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2006年9月

2006年9月24日 (日)

個人的な祝い事も兼ねて

昨日はブルーノート東京へ、ガル・コスタのライブを聴きに。
バックはサックス兼フルート奏者を加えた4人編成。
ボサノヴァやサンバなどのスタンダード曲演奏に終始したライブだった。
でも、60歳を超えてもその声質はとても魅力的です。

ブルーノート東京という会場は2部制で、1時間ちょっとの演奏時間に
やたら高いチケットチャージが鼻持ちならぬ、なのにいつも見たいミュージシャンたちが
出演しているから余計に腹立たしいと、昔は毛嫌いしていたのだが、
今の日本での海外ミュージシャンのライブ状況を考えると、
この程度の箱で、ミュージシャンの演奏姿もしっかり見れて、このくらいの料金なら
贅沢は言えない気がしています。
確か以前は、料理も注文しなければいけない制度だったと思ったけど、
ドリンクだけでOKになっていたし。(気付くの遅すぎ?)

ステージ上がまったく見えないほどギュウギュウに客を詰め込む
スタンディングのライブよりは納得できるかなーと。自分も歳なもので…。
昨日みたいなしっとり系の歌ものだったら、ちょっと時間が短いと感じる程度でほぼ満足。
これが、1曲1曲の長いインストジャズや、じっと座っていられないタイプの音楽だったら
大いに不満が残るかもしれないですけど。

ライブの後に、勢いで10月のボズ・スキャッグスのライブも予約してしまった!
ナマで、あの近さで、枯れ気味の「JOJO」なんか聴いたら、きっと涙出るよ。
うううう楽しみ!

2006年9月23日 (土)

無法者にふさわしい結末。

しばらくご無沙汰してました。
残業と仕事上の人間関係でストレスたまりまくり。
そんなときは、こういう本を読むと気分が晴れます。

『無頼の掟』ジェイムズ・カルロス・ブレイク著/加賀山卓朗訳
(文春文庫 2005年邦訳)

Fi2621370_1e 両親に恵まれ、きちんとした教育を受けて、頭もいいのに、二卵性双生児の叔父たちの無法者としての生き方を見ていると生まれながらにしてやたらと血が騒いでしまう「おれ」。しかし、18歳で初めて叔父たちと組んで決行した銀行強盗で失敗し、留置場で過失による殺人を犯してしまう。やがてそれは残忍な復讐劇へと発展するが、おれがそれに気付くのは…。

1920年代のルイジアナ、および石油ブームにわくテキサス西部を舞台にした青春犯罪小説。金儲けのためには命の危険も顧みない無法者たちの話を、詩情豊かな風景描写、当時の流行歌なども随所に出てきて彩る。

まず、著者の名前がいいわ。アウトロー小説の書き手として最高にいい響き。一(いち)日本人の勝手なイメージにすぎないけど、ジェイムズ・カルロス・ブレイクという名前だけで、きっと面白いという先入観が出来上がってしまっていたのは致し方ない。そして、最初の十数ページを読んだ時点で、期待は最高潮に達した。テイストが肌に合うというのかしら。すっかり物語の世界に持って行かれちまったぜい。出だしもいいが、怒濤の終盤もかっこいい。主人公が、無法者にも守らなきゃならない仲間うちのルールがあることを叔父たちから学びながら成長する中盤は、少しかったるかったけど。

これが著者の日本でのデビュー作らしいが、続いて今年出版された文庫のタイトルが『荒ぶる血』というのにも惹かれる。

名付けてアナスタシア詐欺。

『バッド・ニュース』ドナルド・E・ウェストレイク著/木村二郎訳
(ハヤカワ文庫 2006年邦訳)

Fi2621369_1e 泥棒稼業のドートマンダーは、相棒ケルプに頼まれて、墓場の棺桶すり替えの仕事を手伝うが、アメリカ先住民の娘を加えた依頼者3人組が大がかりな詐欺を企てていると気づき、わずかな手間賃よりも、彼らを脅して仲間に加わるほうが得策と考える…。

賢く騙したつもりが、結果は何度も裏目に出てしまう。
脱力系のドタバタがおもしろーい!
1970年から始まった“不運な泥棒”ドートマンダー・シリーズの第10作目とのこと。シリーズものとは気付かずに読み始めたけど、登場人物たちのキャラもシリーズ途中にしては十分に魅力的で、楽しめた。

2006年9月 9日 (土)

警察小説シリーズの草分け

有名過ぎると、いつでも読めるという安心感があって、後回しになってしまいがちで、ようやく買ってみた。ミステリー小説に「警察小説」というジャンルを確立したとされる87分署シリーズの第1弾。

『警官嫌い』エド・マクベイン著/井上一夫訳
(ハヤカワ文庫)

Fi2621368_1e 例年になく蒸し暑い夏の夜、市警87分署の刑事が出勤途中に銃殺される。キャレラたち同僚刑事は総出で犯人検挙に力を注ぐが、ろくな手がかりがないまま、再び警官の犠牲者が出る…。

何が印象に残ったかって、翻訳文の会話!古い翻訳小説は久々だったせいかもしれないけど、可笑しくて。例えば、たれ込み屋ダニー。
「オーデッツじゃありませんぜ。そいつはお門違いというもんでさあ」
「これでも部屋の前には、あんたたちの算段では数え切れないくらい、女が列を造って待ってよう粋人なんだから。あたしは粋人でげすよ」
「やつのおてんてんには蝶々が住み着いてて、やつはいつもヘロでそいつを追っぱらってるんでさあ」
「ようがす。ええ。1時間かそこらで電話します。なんの造作もねえこってさあ。ペイ患者ならわけはねえ」
げすよ、ようがすって・・・・ここはどこの国? いつの時代?
ストリートギャングは愚連隊だし、警部(おやじ)、刑事(デカ)、女(スケ)、記者(ブンヤ)、喧嘩(でいり)、強盗(タタキ)、殺す(バラす)、拳銃(はじき)とか
いちいち毎回ルビが振ってあるし…。あー、でも、なかなか。古くさい訳に味があってよござんした。

87分署シリーズは、この1冊目が書かれたのが1956年で、作者エド・マクベインが昨年の夏に78歳で亡くなるまで続き、刊行されたシリーズ数は、なんと50冊以上! これだけあると、有名シリーズといえども、在庫切れはけっこうありそうだ…。同じ作家のカート・キャノン名義のハードボイルド小説は大昔に1冊、手にした記憶があるけど、それっきりだったなあ。

警察小説シリーズは読み進めるほどに、登場人物それぞれに愛着がわき、面白さが増す場合が多く、1冊目は「ふむふむ」程度です。草分けといわれるものを、後の時代から見なおすと、当時の新鮮さは味わうことはできないけど、リアル感こそ面白みと思われる警察小説で、架空の街を舞台にしているのはちょっと意外だった。モデルはニューヨークそのものらしいけれども。

日本では渡辺謙主演の2時間サスペンスドラマにもなっている。見た覚えがあるけど、どんな内容だったかは忘れていて、読んでいくうちに、あー有森也実が妻役をやっていたあれね、と思い出す。思い出してしまうと、意識せずともイメージが縛られて、演じたのが誰であれ、なんとなくがっかりしてしまうのだが、シリーズを読み進めて、小説の中の人物像がはっきりしてくれば、たぶん気にならなくなるだろう。

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お客さんのところからずいぶん前に来ていた仕事を、長く自分のところに寝かせておいてから、契約社員の私に振るのは止めてね。そのせいでこの週末も持ち帰りだ! 今週はずっと一人で残業してきた挙げ句に、この仕打ち。でも今日は、昼間のうちにやっつけたぜー。気持ちが少しはラクになったが、モチベーションは低下したまんま。

2006年9月 4日 (月)

「なぜ誰も彼もおれが慰め下手だと思うのかな?」

エジンバラのジョン・リーバス警部シリーズ第15作。これが邦訳されたものの中ではシリーズ最新。

『獣と肉』イアン・ランキン著/延原泰子訳
(早川書房 2005年邦訳)

Fi2621367_1e すさむ一方の低所得者用市営団地で、アジア系難民と思われる男性が刺し殺される。リーバスらはまずその男性の身元を突き止めようと目撃者を探すが、ドアを閉ざして姿すら見せない住民たちに手こずる。また同じ日、改装中のパブの地下室から女性と赤ん坊の骸骨が見つかり、その捜査にもかかわるリーバスとシボーン・クラーク部長刑事。シボーンはもう一つ、過去にレイプされて自殺した女性の妹が、強姦犯の出所後に行方不明になっていることを女性の両親から知らされ、家出だろうと思いつつも、個人的に捜査してみることにする…。

グラスゴー郊外で移民男性が殺されるという実際の事件からヒントを得て、書かれた作品だそう。積極的に多くの難民を受け入れてきた英国で、いま深刻さを増している社会的なゆがみや軋轢に焦点を当て、読者もリーバスと一緒に、その問題を改めて考えてみるという趣向かと思う。同じ英国の映画「堕天使のパスポート」などと合わせて観たり読んだりすると、より分かりやすい。
日本もよそ事ではないんだよね。少子高齢化を考えると、人道主義に目をつぶって、もっと難民を受け入れろという国際的な圧力を無視していれば済むという、そんな単純なことではないわけで。

前作も今作も、リーバス自身が大人しめなのがちょっと寂しい。背景の複雑な現実的テーマを扱っているだけに、仕方ないか…。
今作はセント・レナーズ署の犯罪捜査課が、警察の組織再編成のために解散されられて、リーバスもシボーン・クラーク部長刑事もエジンバラ市内の小さな警察署へ異動させられたところからスタート。部長刑事のシボーンはなんとか机を与えられたのに、警察年金を満額でもらえる齢になっているリーバス警部には机すらなく、肩叩きされているのは明らかなのだが、それにめげることなく、怒りを表すこともなく、そんな境遇も楽しんでいるかのように見えるのが可笑しかった。人間的余裕が出て、それもまたイカしている。

週末に仕事を持ち帰ったのだが、結局バッグからも取り出さずに終わってしまった。「やらなきゃやらなきゃ」と思いながら休日を過ごしただけ損をした。自分でも予測していたが…。さあー明日からが怖いぞ!
ついでに早く夏休みが取りたい!

2006年9月 3日 (日)

2作目以降では最高の出来

水曜日の夜に日比谷へ単館映画(キンキーブーツ)を観に出掛けたら、
上映1時間前だというのに、チケットはとっくに売り切れじゃないかー!
楽しみにしてたのに…。もやもやしながら、
休日に観る予定にしていたこっち↓に急きょ変更。

「スーパーマン リターンズ」(2006年 米)
★★★★
少しネタバレ。

楽しかったです! 映像と音響がすごい迫力!
スーパーマン&クラーク・ケント役のブランドン・ラウスも良かった。
正直、この人にはぜんぜん期待していなかった。
私にはスーパーマンのリバイバルなら、数年前にブレンダン・フレイザー主役で
観たかったという思いがありまして(実際、今回も候補に名前が挙がっていたが、
さすがに年齢が行きすぎてしまい‥)。
さらに、この映画が旧作の5年後の設定だと分かって、
ブランドン・ラウスでは青臭すぎる、演技もへたくそと思って最初は観ていたのだけど。
ケイト・ボスワースが演じるロイス・レインも旧作より若返っているし、
ちっとも優秀な新聞記者には見えなかったのだけど。
この映画にその手のリアルさを求めるのは、むしろ逆ではないかという気がしてきました。
少なくともブランドン・ラウスには、そう納得させてしまう魅力があった。
終盤の島を持ち上げちゃうところとか、目が血走っていてすっかり貫禄が出てました。
悲恋の要素も手伝って、このスーパーマンは旧作以上に女性には受けそう。
素直にカッコイイと認めましょう。
あくまでもスーパーマン役のブランドン・ラウス限定で。
それにしてもラウスもボスワースも、2人ともお人形さんのような顔だわね。
だから、CGが使われていても気付いていなかったりして…。

たまたまテレビで旧作の「1」と「2」を放送してたので、録画して観なおしたけど、
こんなしょぼいストーリーだったっけ?と思ったほどだったので、
映像技術の進歩はもちろん、物語の内容も悪くなかったのだろう。
スーパーマン不在の5年の間にロイス・レインは「スーパーマン不要論」の記事で
ピューリッツァー賞を受賞している設定なのだが、
それほどまでの心境の変化の理由は、きちんと最後のほうで明かされる。
スーパーマンのような単純すぎる正義のヒーローの話に、
今の時代をどこまで反映させるか、気になっていたところだけど、
そこは触れずにうまくごまかしていた気がする。
恋に悩むヒーロー、ヒロイン以外は、旧作の雰囲気を受け継いでいたと思う。
続きを期待させる終わり方も王道。こういう映画はそうでなくっちゃ。

ただ、ケヴィン・スペイシーのレックス・ルーサー役は個人的にはいまいち。
コミカルなシーンでも、目が暗すぎるよ。変態にしか見えないもん。
ジーン・ハックマンのほうがおちゃめで良かったな。
監督ブライアン・シンガーの趣味が、悪役の個性により強く出たってことかも
しれないけど、共食いとかさ…、
笑ったけどさ…、さらっと受け流すには悪趣味な気がしたよ。
編集長役のフランク・ランジェラもなんだか怪しかった。
新聞部数の売上げ上昇のために、実は悪と手を結んでいたり、
てっきり裏で何か企んでいると思っていた。
リアルすぎる演技というのは、こういう作品では裏目に出ることがある。
お母さん役のエヴァ・マリー・セイントが、後半にもちらっと登場して印象的。
少ない出番ながら重要な役でした。

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