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2007年8月

2007年8月31日 (金)

ジダンもこんな街で育ったのだな…。

フランスの現代ハードボイルド小説。

『失われた夜の夜』ジャン=クロード・イゾ著/高橋啓訳
(創元推理文庫 2007年邦訳)

マルセイユ中央警察の刑事ファビオは、幼なじみのマニュとウーゴとは20年前にたもとを分かっていた。刑事と犯罪者の関係にある3人。しかし、マニュとウーゴが次々に殺される。生きる世界は違っても少年時代の友情が消えることはない。二人の死について調べはじめた彼に、心惹かれていたアラブ人の娘失踪の報が届く。絡み合う二つの事件に挑むファビオの孤独な闘い。マルセイユ三部作開幕。
(文庫裏表紙より)

Fi2621492_1e 犯罪小説を読みなれてるとはいえ、途中にあまりにむごい殺人があって、気分が沈んだ。しかし、30年、40年くらい前の映画でも観ているようなフレンチ・ノワールの雰囲気は悪くはなかった。人間関係が把握しきれなかったところがあるんだけども。

イタリア人、ポルトガル人、スペイン人、ギリシア人、トルコ人、アルメニア人、アルジェリアやモロッコからのアラブ人・・・人種の坩堝である港町を長期的な不況が襲い、ますます深まる民族間対立。そして、街の浄化を理由にその対立を利用しようとする警察や国粋主義者。かなり重苦しい・・・しかし、主人公がイタリア系なだけに(?)、地酒のパスティスとか、フェンネルを効かせた魚料理などの食い物の話も豊富で、地名、店の名前、はやりの音楽・・・マルセイユのことが少し分かった気分になる1冊。

2007年8月27日 (月)

Funkyなディーバ

現在の女性ジャズボーカルの最高峰の一人と言っていいのだろうか。
金曜日、ブルーノート東京でディー・ディー・ブリッジウォーターのライブ初体験。
はあーー、本当に素晴らしいショーだった! 完ぺきなパフォーマンスだった!

自分が知っているDDは、70年代終わりにクロスオーバー/フュージョンのアルバムで活躍していたほんの一時期のことで、最近はもっぱらしっとりとしたオーソドックスな曲ばかりを歌うジャズシンガーのイメージでいた。2ステージ入れ替え制のブルーノートだし、どうせさらっとした内容ステージ。いい曲が何曲か聴ければいいやという程度の期待で行ったのに、見事に裏切られた!
ここまで黒人ミュージシャンらしい、聴衆が一体になって盛り上がるライブをやってくれるとは思ってなかった。第一、こんな力の入った内容のライブを、57歳のDDが1日に2回やってるってことが驚き。2部の開場が30分遅れたのは、1部もこの勢いで押しちゃったせいだろうか。

バンドメンバーは、ピアノ、ギター、ベース、ドラム、パーカッションの5人。DDは長くフランスを本拠地に活動しているらしく、メンバーもヨーロッパの人たちのようだった。
オリジナルと思われる曲で始まり、「セプテンバー・ソング」「スピーク・ロウ」のクルトワイル2曲、アフリカンリズムのイントロアレンジで「ラ・メール(ビヨンド・ザ・シー)」。ここまでは普通にジャズボーカルのステージ。歌いながらのパフォーマンスは陽気で、エラ風だと思った。
その後、フレンチポップスのカバーらしき曲をやったあたりから、トークが寸劇っぽくなっていき、お上品な人なら眉をひそめそうな卑猥なパフォーマンスも飛び出て、会場の外国人はゲラゲラ笑い通し! 英語が半分も分からない私は少し置いてけぼりを食らったが、続いてやったこの曲(かっこええー!!)で、ずっぽりDDの虜となっていた。

そして、ファンキーなライブから一転、締めで歌われたのが、ウェイン・ショーターの「フットプリント」と、モンゴ・サンタマリアやコルトレーンで有名な「アフロ・ブルー」。真面目な思いが込められたDDの歌に、気付けば泣いていた。ライブでこんなに感極まったのは本当にひざびさのことで、やっぱりたまに生の音楽に接しないとだめだなと思う。

アンコールで登場したDDは、ジェイムズ・ブラウンのGet Upを口ずさみながら、客席のなんと全員!を立たせてしまい、ダンサブルな曲を演奏した後、バンドメンバーはステージを去るが、DDは最後まで残る。そして、ビートルズのAll You Need Is Loveを一人歌いながら、ステージ沿いと通路沿いの客一人一人とキスを交わしながら去っていったのだった(これだけでも型破りではないか)。
曲によって歌唱法もがらっと変えてくる歌のうまさもさることながら、音楽に対するどん欲さ、サービス精神の旺盛さ、さらに肝っ玉母さん的な存在感に圧倒されたステージ。すてきすぎるぞ、DeeDee Bridgewater! 惚れました。

2007年8月19日 (日)

闇から生まれた書物

文庫では3巻に分かれている壮大なファンタジー。舞台はイスラム圏のエジプトということになっているけど、あまりそういう地域性は意識せずに読める。

『アラビアの夜の種族』古川日出男著
(角川文庫 単行本は2001年刊行)

Fi2621490_1e 聖遷暦1213年(西暦1798年)、奴隷出身の兵士が支配するマムルーク朝エジプトの首都カイロに、悪しき予感のような報知がもたらされる。ナポレオン率いるフランス軍がカイロに攻め入ろうとしていると。マムルーク朝の23人の指導者の一人イスマーイールの最も有能な奴隷執事アイユーブは、武力で抗することは無駄と悟り、主人にある秘策を持ちかける。読む者を夢中にし腑抜けにしてしまう伝説の書物「災厄(わざわい)の書」を、本好きと噂に聞く敵軍の総大将に献上しようというのだ…。

文庫の最初に、これは著者のオリジナルではなく「The Arabian Nightbreeds」(無署名、発行所不明)の翻訳というようなことが書いてあり、文中にはご丁寧に所々、翻訳にあたっての注釈まで添えてある。読み進むにつれて何か変と思いつつ、最後まで確信が持てずに読んでしまった。騙されたようだ・・・。 著者の膨大な知識には恐れ入ります! それゆえに怪しいと思いつつ騙された。しかし、騙されたのは私だけではない。『災厄の書』というのも本当は存在していなかったのだから。

迫るフランス軍。次第に無法地帯となっていくカイロの片隅で、『災厄の書』は夜な夜な綴られてゆく。アイユーブが探し出した、甘い蜜のような舌を有する女の語り部の話をもとに。そこで語られるのは『もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語』と『美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語』からなるゾハルという都市の年代記。

抜群に面白かったのは、見る者をぞっとさせるほど醜い容貌をもって生まれたアーダムの話に費やされる1巻目。寝付く前にちょろちょろ読んでいたら、ある晩、同時に3つの夢を見た。3つと分かるほどくっきりはっきりした夢だった。この本のせいに違いない。
2巻目以降にファラーとサフィアーンが登場すると、なんだか最近よくある魔界を扱った漫画みたいだと思った(漫画は読まないので、たまにちらっと目にするアニメか)。美青年2人の話は腐女子に大受けしそうだな、などと余計なことを考えた。
魔物の居着いた無限迷路のようなゾハルの地下都市の描写がとにかく面白いんだけれども、3巻目では目新しさも薄れ、それまでテンポよく進んできたぶん、話も力技で引き延ばされてるような感じで(意図的かしら?)、ちょっと飽きてきた。

それでカイロはどうなったか。史実から大きく逸れるわけにはいかないし、『災厄の書』が綴られた目的もうすうす予想していたとおりだった。アーダムやファラーやサフィアーンが、強烈な個性とともにじっくり語られただけに、もう一人の主人公アイユーブについては印象が薄くなってしまい、ラストのインパクトもいまいちだった。しかし、アイユーブの生い立ちや性格については掘り下げられない事情も最後には明らかにされるので、辻褄は合っているんだよなあ・・・。

なにはともあれエンターテインメント小説として一級であることには違いないと思う。日本推理作家協会賞と日本SF大賞受賞というのには納得。大いに楽しませていただきました。

2007年8月16日 (木)

Superflyは面白いね

Fi2621489_1e 最近ラジオもろくに聴かないのでヒット曲にどんどん疎くなっていっているわけだが、たまたまSuperflyの「マニフェスト」という曲を聴いて、今どきあまりにストレートなロックぶりに思わず頬も緩みました。
昔はライブハウスに、こういう音楽を追求してるアマチュアバンドが必ず出ていたけれど、今もちゃんと受け継がれてるんだなあ・・・。

奇をてらわないシンプルな乗りのロックは、懐かしいと同時に新鮮。これぞ普遍的、正統派、日本のライブ・ロックバンドという感じ。洋楽っぽいと言われてるみたいだけど、この曲に関しては、もうコテコテに日本のロックバンド!
シャウトなどもかなり上手いけど、リズムの乗りがベタな女性ボーカルも含めて、日本のライブ・ロックバンド! むしろその、自然な日本語で歌った結果としてノリがベタになってしまうところが好ましいぞ。

YouTubeでついでにデビュー曲の「ハロー・ハロー」も聴いてみた。こっちはよく聴く。CMに使われてた? これもいい曲だなあ。曲としてはこちらのほうが広く長く愛されそうだ。でも、小さめのライブハウスで盛り上がるのは絶対に「マニフェスト」!ですね。

2007年8月13日 (月)

受け身な男

土曜日に渋谷ユーロスペース。
あまりの暑さに、街に出て映画を見る頃にはすでに疲れてしまい、前半は重いまぶたを必死に持ち上げながら観てたのがもったいなかったなぁー。

「街のあかり」(2006年 フィンランド/独/仏)
★★★★

Fi2621488_1e_2 ヘルシンキで警備会社に勤める孤独な男が、その孤独なところを付け入られ、女を通じて犯罪組織に利用され、裏切られるが…。

アキ・カウリスマキ監督作品。「浮き雲」「過去のない男」に続く“負け犬三部作”の最終章だそう。カウリスマキの作品は、説明的なセリフがほとんどないのに、主人公(およびヒロイン)の気持ちの動きが手に取るように分かるのがすごいね。そして、身につまされる…。

上辺の出来事だけを追ったらかなり悲惨だったりするのに、細部はかなり辛辣だったりするのに、キャラクターたちがどこかユーモラスなのも手伝って、軽妙さは最後まで失われない。ラストにはささやかな(身の程にふさわしいというべきか)希望を残すところもいい。今作もそう。早く気付けよと思わなくもないが、気付かないことが男の最後のプライドだったのかな。映画を見終わった後に「オレの現実は、そんなささやかな希望すら皆無なんだぞ…」と嘆きつぶやいていた独り者が一人二人、映画館にいたようないなかったような? そして私はといえば、ソーセージ屋台の女が登場した瞬間に、彼女に感情移入していた(笑)。

主人公を演じたヤンネ・フィーティアイネンは、M・マストロヤンニを一瞬思い浮かべた。いい男じゃないですか。部屋で一人いるシーンとか、かなり色っぽいと思ったけど。一方、女性たちはいつもどおり、美人ではないけれど役柄に必要とされる魅力は十分備えていると言われれば確かに備えているような、カウリスマキらしい人選。しかし、題材的には「真夜中の虹」や「コントラクト・キラー」にも共通するところがあり、いつものカウリスマキ作品だという安心感がある半面、新鮮みや作品の個性に少し物足りなさを感じたのも正直なところ。

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土曜日にはもう1本、早稲田松竹で山中貞雄の作品を観る。

「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」(1935年 日本)
★★★★★

大河内傳次郎が演じる丹下左膳と、喜代三が演じる矢場の女将とのやりとりが絶妙なコメディ。脚本がしっかりしているし、テンポもよいし、このドタバタ喜劇のセンスは、今でも十分に受ける気がする。観客に対しても百万両の壷の真実などはどうでもよいと納得させるラストの持っていき方も完ぺき!と感じました。

2007年8月12日 (日)

今年2本目

金曜日の夜に渋谷Bunkamuraシアターコクーンで
地球ゴージャスプロデュース公演「ささやき色のあの日たち」を観劇。

岸谷五朗の作・演出で、出演は岸谷、北村一輝、山口紗弥加、須藤理彩ら。
目当ての北村は、年末にあるもう1本を含めて、主演舞台が今年は3本も! 映画やドラマの北村が好きなんだけど、本人が今年は積極的に舞台を選んだようで、俳優を続けていく上でこういう年もありということなのかしら。しかし、毎回2回ずつ観ているのでけっこうな出費!

舞台上は、水の中という設定なのか? 上のほうに大きな流木が吊ってあり、ダム底みたいだった。2人の男が、過去に出会った女たちのことを互いに回想するなかで、その時は気付かなかったことに気付いていくというストーリーで、舞台中央に置かれた回転する台座の上で、回想シーンが演じられる。

メインの4人のほかはダンスと歌を得意とする出演者たちで固め、生バンドが場面に応じてハードロックからジャズまで演奏。もちろんメインの出演者たちも歌とダンスを随所で披露するミュージカル風。笑いもたっぷりのお芝居だったわけだが、曲はあまり印象に残らなかった。全曲オリジナルらしかったので、こんなものか。ふだんこの手のエンターテインメント劇すら見ないので評価する基準をもたない。

それよりか、座席がかなり舞台に近かったので、全体を眺めるというより、どうしても出演者の表情に注目してしまう。芝居のストーリー自体は、親しみのもてるものだった。ひょうきんでおしゃべりな岸谷の役に対し、北村の役はどこか陰鬱な面影のある気障男。いい年をした大人なのに、子供のような傷つきやすさと自分勝手な鈍感さを感じさせる。
前回の「恋の骨折り損」よりも、こっちの役のほうが断然、北村の個性が生きていると思った。ドキドキするシーンもあって、ちょっとしたサプライズだった。あれは生の舞台でしか味わえないものだろうね。
歌が聴けたのもうれしかった。いつもは個性的な声だなくらいの認識しかなかったけど、曲調によっては映える歌声であり、思っていたより上手くて、自分のことのようになぜか安心したりして(笑)。

4人のキャストの組み合わせが絶妙だったし、岸谷の落ち着いていて、いい意味でくだけた演技も好感度大。いつも演劇を見ない自分は、出演者が終始力んだ演技をしているのを見ると引いてしまうわけで(いや、それってアマチュアの場合か?)、そういう抵抗感をあまり感じなかっただけでも新鮮だった。


しかし、毎度入り口で渡される他の演劇チラシの量の多さったら! 紙質の良さやデザインの懲りようも、コンサートなどで配られるチラシの比じゃない。チラシから伝わってくる「あなたの知らない世界」オーラビシバシにたじろぐ。これだけの公演が成り立つ東京はすごいと感心しつつ、うーん・・・今以上にお金のかかる趣味を持つ気にはやっぱりなれないや。
でも、北村の次の舞台も必ず観に行くよ。

2007年8月 8日 (水)

コレクター対決

1950年代に出版され、名作とうたわれたサスペンスの新訳復刊だそう。

『ハマースミスのうじ虫』ウィリアム・モール著/霜島義明訳
(創元推理文庫 2006年新訳)

Fi2621486_1e 独身の青年実業家(ワイン商)として優雅な生活を送っているキャソン・デューカーは、知人の銀行家が珍しく深酒をしているのを見る。銀行家から事情を聞き出すと、見知らぬ男からいわれのないことで恐喝され、大金を払わされたという。兼ねてから犯罪者などの“珍種の人間”に並々ならぬ関心を寄せるキャソンは、わずかな手がかりをもとに卑劣な男を探し出し…。

単純なストーリーの中に繊細な味わいを隠しもった話で、確かにこれ、英国サスペンスが好きな人には受けそうな作品かもしれない。イギリスの作家は、エンターテインメントの中に人間のいやらしさをそっと紛れ込ませるのがうまいなあ。

物語は犯人を追うキャソン側と、キャソンに見張られていることに気付いていない犯人側から綴られる。犯人側の物語パートで、犯罪の動機らしきものが合間合間に語られていなかったとしたら、冤罪を疑ってみたくなるような、後味の悪い話になっていたのではないか。読む人によって印象は違うだろうけど、実際、今のままでも後味は微妙で、残酷でもあり、滑稽でもある。

犯人は自分を選ばれし人間だと思っている鼻持ちならない男なのだけど、“珍種の人間”コレクターのキャソンも、正義感から犯人探しを買って出た半面、どこかで人を見下しながら、金持ちの暇つぶしで犯罪者狩りをやっているようなところがあって、どっちもどっち、誰にも共感してはいけないような、いや、共感したくないという気分にさせられるのが、この本の面白さか。もちろん、作家はそれらしきものを十分意図して書いているはず。

2007年8月 5日 (日)

RATATOUILLE(rat・a・too・ee)

昨夜はドラマ「ゾウのはな子」を見ました。
タイで撮影したというゾウたちの芸達者ぶりが圧巻! 
本当にストーリーを理解して演技しているみたいだった。タイの象使いの村のゾウだから、あそこまで出来るんだろうな。あんなに表情豊かな動物とは思っていなかった。子象がまたかわいくて!そして子象のくせにやっぱり演技うまいんだもん、キュンとなった。


でもって先週末に映画館で観た、こっちはネズミが人間顔負けの才能を持っている映画。

「レミーのおいしいレストラン」(2007年 米)
★★★★☆

Fi2621484_1e_2 レストランのシェフを夢見る田舎育ちのドブネズミが、パリの高級レストランで雑用係として働く若者と出会い、1匹と1人は誰にも内緒にコンビを組んで一流のシェフを目指すことに…。


大食い→胃下垂→胃潰瘍と変遷してきた自分は、食に対するこだわりってものが乏しい。嫌いなものがほとんどないかわりに、特定の好物もない。「何食べたい?」と聞かれても、いつも「何でもいい」としか答えられない。しかし、一言断っておくと味オンチではない。食い道楽でなくても年を取ると自然と舌は肥えるものらしく、店で出される料理がうまいか、それほどでもないかの判断はつく。どうせ美味しくないものなら、自分でいい加減でもなんでも調理したもののほうが納得いくので、外食自体があまり好きではなくなってきているともいえる。

なぜこんなことを書くかというと、料理が大好きな人と、私のような基本的には食べられれば何でもいいと考える人間とでは映画を見た感想が違ってくるかなと思ったから。しかしながら、このアニメは、そんな私にも十分に面白かった。大人にも楽しめるように、スキなくつくられているところはさすがピクサー・アニメ! 映画観た後、ひざびさに高めのコースディナー食べに行ってしまった。

最初のほうでネズミのレミーが、兄ネズミに料理の素晴らしさを説明する場面。
まず右手に持ったイチゴをほおばってふむふむ、次に左手に持ったチーズをほおばってふむふむ、そしてイチゴとチーズを一緒にほおばって・・・。あそこの場面がけっこう重要。ほかにもオムレツつくるところとか、スープに調味料をぱらぱら入れるところとか、レミーが自分で料理する場面が好きだな(単にレミーがかわいかったから、かもしれないが)。料理への愛情でいえば、レミーと肩を並べるのは、ドラキュラの棺桶型の部屋に住んでいる辛口料理評論家だけだね。

インパクトあったのは田舎の家の天井が落ちてくるシーン。ひぇええーと声を出しそうになった。でもあの場面もよかったわ。単にかわいいだけのネズミでは、大人は納得しない。ぞっとするところもないと。だってネズミだよ。
ラストのもっていき方も良かったけど、レミーはともかく、ドブネズミ集団までが人間みたいな暮らしをしている描写は、ちょっと疑問。ネズミ集団にはネズミらしい生き方を貫いてほしかった。なーんて。


ところで、春の健康診断後に、ひさびさに胃カメラを飲むはめになった。
その結果、胃の中があちこちに出来た胃潰瘍の傷跡によって引きつりだらけになっている写真を見せられ、さすがにびびったので、ついにピロリ菌退治をすることに。
除菌して1カ月以上たつが、それ以来、胃の不快感がまったくなくなった。
半信半疑だったのだが、こんなことならもっと早くに退治しておくべきだった。

2007年8月 4日 (土)

いつものグチ

先月、社員旅行でバリ島に行ってきた。
なんて書いてあると、鼻持ちならなくないですか? 自分はそう感じる。でも、勤めはじめて最初の社員旅行くらいは行っておくのが礼儀かなと思って行ってきた。会社の旅行で海外に行くくらいなら、その分を給料に還元してくれと思わないですか? 少なくとも私の給料は社員旅行で海外に行くような会社にふさわしくないと思っている。

旅行期間中は有給を当てなきゃいけないというのも何か変だ。その旅行でわずかな年間の有給を使い切ってしまった私は、先日初めて会社を病欠し(勤務して1年半で初めて)、しっかり日割り分の給料を差し引かれたことにショックを受けた。病気にも容赦なしだ。過去に務めた会社でそんな経験はない。ほかの会社はどういう制度になっているんだろうか。病気がちでなくて良かったよ。

就職するときに、年俸制で残業代はつかないという程度しか確認しなかったもんだから、有給日数のあまりの少なさと、例えば朝1分でも遅刻したら1時間分相応の給料が引かれるとか、健康診断も有給を使わなければいけないとか、勤務時間中に病院や歯医者に行ったら、その当日に外出した時間分の残業をしないとやはり時給分が引かれるとか・・・給料がなんだかんだで引かれる一方だということに納得のいかない思いが、日ごとじわりじわりと募りつつあります。
でも辞めないけどね。辞められるわけないじゃん。

今の消費癖をどこかで改めないといつまでたっても貯金ができません。
とりあえず来年の社員旅行はパスしよう。

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