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2006年1月

2006年1月31日 (火)

過ぎたるは及ばざるがなんたら。

失業中で、昼間からテレビをつけっぱなしにしていることが多いのだけど、保険のCMが、とにかくやたらに多い。時間帯によっては2本に1本の割合。3本続けてってこともある。それも1本1本が長いの。くどいほど同じことを言われ続けると、だんだんムカついてきます。

これだけの大量のCMを毎日流せるってことは、保険会社の景気は相当にいいのでしょうか? 将来に不安を抱える人が増えるほど、保険会社は儲かる仕組み。保険を売るには、人々の不安を煽るのがいい。もしくは便乗する。当然の理屈だけれど、それで得られる「安心」は本当に必要なものなのか? どうもピンとこない。昔からこういうことには疎いもので。

そろそろ年齢相応に、老後の準備についてしっかり考えなければと思うけど、今日、職安に背中押されて、半ば無理やり行ってきた面接先ったら、賞与なしで給料の手取りが月々19万円、ですか…。はぁ・・・ため息しか出ない。貯金は無理だと思うんです。せめて22万は欲しい。

2006年1月29日 (日)

番外:チケットは残っていないけど…

80年代のライブコンサートでほか覚えているのは、

Pファンクオールスターズ(東京公演皆勤)、
ザップ(来日のたびに何度か)
オハイオ・プレイヤーズ(日比谷野音でジョイント)、
チャック・ブラウン&ザ・ソウルサーチャーズ(87年、芝浦のクラブ)、
トラブル・ファンク(ワシントン・ゴーゴーが大流行)、
ネヴィル・ブラザーズ&ドクター・ジョン(九段会館だったか)、
キャミオ(シーズ・ストレンジにワードアップ)、
チャカ・カーン(80年頃、サンプラでかぶりつき)
エムトゥーメ(白手袋もらった! 同じ日に路上に落とし紛失)、
パブリック・エネミー(川崎チッタ、子連れステージ)
イアン・デューリー(後楽園ホール! もしかしたら90年)、
レニー・クラビッツ(歌が上手くて驚く、これも90年か?)
デヴィッド・ボウイ(83年頃、友人の誘い)
ダリル・ホール&ジョン・オーツ(70年代の曲は好きだった)
アーチー・シェップ(新宿ピットイン、眼力すごい!)、
オーネット・コールマン(これもピットインだっけな)、
デクスター・ゴードン(85年前後、中野の小さなライブハウス、タダ見)
マイルス・デイヴィス(一度は行っとけ!と)
セシル・テイラー(一度は行っとけ!と)
サン・ラ・アーケストラ(渋谷クアトロ、メンバーがステージ上でレコード販売)、
ジョン・ゾーン(フリクションの人たちとよくやっていた)などなど…。
最初のプリンスも80年代だったかな?

亡くなった人も何人かいて、今ではかなわぬラインアップ。チケットでもチラシでもパンフでも、何か一つ思い出の品を残しておけばよかった…。

懐かしのコンサートチケット その5

PINK(1985年) 3000円
うはっ、好きだったこの人たち。カッコ良かったねーサウンドから何もかも。特にベースの岡野さん。ドラムの矢壁さんも・・・でも顔を覚えていないぞ。ホッピー神山さんで思い出すのはなぜかミレイユ・マチュー。ボーカルの福岡さんはテレビのCM音楽の売れっ子。今も何かで流れてる。なぜかこの項だけ「さん」付け(笑)。

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大沢誉志幸(1985年) 3500円
PINKのメンバーと吉川晃司が飛び入り参加というサプライズはあったが、音は最悪だったような覚えが…。大沢誉志幸も一時大好きでアルバムをLPで3、4枚持っていた。アルバムのサポートメンバーも魅力的だったんだよなあーとレコード棚を漁ってみたが、1枚も見当たらぬ。処分してしまったんだ・・・うわーんショック!

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ウェイン・ショーター(1986年) S席4000円
この人のサックスはストイックで、単純に盛り上がれるタイプの演奏ではないので、大きなホールでのライブは正直退屈だった。パーカションが女性で、途中でジャケットを脱いだら筋肉もりもりだったとか、そんな余計なことだけ覚えている。

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ジェームス・ブラウン(1986年) S席4500円
自分が音楽のライブに求める要素がJBのそれには詰まっている。80年頃にも来日してるけど、最初に行ったのはこのとき。ヒップホップでサンプリングされまくり、「リビング・イン・アメリカ」のヒットを受けての来日だったが、ライブにおけるJBの音楽スタイルは十年一日のごとく。今もまったく変わりないのがあっぱれよね。もうすぐまた来日。東京国際フォーラムのS席料金は8500円。

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TOKYO SOY SOURCE No.3(1987年) 3000円
S-KENが企画したジョイントライブは何回か行ったと記憶。このときの出演者は、S-KEN&HOT BOMBOMS、じゃがたら、トマトス、ミュートビート。やっぱり一番印象に残っているのはじゃがたらかな。自分もいくつかバンドを掛け持ちしながらライブ活動してたけど、当時その界隈の頂点にいた人たち。

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2006年1月28日 (土)

懐かしのコンサートチケット その4

ステップス with 渡辺香津美(1980-81年頃) A席3800円
日本で企画された夢のグループ、ステップス(のちにステップス・アヘッドと改名)。メンバーはマイク・マイニエリ、マイケル・ブレッカー、ドン・グロニック、エディ・ゴメス、そしてスティーヴ・ガッド!
当時はジャズフュージョンのライブばかりに行ってるわけだが、それだけ活きが良かった。時代が経つとジャンル自体に新鮮さがなくなってしまう。メンバーがメンバーだけに、期待に違わぬため息ものライブ。アルバム『スモーキン・イン・ザ・ピット』はさんざん聴いた。あと、この頃の渡辺香津美といえば『キリン・ライブ』もセンセーショナルだった。

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ブレッカー・ブラザーズ・バンド(1981年) 3000円ドリンク別
この人たちの人気もすごかった! 特にマイケル・ブレッカー。当初は古くからのジャズファンに叩かれたりしていたけど、若いテナーサックス吹きの多くは、なんとか彼のフレージングをコピーして奏法をマスターしようと必死だったのだ。この六本木ピットインのライブには途中で清水靖晃がゲスト参加していたと思う。ブレッカー・ブラザーズはこの直後から休止期間に入る。

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82年から84年のコンサートチケットはなぜか見当たらない。捨てちゃったのか、どこかに紛れてるのか…。で、いきなり85年に飛びます。

ジョン・ヒックス・トリオ&デヴィッド・マレイ(1985年) 全席3000円
当時のデヴィッド・マレイは、メインストリームジャズの期待の星だった。久々に表れたテナーサックスの個性派。ジョン・ヒックスのピアノトリオ演奏が中心で、そっちは期待ほどではなかったが、マレイの演奏はとても熱くて素晴らしかった。フリージャズ系の人は黒人霊歌のようなバラードを演奏すると、実によく楽器が歌う。

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ブルース・スプリングスティーン&ジ・Eストリート・バンド(1985年) S席5000円
このチケット価格はこの時代の最高価格ではなかろうか…。特にファンでもなかったので友人に誘われて行ったと思う。だからか記憶にも薄い。国立代々木競技場で、音が悪く、ステージ上も小さくしか見えなかったとしたらそれも仕方ない。動くと床がベコベコ凹んで、そっちが気になってたかな。

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懐かしのコンサートチケット その3

デイヴ・グルーシン&ザ・GRPオールスターズ(1980年) チケット値?
デイヴ・グルーシンの音楽はお行儀が良すぎてそれほど好きじゃなかった。特筆すべきはマーカス・ミラーの初来日か? 一時はミーハーで、ゲスト参加した野口五郎のコンサートにまで行ってしまった…。

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アル・ジャロウ/デイヴィド・サンボーン(1981年) S席3000円
上述の野口のコンサートにはサンボーンも参加していた。もちろん彼も私のアイドルだった。生の本人が目の前で吹いているというだけで胸がバコバコ。正直アル・ジャロウはいらなかった。

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ベニー・カーター(1980年前後) 3000円
ベニー・カーターは当時ジャズ・ミュージシャンの最長老格。スウィングジャズのオーケストラ編成での来日。チケットには赤字で「御招待」の文字。誰に頂いたんだろう…。でも結構楽しんでいた覚えあり。

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M.J.Q(1980年前後) A席3000円
これもなぜ行ったのか覚えていない。特に興味があったとは思えないM.J.Q。でも、かつては日本で本国以上の人気を長く誇っていた。ジャズでも日本武道館でコンサートを開くほどの集客力があったことに時代の隔たりを感じる。あ、そういえばこの前のソニー・ロリンズも国際フォーラム満席だったか…。

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2006年1月27日 (金)

懐かしのコンサートチケット その2

イラケレ(1980年) S席3000円
前年のアルバムが欧米で旋風を巻き起こしたラテンフュージョンバンド。キューバの音楽エリート集団なので、とにかく楽器のテクニックがすごい! 花形はアルトサックスのパキート・デリベラ。ロックテイストもミックスした曲がかっこよくてしびれまくったよー。最近のは聴いていないのだけど、どうなのだろう。

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パット・メセニー・グループ(1980年前後) チケット値?
1977年にライル・メイズらと結成されたグループの初来日か2度目か? デビューアルバム『想い出のサン・ロレンツォ』と続く『アメリカン・ガレージ』は、それまでのジャズにない爽やかさとポップさと難解さを併せ持っていた。チケットが出てくるまで見たことを忘れていた…。

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エルヴィン・ジョーンズ・ジャズマシーン(1980年前後) チケット値?
エルヴィンといえば、スティーヴ・グロスマンとデイヴ・リーブマンの双頭テナーが参加した72年のアルバム『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス」が好きで好きで大好きで…。このときの参加メンバーは誰だったかは覚えていないけど、デイブ・リーブマンは80年の日野皓正のコンサートで来日。レニー・ホワイト、チャック・レイニー、ジョン・トロペイ、ハリー・ウィタカー、レオン・ペンタービスなど豪華メンバーだった。特にグローブみたいな手でベースをギターのようにかき鳴らすチャック・レイニーにびっくりした。

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ウェザー・リポート(1980年) S席4500円
新宿厚生年金の1階B列、ほぼかぶりつき! この頃はほんと簡単にいい席が確保できたんだな。チケット値が上がっているのが気になる。それだけ大人気の大物だったか。たぶんメンバーは、ジョー・ザヴィヌル、ウェイン・ショーター、ジャコ・パストリアス、ピーター・アースキン。

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懐かしのコンサートチケット その1

探し物をしていたら、昔のコンサートチケットが出てきた。古いノートの間に挟まっていたもの。今度のストーンズの来日コンサートチケットが、S席18000 円、ゴールデンサークル席55000円と聞いたもんだから、価格比較しながら並べてみましょ。(結局、探し物は見つからない・・・)

ボブ・マーリィ&ザ・ウエイラーズ(1979年) S席3000円
大学で東京に出てきて初めて行った外タレのコンサート。場所は中野サンプラザ。座席は前から10列目のほぼ中央。ボブ・マーリィの歌っているときの顔がとても苦しげだったのを覚えている。まだレゲエは日本にさほど浸透しておらず、自分を含め、ボブ・マーリィはスゴイらしいと伝え聞き、来た人が多かったのではないかと思う。斬新なリズムにどう反応していいかも分からず、腕組みしながら聴くという感じ。空席も多かったと記憶。ともかく生を見られたことは、その後しばらく自慢のタネとなった。

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ザ・ブラザーズ・ジョンソン(1979年) S席3000円
もちろん楽しみはルイス・ジョンソンの派手派手チョッパーベース! そして「ストロベリー・レター23」。ボブ・マーリィの1カ月後に行ったのがこれだったので、客の反応も含めギャップが大きかった。

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マービン・ゲイ(1979年) S席3800円
日本武道館のアリーナB列、ほぼ中央! ネット予約はもちろん電話予約もなかった時代だから、発売日の朝にチケットショップに行けば普通に良い席が取れたのだ。マービンはセクシーだし、曲のアレンジやステージングはゴージャスこのうえなく、これぞアメリカのショービジネスという雰囲気だった。そして、サーファーカットにハマトラ・ファションのお姉さま方の黄色い歓声も半端ではなかった。

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2006年1月25日 (水)

砂糖水のセットローション。

『渇いた季節』ピーター・ロビンスン著
(講談社文庫 2004年邦訳)

Fi2253794_0e 半世紀前にダム建設によって沈められた村が、夏の間に干し上がった貯水池の底から姿を現し、遊んでいた少年が偶然にも白骨死体を見つける。その骨は若い女性のもので、惨殺の痕跡があった。被害者は誰なのか、そして犯人は今も生きているのか…。

英国ヨークシャーを舞台とするアラン・バンクス警部シリーズ第10作。シリーズ途中とは知らずに買ってしまい、とりあえず読んだ。子供たちは巣立ちし、妻は1年前に家を出ていき、本部長には嫌われて窓際同然というバンクスの立場は分かったけど、 人間的な魅力はあまり伝わってこず、唐突に出てくる若い頃の回想にも戸惑う。やっぱりシリーズものは最初から読んでいないと面白さ半減かも。

帯には「アンソニー賞・バリー賞W受賞の英国抒情派傑作推理」とある。抒情派などと呼ばれてしまうミステリーはちょっと苦手だなあと思いつつ、貯水池の村育ちで、今はミステリー作家として成功を収めている女性の回顧録部分(第二次世界大戦時)は楽しく読んだ。


2006年1月24日 (火)

どうなの?

転職サイトは便利だけど、簡単に応募できるだけにやたら応募数が多いらしい。条件一つでもはずれた応募は、その時点で篩い落とされていそう。気分的には懸賞に応募するのとかわりない。

というかそれ以前に、自分がつとまりそうな仕事の求人がないのだが…。職安からは「今の職種に絞って探し続けるべき」と言われているけど、ないものはないから。

毎日起きて「さぁー履歴書を書くぞ!」と思い、あちこちの転職サイトを巡回し、結局、昼過ぎからテレビ東京で特攻野郎Aチーム見て、その後やってる映画も見て、ついでに水戸黄門まで見てしまう生活は、さすがに後ろめたい(苦笑)。あとで大きなツケが来そう。

買い物を食料くらいに抑えれば春までは暮らせる、などというノンキな考えは、賃貸マンションの契約更新手続き案内と住民税納税通知書がほぼ同時期に届いたことで、冷や汗に変わった。まぁ、来月半ばには初めての失業給付が受けられるのだけど、ラッキー半分みじめさ半分。気持ちはどんどん下向きになっていくよ、と。

2006年1月22日 (日)

つまりは挨拶つき試写会なんだけど。

先週、生のキャサリン・ゼタ=ジョーンズを見た。映画「レジェンド・オブ・ゾロ」のジャパンプレミアでのこと。この今のハリウッド映画を代表する“美女”と自分は誕生日が同じなのよね。ついでにこの人の夫で、“セックス中毒”であることを自ら告白して一時話題となったマイケル・ダグラスも同じ誕生日。

それはさておき、黒のカクテルドレスで登場したゼタ=ジョーンズ、とってもゴージャスだった。声がセクシーで、話し方も知的。自分を魅力的に見せることに関してはさすがプロだなあと感心した。

映画は、生のゼタ=ジョーンズほどには感心しなかったかしら。内容は同じアントニオ・バンデラス主演の「スパイキッズ」みたい。でもタダで見られたから感謝してる。気分転換にもなったしね。ありがとうMさん。

2006年1月20日 (金)

私家版・魅惑のエロヴォイス その17

オラン・ジュース・ジョーンズのアルバムは4枚持っているけど、この曲が入ってる1989年発表の『To Be Immortal』を一番よく聴いた。

Oran "Juice "Jonesの“Pipe Dreams”

Fi2238826_0e 前作はファルセットヴォイスを生かした一時代前のソウル曲中心なのに、このアルバムからはパーカッションやホーン、生ピアノを取り入れたファンキー・ゴージャスなサウンドに路線変更(?)。今聴くとさすがに古く感じるアレンジなんだけど、当時はとっても新鮮。
この頃はまだAMラジオのFEN(現AFN)を貴重な音楽情報源としてよく聴き、「パイプ・ドリーム」を最初に耳にしたときは飛び上がるほど興奮した。ラップ以外でひさびさに黒い音楽を見ーっけた!と狂喜したんだよなぁ…。

ほかの曲も、例えばアルバムタイトルの「トゥ・ビー・インモータル」とか、リズム主体の曲は、醸し出す雰囲気がとことん黒い。いわゆるストリート感覚ってやつ? オランの声自体は、ジャケット写真の強面な顔とは裏腹にとても甘ったるい。なんかもう儚げにも思えるほど軟弱な声なんだけど、これが不思議とマッチして、一種の胡散臭さとともに、よりクールに響いてくるから面白い。
しかし、ボーカリストとしてこの人が最も得意とするのはベタ甘なバラード。4曲目の「ネヴァー・セイ・グッドバイ」みたいな曲にうっとりです。


Fi2238826_1eオランのアルバムでは、97年の『Player's Call』は今でも十分に受けそう。胡散臭さはそのままによりジャジーに、よりセクシーに、大人っぽいアレンジになっている。
ところで、この人の最初のヒット曲は86年の「ザ・レイン」なんだけど、しばらくして日本の某ソウルシンガーのデュエット曲に、メロディーそのままパクられてなかったですか?


試聴源が見つからなーい!
アルバム自体もとっくに廃盤か? おっと、Amazon見たら両アルバムの中古とも結構な値段がついている…。

2006年1月19日 (木)

私家版・魅惑のエロヴォイス その16

Fi2235802_0e ソウルミュージックのエロさに気づいたのは中学生のときだったが、そのきっかけとなったのが、前項の「ラブ・ウォント・レット・ミー・ウェイト」とともにこの曲。2曲は私の中では、なぜか常にカップリングされている。こっちは1972-73年のヒット曲で、時期は少しずれているけど。

Billy Paulの“Me And Mrs. Jones”

今でもよく流れてるから、大抵の人は耳にしてるはず。男女ともに家庭があっての関係を歌ったもののようだけど、不倫もこういう曲を生み出すのなら、やっぱり文化かしらね(古い…)。
艶っぽく品もあるバラードです。イントロでアルトサックスが奏でるのは「シークレット・ラブ」のワンフレーズ。道ならぬ恋の曲であることが、歌が始まる前にピーンと来る。こういう仕掛けもおっしゃれー!と感心したりしてました。

ビリー・ポールはジャズ寄りのシンガーで、アルバム『360 Degrees Of Billy Paul』では、ギャンブル&ハフの作った曲以外に、有名なポップソングのカバー3曲をジャズ風に歌い崩している。なかでも聴きものは「レッツ・ステイ・トゥゲザー」かな。しっとりしたスローバラード・アレンジが、ビリーの声質にぴったりんこ。アルバム全体の出来は、ソウルシンガーのアルバムとして聴くと、少し物足りない気がしなくもありません。


2006年1月18日 (水)

私家版・魅惑のエロヴォイス その15

Fi2233100_0e しばらくサボっていた音楽ネタ、初心に戻ってこの曲で再開。曲自体は前にハンク・クロフォードの項目で一度取り上げているんだけど、このシリーズにこれほどぴったりな曲もないので再度。

Major Harrisの“Love Won't Let Me Wait”

元デルフォニックスのメンバーであるメジャー・ハリスの1975年にヒットしたバラード曲。いつ聴いてもとろけまくりだ。バックのMFSBによるサウンドも気持ちよすぎ! これで合間に女性の艶めかしい声が入ってなければ、万人におすすめできるのに…。いや、でもこの激しすぎる喘ぎ声が入っていたからポップチャートでもヒットし、私の耳にも届いたかもしれないので、なんとも言えませんね。

この前、CD店に行ったら写真のアルバム『MY WAY』が再発(昨秋の発売)されていたので、お求めになるなら今がチャンスだと思います。これぞフィラデルフィア・ソウルな1枚でもあるけど、「ラブ・ウォント…」1曲のためだけにも手元に置く価値あり!と断言します。4曲目に入っているブルーマジックのカバー「サイドショー」も大好きな曲。こっちも胸がキュンとして、目がうるうるしてくるんだよね。

2006年1月17日 (火)

あの写真の行方が気になる。

レンタルで見た映画4本。

「ウィスキー」(2004年 ウルグアイ/アルゼンチン/ドイツ/スペイン)
★★★★★
Fi2229683_0e タイトルのウィスキーとは、笑顔で写真を撮るときの合言葉…。変化のない毎日を生きている地味な独身中年の話だ。作風はアキ・カウリスマキ似。日本映画の雰囲気にも似たところがある。遠い南米ウルグアイの話なのに、季節はずれのビーチリゾートのシーンなんて、そのまんま南紀白浜あたりに置き換えても違和感ないね、これ。ニヤニヤ笑いながら見ていたのだが、見終わってから、これってずばり私のことじゃないの…と気づいて、しばらくフリーズ。
古傷が疼くぜ。

「ピエロの赤い鼻」(2003年 フランス)
★★★☆
冒頭に「笑いは最強の武器である」というチャップリンの言葉がテロップで流れるが、これは映画の見方を狭めてしまって、余計ではないかと思う。ナチスに人質として捕らえられた4人の男の、地中に掘られた穴の中でのやりとりが面白い。2人の女優さんが生き生きしていて魅力的。ブノワ・マジメルくんはハンサムなうえに可愛いし。でも、同じ監督の「クリクリのいた夏」に比べると奥行きが足らず、不満が残った。

「ダブリン上等!」(2003年 アイルランド/イギリス)
★★★☆
レンタル店では犯罪アクションのジャンルに分類されていたのだが、少しブラックが入ってるヒューマンコメディが正しいと思う。群像劇で、職に就かず強盗を繰り返す若者、暴力刑事などが登場するけど、アメリカの映画ほど精神的に病んでいないのが救い。ブラウンソース中毒とかヒゲ女とか、笑いのネタが和ませてくれる。

「アップタウン・ガールズ」(2003年 アメリカ)
★★☆
ブリタニー・マーフィーとダコタ・ファニングという、キュートな2人の組み合わせに引かれて見たのだけど、出来は凡庸。ともに似たような心の痛手を抱えているのに、子供の前で先に大人が泣いてしまい、子供に慰められるというのは見ていてあまりいい感じはしない。


2006年1月12日 (木)

見た目も大切。

職安に行ったら男性の相談員から「もっと赤い口紅をつけましょう」と言われました。どんだけ覇気のない顔をしているんでしょうか?(苦笑)

さて、明日から北村一輝が出るドラマ「夜王」が始まります。「大奥 華の乱」から続けての連ドラ出演、おめでとう!
ホストのドラマなんて北村が出なければ、まずは見ません。どうせゴールデンのテレビドラマなので、話はきれい事に終始するでしょう。救いは、一部の人は拒否反応も起こすらしい北村の濃い顔と濃い雰囲気です。さらにその成りきり度の高い演技によって、お茶の間にふさわしい無難路線をぶち壊してくれることを期待しましょ。

これから履歴書を2通、がんばって仕上げます。明日は真っ赤な口紅と、頬紅もいつもより多めにはたいて、面接だ!


2006年1月 6日 (金)

詩人警視も美人には弱かった。

通勤電車に乗らなくなって読書量が落ちました。

『神学校の死』P・D・ジェイムズ著
(ハヤカワ・ミステリ 2002年刊)

Fi2199001_1e ダルグリッシュ警視長シリーズ。
男だらけの閉鎖的な神学校での殺人事件ものは、その設定だけで面白い。聖職者なんていかにも変人が多そうじゃないですか。
本作もPDらしく、謎解きより登場人物それぞれのキャタクターの濃さで読ませる。皆がそれぞれ重要なことを目撃しているのに、具体的に聞かれなかったからという理由で口にしないので、事件はなかなか解決しないのです。しかし腹違いの兄妹の近親相姦とか、エグいこともさらっと書くなあ、PDは。

『死せる魂』イアン・ランキン著
(ハヤカワ・ミステリ 2000年刊)

Fi2199001_2eリーバス警部の“日常”を綴ったシリーズ。
今回のタイトルは70年代のパンクバンド、ジョイ・ディヴィジョンのナンバーから。去年の暮れに読んで、もう内容を思い出せない。小児性愛癖は治らないとか、子供の頃に虐待を受けることで受け継がれるとかそういう重いテーマも絡んでくる。すっきりしない最後。
でも、ランキンのハードボイルドなタッチと、複数の事件が並行する入り組んだ構成が大好きなので、今後も読み続けてみます。

もぎたての林檎。

12月の初めに、長野の安曇野に遊びに行った人から林檎を1ケース送ってもらった。大きなフジで40個くらい。独り暮らしには多すぎる。しかし食べてみたら、これがびっくりするくらいジューシー。予想を超越したおいしさで、歩いていける距離に住む知人にいくつか分けはしたけど、毎日1個のペースで消化して、今日ようやく最後の1個を食べ終わったのです。

でも、そのびっくりするくらいのおいしさが続いたのは数日。毎日少しずつ色艶がなくなり、みずみずしさも失われ、最後に食べたやつなんか、皮の表面がシワシワになっていた。

林檎も鮮度。 という考えてみれば当たり前なことに今さら気づいたわけです。1年中出回ってるからちっとも気にしていなかったけど、次のもぎたて林檎は、秋まで待たなければ味わえないんだな。

林檎といえば小学生のとき、修学旅行のバス内でバスガイドさんから「みかんとりんご、どっちが好きか?」と聞かれたことを思い出す。林檎のほうが好きと手を挙げたのは、なんと私一人。
実はこの質問は性格占いで、「みかん好きは心の温かい人、りんご好きは心の冷たい人」というのがその答え。グサッときて、消え入りたい瞬間だった。たった一人しか手を挙げていないんだから気を遣えよ、と今でも思う(執念深い)。以来、私は意地でも林檎派なんだ。
みかんも1日10個、20個、あれば食べてしまうけどね。

2006年1月 4日 (水)

忘れかけてた夢。

毎年やってる「さんま玉緒のあんたの夢をかなえたろかSP」という番組を見ました。吹奏楽部でオーボエを吹いている女子高校生が、憧れのオーボエ奏者である宮本文昭さんとの共演の夢をかなえるパートが良かったよぉ。感動!
宮本さんが、わざわざ彼女の住む北海道まで出向いてリハーサルを行った。たとえ素人でも、他人に聴かせる演奏である以上、ベストを尽くしたいと思うのが当然だろう。自分の夢が選ばれたということと、良い演奏をしなければという二重のプレッシャーに押しつぶされそうな彼女の様子をどきどきしながら見守っていたので、ただ一度のセッションで終わらせるのではなくて、宮本さんがそういう準備の機会を設けてあげたのは、実に良かった。
ドキュメンタリーの構成にはやらせも交じっていたかもしれないが、最後の演奏が吹き飛ばしてくれた。上手下手とは関係なく、一生懸命さで感動させる音楽もあるさ。

ついでに、押し入れに仕舞いっぱなしになっているソプラノが吹きたくなりました。サックスの場合、家で吹きたくても吹けないというハンディがあって、なぜこんな楽器を選んでしまったのかと、ずっと悶々としていたのだが、先日過度のうどんさんのところで、アルトサックス用消音器というものが発売されていることを知り、希望が見えてまいりました!
サックスはテナーとアルトとソプラノを持っているけれども、アルトはさほど吹きたいとは思わず、テナーの消音器は重量的に無理な気がするので、ぜひソプラノ用の開発を早急にお願いしたいです。CDとかラジオとか聴きながら、吹きてぇ、いま無性に吹きてえよぉー、サックス。

2006年1月 3日 (火)

縁起でもない。

明けましておめでたくなくございます。
今年は1日からこれまでにないひどい頭痛に悩まされ、横になっていたら悪夢のような初夢を見ました。我慢できずに実家にあった「ケ○リン」を服用したら、胃炎が悪化し、いまだ吐き気の発作が収まりません。さんざんな年明け…。胃の弱い人、ケ○リンだけは飲んではいけない(と思う)。

明日4日は午前中から面接が1件あります。昨年暮れに続々と「お祈り」の通知が届いていたので、唯一の望みと、面接を受けると返事をしたのはいいが、業容を調べたら、関連会社が思いっきり胡散臭いではありませんか…。これまた冴えない。私の年齢での応募で、たまに手応えがあるとこんなところばかりなのかと情けなくなります。面接慣れのためと割り切って出掛けますが。

なぜほとんどの求人は「35歳まで」なのでしょうね。判で押したように、どの会社も35歳まで。何のコネもなく、大したキャリアもなく転職を考えるなら35歳までです。…気づくのが10年ばかり遅すぎました。

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