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2005年6月27日 (月)

昨日の訃報

絵本作家・長新太と、行動の人・奥崎謙三が亡くなったことを今日になって知りました。ニュースに疎い・・・。

同じ日に訃報が出たってだけで、一緒くたに考えてみるのもどうかと思うが、ともに「考えるんじゃない、感じるんだ」という、まあちょっと陳腐だけど、そういう表現がふさわしい、硬直した頭に刺激を与えるアーティストという点で、私の中では共通している。・・・便利な言葉だから使わせてもらいます、アーティスト。

亡くなってより惜しまれるのは、まだまだ現役だと思っていた長新太のほう。この人の絵本は小さな子供だけのものにしておくのはもったいない。私は大人になってからはまったクチ。やたら多作の人で、絵本作品から作家その人を想像してみても、まったくつかめない。そのとらえどころのなさに興味を覚える。半端じゃなく器の大きい人ではないか? くらいの想像。俗っぽいことも吸収しながら、ピュアな感性に磨きをかけていったというイメージ。

子供の頃に、誰もが一度はその絵本を手にしたことがあると思われるが、図書館の児童書コーナーなどで見かけたら、再び手にとって見てみると面白いです。理解しようなんて思うと、楽しめない類の絵本。

奥崎謙三のことは、映画「ゆきゆきて、神軍」を公開当時に、原一男監督の講演付きで一度見ただけの知識しかないが、本当に衝撃的で、興奮した。ドキュメンタリーというけど、あきらかに奥崎はそれを利用して演じている部分も多くあり、この映画は、奥崎vs原監督の食うか食われるかの真剣勝負として見ても、とてもスリリング。奥崎を一生支え続けることになる妻も印象的だった。夫婦愛を考える映画としても面白かった気がするが・・・。

奥崎の思想については理解不能だが、この映画を見て、その行動に一種のカタルシスを感じた人は多かったと思う。私も正直、ちょっとかっこいいと思った。柄谷行人は当時、奥崎の思想と行動を、砂漠の民の思想との共通点から論じて
いたんじゃなかったっけ? 難しくてちゃんと理解していないけど。で、確か、その後で、「話し合う価値があるのはお前だけ」みたいなものすごい長文レターが獄中の奥崎から柄谷に対して送りつけられ、さすがの柄谷もびびったとかびびらなかったとか…。

奥崎みたいな人は、かかわったら迷惑きわまりない人だけど、いなくなってしまうと、とても寂しい気がしてしまいます。

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コメント

戦後60年の年、奥崎謙三の死は、感慨深いですね。賛否は、別として、この人の執拗な行動力には、ものすごいパワーを感じました。

>栗坊さんそうですね。あのパワーが少しうらやましかったりして。奥崎に限らず、日本が貧乏な時代を知っている世代の人たちにはパワーではかなわないかなと思ってます。

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