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2008年7月

2008年7月28日 (月)

いわゆる「感動」はありません

『見ることの塩』を読んだ直後に、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦の戦犯カラジッチ逮捕で、個人的なタイミングに驚いたあ。EU加盟推進派が政権を握ったばかりってことは、民族派との間になんらかの取引があったのかしら?
で、これもたまたま、上記の本に登場するイスラエルのアラブ系俳優ムハンマド・バクリの息子サーレフ・バクリが出ている映画をDVDで見ました。<

「迷子の警察音楽隊」(2007年 イスラエル/フランス)
★★★

Fi2621629_1e 文化交流のためにイスラエルにやってきたエジプト・アレクサンドリアの警察音楽隊8人。しかし、出迎えはなく、自力で移動しようとするが、言葉のハンディから目的地と違う町に到着してしまう。その町での一晩の出来事…。

警察音楽隊が到着した場所は、いかにも砂漠の中の入植地といった、味気ない団地ビルの林立する町。そこに暮らすユダヤ人たちも皆どこかうつろだ。迷い込んだエジプト人8人は、飲食店を経営する女性に泊まる場所を世話してもらうが、これが「田舎に泊まろう!」のほうがまだ刺激的に思えるくらい、ありきたりなことしか起きないのだ。人と人との感動的なふれあいなどあざ笑うがごとく! このありきたりで退屈なところが、おそらくこの映画の意図しているところなのだと思う。
それにしても、あまり巧い映画とは思わなかった。

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久々に派手な爆破シーンのある映画観た。

「デジャヴ」(2006年 米)
★★★☆

デンゼル・ワシントン主演。ハリケーン・カトリーナの爪痕残るニューオリンズで撮影されたサスペンス映画。なんと途中からSFに! 意外な展開でしたが、最後は納得いかないなあ。ハッピーエンドだったけど、「プレステージ」と同様にグロテスクな思いがする。
あと、いろいろな辻褄合わせの盛り込み方がわざとらしすぎる。

2008年7月27日 (日)

真夏の昼下がりの映画館は睡魔との戦いなのだ

中国の桂林辺りを舞台にしたと思われるドリームワークスの動物アクションアニメ。日本のアニメに少なからず影響を受けているという。なら、今公開中を「ポニョ」をまず見るべきだろうと思うけど、ポニョ、かわいくないんだもん。
まあそれを言ってしまったら、巨体のパンダ「ポー」もパッと見、魅力的キャラとは言い難いのだけど。

「カンフー・パンダ」(2007年 米)
★★★☆

Fi2621628_1e 中国にいて不思議でない生き物がいろいろ登場するが、なぜか平和の谷の住人たちはブタ、ウサギ、アヒルの3種。どれも人間が食用にする生き物なのだ。そして、主人公のパンダの父親もアヒルなのだ。なぜだろうと不思議がって見ていると、後で笑えます。そこで爆笑していたのは、うちら2人を含む数名のようでしたが…。カメ導師の悟っているのだかボケているのだか不明なキャラクターも、子供向けストーリーの中ではインパクトあり。

食欲旺盛な主人公のポーが、カンフーの師匠(これだけは何の動物か不明。レッサーパンダ?)と饅頭の取り合いで武術をマスターしていくところが面白かった! ジャッキー・チェンが武術面のアドバイザーを務めているそうだが、それがよく分かる。絵巻物を模したエンドロール後の2人(2頭)のワンショットがとてもかわいい。

2008年7月23日 (水)

左遷先は全英一平和な町

1人だと見分けがつかないが、2人以上でいるとすぐわかる・・・客席の映画オタク率がやたら高い! 後で分かったが、前作がゾンビのパロディ映画で話題になった監督(エドガー・ライト)の映画だからのようだった。そして、なんと映画の中にも彼らの仲間が登場し、うるわしい友情を見せつけてくれたのだ。

「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」(2007年 英/仏)
★★★☆

Fi2621627_1e 首都警察で圧倒的な検挙率を誇るニコラス・エンジェル巡査(サイモン・ペッグ)は、「君がいると僕たちみんな無能に見えちゃう」という署内全員一致の理由で、サンドフォードというド田舎へいきなり左遷されてしまう。そこはベスト・オブ・カントリーにも選ばれるほどの平和でのどかな町。しかも、トロくてお人好しの新米警官ダニー(ニック・フロスト)と相棒を組まされ、エンジェルの調子はくるうばかり…。

普通のヒューマンコメディかと思ったら、中盤で本格的サスペンスの色合いが濃くなり、そこからまさか、あんな不謹慎でおバカ全快な方向にずれていくとはね・・・。いままであまり見たことのないタイプのコメディだった。その「ずれ」が計算づくなのか、いい加減なのかよくわからないんだけど、面白ければいいのかな。最後は清々しい気持ちで見終えたし。

何が受けたかって、前半までの映画の雰囲気にそぐわない殺人方法の過激さ、死体のリアルさ。ゾンビのパロディ作品を撮った人の映画だなんて知識がなかったものだから「何、この、間違った力の入れようは?」とやたら可笑しくて。連続殺人の動機が、まさかそんな理由ではないよねと思っていた、そのまさかだったことも受けた。まんまとミスリードされちゃった。

しかし、一番びっくりしたのは、「この人知っている。誰だっけ?誰だっけ?」と映画観ながらずっと気になっていたスーパーマーケットの経営者役が、エンドロールの字幕でティモシー・ダルトンと分かったとき。ひっくり返りそうになった。記憶の中とまったく違うキャラクターになっているもんだから。
ビル・ナイはともかく、ジム・ブロードベントやパディ・コンシダインなども、こういう映画に嬉々として出るんですね。イギリスの俳優はユーモアに関しては間口の広いというか。ほかにケイト・ブランシェットがカメオ出演していたらしい。どこに出ていたんだろう。

2008年7月21日 (月)

利用される「宗教の違い」

通勤電車の中で読むには重いので、家でちびちび読む。

『見ることの塩 パレスチナ・セルビア紀行』四方田犬彦著
(作品社 2005年)

Fi2621626_1e 2004年にテルアヴィヴとベオグラードの大学に文化交流使として派遣された著者が、滞在期間中にイスラエルとパレスチナ、旧ユーゴスラビアの各地を訪れ見聞きしたことをまとめた本。

民族や宗教の違いが戦争を引き起こすのではないと著者は言います。人間は自分たちの生活や文化を脅かす者が現れたときに初めて、自らが属する民族や宗教を強く意識する。パレスチナやバルカン半島の紛争もそこに端を発する。
ともにオスマントルコ帝国に属し、帝国が力を持っていた時代は、さまざまな民族や宗教・宗派を信じる人たちが、平等とはいわないまでも平和裡に暮らし、他民族や他宗教に対しての寛容さを持っていた。それが、各地で民族自決の思想が芽ばえ始めた19世紀、オスマン帝国の衰退とともに、一部で脱イスラムが進んだことは反動として理解できなくもない。しかし、なぜ民族浄化にまでエスカレートしていったのか……。

入れ子構造の差別は世界中どこにでも存在すると思うが、アシュケナジーム(東欧系ユダヤ人)が権力を握るイスラエルも、セルビア人も、自分たちを西欧の仲間であると考え、西欧文化こそが最も進化していて優れた文化だということを疑わない。それが他民族・他宗教への蔑視を煽り、民族浄化を後押ししてきたように思えてならない。もともと西欧人たちが持っていた異文化に対する蔑視は、欧米諸国が下したセルビアへの空爆という制裁と、イスラエルへの対応の違いにも透けて見えくるのがなんとも嫌な感じ。セルビアはセルビア人の思いとは反対に、西欧から見れば「野蛮な東洋」に属していた。

しかし、自分が西洋・東洋という分け方をして、逆に西洋こそ野蛮じゃないかとひとくくりに考えてしまうのも、すでに西洋的な考えに感化されてしまっている証拠なのかもしれない。うーん、どうなのだろう。あと、民主主義というのは誰かを排除したうえでなければ、本当は成り立たないのではないだろうかとか…。考えれば考えるほど分からなくなってきます。

自分がいちばん興味をもって読んだのは、「ユダヤ人」の定義不可能性なのだけど、読んでますますバカバカしくなった。停滞しているように見えるパレスチナ問題だけど、イスラエル内のアラブ系住民の人口増加が、かすかな希望といっては楽観的すぎるかな。

2008年7月12日 (土)

God bless the child that's got his own

スライ&ザ・ファミリー・ストーンの初来日チケット争奪戦。ブルーノート東京分はまったくお話にならなかったのだ。瞬殺だった! 読みが甘いなんてもんじゃなかった。スライの人気は、ブラックミュージック好きよりも圧倒的に人口が多いロック好きによって支えられていることを考慮すべきだったのだ。情報をもらったときに東京国際フォーラムのほうをすぐに手配しておけばよかったんだよね…。Yさん、ごめんよ。
しかし、ボックス席に陣取るグループの中には、チケットをもらって同伴しただけの、ありがたみの分かっていない人もかなりいるのではないかと想像すると悔しいばっかりだなあ……。
ええーい、もうすっぱりあきらめろ!


気を取り直して、先日取り上げたクリセット・ミッシェルのインタビュービデオを見ていたら、この曲をちらっと真似して歌っていたので、ついでに取り上げてみる。

Billie Holidayの“God Bless The Child"

Fi2621624_1e ビリー・ホリデイが歌って有名になった曲はたくさんあるだろうけれど、ジャズの枠を超え最もポピュラーなのはこの「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」ではなかろうか。本国のアメリカ人なら誰もが彼女のその歌を知っているというイメージがある(勝手な想像)。ビリーを聴き始めるにあたっての、最も口当たりのいい1曲ともいえる。有名だからって「奇妙な果実」を最初に聴くのは間違いだ。あれでビリーのファンになれる人はきわめて少数派だ。アルバム単位だったら『レディ・イン・サテン』と『ラスト・レコーディング』が時代が新しく、ポップなストリングス入りオーケストラがバックということもあり取っつきやすく、普遍的な魅力を持っている。この辺りが自分の入門編でもあったので、多分に主観が入っている。

ビリー・ホリデイを意識したのは、中学生のときに彼女の自伝を読んだことだった。学校図書館にあったノンフィクション全集の中に収められていて、ロバート・キャパの「ちょっとピンぼけ」、エロール・フリンの自伝とともに1冊になっていた(すごい組み合わせ…)。その数年後に『レディ・イン・サテン』のアルバムを初めて買って、歌のたたずまいのカッコよさにしびれた。しかし、背伸びすることなく心に染みいってきたのは、ラジオで聴いた「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」が最初だった。

で、そのビリーが歌う「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」は何度も録音され、手元には(1)コロンビア盤の1941年5月9日録音、(2)デッカ盤の1950年3月8日録音、(3)ヴァーヴ盤の1956年6月7日録音という3つのバージョンがある。(1)はおっとりとしていて伸びやかな歌声が魅力。(2)はぐんと貫禄がつき包容力のある歌声。混声コーラス入りでエコーがきいているクリスマスソングのようなアレンジがドラマチック。最初に心奪われたのはこのバージョンだったかも。(3)は41歳のときの録音だが(1)から順に聴くと老婆のような声になってしまっている。だけど、たった4分足らずの中に込められているものがあまりに濃厚だ。さまざまな感情が渾然とした玉虫色のような歌唱で、聴くときの心情によっては一番なぐさめられるのがこのバージョンだったりする。

YouTubeでは(1)がこれ、(3)がこれ。(2)は探せなかったけどサム・クックが歌うこれのアレンジが(2)をかなり意識したものになっている。

しかし、ふだん英語の歌詞はほとんど気にしていないのだけど、いま改めて「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」の歌詞をみて、タイムリーさに驚いた。ろくな仕事がなく低賃金の派遣で働かざるを得ない若者が皮肉を込めて歌うにはぴったりな内容に思えるよ。訳する人によって若干解釈が違っているようなので、英文のまま。

Them that's got shall get
Them that's not shall lose
So the Bible said and it still is news
Mama may have, papa may have
But God bless the child that's got his own
That's got his own

Yes, the strong gets more
While the weak ones fade
Empty pockets dont ever make the grade
Mama may have, papa may have
But God bless the child that's got his own
That's got his own

Money, you've got lots of friends
Crowding around the door
When you're gone, spending ends
They don't come no more
Rich relations give crust of bread and such
You can help yourself
But don't take too much
Mama may have, papa may have
But God bless the child that's got his own
That's got his own

(Billie holiday / Arthur Herzog jr.)

2008年7月 6日 (日)

元気になる音 その36

歌声がエラ・フィッツジェラルドに時にそっくりのクリセット・ミッシェル

Chrisette Micheleの『I Am』

Fi2621618_1e 1年前に発売されたデビューアルバム。最初に耳にとまったのは1曲目に入っている“Like A Dream”だったと思うが、技巧に走りすぎていると決めつけてしまったんですよ。エラやビリー・ホリデイを盛んにコピーして歌を練習していたことが、本人がこの2人を大好きと言っているのを知る以前に丸分かりなのだ。
でも、ごめんなさい! 改めてアルバム通して聴いたら印象が変わった。かなり良かったです。瑞々しく、可愛らしく、歌を歌うことの喜びがはじけている。ジャケットのイメージにぴったりでした。このジャケットデザインはいいね。

彼女の歌はソウルフルだけど、かなりポップス寄りの曲を含め、バラエティに富んだ曲が収まっている。こういうのをまとめてネオ・ソウルというのだろうか。歌声に個性があるというのは強い。取っつきであまり好きではないと思うタイプの曲も聴けてしまう。曲をじっくり聴こうという気にさせる。
9曲目の“Golden”から11曲目の“Love Is You”に至るジョン・レジェンド風の曲の流れが好きだ。実際にレジェンドがプロデュースしているのは11曲目だけのようだが。

マイ・フェイバリット曲は10曲目の“Let's Rock”です。バックに入っているサンプリングがもうちょっとなんとかならなかったかと残念な気がするけど、個人的には明るい曲調のほうが個性が出ると思う。なので、1曲目も今となってはお気に入り。

史上最年長の私立探偵

アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作2つ。

『オールド・ディック』L・A・モース著/石田善彦訳
(ハヤカワ文庫 1983年邦訳)

Fi2621617_1e もうすぐ78歳、探偵稼業はとうに引退したつもりのジェイク・スパナーの前に、40年以上前に長期の刑務所暮らしに追いやった元ギャングの大物サル・ピッコルが現れる。誘拐された孫の身代金受け渡しに同行してほしいというのだ。そして、受け渡し当日、老いぼれ2人は何者かに殴られ金を奪われてしまう…。


ハードボイルド小説全盛期の探偵が、今も生き続けていて、相変わらず一匹狼のわびしい暮らしをしていたとしたら……。これが意外と様になっている。そりゃあ少し走っただけで息は切れるし、疲れるのも早い。集中力や視力も衰えてはいるんだろうけど、利点もある。老いぼれが何かを嗅ぎ回ってうろついても、誰も気にとめないこと。何事に対しても達観しているようなところも、年寄りゆえに説得力があるのだ。

ロサンジェルスに住むジェイクは、シャツの胸元をはだけた格好で、毎日何時間も公園のベンチに座り、しなびた体に太陽の光を浴びせる。傷痕のある胸がセクシーだとお世辞を言われなくなって早30年。暇つぶしにペーパーバックの卑猥な三文小説を読んで妄想をかきたててみるが、最後に勃起したのは5年以上前。痛風の気があり、時に不眠症に悩まされる。しかし、そんなことより問題は財政状態。少なくともまだ万引きしたり、キャットフードを食べるところまでは至っていないが、早いところ死なないと無一文になってしまう……。そんなジェイク爺さんのもとに、古なじみが仕事を持ち込んでくるわけです。かつては敵対関係にあったとはいえ、背に腹は代えられない。それに同じ老いぼれが困って助けを求めているのだ。
「クソッ、なんてこった」とつぶやきながらも、過酷な拷問に耐えたり、銃を持った相手から走って逃げ回ったり……。いつ心臓がやられてポックリいっても不思議じゃない状況が、逆にユーモアになってるのがおかしい。作者モースは30代半ばでこの小説を書いているので、実際にジェイクと同世代の人たちが読んでどういう反応をするかは分かりませんが。
介護施設に入れられているジェイクの古い友人の元警官も、いい味を添えていた。そしてラストがまた、老い先短い者らしい決着の付け方というか・・・爽やかだけど、まだまだ因縁の関係が続きそうな予感もあり、ニヤニヤしながら読み終えました。面白かったです。

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『古い骨』アーロン・エルキンズ著/青木久惠訳
(ハヤカワ文庫 1989年邦訳)

Fi2621617_2e 北フランス、モン・サン・ミッシェル湾で貝拾いをしていた老人が、潮が満ちるのに気づかず溺れ死ぬ。その老人はレジスタンスの英雄として知られた富豪で、一人で暮らす北フランスの館に、理由も告げずに親族を呼び寄せた矢先の事故だった。そして数日後、遺書の内容で親族がもめるさなか、館の地下室から第二次大戦中のものと思われる人骨が発見される…。


“スケルトン探偵”との異名をもつ人類学者ギデオン・オリヴァー・シリーズの中で、最高傑作といわれる巻。オリヴァーはワシントン大学の教授だが、このシリーズは毎回舞台を変え、観光小説としての楽しみもあるとのこと。
前から人気があるシリーズということは知っていました。骨をもとに推理するというので、もっと見た目からして変わり者の探偵が主人公の、陰鬱な話かと思っていたらまったく違い、コージー・ミステリの味わいもある内容だった。抜群に面白かったのはプロローグ。これはシリーズの中では4作目。とりあえず5作目も読んでみよう。

2008年7月 5日 (土)

犬にも好かれるのがアダに…。

カナダのカルガリーが舞台。笑えるハードボイルド探偵小説。

『揺さぶり』マイク・ハリソン著/棚橋志行訳
(ヴィレッジブックス 2008年邦訳)

Fi2621616_1e 私立探偵のエディ・ダンサーは、派手なタトゥーを入れたバイク乗りの男から「銀行をだまして得た金を持ち逃げした相棒を探してほしい」との依頼を受ける。それだけでも迷惑な話なのに、翌日には、その相棒が妻を伴い、まったく同じ依頼をしに訪れる…。


邦題の「揺さぶり」とはそういう意味もあったのか! 恐ろしい! コーラを使ってそんなことができるのも初めて知った。やばすぎ! この小説はある種の人々に読ませては危険! 利用されたら大変です!
でも、楽しい。さまざまな悪党が登場するけれど、義理にあつく愛嬌を忘れない向こう見ずな主人公探偵の性格に引かれ、頼もしい助っ人へと変わっていく者もいる。おバカ系です。続編を大いに期待します。

石をひっくり返す者

スウェーデンの人気ミステリ作家最新作。

『タンゴステップ』ヘニング・マンケル著/柳沢由美子訳
(創元推理文庫 2008年邦訳)

Fi2621615_1e 若くして舌ガン宣告を受けた警官リンドマンは、その直後に、森の中の一軒家で隠居生活を送っていた先輩警官が何者かに惨殺されたことを新聞記事で知る。病気への不安を、治療に入る前の休暇を使って事件の独自調査に費やすことで紛らわせようとするリンドマンが注目したのは、先輩刑事が常に何かにおびえているように見えたことと、彼の過去に空白の数年間があることだった…。

ヘニング・マンケルのミステリ小説は、人種差別問題とかグローバリズムの弊害などを浮き彫りにするものが多い。本作では、敗戦後のドイツでナチス戦犯が処刑される場面をプロローグにもってきて、現代も形を変えたとはいえ、外国人労働者の増加などによってヨーロッパ中で再び広がりをみせるナチズム思想の根深さを題材としている。
スウェーデンは基本的にはドイツと同じ文化圏下にあり、戦前戦中は東欧諸国と同じくボリシェヴィキへの抵抗からナチスを信奉した人が多かったのですね。実際にドイツへ渡り、親衛隊に志願した者もけっこういたことが、現代のスウェーデン人も知らない事実として小説の中で語られています。架空のネオナチ組織も登場するのだけど、ヒトラーの描いた理想主義が戦後も一度も死に絶えることなく、ごく普通の人々の間で確信的に受け継がれていることとして描かれているのが不気味といえば不気味です。

前作のクルト・ヴァランダー・シリーズ『目くらましの道』が、これまでのシリーズ最高傑作と思える出来だったので、続いて書かれたこの小説はノン・シリーズながらとても期待していました。けれど、本作はマンケルの社会派としての性格が強く出過ぎたのか、ミステリ小説としての面白さはいまいちだったかなあ…。いろいろとバランスが悪いように感じた。
事件と主人公の個人的な思い出の絡ませ方とか、犯人がスウェーデンに居続ける理由付けが、少し強引に思った。また、元警官殺しの動機となった出来事というのが、それまで語られてきた犯人の執念や残忍な殺人方法の割に、あっさり描かれているところ。そして、小説後半に残されたもう一つの殺人事件の真相も、解明されてみれば案外しょぼい動機というか、意外性が少なくて盛り上がりに欠けた。しかし、この娯楽小説としての物足りなさはヘニング・マンケルの良識のなせるところかもしれない。

ヴァランダー・シリーズ読者へのサービスとしては、『目くらましの道』の中で殺される元法務大臣の兄という人物が登場。あと、あとがきにあったけど、マンケルの現在の妻はイングマル・ベルイマンの娘だそう。夫婦そろって有名人なのね。

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