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2006年10月

2006年10月31日 (火)

私家版・元気になる音 その32

アルバムの発売時期から考えると1988年頃か? ラジオのB.B.キング・アワーでよくこの曲がかかっていて、何度目かにやっと演奏者名が聞き取れてCDを買いにいった。

Grady Gaines & The Texas Upsettersの“I've Been Out There”

Fi2621402_1e一聴どうってことない曲。しゃべりだけで歌はなしだけど、グラディ・ゲインズのサックスが、キング・カーティスばりばり! ぐわーっ、熱くてかっこいいぞ!
バンド名がまた、いなたくっていいすねー。アップセッターズ…。ジャケ写もその名前に負けちゃいないぜ!って感じでGoodです。

アルバム名は『Full Gain』。最近Pヴァインから再発になったようです。
リーダーでサックス奏者のグラディ・ゲインズは、昔リトル・リチャードの
バックバンドを率いていた人。バンド名もその当時からです。一緒にやっているギタリストの弟ロイ・ゲインズは、アルバムを1枚出していて、クルセイダーズにいたメンバーがバックを務めてるらしい。

グラディは、サックスの音色はもちろん、追求している音楽性も、キング・カーティスをそのまま継承しているのではないかと思う。この曲「アイヴ・ビーン・アウト・ゼア」はアルバム中では異色で、ほかの曲はもう少し泥臭い。とはいえかなりバラエティに富んでいて、4曲目のブギや、10曲目のサックスがむせび泣く風のゆったりしたインスト曲や、極めつけはラストの12曲目。なぜかいきなりレイ・チャールズっぽいR&B…。(再発盤はボーナストラック付きみたい)

なんつか、ブルースというジャンルに押し込めてしまうには惜しい人たちで、でも、それが幸いしたのか、それで道を誤ったのか、オフシャルサイトを覗いたら、有名曲のコピーばかりやってるハコバンみたくなってしまっていて、呆れて、笑って、すこし泣けた…。
でも、きっとリーダーのグラディ・ゲインズは、コピーバンドでも何でも ライブでお客さんを沸かすのが心底好きなんだろうなー、と思います。

2006年10月29日 (日)

歴史もいいし、音楽もいいよ。

もーびっくり。「せかいし」の一語で今日はこれまでにないアクセス数。
やはり身近な時事ネタは強い!
いろいろな問題と複雑に繋がっていて、多くの人がどう対処するのがベストなのか判断しかねている証拠かもしれないけど。

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読んではいない本なのだが、雑誌の書評に、津原泰水の小説『ブラバン』の心底共感する一文が、小説の中から引用されて載っていた。

「名曲が郷愁と寸分なく合致した時、それは人を殺すほどの、
 あるいはもう一度生まれ直させるほどの力を持つ」

うんうん、昔聴いて好きだった曲は年代物のお酒みたいなものでさ。高校生にとって、受験は何よりも優先すべきことなのだろうが、音楽に熱中することも決して損にはならないよね!
特に10代までに親しんだ曲の数々は、将来、大きな利子がついて生活を潤してくれること間違いなし! 名曲なんてのは、あくまでその人にとっての名曲でいい。音楽にそういう力があることは、実は古今東西の常識だったりするが、私自身、そのことを本当に実感したのは割と最近のこと。
音楽の価値は、即効的な娯楽で溢れかえっている現代では、意外と忘れられてしまいがちなものかもしれない。

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Fi2621401_3e紛らわしい! てっきりP・D・ジェイムズの新刊かと思ったよ『トゥモロー・ワールド』。なぜか今頃に、 ジュリアン・ムーアとクライヴ・オーウェン主演で映画化されることに合わせて、以前から文庫で出ていた『人類の子供たち』を改題したものだった。

P・D・ジェイムズの小説の中では異色作で、ミステリーとは言い難い、とはいえSFとしてはありがちな内容の、自分にとっては小難しく面白みに欠けた内容だった記憶がある…。
P・D・ジェイムズは、とにかくダルグリッシュ警視シリーズが面白いのです。

そりゃ就職にも役立たないけど

我が身をふり返って辛いものがある。
ここまで世界史はいらない、邪魔だと言われると、
ほんの思い付きで史学科に進学してしまった者としては苦笑いするしかない。

確かに、受験のために暗記しなければいけないことが多すぎる。
学科の同級生は、将来は学校の先生を目指していた人が多かったが、
自分の場合は、高校の数学が理解できなかったというのもあるけど、
ちょっと面白そうというだけで、史学を選んじゃったよ。
親に学費を出してもらいながら、バンドやれれば十分だったの。
その先の就職のことはまったく眼中になし。

しかし、1年の一般教養で受けた国際政治学の授業のほうがはるかに面白く、
専攻を間違えた!と、その時点から後悔し始めた。
同じく役に立たないことでも、今の世界のことのほうがはるかに興味が持てた。
もちろん、一般の企業に就職するにも史学なんて絶対に不利!
といって、高校以降の世界史で学んだことは、今も無駄にはなってないと思う。
比べる基準がないので、言い切る自信もないのだが、
固有名詞一つにしても、うっすら記憶があるだけで、興味の広がり方が違う。

それにしても、今回のことは、単位ごまかしの虚偽報告ですら
文部科学省以下関係者みんな前から知っていたことではないの?
でないとしたら、まれにみる間の抜けたニュースだよね。
高校は義務教育ではないのに、いろいろ決まり事があるんだと初めて知った。

私家版・魅惑のエロヴォイス その24

ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』のジャケを見ると、アル・ジョンソンの1980年のアルバム『Back For More』を連想。改めて見なおすと、青空バックとコンクリートの塀以外の共通点はないのだが、ボズのジャケの右側にアルのジャケを並べてみると…。
ほら、女性に背を向けるボズを、うらやましそうに眺めるアルというユーモラスな構図の出来上がり。また、アルの『Back For More』の代わりにCharの『Char』を並べてみると、ボズに対抗して白スーツで粋がっているCharという、これまた違った味わいが楽しめる…。

うーん、自分で書きながら、大したことない古ネタに落ち込む…。

Al Johnsonの“I've Got My Second Wind”

Fi2621399_1e アル・ジョンソンって人は、ジャンルはソウルになるんだろうけど、歌い方はあまり黒っぽくない。そしてこのアルバムのプロデュースはノーマン・コナーズだ。「渚のセカンド・ウインド」(上記)などは、フュージョンやAORといった、ラジオ番組だと「クロスオーバーイレブン」でよくかかりそうな、まさにクロスオーバーなテイストの曲で、むしろソウルファン以外に受けていた記憶があるんだけど、どうでしょう。
この手のジャンルの狭間にある音楽は、当初はあまり高く評価されずだいぶ時代を経てから、DJなどを通じて急に人気が出たりして面白いものです。

この曲に関しては、歌い方や一部アレンジがマービン・ゲイを意識していて、そこもすごく好きな理由の一つ。リズムはもちろん、ストリングスやコーラスがツボを刺激するように盛り上げる。当時、車を持ってる彼氏がいて、2人でドライブしながらこの曲を聴いたらさぞかし気持ち良かっただろうなと、車の持てない貧乏人とばかり付き合ってきた私としては、しくっと胸に突き刺さる悔いがあったりします。

あと、ラストに入っている歌い上げバラード「ピースフル」も好きだった。
上記の2曲は前作アルバム『PeaceFul』からの再録。埋もれるには惜しい曲だからと再び取り上げたのかな? アルバムタイトルになっている1曲目は当時のヒット曲。自分は「渚のセカンド・ウインド」が入っているレコードのB面ばかりを聴いていたせいか、後半のほうが好きな曲が多い。アイズレー風の6曲目もいい曲だなあ。久々に引っ張り出して聴いて、充実したいいアルバムであることを再認識!

2006年10月27日 (金)

仕事が定時に終わったのに

家に帰って早々にマンションの1階下の住人から連絡が来る。
天井に大きなシミが出来てると。
またもや水漏れ発生!
前回は洗面所の真下だったが、今回はうちのトイレの真下とか!

1時間ほどで工事の人が来て、試しにトイレの便器を外してみるというから
ナニが詰まっていたらどう反応すべきかと悩みつつ、じっとり見守っていたのだが、
どうやら配管の部品が逆さまに設置されていたらしい。
漏斗型の口の大きいほうを上に向けるべきが、下を向いて取り付けられていたらしい。
当然漏れる。引っ越して来るより前だから、3年以上もずっと漏れてたことになる。
信じられんことだ!と工事の人も呆れる。

ワケアリ物件なのは知ってはいるが(家賃めちゃ安)、
住まいが最上階でまだ良かったかな。
ヤよね、天井裏が汚物まみれなんて。

修理に時間がかかってテレビの「嫌われ松子の一生」半分見そびれたけど、
エンディングの、北村さんがビン牛乳を飲み干すシーンの無防備さにドキドキ…。
松子といい「14才の母」といい、今クールの北村さんは本来の、ともいうべき
私の好きなワイルド路線でうれしいおます。

2006年10月23日 (月)

120年前の日本紀行

前述の『オールド・エース』の中に、19世紀後半の北米大平原開拓の話が出てくるものだから、それに影響されて。というわけでもないけど、手にとったら同じ時代、明治11年の日本について書かれた本だった。

『イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む』宮本常一
(平凡社ライブラリーoffシリーズ)

Fi2621397_1e 民俗学者・宮本常一が講読会で語ったことをそのまま本にしたもの。テキストとなっているイザベラ・バード著『日本奥地紀行』は、もう絶版かと思ったら、そっちも普通に手に入るようで…。知らないで、こっちを読んでしまった。とても分かりやすかったからいいけど。

日本でいうと兼高かおる(古いね…)に相当するのでしょうか、女性一人で世界各地を旅して数多くの旅行記を残したイギリスの旅行家イザベラ・バードが、1878年に横浜に上陸し、そこから東北地方・北海道へと旅する中で見聞きしたことを綴ったのが『日本奥地紀行』。

日本人にとっては“当たり前”すぎて記録にも何も残っていないことが、外国人の記録には目立ったこととして記されているから面白いという。例えば蚤の多さ、綿が普及する以前は裸同然で暮らしていた人が多かったこと(入れ墨は衣服代わりでもあった)、プライバシーという概念の欠如、子供をとても可愛がること(その名残が日本各地に残る郷土玩具)。
日本人の貧相な体型については「国民的欠陥」とさんざんの言われよう。味噌汁は「ぞっとするほどいやなもののスープ」だったりするが、宿泊した日光の金谷旅館や歴史のある温泉宿の女将とそのもてなしについては、上品で洗練されているとの手放しの誉めようで、イギリスの貴族階級に通じるものがあったのかしらと思わせる。
読みやすいし、けっこう面白かった。

2006年10月22日 (日)

「中古(ボロ)だけど廃品(ボロボロ)じゃない」

『オールド・エース』アニー・プルー著/米塚真治訳
(集英社 2004年邦訳)

Fi2621396_1e 幼い頃に両親に捨てられ、古物店を営むおじに育てられたボブ・ダラーは、日系の養豚企業に土地買収担当の仕事を得て、テキサス州とオクラホマ州境に広がる大平原パンハンドルの田舎町へ身分を隠して赴任する。年老いたカウボーイばかりの町で、土地買収は一時は容易に進むと思ったが、おじの友人から送られた一冊の本から町の歴史に興味を抱き、一癖ある住民たちからいろいろな話を聴くうちに、土地に対する愛着もわき始める…。

『湾岸ニュース』も面白かったが、これもとても面白いわあ。大した筋がないのに、1ページとて飽きないというか、味わい深い。巻頭に、著者がこの小説を書くにあたって取材した人々への謝辞が載っていて、下調べにかなりの時間を費やしたことを伺わせる。まるで、歴史の表舞台に登場しない人々について書かれた民俗学の本みたいに、興味をそそることがぎっしり。
フィクション小説なので、当然、書かれていることがすべて事実に基づいているわけではない。現実にありそうでなさそうな、なさそうでありそうなエピソードの数々が、実話なのか、アニー・プルーが紡ぎ出すファンタジーなのか、その境目が混沌としていて、一貫して微妙に現実離れしているところがとにかく面白い。たぶん開拓時代の話は、語り継がれてきた実話なのだろうけど。

魅力的な人物がたくさん登場するが、なかでもボブのおじさん。廃品を扱っているおじさんはすごく貧乏なのだが、ボブにはとてもやさしい。そして、古いプラスチック製品を、いつかは骨董品としての価値がつくと信じて、ボブの将来のために蒐集しているのだ。そのためには遠方のガレージセールから、ブロードウェイのアンティーク通りまで出掛けて「赤ちゃんのガラガラや古いビリヤードのボール、昔の修道女が使ってきた胸当てまで」を仕入れてくる。そんなおじさんをボブはとても大切に思っていて、二人のほんわかしたやりとりには温かい気持ちにさせられる。

ところで、パンハンドル地方というのは、畜産主体のだだっぴろい平原で、やっかいなものを押しつけられがちな土地のようだ。戦後すぐにアメリカ唯一の核兵器製造・解体施設が置かれ、溶剤に使われる化学物質を含んだ排水が地下水を汚染して大問題に。10年ほど前からは、この本に登場する都市資本の大規模な養豚施設が増え、大量の地下水を消費し、豚の排泄物が公害を引き起こしているという。
だからといって、この小説がそういった問題を正面切って取り上げているという
ふうではまったくなくて、主人公ボブ・ダラーが最後に思い描くごく個人的でささやかな夢が、またほのぼのとしていてとてもいいのだ。

私家版・魅惑のエロヴォイス その23

ちょうど1週間前になるが、ボズ・スキャッグスのライブに行った。
ブルーノート東京の入り口壁には「Boz Scaggs The Hits Show」の文字が。会場の男女は、大きく括ればほとんどが自分と同世代。ドラムス、ベース、キーボード、サックス&フルート、女性コーラス1名がステージに上がり「ローダウン」のイントロを始めたところで本人がギターを抱えて登場。

なんだろうこの雰囲気は…。過去のスターが、今は冴えないバックバンドを引き連れて地方回りをしているような…。なんとなく惨めな気持ちになりかけたところで、ボズの歌が始まったら、そんな思いも吹き飛んだ。今年で62歳。やはり見た目も相応に老けているし、頭髪も真っ白だ。でも、歌声だけは変わってない! もともとボーカルの素質に恵まれている人の声は、年をとっても簡単に衰えないのかもしれませぬ。

Fi2621395_1e 私のボズ熱は、高校生のときに出たアルバム『シルク・ディグリーズ』に始まり、そのアルバムでほぼ終わる。具体的にいえば、ラジオのヒットチャートから流れてきた「ローダウン」が、軽やかなサウンド、深みのある声、崩したような歌い方ともに、そりゃもうカッコよくて、メロメロになって、即レコードを買ってきて、ジェフ・ベックの『ワイヤード』やレッド・ツェッペリンの『プレゼンス』などと同時期に聴きまくっていた。その後に出た2枚のアルバム『ダウン・トゥ・ゼン・レフト』『ミドル・マン』はダビングカセットでは持っていたが、少ない小遣いから工面してアルバムを
買うまでには至らなかった。

で、ライブはその『シルク・ディグリーズ』からの曲がうれしいことに中心で、近年のアルバムでやっているジャズ・スタンダードが2曲。あと、演奏曲目リストにはなかった「ジョジョ」が聴けたのがラッキー!
途中で女性コーラスをフィーチャーしてクルセイダーズの「ストリート・ライフ」を
やったりしたが、それはどうでもよかったかな。バックバンドの演奏が地味なので、いまいち盛り上がらぬ。でも、若くて元気な女性コーラスが一人いたことで、助けられた部分はあったと思う。

びっくりしたのは、ドラムスのところだけ透明パネルの衝立で囲まれていたこと。ドラムセット近くの席の客に配慮してのことか、ボズの注文かしらないけど、まるで隣の部屋でドラムを叩いているような、こもりがちの音で、合わせるようにベースの音も小さめ。リズムを刻むギターがいなかったせいもあるが、演奏には少々不満が残った。4ビートジャズ仕様の編成だったんだろうけど。でも、まあいい、ボズの歌声を至近で聴けたから…。
アンコール終了後は、会場中がみんなスタンディングの拍手でボズを見送った。また来年も来るかしら。

Youtubeにある「Jojo」ライブのようなゴージャス編成で見たいけど、もう無理っすかね。

2006年10月 9日 (月)

誰が間違っていると言い切れないことの困難。

連休用にレンタル映画5本借りたはいいが、あんまり天気がいいもので出掛けてしまい、ようやく1本消化。

「やさしくキスをして」(2004年 英/白耳義/独/伊/西班)
★★★★

Fi2621394_1e こんな甘ったるい邦題なのに、テーマは辛口。グラスゴーで食料品店を営むパキスタン移民一家の長男で、夜はクラブDJをしているカシムと、音楽教師としてカトリック高校に勤めるアイルランド人女性ロシーンの恋…。

もう、なーんて面倒くさいんだろうね、宗教は。
階層違い、金持ち貧乏、人種違いならば、周りを無視して突き進め!と応援してしまうけど、背景が宗教の違い、さらに本人たちだけでなく、家族までが移民社会の中で村八分とされてしまう、仕事もなくしてしまう、なんて事情が絡んでくると、横から安易なことは言えないって感じ。唯一、あのカトリック神父は、嫌なやつだと思ったけど…。

カシムの父親が英国に移り住む原因となった印パ戦争や、9.11以降のイスラム教徒へのバッシングも、さりげなく描かれる。 「私がブッシュ大統領とローマ法王と道路清掃人をいっしょくたにしたら笑われるのに、西欧は50カ国10億人のイスラム教徒を同一視する。私はグラスゴー生まれで、色んな高度な文化のミックスなのよ!」・・・映画の最初のほうで、カシムの唯一の理解者でありジャーナリスト志望の妹が、高校のクラスメートを前にこうスピーチして、彼女はクラスメートたちから侮辱の言葉を浴びせられ、ちょっとした喧嘩になるんだけど、それがカシムとロシーンが出会うきっかけになる。

恋は障害が多いほど燃えるはず、と思うのだが、ロシーンが、カシムのことを一生愛し続けられるかと問われて、「先のことは保証できない」と、冷静に正直に答えるところが良かった。こんな甘ったるい邦題なのに、甘さに流されていないのが好感持てた。
ケン・ローチ監督作品。

2006年10月 8日 (日)

アメリカ人はよほど美男美女が好きなのか。

『ボーン・コレクター』ジェフリー・ディーヴァー著/池田真紀子訳
(文春文庫 1999年邦訳)

Fi2621393_1e 事故により四肢麻痺となった元NY市警科学捜査部長ライムと、彼の手足となって事件現場の鑑識にあたるサックス巡査のコンビが、毎回手口を変えて犯罪を重ねる無差別殺人犯を追いつめる…。

単行本発売時にかなり話題になり、すぐに映画化もされた本書。いずれ読もうと思いつつ、ネタバレを避けて映画も見ず、やがて文庫化されて買い求めはしたが、ずっと積ん読になっていた。期待が大きかったのと、時間がたってしまったせいもあるのか、思ったほど・・・可もなく不可もなくだろうか。

かなり都合のいい展開がひっかかる。
こういう小説に偶然の幸運や、都合のいい辻褄合わせはつきものなのだけど、そこを端折ったら興醒めと思われるところが何カ所か。キャッチに「ジェットコースターサスペンス」とあるけど、事件が並行して起きるわけではないので、大して盛り上がらない。犯人の、復讐の動機はともかく、骨を偏愛する異常な性格まで模倣して過去の犯罪を再現する理由説明が弱すぎる。読者への目くらまし?
四肢麻痺とはいえライムはえらいハンサムで、サックスは元モデルをしていたほどの美女というのが強調されるのが、私には余計なことに思われる。最初は感情を対立させていた二人が、いい関係を築いていくあたりなど、くさすぎて、目を背けたくなった自分はひねくれすぎか…。
最後に大事件が起きるのだが、それに対するライムの反応も、彼がずっと抱えてきたトラウマを考えると納得できないもやもやが残る。多くの人命が失われたことに、多少は事件にかかわりのあるライムだったらもっと違う反応を見せてもいいのではないか、とか。

思っていたより大味なんだな。ハリウッドサスペンス&アクション映画そのまま。こういうの、もういい加減に飽きました。といって続編の『コフィン・ダンサー』も積ん読になっている…。登場人物のキャラ重視の私としては、ライムとサックスのキャラ設定がもっと親しみやすいものだったら、もっと楽しんで読めたのではないかという気がする。

2006年10月 7日 (土)

考えるウサギ

書店に平積みになっていた、この絵本。
時間つぶしに手にしたところ、はまった。

『自殺うさぎの本』アンディ・ライリー著
(青山出版社 2005年)

Fi2621392_1e「自殺をする50(?)の方法」を1ページ、または見開き完結で、可愛らしいうさぎが演じる。じゃなくて、実践。自殺の方法を考えるのが楽しくて仕方ないみたいな、とぼけた絵です。ノアの方舟に乗り込む動物たちを脇目に、のんびりリゾートしているうさぎの絵などは、逆に方舟は沈没して、うさぎは意に反して生き残ってしまうのではないかという気までしてきます。
エドワード・ゴーリーには今ひとつ乗れなかったが、こういう明るく可愛らしい、いかにも英国のブラックジョークは好き。

しかし、この本の装幀は…、まるでドリルみたいだね。

(追記)
ネット上を何カ所か回ってきて驚いた。この絵本を見て、落ち込む人が少なからずいるらしいことに。うさぎが自分で自分を面白がって虐めているように見えてしまうのだろうか。日頃、イジメにあっている人だろうか。そこまで追い込まれた人を心から笑わせるにはどうしたらいいのだろうか。

2006年10月 3日 (火)

9月に観たレンタル映画4本

「コントラクト・キラー」(1990年 フィンランド/スウェーデン)
★★★★
アキ・カウリスマキ監督、ジャン=ピエール・レオ主演。民営化によって水道局を首になった、いかにも真面目で面白みのない事務職の中年独身男性が、自殺を試みるが失敗し、自分で殺し屋を雇う…。
この監督の映画に登場する人物たちは、黙ってそこに佇んでいるだけで、なぜにこんなに可笑しいの!
「正式に付き合うのは少し待ってくれないか。失業中なんだ」
「女はそんなこと、気にしないものよ」
いいね。じんわりくるわ。こんなありきたりな(?)セリフなのに。
いつもながら音楽の選び方、使い方も素晴らしいです。真っ昼間のパブで演奏するジョー・ストラマーの間抜けな感じの歌声に、殺し屋に追われる身でありながらもしばし耳を傾ける主人公・・・。映画の中の箸休めみたいなシーン。しかし、この箸休めシーンがあることで、うんと包容力のある映画になる。そういう企みがとても上手い監督だと思います。

「風が吹くまま」(1999年 フランス/イラン)
★★★★
アッバス・キアロスタミ監督。テヘランから約700キロ、山肌に佇む小さな村にはるばるやってきたテレビのドキュメンタリー取材班の目的とは…。
これって「桜桃の味」と同じ括りのシリーズ作品か何かなんだろうか? 死を扱っているところ、自然の美しさが人の気持ちをほぐしていくところ、オープニングの禿げ山のウネウネ道を走る車のロングショットなど、「桜桃の味」を思い出すところがたくさんありました。
映画のテーマは、シンプルにこしたことはないかもだ。なんてことのない小さなエピソードの一つ一つが心に残った。日の光に輝く草原も。
例えば、東京のような周りが人工的なものばかりの大都市で、独り暮らしのお年寄りは、毎日何を見て「まだ死ぬのはもったいない」と実感するのだろうか?という疑問が、最近ずっと私の胸の中に巣くっています。

「クローズ・アップ」(1990年 イラン)
★★★
これもアッバス・キアロスタミ監督。バスで出会った女性に、自分は有名な映画監督のマフマルバフだとうっかり嘘をついてしまった貧しい男の、悲しくも滑稽な顛末…。
実際に起きた詐欺まがい事件を、その当事者たちがこぞって出演して再現してみせるセミ・ドキュメンタリー。騙したほうも騙されたほうもマヌケと見るか、映画をまるで神のようにあがめて生きる貧乏な男の心情に共鳴してウルっとくるか、さあアナタはどっち? 私はどっちだろう…。よく分からなかった。
イランでの映画と映画監督の文化的地位はとても高そうです。低所得層急増中の日本でも、再び貧乏をテーマにした映画が増えていくでしょうか?

「ピンクパンサー」(2006年 米)
★★★
映画館で何度も予告を観たときには、何度もひとりバカ受けしてたんだけど…。
うーん、けっこうおとなしめ。 スティーヴ・マーティンの執拗なまでの「○ンバーガー」ネタも乗り切れず。思い起こせば、子供の頃に観たピンクパンサーの笑いはいつも微妙だった。今観たら、本家シリーズとどっちが面白いかしら?
ケヴィン・クラインの演技のうまさに唸った。クライヴ・オーウェンが!・・・似合うよねぇタキシード(笑。オープニングのアニメキャラが微妙にかわいくなってた!

2006年10月 1日 (日)

巡査は慌てて本を尻の下に隠した。

『花崗岩の街』スチュアート・マクブライド著/北野寿美枝訳
(ハヤカワ・ミステリ 2006年邦訳)

Fi2621372_1e 舞台はエジンバラ、グラスゴーに次ぐスコットランド第三の都市アバディーン。凶悪犯に腹をめった刺しにされて1年間休職していたローガン・マクレイ部長刑事が復帰早々かかわることになったのは、土砂降りの冷たい雨の中、水路で発見された幼児の死体。そして、これがきっかけのように、街では幼児の行方不明事件が立て続けに起きる。さらに、何者かによって警察の情報が常に新聞記者に筒抜けになってしまうことで、捜査は一層混迷する…。

イアン・ランキンの好敵手あらわる(?)のキャッチに引かれて読んだ。正確には「ランキンの」ではなく、ランキンが創り上げたエジンバラの名物警部「ジョン・リーバスの」好敵手となるべく創造された主人公が活躍する警察サスペンスかな?
著者自身がリーバス・シリーズを大いに意識しているようで、捜査が行き詰まると「ロウジアン&ボーダーズ警察本部(リーバスのいるエジンバラ)から応援の申し出があった」と上司がハッパをかけたり、入院中の容疑者を見張る巡査が、暇を持てあましてランキンの警察ヒーロー小説を読みふけっている、などの描写にはニヤリとさせられる。

しかし、死因は明らかに○○だろうと簡単に想像がついてしまう事件も、マクレイ部長刑事をはじめ、検死医ですらそれに思い至っていなかったり、怪しい人物をまったく証拠不足のまま容疑者と決めつけたりと、優秀な警察とはほど遠い話の展開には、ところどころでイラっとさせられた。また、ジョークなどのセンスは、リーバス・シリーズとは毛色が違う。リーバスの吐くジョークのほうがはるかにキレがある。

といっても、こうした文句は、大の贔屓のリーバス・シリーズとつい対比しながら読んでしまったゆえであって、作家はまだ新人であるし、これはこれで今後、読み応えがあって魅力的なシリーズに成長しそうな予感。特に上司のインスク警部が、禁煙の口寂しさを紛らわすためか、いつもグミやらキャンディやらをポケットに忍ばせ、むしゃむしゃ食べている描写が可笑しかった。こういうユーモアを多用したらもっと面白そう。

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