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2009年1月23日 (金)

どこにでもある残酷

ついに来た!! 業績不振により今月からお給料5%減額(>_<)
トヨタが右向きゃどいつもこいつも右向きやがってーとつい最近までは思っていたけれど、その域を超えてしまっているということなのかしら…。もっと恐ろしいのは、現時点で、来月は一つも仕事が入っていないということなのだ、うちの職場\(^O^)/

アメリカの警察小説の巨匠。この人の本は読むの2冊目。

『この町の誰かが』ヒラリー・ウォー著/法村里絵訳
(創元推理文庫 1999年邦訳)

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大都市のベッドタウンとして発展しつつある以外は、住民のほとんどが顔見知りというありふれた町クロックフォードで、16歳の少女が暴行のうえ殺される。前日に町をうろついていたよそ者の若い男に疑いがかかるが、その男には鉄壁のアリバイがあることが間もなく判明。やがて住民たちは、それまで親しくしていた隣人に中傷と疑惑の目を向け始める…。


少女の両親をはじめさまざまな人の証言や会話文で構成されたミステリです。犯人は誰かということよりも、犯人が捕まるに至るまでに、その町で何が起きたかが読ませどころ。文庫本の裏表紙には「ドキュメンタリータッチで描き出す《アメリカの悲劇》の構図」との紹介文がありますが、この本に書かれていることは、集団心理の残酷さ。組織の中で起きるいじめの構図にそっくりで、寓話的です。

少女が殺され、住民男性の誰もが犯人であってもおかしくないという状況において、誰か一人が住民誰かに対する気まずい思いや偏見を口にした途端に、疑心暗鬼にさいなまれていた住民たちの目が一斉にその特定の誰かに向けられる。特定の誰かというのは、ほかの住民たちとはちょっと違ったところがあるというだけの、何の落ち度もない人たちなので、非常にいやな気分にさせられます。でも、真犯人が許せない犯罪者でありながらも間の抜けた野郎で、最後はちょっと笑えました。

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