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2009年5月

2009年5月31日 (日)

ベートーベンとニール・ダイヤモンド

予告CM見て、気分が晴れ晴れとする感動ドラマを予想した人はきっと裏切られるよ。昨日から公開の映画。

「路上のソリスト」(2009年 アメリカ)
★★★☆

LAタイムズの記者スティーヴ・ロペスが、偶然出会ったホームレスの天才音楽家ナサニエル・エアーズとの交流を現在進行形で綴り全米で話題となった連載コラムを映画化した感動ドラマ。当初はナサニエルの数奇な人生を記事にするだけのつもりだったロペス記者が、次第にナサニエルと友情を築き、ジャーナリストのモラルとの葛藤を抱えながらも、彼の人生に自ら深く関わっていくさまを、2人の心の軌跡を軸に、社会的問題にも触れつつ美しい音楽とともに描き出す…(allcinemaより)


↑あ〜またコピペで概要を済ませてしまった。半分後ろめたい気持ち。
以下ネタばれ。


Soloistジャーナリストのモラルとの葛藤うんぬんは映画からそれほど感じなかったです。ロペスはナサニエルの音楽家としての再起に手を貸すことが、ナサニエルのためになると信じていたし、同時にコラムの題材としておいしいという思いは最後まで捨てられなかったように感じます。しかし、その期待は当のナサニエルによって次々と裏切られていく。

やがてロペスが目の当たりにするのが、ロサンゼルス郡だけでも9万人いるというホームレスの実態。そして、一人ひとり事情の異なるホームレスたちをどう救済するかは、とてもデリケートで困難な問題であるということ。

天才音楽家を見いだしたと思っていたロペスは、気づけば、病を抱えて自らホームレスになった一人の男と真摯に向き合わざるを得なくなっていたという、かなりシリアスな内容だったのは意外でしたが、ジャーナリストの上から目線的ないやらしさは、もっと分かりやすく描いたほうが面白いのにと意地悪く考えました。


ナサニエルは大好きなベートーベンしか弾かない。一方でロペスがナサニエルと出会った直後に家で聴くのがニール・ダイヤモンド版「ミスター・ボージャングルス」。ナサニエルを歌詞のイメージと重ねると、実際のナサニエルの年齢はいくつぐらいだったんだろうと気になる。音楽から離れて30年というセリフがあったと思う。とすると、ジェイミー・フォックスでは少々見た目が若すぎるような。

ジョー・ライト監督の作品は、先日DVDで「つぐない」を観たばかり。ところどころに印象的なカットを挟む映像が良かった。この作品の映像もなかなか個性的で面白いのだが、途中1分ほど、音楽に合わせてフラッシュを使う、観客には拷問のような仕掛けがなされていて苦痛のあまり目を閉じていた。意欲的なのはいいけれど、あれは逆効果だと思う。


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先週は映画館で「デュプリシティ スパイはスパイに嘘をつく」(2009年 アメリカ)も観たのだが、平日の夜に行ったので、半分以上眠ってしまいました。いつもは起きていようと努力するのに、途中でその努力も放棄した・・・この体力の衰えはひどい。

なので、感想はまったく書けないのだが、クライヴ・オーウェンにこういうオシャレな映画のオシャレな役は似合わないということと、ジュリア・ロバーツは整形とか無理なダイエットなどをせず、年齢を堂々と見せているところが意外と好感がもてることに気づいた。

Doblogが!

うわ〜、予告どおり、消滅。

http://www.doblog.com/

5月末日(深夜)がその日と勘違いしていたんで余計に動揺した。

自分のブログより、自分を含めてあそこを利用していた人たちのブログが全部いっぺんに消滅してしまったことに動揺する。交流はごく少なかったほうだが、帰属意識はしっかりあった模様。

思い出のよすがとなるものが何も残らないというのはけっこう衝撃的。
さよならを言いたいが、もはやどこに向かって、何に対して言ったらいいんでしょう。

2009年5月27日 (水)

5月に見たDVD映画(1)

感想を書く気なら見終わってすぐに手書きででもメモっておくべきなんだろうが、面倒臭くてだめです。一気に感想をアップしようと思ったけれど、思い出すのに時間がかかるので分けることにしました。ちなみに、なぜDVD限定かというと、うちのテレビは地上波しか見られないからです。


「4ヶ月、3週と2日」(2007年 ルーマニア)
★★★★★

4チャウシェスク政権下のルーマニア。法律で禁じられた中絶に臨むルームメイトを手助けするために奔走するオティリアの、辛く長い一日…。2007年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞。

女子学生だってタバコなどの密売品を見知らぬ人物から堂々と買うくらいの度胸はついている独裁政権下。しかし、中絶は大罪らしく、手を貸した者も罰せられる。映画の最初のほうではルームメイト2人が何かを企てているのは分かるが、何をしようとしているのか確信が持てないままじらされる。そして、そのイライラはそのまま未知の経験を前にした2人のよく分からない緊張感へと重なっていく。いや〜その後の展開は、こっちも吐きそうになったよ。

危険な中絶手術を受ける日に、足の脱毛をする場面をさりげなく入れるところなどが面白い。途中から、妊娠した当人ガビツァの他人事のような暢気さにイラッとくるが、それは主人公のオティリアの立場から彼女を見ているからで、気心の知れた1対1の人間関係で、たまにうまく噛み合わないときはまさにこのようなものだなと、何度か苦笑いしているうちに、2人が愛おしくなってきた。

終盤、ホテルのレストランで、相変わらず懲りてなさそうなガビツァを前に、オティリアも緊張の糸がふっと切れたような顔でちらっと窓の外(カメラのほう)を見る場面、およびその直後にかかるエンディング曲の組み合わせが良かった! エンディング曲で映画の印象がこれほど変わった映画は初めてかも。


「善き人のためのソナタ」(2006年 ドイツ)
★★★★

体制派市民の密告も横行している1984年の東ベルリン。国家保安省の局員ヴィースラー大尉は、著名な劇作家とその同棲相手の舞台女優を監視して反体制の証拠を掴むよう、上層部から直々に命じられるが…。

国家の未来を真面目に信じるヴィースラーは、秘密警察としては優秀ながら見た目の冴えない男で、監視されるほうは芸術の才能も豊かな美男と美女なのだ。ヴィースラーの心変わりはソナタがもたらしたというよりは、美男美女だから成り立つドラマチックな愛の世界に魅入られてしまったようでした。

ドイツ統一後に、東ドイツ時代の秘密警察の資料が閲覧できるのは以前読んだ小説でも題材になっていたが、元局員の氏名や住所まで公開されているのは驚くよ。日本だったらそこまで厳格なことはやらなそうな気がする。


「奇跡のシンフォニー」(2007年 アメリカ)
★★☆

孤児の少年が生まれ持った才能である音楽を媒介に、まだ見ぬ両親を探し求めていく姿をファンタジックに描く…(allcinemaより)。
音楽が題材の映画が好きなので観ましたが、オカルトな要素が核をなしている偶然の多いストーリー。どういった年齢層を対象にした映画か分かりません。どことなく新興宗教に似たにおいがする。ストーリーは「オリバー・ツイスト」を意識していると思う。


「容疑者Xの献身」(2008年 日本)
★★☆

テレビのサスペンスドラマを見ていると、判官贔屓もずいぶん安っぽくなっている。殺人の動機が身内の仇討ちというのはともかく、目撃されたから強請られたからという理由で次々に殺人を重ねていき、最後に犯罪がばれて告白する場面の演出があまりに湿っぽい。その湿っぽい演出に騙されそうになるが、リアルだったらとても同情する気にならないクレイジーな犯人ばかり。まあストーリーもまんねりだし、TVドラマならこのようなものを見せられても、ふーんで済ませてしまうが、映画となると評価は辛くなる。容疑者の石神は自己満足なだけのサイコパスで、その行為を「献身」と名付けたところがホラーだが、感動作と勘違いさせてしまうつくりが、ああやっぱりテレビ局の作った映画だなと。そして、いろいろな理由から、あのトリックが成功する確率は相当に低いと思う。原作はどうなっているのか知らない。


「Mr. ウッドコック 史上最悪の体育教師」(2007年 アメリカ)
★★

本国ではそこそこヒット、日本では劇場未公開のコメディ映画。ビリー・ボブ・ソーントンとスーザン・サランドンが出ていて、つい期待してしまったが、途中あまりに退屈で見続けるのを止めようと思ったこと2度、3度。相性の悪い笑いほどしょうもないものもない。でも、生意気な生徒や小うるさいPTAに辟易している学校の先生には痛快なところがあるかも?

2009年5月20日 (水)

今度はガリレオ

少し前にテレビで見た「ダ・ヴィンチ・コード」が思っていたより面白かったので、観に行きました。

「天使と悪魔」(2009年 アメリカ)
★★★


Photoヴァチカンは歴史的にスイス衛兵隊が警備しているというのが面白い。知らなかった。
この映画の見どころは、アーミン・ミューラー=スタールとユアン・マクレガーという2人のクセモノ俳優対決だろう。
こっちか、いやたぶんこっちだ、えー違うの? ああやはりこちらか…。


しかし、こんなタイトルと知らなくて、窓口でチケットを買うときに「天国となんとか、1枚」と言ってしまった、自分って。

強制するなよ。

いっそマスクも「医師の処方箋がなければ着けてはいけない」ってことにならないかと願う今日び。日本の反応は異常だと自分も思う。
そのうち街でマスクをしていなかったら、刺されちゃったりしてね。


話は変わって「NHK歌謡コンサート」が面白い。
いままで年配向けの懐メロ番組だと思ってまともに見たことがなかった。昨日は「花」をテーマにした曲の特集だった。そこで「すみれ色の涙」を歌った岩崎宏美のすごさを再認識。やっぱり本物の実力、本物の才能をもった人の歌はいいですね!
「紅い花」をギターの弾き語りで披露した五木ひろしもさすがだった。もうずいぶんしばらく物まねされる有名人のイメージしかなかったのですが。

あと、門倉有希が歌った「鬼百合」の歌詞が受けた(笑
http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=77400
ラップのネタにいかがですか?

最果ての町のスキャンダル

スウェーデン推理作家アカデミー賞受賞、
女弁護士レベッカ・マーティンソン・シリーズ第1作。

『オーロラの向こう側』オーサ・ラーソン著/松下祥子
(ハヤカワ文庫 2008年邦訳)

ひさしぶりに聞いた故郷の町の名は、首都で働く弁護士のレベッカにとって、凶事の前触れだった。北の町キールナの教会で若い説教師が惨殺されたのだ。そのニュースが流れるや、事件の発見者で被害者の姉のサンナから、レベッカに助けを求める連絡が入る。二人はかつては親友の仲であり、レベッカ自身もその教会とは深い因縁があった。多忙な弁護士業務を投げ捨てて、レベッカは北へと飛びたった…。
(文庫裏表紙より)


Solstorm_2 オーロラとともに夜空に映える山の上のクリスタル教会で、惨殺されていたのはパラダイス・ボーイとして知られる青年ヴィクトール。彼は9年前の交通事故でいったん死亡し、奇跡的に蘇生するが、その間に天国に行き天使とイエス・キリストに会ったと証言したことから、町じゅうが信仰復興の熱を帯びる。やがて彼はペンテコステ、バプテスト、伝道教会の3人の牧師を説き伏せ、〈我らが力の源〉という新たな教会を創設。信者は今では世界中に拡大し、その栄華を象徴するのが殺害現場となったクリスタルの教会堂。


てことで、金にまみれた宗教団体が題材になっているが(なっているがゆえ?)、事件の真相は案外単純なところに落ち着く。それよりも、レベッカが過去に味わった屈辱や、レベッカと友人サンナの関係、サンナの性格など、作家も主人公も女性ならではと思われる部分が読ませるし、面白かったです。


主人公レベッカは弁護士だが、法廷は出てこない。行動力がありタフなところは女探偵のよう。そして、物語も後半はアメリカの探偵小説風展開になり、ちょっと意外だった。
勤務先の弁護士事務所の男性上司とは、互いに煙たく思う存在なのだけれど、この上司の性格が読み進むにつれて印象が変わってくる。そこが非常に興味を引かれたので、次も読んでみようと思う。

2009年5月18日 (月)

意外とあっさり

北村一輝と浅野忠信は、ともに映画の出演作は数多いが、北村が水の層なら、浅野は油の層のような(逆でもいいけど)、同じ邦画でありながら隔離した世界に属するという私の勝手なイメージがあって、この映画はその両者の共演がなんといっても楽しみでした。


「鈍獣」(2009年 日本)
★★★☆

Donju 小説を連載中に行方をくらました作家・凸川を探して、週刊誌の編集者・静が訪れたのは、相撲を中心にこの世は回っているかのような田舎町。そこで、凸川の幼なじみだったホストの江田と警官の岡本、さらに江田の愛人の純子とホステスのノラと出会って話を聞き出すうちに明らかになる、彼らが企てた凸川殺害計画の奇妙な顛末…。


笑った〜。笑ったけど、鈍いのは凸やんだけだったんだろうか、それとも登場人物みんなどこか鈍いんだろうか、そこがよく分かりません。


トレイラームービーを観たときに、ああこの変なテンションの高さ、苦手なノリの映画かも〜と思ったが、観ると意外とそうでもなくて、セットの奇抜さとはうらはらに、良くも悪くも普通の映画という印象でした。登場人物もへんてこ衣装の割には、最初からそれほど変人ぽさを感じさせません。


もとは宮藤官九郎が脚本を手がけた戯曲を映画化したもので、監督の細野ひで晃はCM界で活躍する人。宮藤といったら私はテレビドラマの脚本しか知らず、彼のドラマとともに、この映画のストーリーもけっこう好きなのだが、この人の脚本の映像化は、生かすも殺すもテンポ次第なんじゃないかと思いました。すごく面白いところ、想像をかきたてるところ(柴田山親方とか)もいろいろあったのに、それが蓄積されていった結果、何かが浮かび上がってくるというものに乏しかった気がします。これが舞台だったら、空間を共有する独特の緊張感をともなって、面白い効果が生じるんでしょうね。


でも、この映画は嫌いなところもなかったです。たまにヒットした邦画を観ると、説明過多な映像や台詞、泣かせる展開など、生理的にダメな部分があることが多いのだが、これはそういう変な媚びがないところが良かったと思います。だからヒットは難しいかもです(笑)。強いて言えばエンディングテーマまで、監督のセンスで貫けたらもっと良かったのに。

2009年5月15日 (金)

奈良旅行

4月初めに友人と奈良へ旅行しました。


そう、ちょうど、興福寺の阿修羅が東京へ来たのと行き違いに奈良へ…。さかのぼること昨年暮れ、地下鉄で阿修羅展の予告ポスターを見て「奈良はそれでいいのか、観光目玉なのに」と噂したことがあったのに、ころっと忘れて計画を立てるところが相変わらず抜けている。でも、代わりに奈良国立博物館で唐招提寺の秘仏、鑑真和上が見れました。


気候が暖かくなった頃ということでこの時期にしたのだが、初日は真冬の寒さがぶりかえし真そこ冷えたし、最終日は土砂降りになったのに加え、今年最悪の花粉症症状が出て、もうへとへとになって帰ってきた。鑑真じゃないけど、疲れすぎて目が見えなくなるという経験を初めてした。でも、あちこちの桜がきれいで良かったです。修学旅行生も少なかったし。


奈良を旅行で訪れるのは中学のとき以来だったので、2泊3日の旅は結局、観光の定番中の定番と思われるところだけ訪れて終わった。計画も立てずマイペースで動いていると、寺社などは2、3カ所回るうちに日が暮れてしまう。人におすすめされた新薬師寺と室生寺は行かずじまい。また近いうちに行きたいと思いました。


旅を振り返っていちばん感動したのは、最初に訪れた東大寺南大門の金剛力士像の大きさと、大仏殿の建物の大きさでした。子供みたいな感想です。でも、日本にあんなスケールの遺物があるのが新鮮な驚きでした。心のどこかで前回のエジプトの旅と比べていたかも。

Photo

*  *  *

さて、今回の奈良旅行の完結編として、先週末、東京国立博物館の阿修羅展へ行ってきた。旅行の続きという名目がなかったら、メディアがこぞって仏像ブームと騒ぎ立て、予想通りの混雑となったイベントなどむしろ避けて行かなかった。比較的空いている夕方をねらって行ったのに、とんでもない人混みだ。
八部衆のなかで阿修羅だけが個室展示になっており、部屋に入ると下りスロープがあり、そこから斜め下に展示スペースが見下ろせるのだけれど、もうそのまま素通りしちゃおうかと思ったくらいのおぞましい光景がそこに・・・。阿修羅像の周りを何重にも取り囲む人、人、人。いちばん内側の輪に陣取った人々は、ロックのコンサートみたいにその場にしがみついて離れない。人の流れが完全に止まってみえる・・・。
確かに見た目も美しい像だし、見に来ている一人ひとりは純粋に仏像が見たくて来ていると思うが、あれだけの集団となるとみんなつまらない人かどこかおかしい人に見える。もちろん自分もその中の一人。そもそも首都圏の人口が多すぎるのがいけないのだよね。ほったらかしの一極集中。これもまた計画性のない政策のおかげ。

2009年5月12日 (火)

死者まで出した聖遺物の行方は…

ハヤカワ文庫が、活字が大きくなって本のサイズまで大きくなり、これまで使ってきたブックカバーが使えませんの。


『イスタンブールの毒蛇』ジェイソン・グッドウィン著/和爾桃子訳
(ハヤカワ文庫 2009年邦訳)

_宦官ヤシムが懇意にしていたギリシア人の八百屋、続いて古書店の主が何者かに襲撃される事件が起きる。そして、ヤシムのもとには、親友のポーランド大使の紹介で一度だけ会ったことのあるフランス人考古学者がある夜、転がりこんでくる。彼もまた何者かに追われており、ヤシムは彼がイスタンブールから外国船で脱出する手助けをするが、後日無惨な死体で発見される。自分が疑われることを警戒したヤシムは、考古学者がヤシムの部屋に隠した1冊の本を手がかりに、事件の背後をさぐろうとする…。


MWA賞に輝いた『イスタンブールの群狼』に続く、宦官ヤシムを主人公とする時代ミステリシリーズの2作目。今作もイスタンブールの観光名所となっている場所が事件に絡んで登場し、面白く読みました! この時代のイスタンブールはスルタンの西洋化政策も手伝って、非常に国際色豊か。さらに今作も、料理を趣味とするヤシムが腕を振るう場面が何度かあり、いろいろに飽きさせません。前作の、たまに主語が不明な読みづらさはだいぶ緩和されたように思いました。


スルタン・マフムート2世が病床に臥し、明日の命も知れない状態にあるので、舞台は1839年(マフムート2世の没年)ということになります。オスマン帝国からギリシアが独立して数年たっているが、イスタンブールには歴史的に多くのギリシアの同胞が住んでいるため、まだ不穏な空気が漂っている。そんな状況の中で、スルタンの主治医なる人物が、ギリシア独立戦争に詩人バイロンとともに義勇軍として参加したイギリス人医師という設定に、裏にあるのはスルタン暗殺計画か!と先走ったら、まったくの見当違いでした。


事件を通じて明らかになるのは、イスタンブールの地下に封印された歴史。何度も名前を変えながら、多数の民族・宗教が共存し繁栄してきた都市の知恵。この小説の主人公はイスタンブールに他ならない気がします。
年齢的にももはや何事にも動じない風格を備えた母后(スルタンの母)とヤシムとの会話の場面が良いです。そしてラスト近くの、皮肉でもあり滑稽でもある現実をにおわす、さりげない一文には、思わず吹き出しそうになりました。ユーモアもセンスもなかなかです。

2009年5月10日 (日)

父が息子の曲を歌い継ぐ

金曜日、オージェイズのエディー・リヴァート単独のライブをビルボードライブ東京で見てきました。


エディー・リヴァートの歌声はちょっと変わってる。話す声は耳障りなくらいよく通るバリトンなのに、歌うと管楽器がミュートをしたときのようなこもったテナーになる。まったく別人の声のよう。そして、歌い上げるときは全身からふりしぼるように声を出すが、それが好きな人にはたまらない。あえて苦しい音域で歌うスタイルが好きだ。


来日したバンドはキーボードとギターが2人ずつ、ドラム、ベース、パーカッション、コーラスの女性1人の8人編成。まるで「Love Train」の歌詞を意識したかのように、いろんな人種の方々で構成されておりました。
それなりに人数は揃っているが、すごく上手い人たちばかりというわけでもなく、このメンバーでゴージャスなフィリーサウンドを再現するのは難しいというのは私でも分かる。そのためかどうか分からないけれど、初っぱなに「裏切り者のテーマ」「I Love Music」「Love Train」という、オージェイズのメジャーな3曲をさくっとメドレーで済ませてしまい、ラスト手前にサム・クックの曲のメドレーを持ってくる構成は、ライブの盛り上がり的にはいまいちだった気が。


しかし、真ん中あたりで夭折した息子ジェラルド・リヴァートの曲を3曲じっくり歌う姿を見ていて、エディーが単独でコンサートをやる意図はもしかしたら息子の曲を自分が代わって歌い継いでいくことがまずはあるのではないかと思いました。そして、フィリーサウンドで聴き慣れているエディーの歌声には、サム・クックの曲より、ジェラルド作曲の80年代の曲のほうがしっくりきました。個人的にはジェラルドのアルバムで親子共演した「Baby Hold On To Me」が良かったです。


あと、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツの「Wake Up Everybody」もエディーの歌声で聴けてうれしかった! これはぴったりの選曲に思えた。ブルースを1曲ってことで「Thrill Is Gone」、そしてなぜかロバート・パーマーの「Addicted To Love」も歌ったりしました。年齢からして、パワー的にはどうなんだろうと思っていたけれど、ファンキーな曲には元気に腰も振ってみせ、声質も思っていたより変わりがなく安心しましたよ。


次は7月にコットンクラブのミント・コンディションのライブに行く予定だけども、この夏はほかにも気になるライブがたくさんあって困る〜。アンソニー・ハミルトン、アンヴォーグ、ラファエル・サディク、クリスチャン・マクブライト、ファラオ・サンダース、ミシェル・カミロ&トマティートとかいろいろ。懐具合が許したら毎週でもどこかに通いたいくらいだ! でも、無理ですから! はあ・・・。

2009年5月 5日 (火)

いくつもの名前をもつ女

元新聞記者で、MWA賞をはじめ数々のミステリ賞を受賞しているローラ・リップマンを初読み。

『女たちの真実』ローラ・リップマン著/吉澤康子訳
(ハヤカワ文庫 2008年邦訳)

Photo ボルチモアで起きた車の当て逃げ事故。加害者となった中年女性はすぐに捕まったが、身元をたずねられて、自分は30年前にショッピングモールから失踪した15歳と11歳のベサニー姉妹の妹のほうだと告げる。地元ではとうに忘れられていた古い未解決事件の捜査が再開されるが、女性はなぜか事件に関しては口を閉ざし、それ以上のことを話そうとしない。彼女は本当にベサニーなのか、ベサニーだとしたらなぜいままで名乗り出なかったのか…。


原題は「What The Dead Know」(死者が知っていること)。
リップマンのミステリ小説は「文学のような深い味わいがあり」評価されているとあとがきにある。とにかく人物の心情の描写が多い。そのせいか、または翻訳のスタイルが自分にはなじまないせいか、なかなかページが進まずに読むのに時間がかかった。

どこにでもいそうな一家が、娘たちの失踪によって崩壊する。落ちていた妹のバッグによって、姉妹が何者かによって連れ去られたことは分かっている。ストーリーは時間を行き来しながら、娘たちが失踪する以前の小さな出来事、家族一人ひとりの性格の違い、娘たちを失った後の両親の苦しみ、謎の女性が歩んできた人生などを浮き彫りにしていく。・・・重くてとても気が滅入る話。いままで読んだ中では、イギリスのミネット・ウォルターズあたりと人物造形などは似ているかも。

最後にどんでん返しがあり、それ自体にはあまり驚かなかったが、いちばん嫌悪して読んでいた部分がミスリードだったと分かり少しほっとする。と同時に、謎の女性が背負ってきたものを知り、それまで散々わがままっぷりを発揮していた女性に初めて共感らしいものを覚える。この持っていき方は上手いと思った。


ローラ・リップマンは私立探偵テス・モナハン・シリーズが有名らしい。今度読んでみよう。

2009年5月 4日 (月)

減給そしてまた減給

政府が推奨しているワークシェアリングがうちの職場でも始まり、今年に入り2度目の給料額ダウン。個人比20年くらい前の水準に落ち(はなからバブルとは無縁)、いろいろと生活を改めなければならないが、独り身だし、暢気なので、実感するのは半年後くらいか…。先々月にいきなり解雇を告げられた人もいて、それよりはマシって言われているんだけども。

しかし、人減らしもワークシェアリングも、知らされた時点で、新規顧客開拓の成果が出るまで待ってくれてもいいじゃないかと思った。そのくらいの体力は十分にある会社と思ってきた。仕事が減って空いた時間を使って、社員全員で新しいお客を見つけるための努力をし始めた矢先だったのに。そして、現実にその新規開拓の成果がいま見えはじめており(もしかしたら一時的なものかもしれないが)、残った社員は辞めた社員の仕事、新規の仕事でアップアップなうえ、強制的に休業も取らなければならなくて、どうするの?という状態になりそうな予感。


が、それよりも気になるのはデフレのほうです。少し前までは発注側が値引きを要求してくるのが普通だったが、いまは受注側が先回りして値引きをアピールしてくる。それでは人件費にも足りないだろうという金額だ。

職場の外注先については、営業の人が毎日顔を出すような都内の会社から、ネットを積極的に活用している地方の会社へとシフトしてきている。ネットだけのやりとりで仕事を進めるとリスクも大きそうだが、失敗してももう一度やりなおせるくらいの金額の差が、昔ながらの外回りの営業職を抱えている都内の会社と比べて開いてしまっているのだ。

長年のお付き合いのよしみも何もあったもんじゃない。この殺伐とした状況がなんともやり切れない。みんなが平等に痛みを分け合うために、みんなが少しずつ踏ん張る必要もあるのではないか。食品でもなんでも、その手間の割に合っていないと思われる低価格とかみると、どうにも嫌な感じが拭えない。

イーストウッドの偏屈爺っぷり

その存在感。いやいや渋くてかっこいいすね。口の悪さは痛快でもある。映画を見終わった後に、指でピストルを撃つポーズをこっそり真似する中年男性が続出かと思われます。

「グラン・トリノ」(2008年 アメリカ)
★★★★


Photo 元フォード工場組立工のウォルトは、妻を亡くし、子供や孫たちからは煙たがられ、今ではアジア系の移民が多くを占める住宅地に独りで暮らしていた。隣りに住むのもモン族の一家で、朝鮮戦争帰還兵のウォルトにとっては彼らはアジアでの苦い体験を思い出させる忌まわしい存在に過ぎなかった。しかし、ある騒動を通じて交流が生まれ…。クリント・イーストウッド監督・主演作。


(以下、ネタバレしてます)

マカロニウエスタンやダーティーハリーなど過去の一連の主演作においてイーストウッドが演じてきたタイプの男なら、その人生の幕引きはこうでなくちゃという美学が、もろ現れた作品になっていると感じました。この作品をもってイーストウッドは映画主演俳優を引退すると噂される理由もよく分かる。

しかし、「ミリオンダラー・ベイビー」もそうだったけれど、その男の美学ってやつが、独り善がりに感じてしまう部分もあります。なぜ大きな犠牲を払うのが普通の若い女性なんだろうってところで引っかかってしまう。男だけの世界でやってってくれよと思う。そうしたら、ラストにイーストウッド本人の歌が流れても大目に見るのに笑

でも、少数民族であるモン族にスポットを当てて、俳優も素人を含めちゃんとモン族から選んでいるところが良かった。アメリカ映画でここまでアジア俳優の選出にこだわるのは珍しいのではないか。イーストウッドくらいの立場だからできることでもあろう。

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