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2007年4月

2007年4月28日 (土)

国で最大の輸出品

レンタルで鑑賞。

「カーサ・エスペランサ 赤ちゃんたちの家」(2003年 米/メキシコ)
★★★★

Fi2621450_1e_2 ジョン・セイルズ監督は、一時期かなり気になっていた。かなり好きだった。といっても作品数はそれほど多くはないようだし、レンタル店で探せる作品となるともっと限られる。セイルズ監督作品は脚本も自身が手掛けることに大きな特長が出る。とにかくまずは脚本が、個性的で面白い。よく、小説を読んでいて映画でも観ているような気分になることはあるが、この人の映画は文学に接している気分になる。一つの場面ごとに、書き込まれている内容、文体までもが思い浮かぶようだ。特に翻訳小説が好きな人には、この感じが伝わりやすいかも。
なかでもフェイバリット作品は、クリス・クーパー主演の「真実の囁き」(1996)。これをビデオで観たときは興奮して人に勧めまくったりした。アカデミー脚本賞にもノミネートされながら、公開されなかったのが残念でなりません。いまだDVD化もかなわないようだし。

で、久々の観たこのジョン・セイルズ作品。内容は、養子縁組を目的に南米のとある国(国名は明かされない)を訪れ、申請が通るのを長らくホテルに滞在して待ちわびている間に互いの交流を通じて、それぞれの人生を垣間みる6人のアメリカ女性たちの話。
ダリル・ハンナ、リリ・テイラー、マギー・ギレンホール、マーシャ・ゲイ・ハーデン、メアリー・スティーンバージェン、スーザン・リンチ・・・おそらく製作費の割にはびっくりするくらいな、豪華な個性派女優たちの共演で、映画の主役も彼女たちと思いがちだが、実は養子縁組を通じて、富める国に住む女性たちの悩みと、隣国の貧しい国(カトリック教国)に住む人々の現実を、対比して描いて見せているのだと思う。それも淡々と、ときに滑稽に思えるシーンも交えながら。

どんな恵まれた境遇にいても、人間は何らかの悩みを抱えこんでしまう。それぞれの悩みの深さはいろんな要素が絡み、単純には比べられない。アメリカから来た女性たちは、自分たちの悩みで精一杯で、貧しさのため子供を生んですぐに手放さなければならなかった幼い母親の気持ちには理解が及ばないし、すぐ目の前にいるホームレスの子供たちにも気づかない。その日暮らしが精一杯な国の人々にとっては、裕福なアメリカ女性たちの子供を持てないことの痛みなど、まずは知ったことではないだろう。両者の気持ちは共鳴しあうことなく、永遠にすれ違う。

実は互いの心が触れ合いそうな場面はあるのだが、言語の違い(英語とスペイン語)を利用して、そうあっさりと話の展開をもっていかないのがうまい! ジョン・セイルズのこういうシニカルなセンスが好きです。

2007年4月23日 (月)

ダチョウ倶楽部

Fi2621449_1e 映画『ドリームガールズ』にえらくはまった人からエディ・マーフィーの「サタデーナイトライブ」でのベストパフォーマンスを集めたDVDを見せられたのだが、しょっぱなのこれが!・・・笑
言うまでもなくネタは「Cold Sweat」と「Hot Pants」。
あと「歯の天使」も面白かったよん。

2007年4月22日 (日)

命がけの放浪

全米ベストセラーとなったノンフィクション。先月文庫化。

『荒野へ』ジョン・クラカワー著/佐宗鈴夫訳
(集英社文庫 1997年邦訳)

Fi2621448_1e アメリカ東海岸の恵まれた境遇で育ち学業も優秀だった青年が、大学卒業後、大陸をヒッチハイクで放浪したのちに、アラスカの荒野にうち捨てられたバスの中で腐乱死体となって発見される。いったい彼はなぜそのような奥地まで進んでいったのか…。

というようなコピーを書籍紹介で目にし、買ってみた。1992年に新聞に載ったこの青年の死のニュースは、著者によって追跡記事にまとめられ雑誌に掲載された後、大きな反響を呼ぶ。最も多かったのは「若者はノイローゼだったに違いない」という意見で、また相当数は「愚か者」「変わり者」「勝手に命を落としたナルシストなどむしろいい迷惑」といった非難だったというのは、想像に難くない。日本でも同様に、ネット上などで非難のほうに意見が集中しそうだ。何年か前のイラク人質事件でのバッシング騒動を思い出す。
本書は、その後、著者が新たに取材したことと、自身の若い頃の体験談なども交えて一冊の本としたもの。

読後の感想を、謎解き的面白さの側面からいえば、青年が荒野へと入り込んでいった理由、そこで餓死しなければならなかった理由は、それほどドラマチックなものではない。愚かといえば愚かだろうが、それは若気の至り程度のことで、要は「運」がなかった。それだけのこと。彼を否定してしまえば、子供の頃に好奇心から隣町までちょっと遠出というような行動も否定することになるのではなかろうか。

著者のジョン・クラカワーは自身が冒険心あふれた登山家であったため、自然の素晴らしさ厳しさや、自分しか頼る者のいない荒野の世界に同じく魅入られたことのある者として、青年に対する社会の無理解から出た非難の声に反論したい気持ちから、改めてこのノンフィクションを書き上げたのではないかという気がする。本を読んでの青年への評価は読者それぞれに任せると、冒頭で断ってはいるんだけどもね。


なんと、ショーン・ペン脚本・監督で映画撮影が進行中だそうだ。いかにもペンが好きそうな題材だよ! 主人公の青年役がエミール・ハーシュで、脇のキャストがかなり豪華。両親がウィリアム・ハートとマーシャ・ゲイ・ハーデン、青年が放浪中に親しくなった恩人ともいえる人物の役をヴィンス・ヴォーンとキャサリン・キーナーが演じる。それぞれイメージにぴったりのキャスティングで、この映画はぜひ見てみたい。
普通、小説の映画化は、読んでしまったものに関しては観る気が薄れるんだけれども、ショーン・ペンが青年をどう解釈したかに興味がある。

2007年4月21日 (土)

隣のポップコーン男

予告上映が終わってから空いていた両隣の席とも人が来ると、勝手なものでなんだかがっかりしちゃう。
で、左隣に座った男性は特大のポップコーンカップを、映画が終わるまでの2時間以上ずっと腕に抱えたまま、ぽつぽつと食べ続けていた。それが気になって映画を楽しめなかったのか? いえ、そっちに何度も気がそがれる程度の映画だったというわけ。自分にはですけど。

「ホリデイ」(2006年 米)
★★☆

ロスで映画の予告編製作会社を経営している女性と、ロンドンの新聞社で記者として働く女性。ともに失恋したばかりの二人がネット上で知り合い、クリスマス休暇の間の2週間だけ住まいを交換する…。

ひょっとして面白いかもーという勘がはずれたのが癪だぁー。ラブコメの映画評には、その人の恋愛に対する精神年齢が反映されると思うので、ここはババアと言われないためにも、★印は奮発して3つにしました(爆)。しかし、良かった点はケイト・ウィンスレットが出演していることくらい。
今どき、こういう華やかな職業の方ばかりが出てきて恋愛のドタバタを繰り広げる話を面白く見せるには、ウディ・アレン並の知性とユーモアと変人度が必要ではないかと思う。会話などの内容がまったくいけてないし、枝葉のエピソードも凡庸。予定調和で終わる映画なんだから、そこが気が利いてないでどうする、という。

キャメロン・ディアスとジュード・ロウのパートは、ないと設定の面白さが生きてこないんだろうが、どうでもよかった。どれだけ長いゲスト出演タイムかと思ったくらい、退屈。
さらに、演じた本人も不本意ではと思ってしまったのが映画音楽作曲家役のジャック・ブラック。笑いどころか?と勘違いするほど陳腐な音楽を作らされていた(笑)。

ビバリーヒルズに独り暮らしの老人は、実在のモデルでもいるんだろうか。あのエピソードが良かっただけに、製作者の意図がますますよく分からない映画になってしまっているように感じた。

3月にレンタルした映画メモ

「ホテル・ルワンダ」(2004年 英/伊/南アフリカ)
★★★★
1994年のルワンダでの民族対立による大量虐殺事件で、閉鎖されたヨーロッパ資本のホテルの中に逃げてきた人々を匿い、命を救った一人のホテルマンの逸話を映画化…。
ラストは、安堵する主人公一家の映像が流れるのをよそに、残されたどこにも避難するあてのないたくさんの難民のほうが気になって、複雑な思い。ごく最近の、そして今も根本的な問題は残されたままだろう惨劇を描いた映画を、感動作と呼ぶのは難しい。アフリカの現状を伝える啓発作品の色合いが強い。
それにしても、憎しみというのは、簡単に育ってしまうものだ。対立するツチ族とフツ族の違いが、わずかな容姿の相違だけというのに驚く。第一次世界大戦まではドイツ、続いてベルギーが植民地支配を続けるために利用した、民族的にはまったく根拠のない分類。なのに、命からがら逃げ出したホテルマン一家の移住先がベルギーというのが、歴史的背景からして理解できる反面、これまたやるせなかった。

「40歳の童貞男」(2005年 米)
★★★
スティーヴ・カレル主演のコメディ。爆笑まではいかなかったが、普通に心温まる話だった。ような・・・もう記憶が薄れている。勤め先の電気店で、暇してるときの仲間たちとのふざけ合いが、日常感出ていて面白かった。

「トランスアメリカ」(2005年 米)
★★★
性同一性障害の男性が、女性に変わる手術を受ける直前に息子がいることを知らされ、行きがかり上、父親であることを隠したまま、ホームレスな生活をしていた息子を救い出し、大陸横断の旅をすることに…。
ロードムービー大好きだが、性同一性障害の男性を演じていたのが「デスパレートの妻たち」に出ている女優のフェリシティ・ハイマンで、複雑な役どころゆえ、そのストイックな演技に苦労が透けて見えるふうに感じてしまい、純粋に映画を楽しむにはマイナスに働いてしまったかな。女優と知らないで観たら、どうだったろう・・・。

「キンキーブーツ」(2005年 英/米)
★★
映画館で観ようと思っていたのに、満席で門前払いを食らった映画。ドラッグクイーンが履くブーツに特化して時代遅れの革靴工場を再生するというおいしい話が、どうしてこんなにつまらなくなってしまうの。実話ベースらしいが、話の展開のつなげ方が上手いと思えないし、ドラッグクイーンにブーツフェチという、美センスの権化みたいなものを扱いながら、演出全般にその手のこだわりがまったく感じられないのは致命的・・・と思うのは偏見か。
キウェテル・イジョフォーの女装と、最初のほうで流れたニーナ・シモンの「Wild Is The Wind」は良かった。

「ランド・オブ・プレンティ」(2004年 米/独)
★★★★
9.11後遺症に苦しむアメリカを、ロスで自警団みたいなものを作ってテロ防止の活動するベトナム帰還兵の叔父と、ボランティア活動の両親とともにアフリカとヨルダン川西岸で育ち、その両親を亡くして帰国した姪との交流を通して描く…。
公開当時に観るべき映画なのかも。わずかな年月の間に意図されたテーマの受け取り方が変わってしまった可能性がある。しかし、ヴィム・ヴェンダースらしく映像は美しかった。映画らしい映画は家のテレビモニターで観ても、その世界に入り込めるものなんだと気づいた。後半、ロードムービーになってから登場する、カリフォルニア州はずれの何もない、忘れられた町の風情が良かった。ああいう風景を取り憑かれたように見入ってしまうのはどうしたわけか。

2007年4月15日 (日)

犯罪者のドーナツ屋と不動産屋の娼婦

ノンフィクション作家から転じた新進作家による、2006年MWA賞最優秀長編賞受賞作。

『市民ヴィンス』ジェス・ウォルター著/田村義進訳
(ハヤカワ文庫 2006年邦訳)

Fi2621445_1e ワシントン州の地方都市スポーケン。ドーナツ店の雇われ店長であるヴィンス・キャムデンは、裏ではカード偽造と麻薬の密売に手を染めている。実は彼にはもう一つ、誰にも打ち明けることのできない秘密があった…。

本の真ん中くらいまでは、大したことないと思っていた。しかし、これがなかなかどうして! しゃれたユーモアと、新鮮な味わいのある小説だったのだ。
ヴィンスときたら、傍から見たらまったくつかみ所のない男。思慮深いんだか浅いんだか、臆病なんだか度胸あるんだか、そして何事も風任せのような…。危なっかしいことはこの上ない。でもなぜかセクシーだ。続編をリクエストしたいくらい(笑)。

↓以下ネタばれ。

時は1980年。民主党ジミー・カーターと共和党ロナルド・レーガンの大統領選まっただ中、投票日直前の1週間が、この小説の舞台だ。ピカレスク風小説なのに、カーターとレーガンも実際に小説の中に登場してくるので(ここらへんは元ノンフィクション作家らしいかも)いったいワシントン州の田舎に住む小悪党ヴィンスとどう関係してくるのか…。しかし、これが後でぴりりと効いてくる。

刑務所に出たり入ったりの人生を歩んできたヴィンスは、この選挙で生まれて初めて有権者登録カードというものを手にする。それをきっかけにヴィンスの中の何かが変わり始めるのだ。折から彼は命を狙われるという一大ピンチに陥っていたのだが、そんな中でもテレビで選挙演説が始まると真剣に見入ってしまうのである。周りの人間にはまったく理解できないことに…(笑)。
この場面は後から思い出しても本当に可笑しい。世を拗ね斜めに構えて生きてきたような男が、誰に一票を投じるかでいきなり真剣になっちゃうものだから本当に面白い。

訳者あとがきにも書かれていたが、ほかの登場人物もそれぞれ味があり、キャラの立ち具合がエルモア・レナードのそれに似ていて、レナードの小説がよく映画化されるようにこれも映画になったらまた面白いかもと思った。コーエン兄弟、または「ブロークンフラワーズ」のタッチでジム・ジャームッシュとか。タランティーノでもいい。

2007年4月14日 (土)

カフェインのような文というか。

物憂い虚無感漂う基地の街、1970年代半ばの横須賀を舞台とする、神奈川県警の刑事・二村永爾シリーズの弟1弾。

『リンゴォ・キッドの休日』矢作俊彦著
(角川文庫 1978年)

Fi2621443_1e 林檎小僧とはなかなか可愛らしいタイトルだと思い、買ってみた。これがまるで勘違いで、リンゴォ・キッドとは「駅馬車」でジョン・ウェインが演じた役名。ドブロガーのwarmgunさんから、日本のハードボイルドといったら矢作だよとのコメントをいただき、初めて手にしたのだが、なるほどなあ…。例えば、ありふれた景観も非常に魅力的に思えてしまうような、五感に訴える鮮やかな比喩表現が随所にあり、しかもすっと頭に入ってくるところがすばらしいっすね。

本は「リンゴォ・キッドの休日」と「陽のあたる大通り」の2編が収められ、私的には後者のほうが、ユーモアも熟れているようで面白かった。

市場通りの小さな店で、私は夕食をとった。排骨とほうれん草の炒めもの、鮑のスープと花巻を三つだ。食べ残った花巻のかけらに辛子味噌をしこたま塗って、それを肴に食後のビールを飲んでいると・・・

一文引用してみましたが、おいしそうだと言いたいのではなく、ハードボイルドの主人公には、こういうしみったれたところがあるから好きなのかもしれないと思ったので引用してみた(笑)。
あと、これはネタバレなので詳しく書けないが、おまけにこじつけだが、タミフルはやはり相当にやばい薬品なのではないかと思った。

2007年4月11日 (水)

父さん、簡単に他人を信じ過ぎ。

音楽が題材の映画は、好き度評価が甘くなる。
それに、ブラジルの田舎や地方都市などが見られて、それだけで十分面白かった。土曜日に映画館。

「フランシスコの2人の息子」(2005年 ブラジル)
★★★★

Fi2621442_1e_2 (↓ネタバレ)
貧乏人の子沢山を絵に描いたような小作農のお父さんが、子供たちには自分のような生活はさせたくないと、上の息子2人にそれぞれアコーディオンとギターを買い与えるが、そのために使い込んでしまった地代が結局は払いきれず、土地から追い出される。当てもなく都会に出た一家を待っていたのは、もっと過酷な現実。こらえきれず隠れて涙する母を見てしまった息子たちは・・・。

ブラジルでこれまでにアルバム2200万枚以上を売り上げた現役兄弟デュオ、ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノの成功までの道のりと家族のドラマ。
子役たちがかわいかった! そして、極貧な一家が幸せになる話は、後味がいいのだ。終盤には本物の本人たちと両親が登場するので、きっと遠慮して描かれなかったこともたくさんあるのではないかと想像するが(歌詞に検閲が入り反政府的なことは歌えなかった軍事政権下の話もちらっと出るが)、カントリーソングそのまま、終始ほんわかしたところのある映画だった。

貧乏人の親が息子に託す夢は、ブラジルだったらやはりサッカー選手かミュージシャンがポピュラーなんだろうか。この映画の良かったところは、父親は息子たちに楽器を買い与えるが、その息子たちに頼って自分たちも生活していこうという魂胆がみじんも感じられなかったところ。しかし、それでも長男は、かなり重圧と責任を感じていただろうか。長男の子供時代を演じた子役の、ときどき大人びて見える表情がぴったりだった。

2007年4月 9日 (月)

「ブラウンさんと呼ばれたい」

騙しだましに使ってきたパソコンがついにいかれてしまい、最新のiMacに買い替えました。メモリが128MBから1GBになったら、インターネットが速い速い!

↓年初めに書店で平積みになっていて目に付いた。とっくに文庫になっていたらしいが知らなかった。

『俺がJBだ! ジェームズ・ブラウン自叙伝』
ジェームズ・ブラウン/ブルース・タッカー著
山形浩生/渡辺佐智江/クイッグリー裕子訳

(1993年邦訳 文春文庫)

Fi2621441_1e いやあ、極貧だった子供の頃の話はアウトロー小説でも読んでるみたいだ。母親は4歳のときに家を出ていってしまい、テレピン油の原料を採取する仕事の父親と人里離れた松林を点々としながら、いつもひとりぼっちで放っておかれていた幼いジェームズ・ジョー・ブラウン・ジュニアの遊び相手は、アリジゴクだったって…! んで、JBはそのような境遇のもとで、自分だけの心のあり方が形成されたと語る。

「このあとどんなことが身に降りかかろうと、ーー投獄、個人的問題、政府の嫌がらせーー自分に頼りきれる才覚が身についたんだ。」 私もよくアリジゴクやツチグモで遊んだなあ。親しみを覚えるとともに、妙に印象に残る一文でした。政府の嫌がらせというのは、脱税で追い回された件も含まれると思うが、「俺は貧乏な黒人という理由でちゃんと教育を受けさせてもらえなかったのだから、俺に非はない」というようなことを語っていまして、不遇を自力で乗り越え成り上がったJBだからこそ、むしろ清々しさを覚えました(笑)。

JBの音楽は、アメリカの黒人音楽の伝統に実はとても忠実であり、目指したところは、聴衆を熱狂させ、昇天させることがすべてだったと思う。本書でも、客を「皆殺しした」という表現が何度も出てくる。巡業先で共演するミュージシャンはボクシングの対戦相手みたいなもの。勝ち残るためには、激しいダンスも、マントショーなどによるショーアップも、歌や演奏と同じくらいに重要と考えていたのではないか。
そう思えてしまうのは、JB自身が純粋に音楽(歌)の才能を研くためにどれだけ努力したかがほとんど書かれていないからでもあります。天才たる証拠。努力を努力と思っていないのが天才だ。ゴスペルで音楽に目覚め、若い頃はブルースはあまり好きではなく、一番のアイドルはルイ・ジョーダンだったというのも、生涯一環していたライブでの音楽スタイルを思えば腑に落ちる。

しかし、エンターテインメントというのは難しいですね。並の才能の者だと、JBのようなファンクバンドを目指したはずが、気付けばコミックバンドとして客の受けを狙っていた、というのはありがち(笑)。そういう心意気は、嫌いではないのだけど…。

ライブ音楽に接する機会を結果的に聴衆から奪うことになったディスコ音楽や、巨大企業ポリドールが押し進めた音楽産業のグルーバル化(アク抜き)に対する批判は強烈だ。

エルヴィス・プレスリーは、前にテレビで見たインタビューでも語っていたが、本当にソウルメイトともいうべき間柄であったらしい。事務所の先輩リトル・リチャードが、かませ犬のような扱いなのは少し気の毒かも(笑)。アレサとは一時恋仲だったような表現があったり、ミック・ジャガーはJBたちと対バンしてからライブパフォーマンスが180度変わったなど、たくさんのミュージシャンの名前も登場するので楽しいです。

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この本にぴったりなのは、このアルバムでしょうか。
James Brown『Say It Live And Loud Live In Dallas 08.26.68』

Fi2621441_2e_2 私も今年になってから買って聴いてみたのですが、いやーすごいすごい! さすがのJBも終わりのほうは声が嗄れ、酸欠を起こしそうなくらいの勢いのライブ。いちばん音楽活動的にもハードな時期だったのかな。
バラードにおける歌声ものびやかで素晴らしいのですが、くるくる変わるJBの指揮に瞬時で対応している(らしい)バンドの演奏もすげーわ! これでは一瞬たりとも気が抜けない。
また特に13分近くに及ぶ「Cold Sweat」から「There Was A Time」になだれ込むあたりの、手足フル稼働で16を刻み続けるドラムスは圧巻。当時はテナーサックス担当だったメイシオも機関銃みたいだし。録音はバランス的に決していいとはいえないけど、生の音楽のライブ盤の場合はむしろそこから名盤が生まれたりしますからね。

キング牧師やケネディの暗殺から間もない時期で、アメリカ社会もJBの音楽も何か大きな流れに巻き込まれるようにして変化していったちょうどその時代というのが、一層の臨場感を与えます。

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