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2007年5月

2007年5月27日 (日)

仕事が雑な殺し屋

グラスゴー出身作家の1996年デビュー作。
小説の舞台はイアン・ランキンでなじみ深いエジンバラ!

『殺し屋の厄日』クリストファー・ブルックマイア著/玉木亨訳
(ヴィレッジブックス 2007年邦訳)

Fi2621466_1e_2 殺されていたのは医師。破壊され尽くした部屋の中は大量のゲロ、小便、うんちで催涙ガスのような異臭を放っている。そして、血だらけの死体は、鼻がほとんど噛み切られており、その穴には被害者の切断された指が2本突っ込んであった。フリーのジャーナリストであるジャック・パーラベインは、その上階に引っ越してきたばかりで、警察の捜査中にうっかり被害者の部屋をのぞいたばかりに容疑者にされかかる…。

出だしの殺人現場の描写こそグロいものの後はそれほどでもなく、ユーモアたっぷりの痛快ミステリーだった。汚い!痛い!下品!な、ジョー・R・ランズデールのハップ&レナード・シリーズを思い出したけども、イギリス(スコットランド)という土地柄だろうか。皮肉のきいたユーモアが秀逸! さりげなくかましてくるものだから、流し読みしてたら見落としそう。
また、登場人物の口を借りて、私腹を肥やすことしか頭にない金持ちの権力者たちを痛烈に批判するあたりも面白い。こういうストレートな社会批判を、ユーモア小説の中に違和感なく盛り込むのがいかにもイギリス流クール。
例えばこの一節↓には大きく頷く! 本当に一雇われ労働者には生きづらい世の中だ。

・・・“先見性”というのはじつに便利な言葉だ、とパーラベインは思った。それまでの印象はどうであれ、その言葉を口にした瞬間、そいつが救いようのないクソ野郎だということを暴露してくれるのだから。パーラベインは人や企業がただ仕事をしていた時代を覚えていた。だが、いつの間にか、それだけではじゅうぶんではなくなっていた。しばらくは“前向き”に仕事をこなせば事足りた。だが、いまや“先見性”をもって仕事をする時代になっていた。やっていることは、ただ仕事をこなしていたときと、まったく変わらないというのに。意味のないたわごとだ。彼はこの言葉を聞くたびに、ジョージ・オーウェルが墓のなかで悶絶しているところを想像した。・・・

マクレガー警部やゲイの女性刑事など、主人公以外のキャタクターも魅力的で、シリーズ続きの翻訳が出るのが楽しみ!

調査員M・ダブズ

2003年のアガサ賞、マカヴィティ賞の最優秀新人賞、アレックス賞を受賞した女探偵メイジー・ダブズ・シリーズの第一作。

『夜明けのメイジー』ジャクリーン・ウィンスピア著/長野きよみ訳
(ハヤカワ文庫 2005年邦訳)

Fi2621465_1e 20世紀初頭、ロンドンで探偵事務所を開業したメイジーのもとに初めて舞い込んだ仕事は、上流婦人の浮気調査。しかし、その調査をきっかけに、第一次世界大戦の後遺症に苦しむ元兵士たちが集団生活を送るある農場の存在と、そこに隠された犯罪のにおいを嗅ぎ付ける…。

シリーズ一作目ということで、中間部分は主人公のこれまでの半生に大きくページが割かれているのがミステリーとしては異色か。行商の子供として生まれたメイジーが、母親の死によって、学校を辞めてメイドとして働きに出、そこから大学生、看護婦、探偵として独立するまでのストーリーは、まるで「おしん」のようで、わくわく。
一方で、戦争の悲惨さも丁寧に描かれ、学校の推薦図書にもなりそうな内容。読んでみれば、少女漫画のような表紙が意外とマッチしている。

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もう一つ、こっちは有名な時代物ミステリー、修道士カドフェル・シリーズ第1弾。テレビシリーズとして有名らしいが、そっちも未見。

『聖女の遺骨求む』エリス・ピーターズ著/大出健訳
(光文社文庫 2003年復刊)

12世紀、イングランドはシュロップシャ、シュルーズベリ大修道院の修道士たちは、副院長・ロバートを先頭にウェールズに向かった。教会の権威を高めるために、寒村の教会に残された聖女の遺骨を引き取るためだった。ところが拙速に進めようとする修道士たちと、村人たちは一触即発の状態。そんななか、反対派の急先鋒が殺害されて…。
(裏表紙より)

Fi2621465_2e 主人公のカドフェルは、年齢は60歳近い。若い頃は十字軍に参加していた経歴を持つが、修道院の中ではもっぱら薬草園づくりに情熱を注ぐ、どちらかというと窓際のような存在。仲間の修道士たちの俗物的側面を、そういう立場からいつも冷静に眺めているからこそ、事件解決にも公平な推理が働く。
本作は、ケシから抽出したシロップが大きな鍵となっていたが、毎回違った薬草が取り上げられるんだろうか。
シリーズは全20冊。たまに気分転換に読むのに良さそう。

2007年5月26日 (土)

カルトオカルト

これも先週の公開初日に観た。

「リーピング」(2007年 米)
★★★

出エジプト記の「十の災い」を題材にしたオカルトホラー。
ルイジアナの閉鎖的な田舎町ヘイブン。血の色に染まった川から始まり悪魔のしわざか偶然か、判然としないことが続く。信じるか信じないか、映画を見る側も試されている感じ。私はどちらかというと信じないほうなので、最後の衝撃は生々しい不快感がだったが、信じる人はそれとは異なる恐怖を感じたか。
一番怖いシーンは暗闇の中。直後のフラッシュバックで謎が解ける。冷静に考えたら、ものすごく残酷なネタなのだが、映画としては、可もなく不可もなく…。

ヒラリー・スワンク演じる無神論学者の助手役アイドリス・エルバ。ガタイがいいのでアメリカ人と思ったらイギリス出身。しばらく気に留めておこうと思います。


ところで、「主人公は僕だった」の原題「Stranger Than Fiction」の意味は「小説より他人」じゃなくて「小説より奇なり」なのね。両方の意味を兼ねてるってことですか。
英語が弱くて困る。たまに、仕事で客先に行って待たされているときに本を取り出して読むわけにもいかず、携帯電話の英単語クイズをやったりするが、大抵は10問中2問しか答えられない。単語力は中1レベルか! ふだんは英語圏の音楽ばかりを聴いているのにね。

2007年5月23日 (水)

幸せは自分で掴もう。

そんなメッセージを含んだ映画。先週末の公開日に映画館。

「主人公は僕だった」(2006年 米)
★★★☆

Fi2621463_1e 国税庁の会計検査官ハロルドは、バカみたいに規則正しく、刺激がなく、女っけもない生活に、とりわけ不満はないようなのだが、ある日突然、頭の中に女性の声による自分を主人公にした小説が断片的に流れ出す。やがてその声は、彼の身に近々大きな不幸が起きることをほのめかし、パニックに陥ったハロルドは、その小説を書いているらしい実在の作家を探し出そうと、大学の教授に助けを求める…。

主人公はひと昔前だったらとトム・ハンクスやジム・キャリーがやりそう。どちらもコメディ出身だったと思うので、そういう役どころをウィル・フェレルが継いでいるのは順当なんでしょうが、彼にヒューマンストーリーの主人公を演じられても、胸キュンまでには至らない・・・個人的な感想。
でも、場面によっては、えらく優男顔に映っていたな。演技力のせいかな、それともCG処理かな(失礼!)。

登場人物たちのちょっとした癖とかしぐさなどが面白かった。実はストーリーは、設定はユニークでも、タイムトラベルものに似ていて、それほど新鮮には感じず、入り組んでもいないので、細部にこだわりがなければ、さえない映画になっていただろうと感じる。
なかでも、エマ・トンプソン演じる小説家が良かった。長いこと書けないことのスランプに苦しみ、何度も禁煙に挫折していそうな、悲劇を得意とするイギリス人小説家というのを、滑稽さにじませながら演じていて、青白い風貌もぴったりだったし。映画の中でいちばん印象に残った言葉も、彼女によるものだった。
クイーン・ラティファ演じる担当編集者の役は、迫力あったけど、活躍どころはあまりなかった。最後の編集の段階でカットされてしまったかな。

ラストの主人公の選択は・・・あれしかないよね。だってあれは選択の余地などないと思うぞ。普通の人間ならね。原題は「Stranger Than Fiction」・・・む、ストレート。

と、書いて気づいたのだが、書き換えで人生が変わるのは彼だけだったのかな?

いまだ刀を携える男たち

Fi2621461_1e その刀の名はジャンビーヤという(どこぞのナイフ店から写真を借りてしまった)。

日曜日のNHK「新シルクロード」第2集は、アラビア半島を南から北へ。かつては金と同価値の乳香の独占貿易で栄華を誇ったが、現在は貧しさのために多くの男たちが国外へ出稼ぎに行くイエメンと、オイルマネーによって今まさに繁栄の極みにあるサウジアラビア(日本のバブル景気の時なんかの比ではない成り金ぶりにビックリ!)を対比するように映し出し、最後にベドウィンが登場して、この世の無常を説くという、かなり作為的に思わなくもない物語仕立てだったが、映像はさすがに面白かった。
アラブの伝統や生活文化の特集映像は見逃したら後悔するほどに興味深々。もはやドバイの観光ガイドなんかは面白くもなんともないけどね。

イメージとして使われていたシバの女王の肖像絵画が、まるでヨーロッパの中世貴婦人のような衣装と風貌で違和感あり。あと、イエメンで新しく発掘された遺跡を、シバの女王がいた都と断言するにはちょっと根拠が薄いと思ったのだが、素人なのでなんとも。

今後の放送内容を確認。

第3集 オアシスの道は険し
第4集 見果てぬ祖国 ~草原の民はいま~(仮)
第5集 砂漠の王国 悲劇の民~“アラビアのロレンス鉄道”1300キロ~ (仮)
第6集 ペルシャ 世界帝国の輝き ~イラン高原をゆく~ (仮)
第7集 トルコ アジアの果てへ ~横断 アナトリア半島~ (仮)

うおー楽しみ!

2007年5月15日 (火)

私家版・魅惑のエロサウンド その14

健康診断が結果が出ました。上部消化管が潰瘍ありで要精密検査。例年どおりの結果。ここしばらく症状が落ち着いているので引き続き放っておくことにする。もう一つは、血清鉄が少ない。こっちは要治療。ひっかかる人が多いらしく、病気というほどでもないが、そういえば最近ひどく疲れやすい…。

朝、職場のある駅に着いて、地下鉄の出口から地上に出ると、薄曇りの空すら眩しく感じてめまいがし、引き返したくなるのだが、そこでおもむろにイヤホーンを肩掛けバッグから引っぱり出して、絡まったコードをイライラしながらほどいて、今では希少品扱いのCDウォークマンのリモコンを掌の内側に隠すように持って曲をかける。
そこでこの前ソサエティ・オブ・ソウルのCDを聴き直したら、思っていたより良かった。ダウナーな朝に妙にしっくりきた。アルバムが出た当時は、スローなファンクの地味な焼き直しじゃないかと感じ、それほどいい印象は持っていなかったのだが…。

Society Of Soulの“Pushin'”および“Wind”

Fi2621460_1e_2 1995年のアルバム『Brainchild』より。
TLCの大大大ヒット曲「Waterfalls」や、アウトキャストの一連のアルバムなどを手掛けたアトランタ出身のプロデューサーチームOrganized Noiseが母体である男4人女1人からなるグループ。残したアルバムCDは結局これ1枚なのかな。リーダー格でファルセットボイスのスリーピー・ブラウンは現在、ソロアーティストとしての活躍中。
10曲目「Pushin'」は、その彼のエロセクシーかつ男気あふれる歌声に身を委ねる1曲。アレンジも含め、オラン・ジュース・ジョーンズを彷彿とさせるところが個人的にツボ。といって、オランほどいかがわしくすごみのあるオーラは感じないですが…。バックで自由に弾いてるギターやオートワウベースがファンク。

Fi2621460_2e で、特例的にもう1曲。13曲目のインスト系ナンバー「Wind」。
実はこのアルバムを最初に聴いたときから、サックス&フルート奏者の好演だけは妙に印象に残っていた。それが、70年代に「Dazz」などのヒット曲を飛ばしたソウルファンクバンドBrickのリーダー兼マルチホーン奏者ジミー・ブラウンその人であることを知ったのは、つい先ほど(ちゃんと聴いたら曲頭のMCでも紹介されているではないか…)。さらにもって、スリーピー・ブラウンはその息子かい! 親子共演だったんだねー。びっくりついでに、ブリックのベストアルバムを引っ張り出して聴き直してしまったぞ。
「Wind」はジミーの囁くようなアルトサックス(カーブドソプラノかな?)のテーマがたまらないす。格違いの味がある。ちょっとロニー・ローズっぽい。ブリックでの演奏よりもこっちのほうが好みだなあ。

あと、楽曲的には4曲目「It Only Get Better」もなかなか。

2007年5月13日 (日)

生音も気持ちいい。

Fi2621459_1e 新譜と思っていたら、『Soulife』に続いてまたしても過去の未発表録音を集めたものだった。
アンソニー・ハミルトンの『Southern Comfort』
さほど疑問も抱かずにしばらく聴き続けていました。ということで「新譜が出た」というのは微妙に嘘でした、Yさん。

しかし、完成度と充実度では最新録音作に及ばないものの、埋もれてしまうには惜しい曲がたくさんある。1曲目「They Don't Khow」や8曲目「Never Give Up」、出だしがB・ウォーマック?な9曲目「Better Love」あたりは、もろ70年代風で、際立って個性的な曲ではないゆえに、むしろ愛聴してしまうというのは年齢的に致し方ない。和むんだもの。
Southern Comfortというと、真っ先に思い受けべるのはクルセイダーズの同名アルバムなのだが、それを意識して聴くと、1曲目はラリー・カールトンがいた時代のクルセイダーズがバックを務めているように聴こえてくるのは錯覚です。

そんなことよりアンソニー・ハミルトンの声の安定した素晴らしさ! ぶっちゃけアンソニーの歌声さえあれば、曲やアレンジは何でもOKな気さえする。他の男性シンガーの場合は、新譜CDが出ても最近はすっかり買い渋るようになってしまったが、この人だけはコンプリートでCDとして手元に置いておきたい。それほど別格というのは、そうそうない。

2007年5月10日 (木)

世界が詰まっている

昨日の昼休み、職場近く書店で発見し、2冊とも迷うことなく買った。

『世界は音楽でできている 中南米・北米・アフリカ編』
『世界は音楽でできている ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編』

北中正和:監修(音楽出版社 2007年)

民族音楽はもちろん、世界中で生活する人たちが、ラジオや街角などで普段聴きしている、地元のポップス、ヒップホップ、ロックまでガッチリ網羅した画期的な本になりました。ボサ・ノヴァ、レゲエ、クラウトロック、スウェディッシュ・ポップ、アフロ・ビート、グナワ、クロンチョン……、120本の音楽ジャンルやリズムの、第一人者による詳細な解説、400枚をこえるディスク・ガイド、新旧のアーティストの紹介を核に・・・(略)
(出版社サイトより)

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こういうガイド本を買っても、通しでじっくり読むことはない。たまに知りたいところを事典のように拾い読みするくらい。でも、全ページモノクロながら古今東西のミュージシャンの写真やアルバムジャケットの写真が並んでいるのを見るだけで楽しい!
その国のいま現在、もしくはかつてのメインストリームの音楽だけを集めたという、できるだけマニアックさや選者の趣味に偏ることを避けた選出意図も素晴らしい(ばらぱらめくっていて目に飛び込んできた、ガルシア・マルケスがシャキーラの大ファンという一文が愉快・・・笑)。

といっても、私には十分マニアック。半数近くは名前すら聞いたことのない人たち。4分の1は一度はアルバムを聴いたことがある人たちで、残りの4分の1は辛うじて名前だけは知っている人たち。20年近く前のワールドミュージックブームのときに、雑誌などで目にした名前がたくさん載っている。そのときは、CDなどをそれほど頻繁に買う余裕はなく多くの音楽に出会いそびれてしまったけれど、今はネット上でいくらでもサンプル音源を探すことができるので、むしろ今だからこそ持っていて実用度の高い本かもしれない。

「しかたのない子ね」

人気作家だが、読んだのは初めて。サスペンスでありホラーでありファンタジー。

『禁じられた楽園』恩田陸著
(徳間文庫 2004年刊)

Fi2621457_1e 若き天才美術家の烏山響一から、熊野の山奥に作られた巨大な野外美術館に招待された男女は、むせかえるような緑がおおう夏の熊野を訪ねる。2人は烏山と出会ってから、恐ろしい幻覚を見るようになっており、自分たちが招待される理由もわからずにいた…。
(以下少しネタバレ)

熊野はせいぜい山の麓までだが2回ほど仕事で行ったことがある。南紀白浜に行ったときは羽田から飛行機で行ったのだが、上空から見下ろす紀伊山地はくっきりした稜線が緑の陰影からなる模様を描き、ゴルフ場だらけの関東近辺とは大違いな自然の濃さに圧倒された。ここに一人で入り込んだら二度と出てこられないなという怖さも感じた。
紀州といえば、天藤真の『大誘拐』にも広大な山を所有する地主が登場したと思うが、おかげでこの本に登場する「お化け屋敷」のイメージもわきやすかった。というか、作家の文章力のせいだろうね。とても読みやすかった。変にくどくなく、だれることなく、人物の性格描写がけっこう深いところをついてくるのにも好感もった。

しかし、クライマックスには吹き出したよ。さんざん怖がらせておいて、なにそれ?な展開! 劇画タッチのキャラが、オチでいきなり3頭身のギャグ漫画キャラに変わってしまったような脱力感(笑)
あ、でも私は好きです。面白かった。読んでる途中はけっこう怖かったんで、あまりにバカバカしさにカタルシス。こういう、人によっては裏切りにも感じられるだろう結末は、度胸がないと書けないんじゃないかな。女性作家ならではの度胸という気もするなあ。エンディングはもう少し解釈の幅が残っていたほうが好みかも。

2007年5月 6日 (日)

時代は大仏さま

近場のシネコンでもう1本。客席ガラガラ。さすがにGW最終日。

「ラブソングができるまで」(2007年 米)
★★★

イギリス映画だと思い込んで見てた。ヒュー・グラントがべたべたなイギリス英語だったんで。でもテイスト的にもそんな感じ。原題は「Music and Lyrics」。作曲と作詞の役割を、恋人同士に振り分けるというのはとっくにありそうでなかったテーマか? MTV全盛期の80年代にアイドル的人気があったポップグループ(ワムとかアーハみたいな)の元メンバーと、心にちょっとした傷を抱えた若い作家志望の女性の恋。

やっぱりドリュー・バリモアのラブコメはいいねぇー。私のような年齢でも安心して観られる何かが、彼女の映画にはある。彼女が製作にかかわっていなくても。
あと、7歳年上の姉を演じたクリステン・ジョンストン最高!!!!!容姿を120%生かした役どころあっぱれ!(笑)ジョンストンが出てくるだけで、すごく楽しい気分になる。現在の女性アイドル歌手の不思議ちゃんぶりも面白かった。

80年代と現在のポップミュージックの舞台裏をおちょくったような小ネタで笑わせてくれるのはいいが、ストーリー的にはもうひと工夫ほしかった。エンドロールも。

主役は誰だったのか

毎年GWというと映画くらいしか予定がありません。それでも最終日はつらい。さようならGW・・・泣

「スパイダーマン3」(2007年 米)
★★★

宇宙から来た謎の寄生生物に、何かの物理実験の犠牲になって誕生した砂男・・・なんだか異種格闘技でも見ているような気分になった。いろんな要素を詰め込みすぎて、中身は散漫になってしまった感じ。アメリカ政府批判をかすかににおわせる、誤解から生じた安易な復讐をテーマに、それぞれのエピソードを結びつけているところは面白いと思ったけど。
さらに、本音を申し上げて、この3作目に至って、主演のトビー・マグワイヤが前よりシャープさの欠片もない人間に見えてしまう(年齢的になってしまっている)というのはきついわー。特にスパイダーマン姿でマスクなしで戦うシーン。いくら等身大の青年という設定でも、今回の内容の場合は、恋に悩む男の憂いというメロドラマ的要素にふさわしい資質をもった俳優で見たら感想もまた少し違っていたかと思う(その点、キルステン・ダンストの表情はかなりメロドラマ的で良いですけど)。

見終わった後は、スパイダーマンよりも親友のハリーや、砂男のほうに気持ちが持っていかれてしまった。キャラとして、この2人のほうが魅力的に描かれていると感じたが。特に顔に傷を負ってからのハリーは、確実にスパイダーマンより多くの女性の心を掴んだと思う(笑)。

消えたウサギ

邦題にこっぱずかしさを覚えつつも、ジェラール・ランヴァンが出てる!というんで、渋谷のル・シネマ。宣伝では出演女優たちばかりが目立ち、ランヴァンはおまけくらいの出番と思っていたら、ひゃっほー。なんと主演じゃありませんか!

「輝ける女たち」(2006年 仏)
★★★☆

Fi2621453_1e アルジェリアからの亡命者で、一時期は子供番組で人気を博したマジシャンのニッキー(ランヴァン)は、今は落ちぶれ、自分を育ててくれた南仏ニースの小さなキャバレー「青いオウム」に出戻り、細々とステージを続けていた。しかし、親代わりであり親友でもあったオーナーがある晩、理由も残さず入水自殺。葬儀に集まったのは、ニッキーの2人の子供とそれぞれの母親。さらにニッキーの現在の愛人も絡み、店の存続をめぐるごたごたの中で、疎遠だった2つの家族とオーナーの秘密の過去が明らかにされていく…。

人間関係が込み入っていて、理解するのに必死。そのためコメディなのに、笑えるようになったのはずいぶんたってから。しかし、カトリーヌ・ドヌーブやエマニュエル・べアール、ミュウ=ミュウといった女優たちに振り回されることになる、女たらしな役どころにランヴァンというのはたまらんわー(笑)。
私はオヤジ好きではないけども、ランヴァンの顔はしわが刻まれていてこそ。若い頃の映画を見ても、あまりいいとは思わないから。あの年齢で(といっても50代後半)ベッドシーンやっても映像的に全く無理を感じさせない肉体美もすげー。

全体的に年齢層高めな出演者の中で、息子役のミヒャエル・コーエンがフランスの谷原章介といった雰囲気のハンサムで人気が出そうな感じ。スター俳優の共演を楽しむといった趣旨が前面に出すぎているように思わなくもなかったが、時間が止まっているようなキャバレーでのヌードレビューや古典的マジックといった題材は面白かった。高台の墓地から望むニースの街の風景も。

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映画の前に、同じ施設内の美術館で「モディリアーニと妻ジャンヌの物語」展。誘われなければ、まずは億劫がって行かなかっただろう。油絵よりも、紙に鉛筆描きのスケッチのほうに見入る。

映画の後は、ウン十年ぶりに道玄坂百軒店通りのロック喫茶「BYG」。いまだ経営を続けていることに感心! 店を出た後に、2階は今もじゅうたん敷きなのか、確かめればよかったと後悔。

2007年5月 2日 (水)

都会派ウエスタン

ワシントンDCを舞台とする黒人私立探偵デレク・ストレンジ・シリーズ第1弾。

『曇りなき正義』ジョージ・P・ペレケーノス著/佐藤耕士訳
(ハヤカワ文庫 2001年邦訳)

Fi2621451_1e 1年前にパトロール中の警官によって非番の日に射殺された黒人警官の母親から、息子の名誉を挽回してほしいと頼まれたストレンジ。まずは、当事者の白人警官クインの身辺から調査を始めるが、クインはすでに警察を辞めており、勤め先の古書店に会いに出掛けた日に、なぜか2人は意気投合。協力して事が起きた背景を探ることに…。

探偵もの(警察ものも含め)小説を読んでいると、ほぼ必ず現実世界でのタイムリーな話題と重なる部分に出くわす。タイミングのよさにびっくりするほどだが、冷静に見渡してみれば、世を騒がすニュースのバリエーションは、だいたいいつも決まっているということなのかもしれない。
この本の場合は、アメリカの銃乱射事件から連想するものと重なった。米国史上最悪といわれる無差別銃撃事件で、銃規制反対派の人たちは「だから銃で身を守ることが必要なのだ」という主張をさらに強めている。それってつまり「疑わしきは殺せ」という考えと変わらないだろうと思うわけだが。さらに、その疑わしいという判断に、個人の偏見が混じらないことなど100%ありえないと思うわけだが。・・・銃容認派の中には、その問題点を自覚している人もいれば、無自覚の人もいる。どちらもぞっとする話ではないか。

原題は『Right As Rain』。「完ぺきに正しい、全く問題ない」という意味の慣用句。本の内容からして、邦題の『曇りなき正義』は原題にかなり忠実といえる。もっと正確には「曇りなき正義と自信を持って言えることなどあるのか?」という問いかけが、この小説を貫く硬派なテーマとなっている。

でも、著者ペレケーノスが「都会派ウエスタン」と自称するように、この本の本質は娯楽小説だ。例えば寝る前に読むのにぴったりといった。(にしても、主人公が風俗店に行って性処理しちゃう探偵小説は初めてだ…笑)。
調査を通して知り合うアフリカ系のストレンジとアイルランド系のクインは、年齢は親子ほども違うものの、元警官という経歴とウエスタン(映画・小説)好きという共通項を早々に見つけて意気投合。今後もコンビとして活躍していくのでしょうか。この2人の関係は、前作のワシントン・サーガ4部作におけるマーカス・クレイとディミトリ・カラスのそれにそっくりだ。そういえば、あの4部作もウエスタンの対決を思わせるシーンが毎度最後のほうにあったっけ?

相変わらず、場面ごとに登場するペレケーノスの音楽ネタが楽しい。

‥‥ストレンジはバーモント通りの「スタンズ」に行き、バーカウンターでジョニーウォーカーの赤とソーダを頼んだ。店のステレオでは、ジョニー・テイラーの「ディスコ・レディ」が流れている。ベースにブーツィ・コリンズを迎えた曲だ。流れるようなこの曲が、ストレンジは好きだった。「調子はどうだい、ストレンジ」「いいよ。そっちはどうだい、ジュニー」‥‥

‥‥ストレンジとクインは、バーの近くに二人用のテーブルを見つけた。ストレンジは椅子にゆったり座ると、音楽に合わせてテーブルをリズミカルに叩き始めた。「こっちのほうがおれ好みだな」ストレンジは言った。「アイザック・ヘイズの『ジョイ』だ。このレコードも持っていた。いいステレオでこの曲を聴くと、シャンペンの泡立つ音が聞こえるんだ。だがCDだと、その音は聞こえない」‥‥

‥‥ストレンジはカプリスに乗ってサウスイースト地区に入った。カセットデッキに、アイズレー・ブラザーズの最高傑作と自分では思っているアルバム『3+3』を放り込む。とたんにロナルド・アイズレーの歌う美しいバラード「心のハイウェイ」が流れてきて、ストレンジも一緒に歌いたい衝動に駆られた。だがそんなことをしたら、隣のラティマーが黙っちゃいないのはわかっている‥‥

‥‥彼女が領収書を持って戻ってきたとき、メイズ&フランキー・ビバリーの曲を流してくれと頼んだ。‥‥メイズはワシントンDCっ子のお気に入りバンドだ。彼らがレコードを出したのは何年も前だが、いまだに街じゅうのクラブや結婚式、家族パーティやロッククリーク公園でのピクニックで、彼らの曲が流れている。「どのアルバムが聴きたい?」バーテンは訊いた。「『サザン・ガール』が入っているやつがいいな」‥‥

いっぱい引用しちゃった(笑)。ついメモってみたが、文章がどうのこうのではなく、ここに登場する音楽系の固有名詞だけでニヤニヤししてしまうのだ。ストレンジはウエスタン映画のサントラも大好きで、家で一人でくつろぐようなときにはこっそりエンニオ・モリコーネのCDなんかを愛聴している。自分も子供のときに買ったマカロニウエスタンのテーマ曲を集めたLPを今も処分できずに持っている。世代的な共通点なのかしら。
ストーリー的にはワンパターンなところがあり、誰にでも勧めたくなる作家とはちょっと違うんだけれども、きっとまた読む。

駄作か珍作か。

タイトルに引かれて読んでみたのだが。

『わたしが殺された理由』アン・アーギュラ著/吉澤康子訳
(ハヤカワ文庫 2007年邦訳)

Fi2621452_1e 『市民ヴィンス』に続いてワシントン州スポーケンが舞台だぁーと興味を持ったのも束の間、なんだこれは・・・・・・・。たどたどしい文章と展開で、最初は翻訳に問題があるのかと思ったが、たぶん原文が風変わりなのだろう。いかにも処女作、というか素人が思いつきで書いたみたいな小説と思ったけれど、あとがきにはアン・アーギュラは「著名な作家であり脚本家であるダリル・ポニクサンの別名」とあるから、キャリアのある人のようだ。

49歳の女警官(主人公=わたし)が、更年期障害ののぼせ症状のため、いきなり人前で素っ裸になって海に飛び込むなんて場面が唐突に出てくるほうが、前世の人格が現れてその証言によって事件解決なんていう都合の良すぎるあらすじよりよっぽど変だと思った、読んでしまったことを少し後悔しなくもないオカルト・ミステリー。
これでアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペーパーバック賞ノミネート作品というのもよく分からない…。私の頭が固すぎかなあ。

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