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2008年12月

2008年12月28日 (日)

これぞライブ・バンド!

昔のインタビュー映像が時折はさまる以外は、ほぼ全編、いま現在のストーンズのライブパフォーマンス。

「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」(2008年 アメリカ)
★★★★

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映画館では前から2列目中央に座ったのだけれど、大正解だった。映画というのを忘れて、最初の2曲が終わったときに思わず拍手しそうになったよ笑。これから観る人にも、ぜひうんと前のほうに座って観ることをおすすめしたいです。


ストーンズは「悲しみのアンジー」で興味を持ち、10代のときにアルバム5、6枚買って聴いていたので当時はそれなりにファンだったはず。あと、東京ドームのライブにも一度行ったし。でも、近年はほとんど疎くて(ビル・ワイマンが脱退したのを忘れていて探してしまったくらい)、まずは60代半ばのメンバーの若さに驚愕したっす。なんといってもミック・ジャガー! 歌も素晴らしいが、なんだあの体型は! あの動きは! 若さを保つ秘訣を本にでも書いたら売れるんじゃないか…。商業主義にどっぷり浸かっています。すみません笑。

自分はジェイムズ・ブラウンの「聴衆を熱狂させることが使命」のようなライブ・パフォーマンスが大好きで、そういう音楽こそがポピュラー音楽の原点だとも思っているけれど、ジャンルは違っても、ストーンズもまったく同じことをやってきたのだと映画を観てあらためて思った。ミックのあの若さも、最高のパフォーマンスを行うために維持されてきたものだろうか。そのプロとしての凄みに今さらながら圧倒されたよ。

でも、映画用の選曲だろうか、「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」はちょっと無理があった。最も好きだった曲「悪魔を憐れむ歌」も思ったほど盛り上がらなかった。やはり普遍性があるのは「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」などのキース・リチャーズ独特のギターリフが入った曲かも。しかし、キース・リチャーズ、へたくそだなあ。そのへたさが気にならないのもライブ・バンドとしての長いキャリアがなせることなのだよね。

ストーンズ以上に強烈な印象を残したのが、1曲だけゲストで出たバディ・ガイ。彼が登場してギターを鳴らし始めた途端に、音楽のテンションが一気に上がった。もうやばいくらいにとんがっていて、ストーンズが一瞬色あせる。陸上の100メートル走で白人選手と黒人選手が競う図を思い浮かべた。クリスティーナ・アギレラもゲストで、彼女も割と好きなのだけれど、せっかくリサ・フィッシャーがコーラスでいるのだから、リサの歌も聴きたかったな。んー、どうしてもブラックびいきになってしまうのか、自分は。

2008年12月27日 (土)

勝手に前髪が切られてしまっていますよ。

帰省する前に今日と明日は観たかった映画を消化。

「ラースと、その彼女」(2007年 アメリカ)
★★★☆

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インターネットで購入した等身大のリアルドール(ダッチワイフという言い方は差別用語になっていたのだな)を恋人とする青年の話。

コメディと思って観にいったけれど、主人公のおびえた顔をとらえた始まりのシーンから違うと分かる。こういう個人的な心の傷をストレートに描く作品を好んで観ることはあまりないので、教会を中心として住民全員が家族のような連帯感をもって暮らす地域コミュニティの出来すぎ感のほうが印象に残った。主人公のやっていることよりも、物分かりの良すぎる住民たちのお節介のほうが、一歩引いてみちゃうところがある。それがある作戦に基づいていても。
でも、パトリシア・クラークソンが出ていたのはうれしかった。いつ見ても知的で品があっておきれいです。


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「ウォーリー」(2008年 アメリカ)
★★★★☆

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まずは、廃墟と化した街に林立する摩天楼のいくつかが、健気を絵に描いたようなゴミ処理ロボット、Wall-Eが独りぼっちで築き上げたものと分かったときからうるっときた。先割れスプーンのちょっとしたエピソードにも胸キュン。謎の宇宙船が降り立つまでの冒頭が大好きです。冒頭だけでも1本のSF作品として成り立ちそう。

最新鋭ロボット、イブの頭部が胴体から浮いているのがイケていると思った。しかし、操縦桿ロボットたちのクーデターの目的は何だったのだろう。見落としちゃったかな。

2008年12月22日 (月)

事件は現場で起こっているんだ!

リドリー・スコット最新作。原作はジャーナリスト出身の作家デイヴィッド・イグネイシアスの同名小説。

「ワールド・オブ・ライズ」(2008年 アメリカ)
★★★★

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欧米各地で爆破テロを企てるアラブ人首謀者の隠れ家を突き止める任務を受け、イラクで潜入捜査を行うCIA工作員のフェリス(レオナルド・ディカプリオ)は、アメリカ本部から現場を無視した冷酷な指示を送る上司ホフマン(ラッセル・クロウ)に対し、次第にいらだちを募らせていく。やがて、命からがら手に入れた情報をもとに、フェリスはアンマンに移動してヨルダン情報局の責任者サラーム(マーク・ストロング)に協力を仰ぐように命じられる。が、サラームはフェリスを受け入れるがCIAは信頼せず、ある条件をフェリスに課する…。


(以下、大いにネタばれしています)

いまやCIAが歴史の陰でそうとうに汚い工作をしてきたのはよく知られていることなので、爆破テロ集団のリーダーが実はCIAの傀儡と疑って観ていたのは、私だけではないはず…笑。だから、フェリスの作り上げた嘘も、アメリカ人の驕り丸出し、許し難いことには変わりないが、それほどの衝撃はないのだ。しかし、フェリス自身あんな工作を考え出しておいて、ホフマンに対して「自分がアメリカのようなことを言うな」とぶちぎれるのは皮肉です。

映画タイトルからすると、登場人物たちの騙し合いが見どころになっているのかなと思いますが、それより、衛星監視カメラやネットなどの先進機器を駆使して情報を集めるアメリカCIAに対し、アラブ人たちは昔ながらの人を介した方法を信頼している、この対比を描いていたのが面白かったです。その意味で、最も印象的だったのは、フェリスがシリアの砂漠の真ん中でさらわれる場面。爆破テロ組織なのにあっぱれ!と思ってしまいました。

ラストも良かった。CIAを辞める決心をしたフェリスは、故国アメリカに戻ってもよかったはずだけれど、愛する女性がいる場所こそ自分の居場所として選んだのがクールだったですよ。
私的には旅行したヨルダンやシリアを思い出しながら見れたのも楽しかった。アンマンは観光客にはいたって平和に見える街です(難民地区を除く)。

2008年12月20日 (土)

容疑者は初代“King of Jazz”

1907年のニューオーリンズを舞台にした歴史ノワール。

『快楽通りの悪魔』デイヴィッド・フルマー著/田村義進訳
(新潮文庫 2004年邦訳)

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奴隷黒人とチェロキー族とフランス移民の血を引く母と、シチリア移民の父の間に生まれたヴァレンティン・サンシール。元警官で、今は赤線地帯ストーリーヴィルの用心棒をなりわいとしている彼は、娼婦を狙った連続殺人事件の犯人捜しを、街のボスで州議会議員のトム・アンダーソンから依頼される。現場に残された黒い薔薇以外の手がかりが乏しいなか、警察はヴァレンティンの幼なじみのコルネット奏者バディ・ボールデンに目を付ける。理由は、被害者全員が死の直前にバディと会っていたからだが、ヴァレンティンは根強い人種差別を背景とした策略のにおいをかぎつける…。


文庫の帯には「J・エルロイを凌駕するノワールの逸品」とのキャッチフレーズが……。凌駕するとはずいぶん大きく出たなと思うけれど、当時のニューオリンズの描写はなかなか趣があって、後半の緊迫感のある展開も読ませる、面白い探偵小説でした。文庫表紙の幽霊みたいな絵は内容にあまり合っていないと思う。

ブードゥーに詳しいミュージシャンとしてジェリー・ロール・モートンが登場し、まだ幼いルイ・アームストロングも、街で大人気のコルネット奏者バディに憧れる少年として一瞬登場する。というか、私は知らなかったのですが、この小説のもう一人の主人公といえるバディ・ボールデン自身が、ジャズの創始者といわれる伝説の人物だったのですね! あとがきで知って、ひょえーと感嘆しました。
そればかりでなく、街のボスも娼館のマダムたちも実在の人物で、あと、娼婦たちの写真をとても芸術的に撮る、足が不自由で醜い容姿の写真家というのが、映画「プリティ・ベビー」でキース・キャラダインが演じていた人物だったとは、ぜんぜん気づいていなかった! だってキャラクターが違いすぎるからさー。

やたら大きな音で人々を熱狂させ、一方ではうるさいだけと煙たがる人も多かったバディ・ボールデンが、毎夜の演奏で神経をすり減らし、ライ・ウイスキーにおぼれ、やがてアヘンやコカインで自滅していく様が、彼のコルネット演奏の描写から伝わってくるのがすごい。
著者デイヴィッド・フルマーは、雑誌の音楽ライターの仕事もしていたそうで、そういう描写はお手のもののようです。ノワールといっても、ヴァレンティンの恋人である娼婦ジュスティーンや孤児院出の少年ビーンスープのエピソードは心和むもので、暗い気持ちにさせられる事件の顛末とのバランスが良かったです。

2008年12月17日 (水)

かっこよいけどきれいすぎ。

最近よく名前を目にするジョニー・トー監督というのに興味を持って観にいきました。

「エグザイル/絆」(2006年 香港)
★★★★

中国返還間近のマカオ。乳飲み子を抱えた妻が夫の帰りを待つとある家。この家の主ウー(ニック・チョン)は、かつて香港マフィアのボス、フェイの命を狙ったために逃亡の身となった男。そんなウーの家に現われた4人の男たち。2人(アンソニー・ウォン、ラム・シュー)はフェイの命令でウーを始末するために、そしてもう一方の2人(フランシス・ン、ロイ・チョン)はウーを守るため。そこへ、ついにウーが姿を現わし、ほどなく三すくみの銃撃戦が始まるが…。(allcinemaより)

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狭い室内での銃撃戦が何度か登場。銃口からは白い煙、撃たれた肉体からは血が飛び散る変わりに赤い煙がぽわんと立ちのぼるのだ。この赤い煙が、ジョニー・トー監督の作品の特徴なのかしらと思いながら観ていました。映像はもちろん、男たちが情けなかったりする場面で生じる笑いを含めて、とてもスタイリッシュな映画でした。ストーリーは任侠作品の様式に則り、特に結末の意外性はないものの、現金輸送車のガードマンが男たちに合流するあたりはワクワクする面白さでした。

でも、何か物足りない。5人の絆を表すのが、5人一緒に笑顔で写っている若い頃の写真1枚のみ。それ以外の、なぜ5人とも裏社会で生きることになったのかとか(例えば貧困とか、孤児育ちとか)そういう社会的バックボーンがまったく描かれないので、なんだかとっても軽い。そういうところでケチをつける映画じゃないと思うけど。

幼なじみでありながら、命を狙い狙われる関係に陥ってしまった5人の裏社会の男たち。組織を選ぶか友情の絆を選ぶか、ぎりぎりの選択の中で、せめて妻子が生活に困らないように金を残したいというウーの要望を聞き入れ、5人は策を練る。このときに一緒に食卓で黙々とご飯を食べるんだけれど、あそこで三池崇史監督の映画をふと思い浮かべて、ついでに三池映画だと底辺社会の閉塞感とか血がドバっと出てぐちゃぐちゃになった肉体の生々しさ、痛さがめいっぱい刺激的に描かれるよなあと、つい比べてしまったのでした。

2008年12月15日 (月)

女フランケンシュタイン(博士じゃなく怪物のほう)

スコットランドの奇才によるゴシック奇譚。

『哀れなるものたち』アラスター・グレイ著/高橋和久訳
(早川書房 2008年邦訳)

作家アラスター・グレイは、グロテスクな装飾の施された一冊の書を手に入れた。『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』と題されたその本は、19世紀後半のとある医師による自伝だった。それは、実に驚くべき物語を伝えていた。著者の親友である醜い天才医師が、身投げした美女の「肉体」を救うべく、現代の医学では及びもつかない神業的手術を成功させたというのだ…。(裏表紙の紹介文より)

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『フランケンシュタイン』をモチーフに、ちょっと不気味な挿絵とともに綴られるブラックユーモアたっぷり、しかし後味は少々ほろ苦い物語でした。基本的には3部構成になっていて、1部は、容姿の醜い天才医師ゴドウィン・バクスターが孤独から抜け出すために作り上げた女フランケンシュタイン(ヴィクトリア)と後に結婚した医師マッキャンドレスの回想録。入水自殺したヴィクトリアを生き返らせたのは、脳を入れ替える手術なのだが、その脳の出どころは・・・ここの部分はぞっとしました。

しかし、再生したヴィクトリアはとんでもなく淫乱で(笑)。どこへ行っちゃうのこの話は?と思いましたが、彼女が婚約者マッキャンドレスを放っておいて別の男性と駆け落ちした海外で出会ったアストレーなる人物から授かる「苦い知恵」など、その部分だけを読んでも非常に面白かったりします。

2部は、このマッキャンドレスの回想録を受けて、彼の死後に書かれたヴィクトリアの書簡。1部の内容が、2部でひっくり返されるところが読みどころ。苦笑いせずにいられません。3部は著者による註釈で、天才医師バクスターやヴィクトリアなどが実際に存在したことを考証するための資料が集められていますが、これも人を食った内容というか、もっともらしくみえて全部フィクションのように思えるし。
訳者のあとがきによると、著者アラスター・グレイは「わたしは真実しか言わないし、書きもしない、嘘をつくとき以外は」と語っているそうで、それを信じるしかありませんね(笑)

哀れなるものたち(原題:Poor Things)は、ほとんどの人類のことを指しているように思えます。

2008年12月14日 (日)

Doblog Music Awards 2008

はじまりはブラックミュージックk.m.joeさん主催のDoblog Music Awards 2008にエントリーさせていただきます!


長年メインに聴いてきたブラックコンテンポラリー系が、最近はどれを聴いても区別がつかなくなっているばかりか、たまにいいなと思っても繰り返し聴くことがほとんどなくなっているのは、ひとえに自分の感性が鈍ってきているからです。

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そんな中で、今年唯一しつこくリピートして聴いたのが、2007年の作品になってしまいますが、クリセット・ミッシェルの「Let's Rock」。彼女のアルバムの中では人気のないほうに属するこの曲が、私にはなぜかツボでした。♪My mane is Chrisette Micheleで始まる平歌の部分を聴くだけで元気が出ます。ピュアで健気なところが、うきうきしてくる要因かと思います。部門名は【最もリピートして聴いたで賞】でいいでしょうか。

「Let's Rock」
http://www.last.fm/music/Chrisette+Michele/_/Let%27s+Rock


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一方で、いま気になっているのは、クワイエットストームの王道を行きそうな歌声をもったアンソニー・デイヴィッド。声ばかりか顔もどことなくルーサー・ヴァンドロスに似ています。アコースティックなブルースもよいし、「Lady」のような女性とのデュオ曲もよいわ〜。旧作もさかのぼって聴かなきゃと思っています。アンソニーといえば、ハミルトンの新譜も楽しみ。もうすぐ届く!


評価の高いアル・グリーンの最新作は、聴く気満々だったのにまだ聴いていません。


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ラファエル・サディクの新しいアルバム『The Way I See It』は、ようやく聴くことができました。古いソウル・R&Bをオリジナル曲で再現することがアルバム丸ごとのコンセプトになっていて、トニーズのときにもアレンジ面で似たようなことをやっていたけれど、それよりもう少し時代をさかのぼったテイストのものが多くなっている感じです。アルバム前半を数曲聴いたところで、あまりにオールドマナーすぎることに少し疑問も感じましたが、後半になるにつれてラファエルらしさが際立ってきたように思いました。歌メロは聞きこむほどに好きになりそうです。

2008年12月12日 (金)

今年のミステリ小説を振り返る

なんて言えるほど、読んではいないけど。いつも通りあちこちで年間のミステリ小説ランキングが発表される時期なので、私も本年のベスト5を。対象はわずか15冊ほどです(笑)1日か2日で1冊読めちゃう人ってすごいですね。


1. 『ダルジールの死』レジナルド・ヒル
2. 『チャイルド44』トム・ロブ・スミス
3. 『フロスト気質』R・D・ウィングフィールド
4. 『揺さぶり』マイク・ハリソン
5. 『イスタンブールの群狼』ジェイソン・グッドウィン


巷のランキングとあまり変わらない結果になりました。
1位はこのシリーズ小説のファンだから譲れない。ペレケーノスの『変わらぬ哀しみは』と、マンケルの『タンゴステップ』も、贔屓作家なので、心境としてはランキングに入れたかったけど、マンケルは前作のほうが作品としては上と思っています。今年読んだ旧作では、ラヴゼイの『漂う殺人鬼』やL・A・モース『オールド・ディック』が好きです。

もう一人の贔屓作家イアン・ランキンの新作翻訳が2年以上出ていないのがさびしいなぁ…。英「タイムズ」紙が選ぶ最も偉大なミステリ作家ベスト10ランキンの本国での評価がやたら高い。本国の読書家首相も好きな作家として名前を挙げている。だからなんだというわけではないけど、早く出してくれと。

2008年12月11日 (木)

内務監査課の彼(はぁと)

積ん読になっていた本を消化。

『霧に濡れた死者たち』ロビン・バーセル著/東野さやか訳
(ヴィレッジブックス 2007年邦訳)

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借り手のいない倉庫で身元不明の冷凍死体が見つかった。手がかりは、死体の指輪の隙間に詰まっていた何かの植物の種。サンフランシスコ市警の女性刑事ケイトは相棒のスコラーリとともに捜査担当になるが、翌日からスコラーリが失踪。また、検死を担当したスコラーリの妻が何者かに喉を切り裂かれて発見され、夫婦が離婚寸前であったことや現場の指紋からスコラーリに容疑がかかる…。


書店の文庫コーナーを覗くと、表紙のイラストから、女性が主人公でロマンス色の強いサスペンスやミステリというのが翻訳小説の一つのジャンルを築いているらしいことが分かる。近所の小さな本屋では、翻訳の新刊文庫の半分がこのジャンルじゃないかと思うくらい目立つ。ロマンス以外はおろそかな内容である気がしちゃって手を出さなかったのだが、これはどこかで評判がいいのを目にして購入したはず。

なるほど、けっこう読み応えがある。ロマンス小説を侮ってはいかんね。というか、これ、オーソドックスな警察小説ではないか! しかもモジュラー型。主人公の恋らしきものも抑えがきいていて好感が持てる。殺人課の刑事といっても若い女性なので、同僚に切れ者のハンサムな男性がいれば気になって仕方ないというのはむしろリアルかもしれない。

著者のロビン・バーセルがこの作品を発表したときは、20年以上のキャリアをもつ現役警官だったそうだ。警官の職歴をもつ女性作家といえばナンシー・テイラー・ローゼンバーグがいるし、ローリー・リン・ドラモンドもいる。その中では、作風も女性キャラクターも、このバーゼルの刑事ケイト・ギレスピー・シリーズが自分は好み。続きも読みたいと思う。

2008年12月 8日 (月)

普通すぎるやつです。

まるちゃんにご挨拶。

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2008年12月 1日 (月)

北欧の元祖・警察小説

エド・マクベインの「87分署」シリーズを手本に書かれ初め、のちに警察小説の古典として、87分署と並び称されるようになった刑事マルティン・ベック・シリーズ。MWA最優秀長編賞を受賞した代表作。

『笑う警官』マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー著/高見浩訳
(角川文庫 1972年邦訳)

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ベトナム反戦デモで多くの逮捕者が出た日の夜。土砂降りの雨の中、ストックホルムの街外れに放置された市内循環バスから、8人の銃殺死体が見つかる。その中の1人は、殺人課警視マルティン・ベックの部下ステンストルムだった。いったい彼はバスに乗って何をしていたのか、どこに行こうとしていたのか。そして大量殺人犯の目的は…。


スウェーデンの夫婦作家によるこのシリーズを知ったのは、同国のヘニング・マンケル作品を通じて。北欧にこんな有名なミステリ作品があるとはぜんぜん知らなかった。これはシリーズ4作目で、40年前に書かれたものだけれど、ほとんど古臭さを感じさせず、面白かった。シリーズものは1作目から読むのがベストと思っていたけれど、最初に代表作を読むのもありだな。少なくとも87分署の1作目よりは、こっちのほうが楽しめた。

マルティン・ベックの妻との関係に、共感する既婚中年は少なくなさそうだ。刑事たちそれぞれ味があるが、いつも「言わずもがなの発言をするのが好きな」グンヴァルド・ラーソンがひと癖あって面白い。
犯人像をつかめないでいるストックホルム警察の刑事たち。一人が「大量殺人てのは、アメリカさんの専売特許らしい」と言うと、もう一人が「なぜそうなのか。まず、暴力の賛美だろう。それから、出世主義のはびこる社会、銃砲類の通信販売、残忍なベトナム戦争」と応える場面があった。今とほとんど変わっていないが、出世主義というのは懐かしい響き。

ところで、この文庫の表紙画像を検索してたら、同名の日本の警察小説があった。もともとの題名は違っていたが、文庫化するときに出版社の意向なのか、題名を「笑う警官」に変更したらしい。なんだかな。作家本人は有名な警察小説と同名になってしまうのは知っていると思うけど。

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