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2005年11月22日 (火)

シェイクスピア原作のあれ。

男装の女性が名裁きを行う下りが、あまりに有名な物語。なのでストーリーよりも、シェイクスピア劇ならではの深みのあるセリフ、出演者の演技や16世紀ヴェニスの雰囲気を楽しみに見に出かけた。

「ヴェニスの商人」(2004年 米/英ほか)
★★★☆

アル・パチーノ演じるユダヤの高利貸しシャイロックは、皆に疎まれる嫌なやつの設定と思うが、むしろ同情しか覚えなかった。一方で、シャイロックから借金返済の代わりに肉1ポンドを差し出すことを迫られる貿易商アントーニオ(ジェレミー・アイアンズ)が、なぜシャイロックと天敵の関係にあるのかも、映画ではごく控え目にしか描かれていない。

アントーニオを通じてシャイロックから膨大な借金をする放蕩男バッサーニオ(ジェセフ・ファインズ)。こいつがすべての元凶。そして、父親の財産を持ち出して男と駆け落ちする娘のジェシカも、うろちょろするだけで、見ていていらいらする存在だった。知恵者ポーシャも、浮かれてるだけの脳天気な姫さまにしか見えず。

恋する若者たちの身勝手さのせいで、とんだ迷惑を被ったおじさん2人。いや、アントーニオのほうは、親友バッサーニオのために命を落としても致し方なしの気持ちだったかもしれないけど…(映画ではこの2人は友情以上の関係を匂わせている)。いずれにしろ、そのおじさんたちと世代が近い自分には疲れる映画だったよ。 パチーノの演技がリアルだっただけに、シャイロックを巡る重苦しい話と、舞台劇のような演出のラブロマンスのシーンが、自分の中で相容れて消化しきれないというか…。

もっとシャイロックが憎々しければ、すっきりした気分で見終わるのだけど、それでは話が単純すぎるし、やはりユダヤ人を狡猾な高利貸し、一方的な憎まれ者として描くのは、現代では微妙なのかなあと思ったりもした。ストーリーは原作に忠実でも、映像になるとどうしても色がつくだろうし、シャイロックが不器用で可哀想な男にしか見えないのは、ユダヤ人社会に対する遠慮が働いているのかなとか。

で、帰ってきてから映画の公式ページの解説を読むと、シャイロックは悪者ではなく、まさに悲劇の男の扱いになっているではないか。子供のときに読んだ本から受けたイメージとはずいぶん違っている。シェイクスピアを児童書のような要約本で、読んだ気になっていたのが間違いだったかしら? 本当のところはどうなんだろう。

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コメント

私も「ヴェニスの商人」観たのでした。私、恥ずかしながら、この話知らなかっんだけど、なんだか一休さんのよなトンチ話だったんだね~。で、やっぱり私はA・パチーノにハナっから肩入れしているし、あの“ユダヤ人が迫害される気持ち”を熱く熱く演説(?)するくだりなどで、どうしても、胸にぐっと迫ってきちゃうからね。気分良くなんないよね。バカにしやがって…なんてカンジになっちゃうものね。もともとちとオーバーアクト的かもしれないけどA・パチーノのあたかも舞台を観ているかのような演技はシェイクスピア向きですかね。

>へべれけ=アモさん私もあんな一方的な踏んだり蹴ったりの話とは思わなくて、後味悪かったよ。そういう話だといわれればそれまでだけど。改宗までさせられて、どっちの世界からも追い出されるなんてねぇ。娘がもうちょっと行動起こすかと思ったのに。パチーノ、はりきって演じてたのが伝わってきたね。悲劇か喜劇かはっきりしない映画だったけど、パチーノの迫力勝ちで、喜劇の部分に気が晴れるどころか、かえって沈んだよ。

私が1年前から楽しみにしていた最大の理由はね、当初ポーシャ役はケイト・ブランシェット!の吉報が報じられたから。もしかしたら降番の報も流れてたのに、無意識に無視しちゃってたのかも(苦笑)あの若い(←信じられない…)新人の髭面、「恋に落ちた」のグィネスみたいにイケてなくて、見てるそばからケイトが演じる姿を想像しちゃったわ。悪くはないけど爽快感がないのは、やっぱユダヤいじめの解釈のせい?それじゃあケイトにはやらせられないというか、うまい人にされちゃうとシャイロック役じゃあ立つ瀬なしってことで、アルが降ろした?!(笑)なんて思ったわ。私も小学生の時児童書で読んだ口!で、やっぱ男装の麗人がしてやったりな痛快感が一番印象深いわ。実際アニメ「一休さん」でこのパクリありました!(アモ先輩するどいぞ!)新右衛門さん危うしってね!(笑)

アルもデ・ニーロ、ウォーケンと同じく自分という怪物を演じるようになって久しいけど、アルは他の二人よりもよい作品に出るから、本来の実力も発揮できるのよね。ただ「ベニス」ではこんなもんではないだろとも思った。全体的に大人しい作品だったよね。ラストなんてあの家出娘の父に対する想いなわけですか…?って感じだったけど、当時の心優しいお嬢様だったら、身ぐるみはがされて放り出された父の元へ帰らずにはいられないはず!シェークスピアは根本的に女性をよくは描いていないというのが現代映画では通例的な解釈なのかしら?

>ぱぴよんさんほほう。確かにケイト・ブランシェットがやっていたら、またぜんぜん違う感じに仕上がっていたかな。あの女優さん、あまり賢明には見えなかった。ぱぴよんさんったらアニメ「一休さん」までチェックしてたの?そうそう子供の頃の記憶では、ベニスの商人は単なる痛快劇でね。もちろん、当時はユダヤ問題とかそういう知識もまったくない状態だったし。アル・パチーノは、狡猾ではない、ごく普通の人間としてシャイロックを演じていた感じ? あまり個性を出さないようにしていたかも。娘は・・・あんた何のために出てきたの?と。原作はどうなのか知らないけど、映画ではもうちょっと父への思いを明かにしてくれたほうが良かったかな。クサクサのラストでもね。

「一休さん」はアニメファンじゃない子もみんな見てたよ!ちょうど「ベニス」読んだ後に、そのエピソードでも見てわかったんだと思う。一休さんの原作なんて知らんが、人気シリーズのネタを継ぎ足すには西の文豪から拝借でもせにゃならんかったことと思います。新右衛門さんのいい人になる弥生さんのお父さん桔梗屋さんはまさにシャイロックな人なので、ぱくって当然といえば当然なのでした!

現代のシェイクスピア映画の撮影所には「朗誦禁止!」の張り紙でもしてあるのかな?あれだけコスプレしてんだから弱強五歩格大合唱してくれたっていいじゃん?私はオペラを聞く時のようにそれを望んでいるのよ!ケチ!シェイクスピアよりSWやハリポタの方が朗誦できるなんて!!兄のようにはできないファインズ弟は置いといても、アルは自ら米国俳優の十字架を背負っておられることと思いますが、皆がアルに合わせてのことじゃないよね?・・・そうですね。金の亡者で人非人というより、虐げられたる者の色合いがどうしても強かったですね。娘が去った後は、ただのさびしい老人で、アルなだけに行って慰めたくなってしまうほどでした。自由でリベラルだと思っていたあの時代のヴェネツィアにゲットーがあったというのもショックなら、ジェレミーがアルに無言でツバを…ああいうのこそ私にとっては衝撃的な描写でした。

>ぱぴよんさん一休さんアニメの件、失礼しました。ぱぴよんさんと私とでは世代が違った(笑)。子供だったらみんな見てたよね。いかにも朗誦はなかったね。そういう意味で中途半端か?舞台劇と同じでは新鮮みがないと思ったのか。でも現実味を出すには、内容が時代錯誤だから、居心地悪いね。シェイクスピアは英国人だから、ユダヤについてもベニスについても英国人の想像が多分に入っているのかな?

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