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2006年6月17日 (土)

「なぜヴェネチアを語らない?」

久々に読めない漢字が多い!小説だった。

『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ著
(河出文庫 1977年邦訳)


Fi2621340_1e マルコ・ポーロがフビライ汗に、旅の途中に見聞きしたさまざまな都市について語る。登場するのは55都市。すべて空想上の都市で、一つ一つが独立した寓話または散文詩のようにもなっている。


最初は実在した都市の話だと思って読んでいたよ。中東の旅を思い出しながら…。幻想的な内容なのだが、旅人が得られる行きずりの都市の情報なんてごく限られていて個人的なものだから、その印象を言葉にしたら比喩的になるのもありえるのかなと。でも、レーダー用アンテナとかバスステーションなんて言葉が出てきて、あれ、時代はいつなんだと、この小説の意図にようやく気付いたりして…。
読み進むにつれて、架空の都市の個性がどんどんSFチックに、ありえない度を増してきて、アイロニーとブラックユーモアらしきものも効いてくる。でも、後半にいくほど、現実の都市に住む自分たちのことを語られているような気分にもなる。古今東西関係なく、人が集まる都市というものの特徴を一つずつ抽出してデフォルメしたような文章。

都市の物語の合間に挟まれるマルコとフビライの対話の章は、ちょっと滑稽だ。そもそも言葉が通じない二人の意思の疎通は、ジェスチャーや小物だったり、ただ無言で向き合うだけだったり…。架空の都市の話はすべて、それを通じて、フビライが勝手に想像したものかもしれないし、語られる都市の個性がだんだん不条理なものになっていくのは、帝国の崩壊をすでに予期しているフビライの虚無感の反映とも、マルコが何らかの意図をもってフビライを操ろうとしているとも受け取れる。

正直、マルコとフビライの対話の章は少し難解で理解できない部分があるのです。でも、55の都市の章は不思議な魅力があって、そこだけを拾い読みする楽しみ方もありかもしれないです。


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数日前から左手の小指の付け根が痛い。それも少しずつ腫れてきている? 腱鞘炎やねんざを疑ってみたが、どちらも身に覚えがない。パソコンのキーボードを叩くときだって、いつも人差し指と中指しか使ってないのだ。あちこち検索していると、加齢による「関節リウマチ」というのに行き当たった。
うーん、これか?
もうもうもうもう、最近の身体の変化ときたら!
いろいろありすぎて、次は何かと考えると恐ろしい…。

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