なる比率をもった謎の模様が刻まれている・・・パンテオンで見つかった死体は、すでに世界中で起きていたアメリカ人ばかりを標的にするこの連続殺人の最新の被害者だったのだ。
ということで、ローマで起きた殺人事件にも、アメリカFBIがしゃしゃり出て捜査権を奪い、なぜかイタリアの諜報機関SISDEも、コスタらローマ市警の独自捜査を妨害する。彼らはいったい何を隠しているのか?というのがハイライトになっているミステリなのだが・・・。


(以下ネタバレ)
イギリス人なのにイタリアを舞台にしたミステリを多く書いているデヴィッド・ヒューソン。前に読んだノンシリーズの『ヴェネツィアの悪魔』もそうだったが、読んでいる途中で緊張感が途切れてしまうところがあります。『ヴェネツィア』のほうは後半になって盛り返したが、これはいろいろと腑に落ちないところがあるまま終わってしまった。湾岸戦争の後遺症を抱え、アメリカ政府に見捨てられた犯人に同情的なところがうかがえるのだが、どうしてこのような手の込んだ殺人をおかしたのか、理由を説明されてもこじつけにしか思えなかった。


でも、シリーズで読んでいたら、違う楽しみがあるのでしょう。イタリアの警察組織のはぐれ者コンビと、彼らの上司のファルコーネ警部との関係が、この巻で変化していく課程とか。また、クルド人のホームレス少女のエピソードは心温まる。
スティーリー・ダンの曲が何曲か題材に使われていました。著者が好きなんでしょうかね。

2009年6月14日 (日)

まぐろ、まぐろ♪

Last.fmで引っかかった楽しい曲です。
エジプトのヌビア人ミュージシャン、Ali Hassan Kubanの“Mabruk”

1980年かそれ以前にリリースされた曲のようですが、激しく既視感!
ついでにサビの歌詞が「まぐろ、まぐろ、海鮮まぐろ♪」にしか聞こえない。

http://www.youtube.com/watch?v=8hkBHd48V6Q


プロフィールとその他の曲の試聴はこちらで可能。
http://www.myspace.com/alihasankuban


以前、Last.fmの有料化に関してしばらく様子見と書いたけど、
翌々日にはあっさり有料会員になっていた自分。

イオリンと呼ばれるのってどうよ。

知り合いでもなんでもない自分からしたら違和感ありまくりですよ。

『てのひらの闇』藤原伊織
(文春文庫 1999年)

飲料会社宣伝部課長・堀江はある日、会長・石崎から人命救助の場面を偶然写したというビデオテープを渡され、これを広告に使えないかと打診されるが、それがCG合成である事を見抜き、指摘する。その夜、会長は自殺した。堀江は20年前に石崎から受けたある恩に報いるため、その死の謎を解明すべく動き出すが…。(裏表紙より)


Tenohira 殺人もなく、警察や探偵も登場しない。会社の経営不振で早期希望退職者となったサラリーマンが、自らの正義を貫き謎に食い下がっていく、エンタメ度の高い推理小説でした。しかし、主人公・堀江自身はカタギでも、亡くなった親はヤクザの組長だったという設定が、いくら捨て身の活躍を見せても、身の安全は保障されているようで、私にはちょっとがっかりでしたよ。水戸黄門の印籠みたいじゃないか。


主人公の優秀な部下で、大原という女性がいるのだが、これが何かと出しゃばってくるのでうるさくて仕方がない。こういうハードボイルド系の小説で、主人公を慕っていることを隠そうとせず、おしゃべりで、余計なおせっかいを焼き、終いには自らの身を危険にさらす女性が登場すると、もうそれだけでいつも興ざめしてしまう私は、もしかして腐女子の性質があるんだろうか(笑)。ボーイズラブにはまったく興味はないですけどね!


イギリスのハードボイルド系小説では、女性が登場してもいらつくことがなく、むしろ魅力的に思える場合が多い。自立した個人としてキャラクターが立っている。人対人の関係にリアリティがある。アメリカだとその限りではない。あくまで主観ですが。

2009年6月13日 (土)

元気の出る音 その37

多少聴きかじったジャズの、トランペットで好きだったのはリー・モーガンでした。もともとその「音色」が非常に好みだったわけですが、決定づけたのはこのアルバムでした。

『Lee Morgan Live at the Lighthouse』


Leemorgan 1970年に録音されたモーガン末期のライブアルバム。単にこのくらいの時代のゴリっとしたドライブ感のあるジャズが好きだからという理由が大きいですが、このライブの2年後、わずか33歳で、痴情のもつれから内縁の妻によってライブハウス出演中に銃殺されるという死に様が、ある種のイメージを増幅させているのも否めません。


ライブのメンバーはリー・モーガンのほかに、ベニー・モーピン(ts他)、ハロルド・メイバーン(p)、ジミー・メリット(b)、ミッキー・ロッカー(Dr)。LPでは2枚組だったと思うが、CDは未収録分の曲が追加され3枚組になっている。その中から、いま聴いて1曲挙げるとしたら、ラストに入っている「ザ・サイドワインダー」。ベタでごめんね笑。モーガンの代表曲で、1964年にジャズの枠を超えての大ヒットとなったこの曲には、世代的にはまったく思い入れはないが、このアルバムの演奏を聴くと、やっぱりかっこいい曲なんだなーと思う。

個性的なベース演奏のせいか、ジェイムズ・ブラウンのファンクとブーガルの中間のようなノリで、オリジナル演奏以上に軽快でノンジャンル。トランペットとテナーサックスの絡みもよくて、ピアノソロの途中から入ってくる2ホーンのリフがモダンな雰囲気をプラス。その直後にピアノがダンス天国のフレーズを奏でるのはさすがに軽すぎと思うが、このライブならではのルーズさもまた味わい。いま「サイドワインダー」を聴くとしたら、オリジナルよりこっちの演奏のほうが受けると思います。


「サイドワインダー」といえば、オリジナル演奏ではボブ・クランショウの粋なベースも特筆されますが、クランショウのベースでは、モーガンのアルバム『ザ・ジゴロ』の1曲目「イエス・アイ・キャン、ノー・ユー・キャント」のイントロがなんといってもかっこよかった。曲のテーマが始まってしまうと、おとなしめになってしまうんだけれど、ほんの8小節のベースのイントロには一聴惚れして、くり返し針を落としていたのを思い出しました。


『Lee Morgan Live at the Lighthouse』より「アブソリューション」
http://www.youtube.com/watch?v=aY1YEkq79QA

2009年6月 8日 (月)

5月に観たDVD映画(2)

「天地人」が、つまらないを通り過ぎてくだらない。
といって、ほかに見ているドラマもなし。NHKで日曜の深夜にやっている「わたしが子どもだったころ」は純粋なドラマではないけれど、面白いことが多い。

近所のツタヤが毎週、曜日をずらして半額デーをやっている。前日にお知らせメールが来るものだから、借りてきて明日は半額と気づいたときは本当に腹立たしい。


「やわらかい手」(2007年 ベルギー/ルクセンブルク/イギリス/ドイツ/フランス)

★★★★
Photo ロンドン郊外の田舎町に住む初老の寡婦マギーが、生まれつき難病の孫に最後の望みの手術を受けさせるため、息子夫婦にも内緒で始めた仕事とは…。

これは題材の勝利! 日本の性風俗商売のアイデアが、こんなヒューマンな物語の題材に化けるとは感動もの!笑
最初、息子の嫁がなぜあんなにマギーを嫌うのだろうかと思っていた。要するに、夫や周囲にも一度もさからったことのないような大人しくつまらない人間としてマギーを見ていたんだろう。マギー役のマリアンヌ・フェイスフルがまた、見るからにそんなオバサンを演じていた。しかし、やむにやまれぬ事情からいかがわしい世界とかかわることになり、恥と闘いながらも意外な能力によって自信を深めていく。といって、決して目的を見失うことなく、やがて風俗店のオーナーまで軟化させてしまうのは彼女に備わっている母性の力ってやつか。手術のために異国へ旅立つ孫との別れの場面は、ニヤリとするほどかっこいいお祖母ちゃんだった。物語の先が気になります…。


「つぐない」(2007年 イギリス)
★★★★
13歳の少女がついた嘘が姉とその恋人の運命を狂わせてしまう…。イアン・マキューアンの『贖罪』の映画化。ジェームズ・マカヴォイが人気と聞いたけれど、これ観て納得したわ〜。空想に耽ながら手紙の文面を考えているシーンの色っぽいこと!

イギリス政府官僚の娘と使用人の息子の恋、無実の罪で投獄される恋人、フランスの戦場に送られた男をロンドンの病院で戦傷者の介護をしながら待つ女・・・ラブロマンスの王道をいくストーリーを楽しんで観ていたものだから、少女が大人になってから3人が顔を合わせる場面の唐突さと、そのあとの種明かしに、驚くというよりは少し興ざめだった。でも、映像は良かった。マカヴォイが手紙を書いているシーンをはじめとして。


「ペネロピ」(2006年 イギリス/アメリカ)
★★★★
先祖にかけられた呪いによって、豚の鼻と耳を持って生まれたイギリスの名家の娘ペネロピ。同じく名家の男性から得られる真実の愛のみがその呪いを解くことができると信じる母親は、ペネロピに次々とお見合いをさせるが…。

ペネロピ役のクリスティーナ・リッチは豚鼻でも十分にかわいいので、言い伝えどおりに呪いが解けた場合はルックス偏重映画となって教育上よろしくなさそうだし、呪いが解けなければつまらない結末になるだろうし、どうするんだ?と思いながら観ていた。うまいところに持っていきましたね。
たまたまこれにもジェームズ・マカヴォイが出ていたが、「つぐない」の時代コスチュームのほうが似合っている感じ。


「コーヒー&シガレッツ」(2003年 アメリカ)
★★★☆
ジム・ジャームッシュ監督による、コーヒーとタバコをめぐる11のエピソードを綴った短編集。個性的な俳優とミュージシャンが2人ずつ実名で登場し、コーヒーと煙草を手に、しょうもない会話をするだけの内容だが、モノクロだと煮詰まって冷めたコーヒーですら美味しそうに見える。そんなふうに想像を促す。最後に登場するおじいちゃん俳優2人のエピソードでぐっと締まった。人生しんどいことの連続であると身をもって知っていそうな年寄りが、コーヒーや煙草を一服している姿は、それだけで絵になるのだ。


「無ケーカクの命中男/ノックトアップ」(2007年 アメリカ)
★★★
学生気分から抜け出せないままふらふらした生活を送っていた男と、TV局で働くキャリアウーマンな女が、酔った勢いで一夜をともにし、運悪く妊娠してしまうというドタバタコメディ。
下ネタのオンパレード映画で、映画公開はR15だったようだが、レンタル店のDVDにはR18のステッカーが貼ってある。出産シーンが引っかかったんだろうか。あれが18禁なら、先日見たバーン・アフター・リーディングも18禁てことになるのか(笑) 確かに悪のりとしか思えないカットだったが、そんな映像もしれっとして挟みつつ、印象としてはほのぼのホームコメディ。


「最高の人生の見つけ方」(2007年 アメリカ)
★★★
入院した病院で同室となった孤独な富豪と、家族には恵まれた自動車整備士。対照的な人生を歩んできた初老の男2人が、ともに末期ガンで余命わずかと宣告されたのをきっかけに、死ぬまでにやり残したことを実現させようと、一緒に旅に出る…。

題材のわりにノーテンキな内容で。お金持ちだからできることを見せられても、それじゃ貧乏人はひがむだけだよ。ラストも、力のあるものがああいう横着を他国で行うのは思い上がりがすぎるんじゃないかってしらふで考えたよ。ロブ・ライナー監督作品は、もはや私のようなひねくれた人間向きじゃない。でもジャック・ニコルソンはやっぱり上手いね。彼の演技は楽しめた。


「歩いても 歩いても」(2008年 日本)
★★
外国向けに作られた日本の生活文化紹介映画「里帰り編」という感じです。どの人物のキャラクターにも魅力が感じられないので辛口にならざるを得ない。是枝裕和監督。

2009年6月 1日 (月)

もしもイスラエルが建国されていなかったら…

北米のSF小説の文学賞3冠に輝き、MWA賞長編賞とハメット賞の最終候補にも残った作品で、日本でも今年の翻訳の話題作として扱われている?

『ユダヤ警官同盟』マイケル・シェイボン著/黒原敏行訳
(新潮文庫 2009年邦訳)


Photo アラスカにあるユダヤ人入植地、シトカ特別区の殺人課刑事マイヤー・ランツマンは、同じ警官だった妻と離婚して以来、安ホテル〈ザメンホフ〉に滞在して酒浸りの日々を送っていた。ある日、同じホテルに偽名を使って泊まっていたヤク中の男が銃殺される。死体の傍らにはゲーム途中のチェス盤があり、興味を引かれたマイヤーは、相棒であり幼なじみでもあるベルコとともに進んで捜査に乗り出すが、同じ頃、上司として舞い戻ってきた元妻ビーナに、事件を未解決として葬るよう言われる…。


著者は映画「ワンダー・ボーイズ」の原作者。というと、映画を観た人にもなんとなく作風の予想がつくでしょうか。これもすでにコーエン兄弟によって映画化が決まっている。ハードボイルドのエンタメ要素はありつつ、ユダヤ教に疎いと少し難解な映画になりそう…。本ではある程度の説明がされているので無理なく読めますが。


時代は今。第二次大戦後のイスラエル建国は周囲のイスラーム諸国との衝突で失敗し、ほかに行き場のなかった東欧系ユダヤ難民がアラスカ州シカトに大量流入してできた特別区が舞台。アラスカのこの地にユダヤ難民を受け入れる計画は実際にあったようで、その「もしも」に基づいて書かれた小説です。
ほかにも、原爆が落ちたのはベルリンで、満州国は存続している描写もあるけれど、これは小説の内容にはまったく関係してこない。余談ながら、原爆がドイツに使われることはありえなかったと思いますよ。アジアの有色人種国だから落とされたと確信しています。


で、安住の地と思われたここシトカも、当然ながら先住民のトリンギット族との対立はあるし、アメリカ政府はユダヤ人の人口増加で入植地が膨れあがるのを警戒して、ついに特別区のアラスカ州への返還を決定。2カ月後には再び、彼らは新たな移住先を見つけて出て行かなければならない状況にあります。
主人公のやさぐれ警官、ランツマンはどこかからの圧力によって、停職に追い込まれながらもホテル殺人の捜査を続け、死んでいた男の正体と事件の背景を突き止めるが、そこには特別区解消のタイミングをねらった、国家規模のなんとも不気味な陰謀が!という内容。

以下ネタばれ。


世界を混乱に陥れているのは、財界や政界とも結びついたアメリカの原理主義的キリスト教というのを、かなりストレートに皮肉った小説と解釈。キャッシュダラーという名前の人物が登場するが、この命名も相当に強烈な皮肉が込められていると感じました。
読後は事件の顛末に反してささやかな感動がある。ユダヤ教徒の風習、食べ物、言語、ハシディズム派などの教派、境界線の知者など、雑学的にも面白かったです。しかし、架空の話なので、どこからが創作か分からないのが難点(笑)。チェスというゲームについても触れられているが、この点は漠然としてしか分からなかった。
あと、下記の一文は自分も昔から思っていたことなので、メモしておく。「政治的に正しい」判断からすれば、プルートというキャラクターはとっくに抹殺されていそうなのに、不思議なのだ。


ランツマンは(漫画の描かれた子供用の)ごみ入れをじっと見つめた。ディズニーのキャラクターのプルートという犬にはいつも漠然とした居心地悪さを覚えたものだ。ネズミに飼われ、グーフィーという気味の悪いミュータントのそばで暮らさなければならない犬…


裸の犬プルートが、洋服を来た犬のグーフィーにペットとして扱われている絵というのはどうしたって変だよ。

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