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2008年4月13日 (日)

「ああ、愛の蒸し餃子」

インド系の女性作家による、ブッカー賞と全米批評家協会賞、ダブル受賞作。久しぶりに単行本、久しぶりに文学文学した小説(文学って何?)。でも、出版元はいつもながら早川書房なのだ・・・どうしたものか抜け出せません、ハヤカワの回し者から。

『喪失の響き』キラン・デサイ著/谷崎由依訳
(早川書房 2008年邦訳)

Fi2621581_1e 両親を交通事故で亡くした少女サイは、修道学校を追い出され、彼女の唯一の身元がいるヒマラヤ山岳地帯のカリンポンへと送り届けられる。そこに住んでいたのは、判事を引退したトカゲ似の顔の祖父と、彼の使用人でアメリカにいる息子からの手紙を心待ちにしている料理人、そして祖父の愛犬マット。やがてサイ17歳のとき、家庭教師のネパール系青年ギャンと恋に落ちるが、折からのネパール系住民による自治独立運動の高まりにより、その恋にも暗雲がたちこめる…。

孫娘の登場により、孤独で偏屈な老人の気持ちにも変化が・・そんな話かと思って読んだら、まったく違っていた。清々しいほどの裏切られ様(笑)。いや、いい意味で。

西ベンガル州カリンポンは、インドの地図でいうと、ネパール、中国チベット自治区、ブータンに囲まれてぽこんと飛び出たところの付け根の位置する。お隣の町ダージリンとともに、もともとはシッキム王国の領土。場所が場所だけに、その歴史は常に周囲の国々に翻弄され、新たな国境が引かれてはまた消されのくり返し。そのため民族構成も複雑。ベンガル人、チベット人に加え、イギリスの植民地時代に茶葉栽培の労働者として大量に雇われたネパール人たちがいる。また、イギリス人の避暑地だったときに住み着いた人たちもいる。さらには同じインド人の間にもカーストというものがある。
やがて、1986年にネパール系住民によるゴルカ(グルカ)民族解放戦線の暴動が起きるわけだが、その前後の数年が小説の舞台。

雨が降り続き外界との交信が一切途絶えてしまうモンスーン月の話も印象に残る。まあ何がインパクトあるかって、この小説を読むまで名前すら知らなかったカリンポンという土地のこと。また、文章表現がかなり練り込まれていて個性的。少女ファンタジーとユーモアの合間に、人間や社会に対するかなりシニカルな描写も出てくる。

物語としては、サイの恋の話よりも、読み進むにつれて明かされる老判事の過去や、カリンポンの話と交互に登場するアメリカにいる料理人の息子ビジュの話のほうが面白い。終盤、ビジュに襲いかかる不幸を読み(ネタばれになるので書かない)、なんて救いようのない!と思ったが、そこで絶望を感じた自分はまだまだ青いぜと考え直した。一部抜粋。
「しかし住民たちは暴力に衝撃を受ける一方で、暴力のありきたりなつまらなさにもまたしばしば驚いていた。・・・(略)・・・ここで彼らはまったく平凡であった。身の丈以上の問題にはまるで不釣り合いな人々が、過去対現在、正義対不正といった神話的な争いに捕われていた。最も月並みな人々が並外れた憎しみに心を奪われていたが、並外れた憎しみは結局のところ、まったくありふれた、平凡なものだった」

著者はニューデリー生まれ。母親も作家。15歳でイギリスへ。現在はアメリカに住んでいるらしい。

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