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2006年6月

2006年6月29日 (木)

コマドリは見ていた。

先週末にシネスイッチ銀座

「プルートで朝食を」(2005年 アイルランド/イギリス)
★★★★


Fi2621343_1e 生後間もないときに、アイルランドの町のカトリック教会の前に捨てられたパトリックは、幼い時から女装に目覚め、やがて田舎町に居づらくなると、“ミッツィー・ゲイナーに似ている”と言われる生みの母親を探して、ロンドンに向かう…。

ニール・ジョーダン監督作品。
女装の男性が主人公だし、予告を見た限りではかなりエキセントリックな内容かと思っていたら、ちょっぴりファンタジーも交えたほのぼのとした話だった。70年代が舞台で、IRAの爆破テロ活動に巻き込まれながら、また、何人かの男たちに都合良く利用され、一時は街娼に身を落としながら、持ち前のふわふわした性格(?)で人々を拍子抜けさせ、乗り越えていくパトリックをキリアン・マーフィがコミカルに演じているが、フィーチャーされているのは、彼の人間性というより、彼を取り巻く人間模様。本当は時代性も描きたかったのかもしれないけど、そっちはいまいち印象が薄い。映画の背景には70年代の音楽が常に流れているのだけど…。
リーアム・ニーソン演じるカトリック神父との関係や、パトリックを含む4人の幼なじみたちの絆が、いい感じに涙腺を緩ませる。
共演はスティーヴン・レイ、ブレンダン・グリーソン、イアン・ハートなど。すごい棒読みの俳優だ!と思ったらブライアン・フェリーだった。危険な変態おやじの役を、楽しそうに演じていた。


2006年6月25日 (日)

私家版・元気になる音 その29

ロニー・スミスとロニー・リストン・スミスを、私は一時期、頭の中で同一人物と勘違いしていて、しかしそれ以前にはジミー・スミスと混乱していて、どこかでオルガンによる「サンシャイン・スーパーマン」を耳にしたときに、ジミー・スミスのレコードで探し回ったことがある。オルガン奏者といったら、ジミー・スミスしか知らなかった時代。
オルガン奏者にはほかにジョニー・ハモンド・スミスという人もいて、これまたアルファベットの字面だけ見ると、紛らわしい。とにかく、ロニー・スミス(現在はDr. ロニー・スミスと名乗っているらしい)にたどり着くには、その後に再発されたCDでお目にかかるまで長い時間がかかった。今だったらネット検索で、人違いの誤解はすぐに解けただろうけどね…。


Lonnie Smithの“Son Of Ice Bag”

Fi2621342_1e 1968年のアルバム『Think!』の1曲目に入っているヒュー・マセケラ作の曲。
ロニー・スミスは、長らく未発表だった70年録音のライブアルバム『Live At Club Mozambique』が、全曲通してイカシてる。J.B.'sあたりが好きな人にはたまらないファンキーなアルバム。メンバーの中では、バリトンサックスをテナー並みに吹きこなすロニー・キューバもすごい!
でも、ジャケットのかっこよさでこっちのアルバムから選んでしまった。『Live At Club Mozambique』の演奏はちっとも古さを感じさせないが、スタジオ演奏の『Think!』は、古くさいところが、たまに聴くとむしろ新鮮。いや、本当のことを言うと、Club Mozambiqueからは1曲を選ぶのが、とても難しかったというのが理由なんだけど…。


“Son Of Ice Bag”は「太陽にほえろ!」のテーマにそっくりのリフで始まるテーマがとてもポップです。ブルーノート・レーベルを代表するポップチューンかも。メンバーはリー・モーガン、デビッド・ニューマン、メルヴィン・スパークスら。ロック調のドラムのリズムや、トランペットのソロの入り方に、時代をぷんぷん感じる。
ロニー・スミスのオルガンソロも、音量のバランスが少し小さいのが残念だが、途中でスペーシーなリフも交えたりして、スタジオ録音なりにファンキー。メルヴィン・スパークスの、控え目な刻みのリフも好き。
続いて2曲目、ラテンパーカッション炸裂の“The Call Of The Wild”も楽しいぞ! アルバムタイトルの“Think!”はもちろん、アレサ・フランクリンのカバー。

2006年6月24日 (土)

すっかり週末ブロガー

思い起こすまでもなく、アジア予選を独占放映していたテレビ局が「絶対に負けられない試合がそこにはある」というおかしなキャッチコピーを使い始めたときから、いやーな予感はあったのです。いったい何を、何処を目指しているのか、さっぱり分からない言葉だ。アジア王者という驕りがあったのかもしれないが、そもそも「負けない」スポーツは、戦うほうも見ているほうもあまり楽しくない。サムライ・ブルーというキャッチフレーズも好きじゃない。ブルーのイメージがサッカーというスポーツと結びつかない。

勝てた試合を落としてしまった日本代表の戦いっぷりをこの2つのキャッチフレーズも暗示していた。結果論と分かりつつ、しかし結果論では片付けたくない思いがあります。


寝不足解消を言い訳に、今日は(今日も)1日中だらだら。久々にラジオのヒットチャートを流し聴きしていました。

コリーヌ・ベイリー・レイというイギリスの新人女性ボーカルが素晴らしい!
ミニー・リパートンに匹敵する透明感のある歌声をもち、エリカ・バドゥ並みの巧みさを感じさせながら、朗らかな若々しさを兼ね備えているところが今どき貴重というか…。

大ヒットしているらしいナールズ・バークリーというユニットの「クレイジー」という曲は、てっきり昔のソウル曲のカバーと思っていたら、オリジナルかい! ボビー・ウーマックやアル・グリーンあたりがカバーしても違和感なし。

あと、クリスチーナ・アギレラの新曲を聴いていたら、ちょっと元気が出た。この手のアレンジはすぐに飽きるけど、パンチがあるよね彼女の歌は。

2006年6月17日 (土)

「なぜヴェネチアを語らない?」

久々に読めない漢字が多い!小説だった。

『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ著
(河出文庫 1977年邦訳)


Fi2621340_1e マルコ・ポーロがフビライ汗に、旅の途中に見聞きしたさまざまな都市について語る。登場するのは55都市。すべて空想上の都市で、一つ一つが独立した寓話または散文詩のようにもなっている。


最初は実在した都市の話だと思って読んでいたよ。中東の旅を思い出しながら…。幻想的な内容なのだが、旅人が得られる行きずりの都市の情報なんてごく限られていて個人的なものだから、その印象を言葉にしたら比喩的になるのもありえるのかなと。でも、レーダー用アンテナとかバスステーションなんて言葉が出てきて、あれ、時代はいつなんだと、この小説の意図にようやく気付いたりして…。
読み進むにつれて、架空の都市の個性がどんどんSFチックに、ありえない度を増してきて、アイロニーとブラックユーモアらしきものも効いてくる。でも、後半にいくほど、現実の都市に住む自分たちのことを語られているような気分にもなる。古今東西関係なく、人が集まる都市というものの特徴を一つずつ抽出してデフォルメしたような文章。

都市の物語の合間に挟まれるマルコとフビライの対話の章は、ちょっと滑稽だ。そもそも言葉が通じない二人の意思の疎通は、ジェスチャーや小物だったり、ただ無言で向き合うだけだったり…。架空の都市の話はすべて、それを通じて、フビライが勝手に想像したものかもしれないし、語られる都市の個性がだんだん不条理なものになっていくのは、帝国の崩壊をすでに予期しているフビライの虚無感の反映とも、マルコが何らかの意図をもってフビライを操ろうとしているとも受け取れる。

正直、マルコとフビライの対話の章は少し難解で理解できない部分があるのです。でも、55の都市の章は不思議な魅力があって、そこだけを拾い読みする楽しみ方もありかもしれないです。


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数日前から左手の小指の付け根が痛い。それも少しずつ腫れてきている? 腱鞘炎やねんざを疑ってみたが、どちらも身に覚えがない。パソコンのキーボードを叩くときだって、いつも人差し指と中指しか使ってないのだ。あちこち検索していると、加齢による「関節リウマチ」というのに行き当たった。
うーん、これか?
もうもうもうもう、最近の身体の変化ときたら!
いろいろありすぎて、次は何かと考えると恐ろしい…。

2006年6月11日 (日)

アーモンドの粉!

『午後の死』シェリイ・スミス著
(ハヤカワ・ミステリ 2005年再版)


インドに家庭教師として招かれたイギリス人青年のチャーターした飛行機が中近東の砂漠の中に不時着。涼を求めてドアをたたいた一軒家で、出迎えてくれたのは、意外にもイギリス人の老女。飛行機の修理が終わるまで、彼女の生い立ち話に付き合うことになる…。

早川書房創立60周年記念リバイバル・フェアとして再発された1冊。1953年に出版されたイギリス・ミステリーの古典的名作とのこと。こういうのを「入れ子式」というのかしら?
老女が語る部分のミステリーは、さほど面白いというわけではないけど、青年家庭教師がときおり入れてくる間抜けな茶々にクスクス笑えるし、締めがしゃれている。気持ちよく読み終わった。


突然来るアレルギー

街に出掛けると、たまにくしゃみと鼻水、涙が止まらなくなり、しばらくすると頭痛までしてくるのです。何かのアレルギーだと思うのですが、原因が何なのかわかりません。
昨日もひどい症状で、早く横になりたいと思いつつ、見始めたトリニダード・トバゴ×スウェーデン戦が面白いのなんのって! 「GOAL!」のような架空のスター選手の話よりも、ドワイト・ヨークの伝記映画が観たいぞ、私は。


夜更かし月間到来。

プルートとか、観たい映画は他にもいろいろあったのに、思い付きで映画館に飛び込んで観たのが「GOAL!」(2005年 米/英)


ものすごいベタな展開だ、分かりやすっ!
アメリカとイギリスの合作ということだが、映像はアメリカ、ほのぼのとした物語のテイストはイギリスらしい。3部作の1話目ということで、見終わった時点で2話、3話の告知がある。それがまた、想像していた通りの進展具合で、友人と笑いこける。

メキシコからアメリカに一家で不法入国し、父親の造園業の手伝いをしていた貧しい青年が、偶然イングランド・プレミアリーグの元スカウトマンの目にとまり…というみんなが大好きなサクセスストーリー。
「誰が彼にフットボールを教えた」「神だ」みたいな会話が最初のほうであったが、彼の前途を邪魔するのは環境だけ。青年のフットボールに対する思いとか、フットボールがうまくなるための努力などはほとんど描かれないので、スポ根映画というよりは、フットボールの天才を賞賛する映画。でも、素直な気持ちで観れば十分楽しめる。好み評価は★★★☆


ニューカッスル・ユナイテッドとアラン・シアラーが協力した映画といえば、「シーズンチケット」。一緒に観にいった男が泣き崩れていた。あれはいい映画だったなぁ・・・

2006年6月 9日 (金)

「不道徳性が人を偉大に導くこともある」

スウェーデンの警察小説シリーズ第4弾。

『笑う男』ヘニング・マンケル著
(創元推理文庫 2005年訳)


Fi2615581_0e イースタ警察署のクルト・ヴァランダー警部は、正当防衛とはいえ人を殺してしまったことに精神的ダメージを受け、もう1年以上も休職中。そして、警察に辞表を出しに行こうとしたその日の朝、友人が何者かに殺されたことを新聞記事で知る。その友人は1週間前、父親の死に腑に落ちないところがあると、ヴァランダーに相談を持ちかけたばかりだった…。


最初は高齢の企業顧問弁護士の死、次はその息子の弁護士、そしてヴァランダーも理由が分からぬままに命を狙われる。読者には最初の章で、犯人は誰なのかおおよその目星がつく。老弁護士は犯人の秘密を知ってしまったために命を狙われたことも。しかし、その秘密が何なのか……、おお、そう来たか!と思いました。ラスト50ページくらいは、本を置けないスリリングな展開!

毎回このシリーズは、面白くてがんがん読める。けど、なんだろう…、普通のシリーズものに感じる愛着はそれほどでもない。登場人物たちの性格にあまりクセがないせいかな。笑う男の不気味さも、あまり感じない。旧友のもとで働く一般女性を、ヴァランダーの独断で笑う男の住む城に偵察に送り込んだのは、無謀すぎると思った。

今回は、イースタ署に初の女性刑事が赴任。警察学校をトップで卒業した期待の新人だ。すでに結婚していて子どもが2人もいるのに、徹夜勤務も普通にこなしているのは、いかにもスウェーデンというべきだろうか。もっとも、イースタ署は田舎警察なので、いつも忙しいというわけではないようですが。

2006年6月 4日 (日)

契約社員って何?

先月の給与支払明細を見て、ちょっとショックを受ける。勤め始めて3カ月。一度も遅刻欠勤はしていないが、先月は1回だけ、1時間の私用早退をさせてもらった。そしたら時給換算分の給料がしっかり「減額」されてやんの。

この私用早退は、本当は無理にしなくてもいい早退だった。ある正社員から「ヒメヒカゲさんて、ぜんぜん休まないし、遅刻早退もしないのね。たまには休んでいいんだよ」と言われたのがきっかけ。こういうふうに話しかけてくるときは、「あなたが休まないと、私たちも休みにくい」という意味が含まれている場合もたまにある。つまり、社内の人間関係を円滑にしておくための空気を読んでの早退。のつもりだった。

一応はキャリア採用ってことで、仕事内容は正社員と変わらない。突発的な用件による残業も多くて、社員全員が帰ったあとに鍵を閉めて帰ることもたまにある。
でも、残業代は一切つかない。有休も雇用条件に入っていない(第一、今どきこの職種でフレックスタイム制度がないのも珍しい)。だから、事前連絡しておいての1時間の早退くらい、うやむやに処理されると思っていたら、甘かった。大いに甘かったよ。遅刻や早退で給料が引かれることを、事前に知らされていなかったので意表を突かれた。

これって有休のある派遣や、時間給のアルバイトよりも条件悪いじゃん? 例えば病気欠勤であっても、日給換算分が引かれてしまうのか? 総務に聞いてみればいいけど、こういう自分の権利うんぬんに関しては小心者なので聞けないのだ。 

契約社員てのは、これまで漠然と派遣やアルバイトより条件がいいように考えていたけど、要するに契約内容次第であって、雇う側には柔軟性があってずいぶん便利な雇用方法なんだなと、今ごろ気づいた次第。私の場合は、1年後の正社員採用の可能性を言われているから、多少の不利な点があっても我慢して勤め続けるけど、それも確実なのかどうなのか…。
せめて有休はほしいと、切望するこの頃。

ベトナム後遺症を絡めたミステリー

新たに読み続けてみようと思っている警察小説、アメリカLAが舞台の刑事ハリー・ボッシュ・シリーズ第1巻。

『ナイトホークス』マイクル・コナリー著
(扶桑社ミステリー 1992年訳)


Fi2602210_0e 匿名の通報で、マルホランド・ダムの近くに置かれた土管の中から薬物中毒と思われる中年男の死体が発見される。その男はハリー・ボッシュ刑事の戦友。ベトナム戦争で地下通路の工作活動を行っていたネズミ部隊の仲間だった。事故死にしてはおかしな点があると気づいたボッシュが、戦友の住まいを訪れると、部屋はすでに何者かが荒らしたあと。そして、なぜかFBIが彼の捜査続行を阻止しようとする…。


またまた、組織内にも敵の多い一匹狼の刑事ものだった。エジンバラのリーバス警部は元陸軍特殊空挺部隊で、訓練中の辛い経験がトラウマとなっているが、ボッシュ刑事はいまだベトナム戦争の悪夢に悩まされている。なんとなくタイプは似ている。独り暮らしの住まいに帰ってきて、音楽を聴きながら、椅子に座ったまま寝てしまうところとか。でも、まだ1巻目なので、どのように変わっていくか分かりません。
読んでからしばらく時間がたってしまうと、書くことが何も浮かばない。感想文はすぐに書くようにしないと…。リーバス・シリーズほどのしゃれた表現や遊びは少ない。

原題“The Black Echo”は、ベトコンの掘ったトンネルの暗闇の中でボッシュら米国兵士が体験した恐怖と孤独を象徴する言葉。「ナイトホークス」というスタローンの映画があるらしいが、それとは別物。


2006年6月 3日 (土)

とこしえに、きみのしもべ。

『愛しすぎた男』パトリシア・ハイスミス著
(扶桑社ミステリー 1996年訳)


Fi2601958_0e 紡績会社に勤める技術者デイヴィッドは、 真面目で親思いの好青年として、下宿先の大家や同じ住居人たちにはすこぶる評判がいい。なぜなら彼は週末は必ず、療養所にいる病気の母親と一緒に過ごすために別の町に出掛けていくからだ。でも本当の行き先は、彼自身が偽名で購入した人里離れた一軒家。そこで彼は、思いを寄せる人妻アナベルと一緒に暮らしていることを妄想しながら独りで週末を過ごすことで、胸に抱えた嫉妬心から束の間の解放を得るのだった…。


ストーカーを題材とする、1960年刊行のサスペンス小説。
ストーカー・サスペンスというと、通常はストーカーされる側の心理、または、する側される側の心理を交互に描いているものがほとんどだと思うのだけど、これはストーカー男の側からのみ描かれる。だから原題は “This Sweet Sickness”。周囲の人物は彼に対する態度や、彼に何を言ったかでしか登場しない。おまけにこの小説には、相手を恐怖に陥れるような露骨なストーキング行為はほとんど登場しない。男は極めて紳士的に、頻繁にラブレターを送ることによって、なんとか彼女に再会し、説得しようと試みる。
こう書くと、なんだか地味なサスペンスのようだけど、一つ二つのウソがばれて、周りから追い込まれるうちに、思いと行動の間にズレが生じ、主人公自身、最初はそれに戸惑いながらも、ゆっくりゆっくりと正気らしきものを失っていく過程の描き方が実にうまくて読ませる。さすがハイスミスか。

2006年6月 1日 (木)

原題は「THE CONSTANT GARDENER」

「シティ・オブ・ゴッド」の監督てことで、公開前から興味があった。でも、テレビで胡散臭い男が宣伝しているのを見てゲンナリ。配給会社の考えてることはいつも分からないよ。

「ナイロビの蜂」(2005年 英)
★★★


★の数、ちょっと辛口かもしれないけど、正直あまり面白くなかったもので…。以前に観たアンジェリーナ・ジョリーの主演映画を思い出した。タイトルは忘れたけれども、ラズベリー扱いされていた。
製薬会社を題材としたのは、社会派映画としてはタイムリーだ。何年か前にテレビのドキュメンタリーで、アメリカの抗エイズ薬の製薬会社が、エイズ蔓延が最も深刻なアフリカでの安いジェネリック薬導入の動きに圧力をかけているというのを見て、また一つ、資本主義の負の側面を見せつけられた思いで、なんともやるせなかった。
でも、この映画は、その現実を再び考えさせられるような映画としては弱い。恋愛映画と割り切ってみればいいのかな? 中盤あたりの回想の回想シーンでは眠くなってしまった。男が再びアフリカに戻っていくあたりからの展開はスリリングで良かった。命と引き替えにでも、真実をこの目で見たいとの思いからだろうか。

原作はジョン・ル・カレの小説。同年代の知り合いの男性にル・カレのスパイ小説の大ファンがいて、自分も『寒い国から帰ってきたスパイ』と『パナマの仕立屋』の2冊は読んでみた。前者はそこそこ面白かったけど、後者は途中で挫折しそうになった。それ以来、ジョン・ル・カレの小説世界は、男は大好きだけど、女にはちょっと退屈というイメージなのだ。

あと、この映画にはもう一つ、のめり込めなかった点がある。それはいろんなシーンの映像が、何かの広告ポスター写真に見えて仕方なかったこと。監督が昔はテレビコマーシャルを多く手掛けていた人物という先入観のせいだろうか。でも、フォトグラフとして見たときには、イメージが膨らみオシャレでもあるが、ムービーとしては、そのオシャレさが陳腐に見えてしまう場面が何度かあった。「シティ・オブ・ゴッド」ではそんなふうに感じなかったけど。


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