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2008年1月

2008年1月27日 (日)

元気になる音 その35

甘い高音ボーカルが個性にもなっている90年代のグループ2組。

Fi2621535_1e After 7の "Kickin' It"

ベイビーフェイスの兄2人とLAリードの従兄弟による七光りボーカルトリオだからアフター7(なわけ、ありません)。92年のアルバム『Takin' My Time』の2曲目に入っているこの「Kickin' It」は、今聴いても心が若やぐ!高揚する! 個人的に忘れられない曲。ダラス・オースティンのプロデュース。
その後の3曲目「Can He Love U Like This」、4曲目の「Truly Something Special」とミディアム・バラードが続いて、5曲目の珠玉のカバー曲メドレー「Baby I'm For Real/Natural High」までの流れもよいわ、よいわ。

Baby I'm For Realはマーヴィン・ゲイの作曲。オリジナルを歌ったジ・オリジナルズのほうももちろんいいし、シェリックのカバーもいいし、誰がやってもそのたびに名曲と改めて思う曲であろうおそらく。しかし、ベイビーフェイスの兄の一人だと思うけど少年のような高音ボイス。声だけではとても30代だったとは思えませぬ。

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そしてもう一組。コーラスワークの完成度ではこちらのほうが格段に上かも。

Fi2621535_2e Mint Conditionの"U Send Me Swingin"

93年のミント・コンディション2枚目のアルバム『From the Mint Factory』から。
少々ジャズ・マナーが入っていて、ゴージャスかつ心が洗われるような美しい歌声! 高音リードボーカルのストークリーをはじめ、メンバー粒揃いという感じがします。特にストークリーがやっぱいいわ!
で、この人たちの面白いところは、天国へ誘うような上品で美しいコーラスに、派手なシンセ使いやドラム・プログラミングという、まったく異質に思えるものを組み合わせ、なかなかに個性的なファンク系サウンドをつくりあげ、自分たちで演奏しているところでしょうか。
もともとはコーラスグループ志向、バンド志向、どっちだったのでしょう。

コーラスだけでも十分に素晴らしいです。そこで、当時はファンキー・チューンを好んで聴いていた気がしますが、あえてバラードの「U Send Me Swingin」を。11曲目のギンギンなロックギターが絡んでくるバラード「So Fine」も壮大です。

2008年1月26日 (土)

黄昏時の友 その4

上のタイトルは気にしないで。惰性で付けてるだけなのだ。
スティーヴ・グロスマンの項のヤン・ハマーつながりで。

Jeff Beckの『Wired』

Fi2621534_1e このアルバムを買った当時は、なんだかものすごくクールでカッコいいと思ったんだけど、その後、数々のクロスオーバー/フュージョンの音の洗礼を受けてきた耳で今改めて聴くと、こんなに直球のクロスオーバー/フュージョンだったっけ?と少々驚いている次第です。でもよく聴いた。

私は僻地育ちなので、幼稚園から中学まで同級生はずっと同じ顔ぶれ。高校進学でいくつかの学校に分かれ、それまで特に親しいわけではなかったサトミちゃんと、毎朝の通学バスが一緒という理由でおしゃべりするようになった。ある日、彼女が「どんな音楽聴いてるの? レコード貸して」というものだから、買って間もないジェフ・ベックのこのアルバムを特に考えもせず貸したのだが、それからずいぶん日がたって返してくれるときに、彼女がニコニコしながらも心配そうな口調でこう言い放ったのだ。
「こんなのを聴いていると病気になっちゃうよ」

その言葉がとても印象に残ってる。そして、彼女がそう思った理由が、私にも理解できる気がした。およそエレクトリックなものは人間に害があると信じていた頃。


ジェフ・ベックの演奏でいちばん懐かしいのは、この一つ前のアルバム『Blow By Blow』に入っている「哀しみの恋人たち」かも。レコード店でジェフ・ベック・コピー集まで買ってきて、うちにあったアコギ(笑)で頭の部分だけでも真似ようと苦戦した。
直接関係ないけど、ロイ・ブギャナンの「メシアが再び」も好きだった!
ついでにサンタナの「哀愁のヨーロッパ」もね!

2008年1月22日 (火)

26年後の罪滅ぼし

全世界800万人が涙した大ベストセラーとのキャッチフレーズ、そしてこのライトノベルのような邦題。しかしそれより何より、アフガニスタン生まれの作家による小説という点に引かれます。『カイト・ランナー』として刊行されたものを、映画化(日本では2月公開)に合わせ、改題して文庫化。

『君のためなら千回でも』カーレド・ホッセイニ著/佐藤耕士訳
(ハヤカワepi文庫 2006年邦訳)

Fi2621533_1e 1963年にカブール指折りの裕福な家に生まれたパシュトゥーン人のアミールと、翌年その使用人の息子として生まれたハザラ人のハッサン。二人はともに幼くして母親はおらず、同じ乳母の乳を飲み兄弟のように育ったが、アミール12歳の冬の凧合戦の日、二人の仲が変わってしまう出来事が起こる。
以来、大きな罪の意識を背負って生きることになるアミール。それはまだ「世界にその名を知られていない平和なアフガニスタン」の時代。やがてソ連のアフガニスタン侵攻で、アミールは父とともにアメリカに亡命。しかし、凧合戦の年から26年後、パキスタンからの1本の電話によって彼は再び故国へ、タリバンが支配する「絶望の国」アフガニスタンへと旅立つ…。


これは泣くよ! 私でも。文庫上巻の途中からすでに泣く! あとはずっと数ページ読んではぼーっとして、また数ページ読んではぼーっと・・・とても読みやすい文章で、特に後半などはそんなのありえねーという都合のいい展開も多いのだが、いちいち胸が詰まる。
多民族の対立と大国の介入により不毛な戦争が続く国の話だからというのはむしろ二の次だ。もちろんそれはこの物語に欠かすことのできない要素なのだが、「普遍的文学テーマが、まるで精緻な機織り機によって織り込まれたかのように美しく描かれている」(あとがきより)物語だからこそ、全世界で800万冊も売れたのだ。それがとてもよく分かる。

アミールの自ら招いた痛手、ハッサンの子供らしからぬ献身(その背景にある社会的差別)。友情と人間の弱さがもたらす裏切りについて、どこかで読んだ覚えがあると思い立ったのは夏目漱石の小説だ。アミールと父ババが互いに対してもつ思いにも泣ける。そして父の友人であるラヒム・ハーンがアミールたちを思いやるゆえについた最後の嘘と、アミールの前から姿を消した理由・・・なんて繊細な。なんてやさしい人なんだラヒム・ハーン!

アフガニスタンやイスラムのしきたり、風習もとても分かりやすく書かれている。また、タリバン政権下の悲惨な状況もしっかり盛り込みながら、それが小説の硬さになっていないのも素晴らしい。
この作品は映画を見るより先に本を読まないと絶対損!と言い切ってしまおう。

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映画はアフガニスタンでは、民族対立をあおるなどの理由で上映禁止とのこと。その理由ならば理解できなくもない。現状が現状だし。

2008年1月20日 (日)

クソ引き寄せ磁石と呼ばれ…

ハリウッド署勤務、ハリー・ボッシュ刑事シリーズ8作目。

『シティ・オブ・ボーンズ』マイクル・コナリー著/古沢嘉通訳
(ハヤカワ文庫 2002年邦訳)

Fi2621532_1e 引退した開業医の飼い犬が、森の中から咥えてきたのは20年前に殺された少年の腕の骨だった。多忙なハリウッド署では、古すぎる事件の捜査に長い日数や人手を割くことをよしとせず、焦らされるボッシュ。さらにその内容をマスコミに流す身内がいて、捜査の矛先が変わるごとに新たな悲劇を生んでいく…。

事件解決とともに、最後の章ではっきりする今作のもう一つのテーマ。その伏線の張り方がうまいです。相棒のエドガーもエドガーなりに頑張っているのに、そのあしらいは気の毒すぎないかと思って読んでいたから、ボッシュの決心には納得。警察の仲間たちにとってもなんとも切ないラスト。
しかし、ボッシュが惚れてしまう女性の傾向は相変わらずだな。真面目に捜査しながら、災いを引き寄せる男といわれることに同情するが、この点だけはそういわれても仕方ない。どうにもならない性(さが)なのでしょうね。

小ネタで面白かったのは、ジャズピアニストのビル・エヴァンスが日本では神扱いされており、エヴァンス専門のラジオチャンネルがいくつもあるように思えるくらい・・・と登場人物に言わせているところ。大げさだけど、日本人がオーソドックスなジャズの良き理解者であることは違いない。

あと、映画やドラマで、アメリカの警官がドーナツを食べるシーンがよくあるような気がするが、あのドーナツは市民からの差し入れで、警官をねぎらうために慣例的に行われているらしいこと。
ドーナツといえば、昨日初めて新宿などで長蛇の列ができているドーナツ屋さんのドーナツを食べたのです。日本の洋菓子にしろ和菓子にしろ、甘くないのが普通になってしまった今日、皆、あのたっぷりコーティングされた砂糖に釣られているだけのような気がするが、どうだろう。

真っ白な雪が血の雨に変わる

ティム・バートンに対してもジョニー・デップに対しても最近はすっかり興味薄と言いつつ、観に行ってしまったよ。スティーヴン・ソンドハイム作詞作曲の傑作ミュージカルの映画化。

「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」(2007年 米)
★★★☆

Fi2621531_1e 19世紀のロンドン。理髪店を営むベンジャミンは、妻と生まれたばかりの娘とともに幸せに暮らしていたが、妻に横恋慕した判事によって無実の罪を着せられ流刑。そして、15年後、憎しみのためにすっかり変わり果てた容姿となった彼の復讐劇が開始される…。

まあすごいこと。カミソリを手に次から次へと。豪快な血飛沫、さらに死体の処理方法だけでお腹いっぱい・・・。しかし、私の感性もマヒしており、この手のスプラッターな描写だけでは今さら恐怖もカタルシスも感じないのです。デップは与えられた役を完璧にこなしていて好印象。陰鬱で汚れた19世紀末のロンドン、手作りのために波打って見える昔の窓ガラスなど、細部に凝った美術も良かった。物語の内容的には特に印象に残らず。観た端から忘れそう・・・。

音楽はとても面白かった。出だしのメロディは覚えやすく穏やかなのに、オーケストラのアレンジによって複雑な感情が込められた官能的な曲に変化していく様がマジック。オペラの曲調なのに、何だかとても新鮮。アレンジはソンドハイムのオリジナルに忠実なんだろうか。
ティム・バートンのグロテスクだけども子供っぽさを残した笑いのセンスと、この一連の曲から自分がイメージする世界とがうまく結びつかなかったのが、のめり込めなかった理由の一つかも。

来月はひさびさに観たい映画が目白押し。なんとかやりくりして観に行かなければ。

2008年1月14日 (月)

それぞれ有名なシリーズ小説の1作目

『酔いどれの誇り』ジェイムズ・クラムリー著/小鷹信光訳
(ハヤカワ文庫)

Fi2621530_1e メリウェザー郡の酔いどれ探偵ミロのもとへ、行方不明の弟を探してほしいという女が訪れる。大学の教師をしているというその女は、探偵稼業でなじみの深い世界とは無縁の、天使のような無邪気さと傷つきやすさを感じさせ、ミロは一目で惹かれてしまう。しかし、弟の足取りを調べるうちに浮上してきた人物像は、姉が語るそれとはずいぶん違っていた…。

原題は「The Wrong Case」。nadjaさんに教えてもらったクラムリーです。1975年に書かれたものながら、チャンドラー直系の、すでにハードボイルドの古典と言ってもいいような風格を感じさせる小説。名翻訳者のせいもあるのでしょうか。

「坊主」不意に、おやじはいった。「酒を飲まない男を信じちゃいかんぞ。そういう手合いはひとりよがりで、いついかなる時でも善悪の区別をつけられると思いこんでいる。中にはいいやつもいるが、良いことだと称してこの世の苦しみの大方をつくりだしている手合いなんだ。裁判官きどりのお節介やきどもだ。だがいいか、酒を飲んでも酔いつぶれない連中も信じちゃいかん。そういったやつらは、心の奥底でたいてい何かを怖れている。自分が、臆病者か、愚か者か、卑しいか、凶暴なんじゃないかと怖れているんだ。自分自身を怖れるような男を信じることはできん。ところがだ、ときには便所でうずくまるような男なら、信用していいこともある。問題はそのときそいつが、卑下する心とか、自分自身のもって生まれた愚かしさなどについて何かを学び、生きのびる道を身につけようとしているかどうかだ。薄汚れた便器に胃の中身を吐いているときに、そんなことを大まじめに考えろといっても、これは難しいもんだぞ」
そのあと長い間合いをとって、おやじは付け加えた。「もう一つある。便所に這いつくばってるときしか、酒飲みを信じちゃいかん」


卑下する心・・・長い引用になったけど、西部開拓時代の名家の出でありながらアル中のすえに自殺したミロの父親の残したこの言葉が、その後のミルトン(ミロ)・チェスター・ミロドラゴヴィッチ三世の生き方の大きな指針となっているようです。小説の舞台は、本文の中ではメリーウェザー郡とあるが、あとがきにはメリーウェザーはモンタナ州の架空の小都市とある。
『さらば甘き口づけ』のほうも読んでみましょう。

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『悪党パーカー/人狩り』リチャード・スターク著/小鷹信光訳
(ハヤカワ文庫)

Fi2621530_2e 強盗を企てた仲間と妻に裏切られ、その後に別件で刑務所暮らしをしていたパーカーが、刑期を延長されたことにしびれを切らし、ついに行動を開始。脱獄をし、自分をはめたやつらへの復讐をきっちり果たすのだ…。

こっちは以前にDjangoさんに教えてもらった、ドナルド・E・ウェストレイク別名儀による冷酷非情な犯罪者を主人公とするアメリカン・ノワール小説。
クラムリー作品と同じ小鷹さん訳。1962年と、書かれた時代はクラムリーより古いが、新しく感じるのは、たぶんこれを原作とした映画「ペイバック」のイメージのままに読み始めてしまったせいだろう(それ以前に「ポイント・ブラック」というタイトルで映画化されており、映画の原作となったのは2度目)。
実際は、映画「ペイバック(金返せ)」とは人物もストーリーもかなり違う。あちらはかっこよく粋なアンチヒーローに描かれていたけれど、原作はほとんど無益な殺人も平然とこなす本物の悪党。出来事だけを淡々と綴っていくところは、前に読んだウェストレイクの作品同様、どこかしら寓話的だ。
これも面白かったので、ぽつぽつ他のも読んでみる。

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『古時計の秘密』キャロリン・キーン著/渡辺庸子訳
(ハヤカワ文庫)

Fi2621530_3e 少女探偵ナンシー・ドルー・シリーズ第1巻。日本でも有名な児童探偵小説らしいが、児童向けとは知らずに読んでしまったよぉー。
名探偵コナンのような刺激的な殺人は一つも登場しないのはもちろん、良い人・悪い人がきっちり分かれ、悪事の動機も非常に単純なので安心して読めます・・・。上記の悪党パーカーとは対照的! でもまあコージー・ミステリー的な面白さもなくはないです。といいますか、案外に嫌いじゃない(笑)。最後のほうが読むのかったるかったけど。
このシリーズ1巻目が発表されたのが1930年で、80年近くたった今も新作刊行が続いている(延べ数百巻!)というのはすごいですね。サザエさんもかなわない。

2008年1月13日 (日)

初笑いにふさわしい映画だった

今年初めて観た映画は爆笑コメディ。

「俺たちフィギュアスケーター」(2007年 米)
★★★★

Fi2621529_1e ライバル同士だったトップ・フィギュアスケーターが、世界選手権の表彰式で大乱闘を繰り広げてしまい、2人ともに永久追放。しかし、ルールの盲点をついて男×男によるペア競技で復活に賭けるという物語。

ウィル・フェレルも見慣れるにつれ、だんだん愛嬌があるのが分かってきた。この映画の彼は魅力全開ですね! 一緒に観た友人は丸太のような身体と胸毛に拒否反応を起こしていたが、さすがに例の裸祭りのポスターで、胸毛がセクハラとされた男性には同情していましたよ。

ネタバレになるけど、特注品のイタリア製のくしと馬用リンスの話に大笑いし、そのくしが忘れたころに再登場。主人公の心境の変化をあれだけで表してしまう上手い演出だった。でも、同じスポーツネタなら「ドッジボール」のほうがもっと面白かったかな。コンビとチームという人数の差で。

話は変わり、暮れとお正月は例年通り帰省していたが、大晦日は、雪の中を3キロ離れた最寄りのスーパーへ買い出しに歩いて2往復するはめに・・・車がないと本当に不便。うちの母親はまだ頑張って歩いているけど、近所の独り暮らしのお年寄りのなかには、毎度タクシーを呼んで買い物にいく人もいる。
それだけ田舎。
しかし、同じ地域に住んでいる中学1年の姪がブログをやっているのには驚いたよ。胸ぐりの開きすぎた服装も中学生らしからぬし、「○○しないと死ぬ」というのが口癖なのもどうかと思う(笑)。まだ携帯電話を持たせてもらっていないだけマシかも。

2008年1月12日 (土)

予習

いやぁ驚いたなぁ。そんな裏技が使えるとは。もうすっきり一院制にしようぜ。って、そんなことちらっとも議題にものぼりそうにないね。


2月にエジプトに行くのです。ずっとイランに旅行するつもりで、時期も参加するツアーも決めていたのだけど、リビアの砂漠ツアーに突然心変わりし、でも、やっぱり北アフリカまで行くなら基本のエジプトに行くのがまず先だろうと、再度変更しました。イランを止めたのは、誘拐事件のせいでもアメリカの対イラン政策のせいでもなんでもなくて、単に寒い時期に同じ寒いところに行くことはないと思ったからですが、真冬のエジプトも日中以外は東京とあまり変わらない寒さとか。何を着ていったらいいか迷います。


エジプトといっても、古代遺跡よりはイスラム最大の都市カイロのほうに興味があって、まず読んでみたのがこれ。

『ある夜、ピラミッドで』田中真知著
(旅行人 2000年刊)

Fi2621528_1e ひょんなことから1990年から足掛け8年、カイロに暮らした著者による滞在中の印象的な出来事、出会った人々などについて綴ったエッセイ。
特にエジプトフリークというわけではない著者の、ある程度に距離を置いた視線と、しかしどんな不条理なこと、ばかげたことも異国の文化としてできるだけそのままに受け止めようという姿勢が、かの地を非常にイメージしやすい読み物に仕立てていると思いました。
しかし、社会的なルールなどあってなきが如く、人々が感情をむき出しにして生きているカイロの町の混沌を、短期間のツアー旅行などで感じ取ることは無理でしょうか。その混沌のパワーの源は、エジプト人の人間性によるものではなく、貧困や失業、嫉妬などから生じる途方もないストレスかもしれないと著者は書いており、実際にその中に取り込まれそうになったら、好奇心よりも嫌な思いのほうが勝ってしまうかもしれません。

旅の前に先入観はできるだけ持たないほうがいいと思ったけど、これを読んだせいで、エジプト人と接するときの心構えができた気がする。・・・あれ、思いっきり先入観を持ってしまったかな?

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