2015年3月30日 (月)

ありふれていない夏 〜『ありふれた祈り』『約束の道』ほか

子供を主人公にした家族の絆の物語をミステリの味付けで、というアメリカの十八番的な2作品。


『ありふれた祈り』ウィリアム・ケント・クルーガー/宇佐川晶子[訳]
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳)

あの夏のすべての死は、ひとりの子供の死ではじまった――。1961年、ミネソタ州の田舎町で穏やかな牧師の父と芸術家肌の母、音楽の才能がある姉、聡明な弟とともに暮らす13歳の少年フランク。だが、ごく平凡だった日々は、思いがけない悲劇によって一転する。家族それぞれが打ちのめされもがくうちに、フランクはそれまで知らずにいた秘密や後悔に満ちた大人の世界を垣間見る…(裏表紙より)


Ordinarygrace アメリカ探偵作家クラブ賞、バリー賞、マカヴィティ賞、アンソニー賞という全米4大ミステリ賞で最優秀長篇賞を受賞!となると、何がそんなに評価されたのか探らずにいられない笑 ミステリ読みのサガかも?

田舎町の草原広がる郊外、鉄道と川の交わる辺りでさほど時を置かずして見つかる3つの死体。さては連続殺人鬼でも紛れ込んでいるのか?と想像させながら、実は、人間は身近な人の死をどう乗り越えていくかという内面的な主題の物語だった。加えて、大人たちが抱える戦争の傷跡、ネイティブアメリカンや障害をもつ者への偏見など、社会的な要素を取り入れているのもポイント高そう。

主人公の父親が聖職者という設定なので、宗教的な話題も多い。物語のクライマックスは一家に訪れる小さな奇跡。この奇跡をどう受け止めるかで小説の印象が変わる気がする。自分はすんなりと受け入れた。この程度の奇跡を信じないと人生つまらないからね。40年後に飛ぶエピローグも爽やかで、ミステリとしては小粒だったけれど読後感は良かった。

「ありふれた祈り」というタイトルは、信心深くない自分にも理解できる、内容を的確に表した良いタイトルと思う。が、しかし、子供がひと夏で偶然にしても3人の死を体験するというのは、まったくありふれてないよね。


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『約束の道』ワイリー・キャッシュ/友廣純[訳]
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)

母さんが死に、施設に引き取られたわたしと妹のもとに、3年前に離婚して親権も放棄したウェイドが現われた。母さんからはいつもウェイドは野球に挫折した負け犬だと聞かされていたが、ほんとうはもっとひどかった。ウェイドは泥棒でもあったのだ。すぐに彼と盗んだ金を何者かが追ってくる。やむなくわたしたちはウェイドとともに旅に出るが…(文庫カバーより)


Thisdarkroadtomercy こちらは英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)受賞作。やっぱり少年と違って、総じて小説に登場する少女は賢く健気だと思わざるを得ないね!

物語はシンプルだ。舞台はアメリカ南部。時はサミー・ソーサとマーク・マグワイアがホームラン記録争いをしていた年ということなので1998年か。貧困のうちに母親が薬物過剰摂取で亡くなり、被虐待児童保護施設で暮らす12歳のイースターと7歳のルビーの姉妹のもとに、別れた父親ウェイドが訪ねてくる。父親は落ちぶれた元プロ野球選手で、娘たちに接することも禁じられていたが、ヤバい金を盗んだせいで、姉妹の身にも危険が迫り、一緒に逃亡することに。

登場する殺し屋が漫画チックなこともあり、サスペンスというには弱い。だから、親子が絆を取り戻すロードムービー的小説というのが正しいのだろう。しかも、その絆は共犯者としてのそれという形をとるのが洒落ている。
少女の機転がもたらす大逆転とか、そのまま映画にしてもいけそう。紋切り型な感動映画になりそうだけど…。


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『犬が星見た ロシア旅行』武田百合子
(中央文庫)

生涯最後の旅を予感している夫武田泰淳とその友人竹内好のロシアへの旅に同行して、星に驚く犬のような心と天真爛漫な目とをもって、旅中の出来事・風物を克明に伸びやかにつづり、二人の文学者の旅の肖像を、屈託ない穏やかさでとらえる紀行。読売文学賞受賞作(文庫カバーより) 


Inugahoshimita 面白かった! 百合子さんは、みんなが正面を見ているときに一人横を見ているタイプというか、決してひねくれているわけではなく、自分に価値判断に忠実に生きてる人という感じ。描写の表現も独特だ。
訪れた先々のトイレ事情、何を食べたか、お土産に何を買ったか、現地のお金でいくらしたかとかが綴られているから、私なんかでもかったるくなく読めちゃう。でも、この人の一番の関心事は、人なのかな。

海外旅行記というと今なら個人旅行だろうけど、この昭和44年(1969)当時は、旅先が旅先だからか観光ツアーに参加しての旅行記というのが逆に新鮮だった。ナホトカから飛行機を乗り継いで西に移動していくという、今もこんなコースのツアーあるのだろうか。

2015年3月21日 (土)

「愛情こそ、状況を一変させるものだ」〜『静かなる炎』『瘢痕』ほか

『静かなる炎』フィリップ・カー/柳沢伸洋[訳]
(PHP文芸文庫 2014年邦訳)

1950年、ブエノス・アイレス。ファシズムに心酔する大統領は、元ナチを大量に受け容れていた。祖国を追われた元ベルリン警察のベルニー・グンターも、この地に辿り着いていた。グンターは地元警察から、相次ぐ少女惨殺事件の捜査を依頼される。なぜなら、その手口が18年前ベルリンで彼が担当し、未解決に終わった殺人事件と酷似(こくじ)していたからだ。グンターは、地元警察も予想していなかった真相を突きとめる…(文庫カバーより)


Aquietflame ベルリンの私立探偵ベルンハルト・グンター・シリーズの5作目だそうで、といっても読むのは初めて。ハードボイルド歴史ミステリという感じで、いかにもハードボイルド探偵ものらしいプロットに加えて、アルゼンチンのペロン大統領や妻エバ(エビータ)、アイヒマンやスコルツェニーら亡命したナチ戦犯が主要人物として登場する。
ほとんどは史実を損なわない範囲の役割だと思うが、元親衛隊大将ハンス・カムラーもアルゼンチンに亡命していたことについては著者の創作ということになるのかな? ナチスについて詳しい人なら読んでいておっ!となったに違いない。さらにもう一人、有名なナチス将校がキーパーソンとして登場するのだが、たぶんこれは名前を挙げてしまうと読書の楽しさを損ないそうなので自粛。

主人公グンターが悪名高きアイヒマンと同じ船でブエノスアイレスに上陸するという序章で、これは面白そうと思った。世に山ほどある迫害されるユダヤ人をテーマにした小説と違って、追われたナチ残党の話ならそんなに重苦しい内容にはならないだろうと高をくくっていたのだ。でも、これが違った。1932年にベルリンで起きた少女惨殺事件の真相を18年を経て明らかにするのがメインと思いきや、同時にグンターはあるユダヤ人女性から行方不明になった身内を探すように依頼されていて、その結果が…。
アルゼンチンでもそんなことがあったんだと驚いた! あとで少しネット検索してみたが、資料がほとんど見当たらないということは、やはり証拠に乏しいゆえに史実として認められていないということだろうか。ここに書かれている規模が本当だとしたら、ほんの少し前の歴史ですら闇に封じ込めることのなんと容易なことよ。


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『瘢痕』トマス・エンゲル/公手成幸[訳]
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)

公園にぽつんと張られた白いテント。昨日まではそこに無かったテントの中に、まさかあんなものが隠されていたとは――酸鼻をきわめる女子学生殺害事件の発生に、ネット新聞社は色めきたった。どこよりも先に特ダネ記事をモノにするんだ! 火災で一人息子を亡くし、心と体に虚無を抱えたまま復帰したばかりの事件記者ヘニングも取材に奔走するが……はたして事件の真相を暴けるか?(文庫カバーより)


Skinndod ノルウェーのオスロを舞台にした事件記者ヘニング・ユール・シリーズ第1弾。記者といってももはや紙ではなくネットメディアのほうである。紙の新聞以上に速報性を要するという…。読者にとっては便利な時代だけど、記者は大変だろうね。新聞社系のサイトですら校閲を省いて誤字は当たり前、誤報なんかもときどきあって後で削除されたりしているのを目撃すると、記者はなにをもってプロフェッショナルの矜持を保てるのか、他人事ながら同情します。
注)というようなことが本書に出てくるわけではありません。

ヘニングは自宅の火災で一人息子を失い、それがもとで妻とは離婚。自身もベランダから飛び降りた際の怪我で2年間のリハビリを経てようやく職場に復帰するところから物語は始まる。
顔に人目を引く火傷の瘢痕があるのがトレードマークとなるのだろう。しかも、復帰した職場「123ニュース」では部下だった女性が上司になっており、同僚には元妻の現在の恋人がいるという。何重ものやっかいを抱え、ときに困惑しつつ、出世とは距離をおいて、現場主義でもって一匹狼のごとく仕事を進める主人公は、この手の小説を本当の意味で面白くする素質が満載。実際、本書はミステリとしてはそれほどでもなく、でも主人公の魅力で十分に補っていると思う。
警察内部の情報をヘニングだけに流してくれる謎のチャット仲間の存在、ヘニングとは疎遠の今は大臣となっている妹など、周囲に配置された人物との絡みも今後を期待させる。

さて、事件については、移民の増大によって欧州に広がるイスラム恐怖症、その恐怖を煽るもの、理解できないものの象徴としてパリ銃撃事件でも話題になったシャリーア(イスラム法)に基づく処刑法が題材に盛り込まれている。国際ニュースといえばイスラムの名を借りた武装カルト集団がトップに来る。日本人にもまさに今を感じさせる題材になってしまった。


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『神の火』髙村薫
(新潮文庫 平成7年文庫化)

原発技術者だったかつて、極秘情報をソヴィエトに流していた島田。謀略の日々に訣別し、全てを捨て平穏な日々を選んだ彼は、己れをスパイに仕立てた男と再会した時から、幼馴染みの日野と共に、謎に包まれた原発襲撃プラン〈トロイ計画〉を巡る、苛烈な諜報戦に巻き込まれることになった…。国際政治の激流に翻弄される男達の熱いドラマ。全面改稿、加筆400枚による文庫化(文庫カバーより)


Kaminohi 原子力発電所が出てくるミステリということで以前からおすすめされていたのを読む。まあとにかく原発の構造などの描写が緻密で、頭で思い描きながら読むにはかなーりハードだった。小説を書くためにここまで調べて知識としてこなれるまでになるというのはやはり特異な才能なんじゃないでしょうか。
でも、島田の勤める小さな出版社や、十三の駅前の中華料理屋の場面など、日常的な描写は昭和を色濃く感じて楽しめた。

ストーリーは想像していたのとだいぶ違って、寒い国から来たスパイならぬ美青年パーヴェルを巡って、主人公とその幼馴染みの男二人が奪い合ってみたり、しかし最後は力を合わせて彼の夢を叶えるという、そっち系の愛が基調になったものだった。そう解釈しないと、島田はパーヴェルのことになるとなぜそこまで熱くなるのか、分からなかったもので。まあ、スパイの心理を理解するのは難しい。島田自身すらなぜ国を裏切るスパイになったのか15年考えても答えが出なかったらしいので。核の拡散以前に原子力技術そのものがカタストロフと感じていたゆえに、こういう自滅的な生き方の選択もあったのかな? 

2015年1月 4日 (日)

「すべてはセシリー・ネヴィルからはじまる」 〜『支配者』『養鶏場の殺人/火口箱』

『支配者 チューダー王朝弁護士シャードレイク』C・J・サンソム著/越前敏弥訳
(集英社文庫 2014年邦訳)

1514年夏。国王ヘンリー8世の巡幸に伴う弁護士業務と、北部で捕らえられた謀反人ブロデリックをロンドンに連行するよう命じられたシャードレイク。訪れた北部の町ヨークで、ガラス職人オールドロイドが王に関する不穏な言葉を残して落下死する現場に遭遇する。やがてシャードレイクが幾度と命を狙われる一方、ブロデリックの身も危うくなり…(文庫カバーより)


Sovereign お気に入りの歴史ミステリシリーズの3作目! 今作はヘンリー8世のイングランド北部巡幸に、主人公である亀背の弁護士シャードレイクと助手のバラクも同行し、行きは陸路、帰りはシャードレイクたちは途中から海路でという旅の工程が描かれる。

ヘンリー8世の5番目の妃キャサリンと廷臣トマス・カルペパーの密通という史実ドラマを交錯させながら、殺人事件および未遂に終わる謀反は、現在まで続くイギリス君主の正統性にかかわるもの(なんと!)であり、著者の史学への情熱もヒートアップしたのかも。これまで以上に歴史小説としての味わいを強く感じた。下巻巻末に添えられている年表までも面白く読めましたよ!

滞在先のヨークに先に入っていたシャードレイクたちが地元の名士らととも大規模な王の一団を迎える場面が印象的だ。ヘンリー8世は長身で、残忍な目をした怪物のように描写されているが、当時の人々の目を通したらそう見えて無理はない。畏怖するしかない人物だったのだから。そして、ここで印象づけられた国王の姿が、その後の小説の展開にある種の説得力を持たせることになる。歴史上の人物たちもしっかりキャラ付けされているのがすごいわ。単に登場するだけでなくてね。

ところで、シャードレイクを襲ったり謀反人の口を封じた犯人はあの人かな?と思わせて実は…というミスリードが、読み終えてみれば露骨すぎました。なのに騙されたよ。
訳者あとがきによると続編にはまた1人、シャードレイクの仲間が増えるようだ。すんなりとは信用しづらい人物なんですけどー笑 キャラクターが立っていると思えばよろしいか。


追記)そういえば、本の扉に「P・D・ジェイムズに捧ぐ」と書かれていた。目にしたのは亡くなって間もないタイミングだったので驚いた。どういうご関係だったのでしょう。


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『養鶏場の殺人/火口箱』ミネット・ウォルターズ著/成川裕子訳
(創元推理文庫 2014年邦訳)

1920年冬、エルシーは教会で純朴な青年に声をかけた。恋人となった彼が4年後に彼女を切り刻むなどと、だれに予想できただろう――。英国で実際に起きた殺人事件をもとにした「養鶏場の殺人」と、強盗殺害事件を通して、小さなコミュニティーにおける偏見がいかにして悲惨な出来事を招いたかを描く「火口箱」を収録。現代英国ミステリの女王が実力を遺憾なく発揮した傑作中編集(文庫カバーより)


Chickenfeed 「養鶏場の殺人」は実際に起きた事件を題材に、ミステリ小説入門用に書かれたとあって、すらっと読めちゃう。パラノイアの正体がじわじわと露わになり心理的に追い詰められていくところは、ルース・レンデルの小説にも通じるところがあるね。英国的かも。
そして、今はどうか知らないけど、舞台が養鶏場というも、借金抱えた夫婦が住み込みプラス安月給で雇われるというイメージ(その昔、新聞の求人欄からふくらませていたイメージ)が私には染み付いていて、人生行き詰まりという絶望感をいっそう増すのでした。

「火口箱」のほうは、物事は見る角度によってまったく違って見えるというのをうまく取り入れて、民族偏見などによるご近所のギクシャクした人間関係から生じていた陰湿な空気ががらっと様相を変えるのが面白い。いかにもウォルターズらしい仕掛け。
最終的にはアイルランド人の性格についての俗説が犯人を明らかにするヒントになるのだけど、そのことに気づくのが同じアイルランド人という設定であるから許されるんだろうね、これ。


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以上で昨年までに読んだ本。あと、文庫はこれも読んだ。

内田百閒『御馳走帖』(中公文庫)
須賀敦子全集の第1巻(河出文庫)
阿部謹也『中世を旅する人びと』(ちくま学芸文庫)

2014年刊行の私的ミステリー小説ベスト5は以下のとおり。該当するのは22作品しかありません…。順位はなく、読んだ順。

『逆さの骨』
『ネルーダ事件』
『カルニヴィア2 誘惑』
『死んだ人形たちの季節』
『支配者 チューダー王朝弁護士シャードレイク』

2015年1月 3日 (土)

「だれかがおれの人生のすべてを破壊しようとしている」〜『死んだ人形たちの季節』『刑事たちの四十八時間』

『死んだ人形たちの季節』トニ・ヒル著/宮﨑真紀訳
(集英社文庫 2014年邦訳)

取調べ中、呪術医オマルに暴力を振るい、休暇を取らされていたカタルーニャ州警察のエクトル・サルガド。復帰後、実業家の息子の転落死の調査を命じられ、バルセロナの街を奔走する。一方、オマルがおぞましい痕跡を残して失踪。呪術医の魔の手はどこに向かうのか? セックス、金、ドラッグ、いじめ、人権問題……さまざまなバルセロナの姿が複雑に絡み合っては浮かび上がる…(文庫カバーより)


Elveranodedosjuguetesmuertos バルセロナ警察三部作の第一部だそう。まずは珍しいスペインのミステリ小説ということでご当地らしさ期待したが、そっちは控えめ。ローカル色がさほどないという意味で普遍的、かつモダンな警察小説だった。主人公のサルガド警部をはじめ、相棒を務める新入りのレイラ・カストロ女性刑事なども、わりと辛口で好きなタイプです。

転落事故死と自殺と思われた2人の死が実は、という内容。うーん、なかなかにグロテスクな顛末だった。これはあれかな、ミイラ取りがミイラになるというやつ? ちょっと違うか。裕福な家族の軋轢、無関心が生んだ悲劇ですね。

もうひとつの出来事、アフリカ人少女の売春組織にかかわっていた呪術医オマルによるサルガド刑事への復讐は続編に引き継がれるのか、どうなのか。大きな謎を残して終わる。最終章でいきなり半年も過ぎているので穏やかではない。

ローカル色がないと書いたけど、スペインの格差社会が見え隠れするし、サルガド自身がアルゼンチン出身であったりと、南米やアフリカからの移民や出稼ぎが多そうな土地柄もうかがえるので、続編も楽しみに待つ。
そうそう、サルガド警部もこういった小説の主人公の例に漏れず離婚経験者だが、元妻の新しいパートナーが同性というのが珍しい。


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『刑事たちの四十八時間』アレックス・グレシアン著/谷泰子訳
(創元推理文庫 2014年邦訳)

英国中西部の炭鉱の村で、夫婦と幼児が突如失踪した。ロンドン警視庁のディ警部補とハマースミス巡査部長が捜索に派遣されたが、与えられた時間はわずか2日間。地下の坑道のため沈みゆく村を襲う原因不明の奇病、発見された不気味な目玉と血染めのドレス……。謎に次ぐ謎が刑事たちを翻弄する…(文庫カバーより)


Blackcountry 前作の『刑事たちの三日間』は、19世紀末、ロンドン警視庁に殺人捜査課ができたばかりという設定に新鮮味を覚えたが、田舎が舞台のこの2作目では、すっかりよくあるタイプの警察小説に。不気味な言い伝えが信じられている村というのも、わりとよくあるし。しかもそれほど効果的ではなかったような…。
しかし、メインとなる事件のほうの殺人犯の正体にはびっくりしたなあ…ちょっとずるいとも思ったけど、ゾッとした。その人物が鍵を握っているのは分かっていたんだけど、まさかストレートにそこに落ち着くとは。これってもしかして史上◯◯◯な殺人鬼か?

捜査に費やせる時間は2日間しかないのに、ハマースミス巡査部長は病に感染。しかも極寒の吹雪の中で、時間をロスすれば救える命も救えなくなるかもしれないというスリリングな状況なのに、なぜかディ警部補の身重の妻が炭鉱村までのこのことやってきて、捜査の邪魔をするのが解せず。いちゃいちゃしてないで早く捜査に出かけろって思った。
でも、こののんびりした感じがシリーズの個性といえば個性ですね。レギュラーの登場人物たちが終始楽観的であるのもそうかな。検査官とその知恵遅れの助手のほんわかした関係などは好きですが。

2015年1月 1日 (木)

「自由になりたければ、手を放せばよい」 〜『ピルグリム』『血の裁き』

明けましておめでとうございます。昨年のやり残しの読書メモ書きに元日を費やすという…


『ピルグリム』テリー・ヘイズ著/山中朝晶訳
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)

アメリカの諜報組織に属する10万人以上の諜報員を日夜監視する極秘機関。この機関に採用された私は、過去を消し、偽りの身分で活動してきた。あの9月11日までは……引退していた男を闇の世界へと引き戻したのは〈サラセン〉と呼ばれるたった一人のテロリストだった。彼が単独で立案したテロ計画が動きはじめた時、アメリカは名前のない男にすべてを託す…(文庫カバーより)


Iampilgrim タイトルになっている〈ピルグリム〉は、スパイとして数々の名前を使い分けてきた主人公「私」の最新のコードネームだ。内容を一言で片付ければ、最強の米国諜報員vs最強のムスリムテロリスト。なのに文庫3巻からなる長編! といっても軽めのエンタメ小説なのですらすら読めるよ。昔の映画の007シリーズみたいな。すっきりしない事件を一つ残して終わるのだが、これは続編の伏線らしい。

前職は身内を監視する立場であったことといい、小説の終わりで予告されるその後の生き方といい、主人公のキャラクター設定はリー・チャイルド作品のジャック・リーチャーに似ている。大きな違いは、その出自と懐具合かな。この点で、読者の共感度はリーチャーに軍配があがるかもしれないし、羨望でもってピルグリムの物語に現実逃避しやすいかもしれない。女性にモテるかどうかは今のところ不明。お色気シーンが一切出てこない言い訳のように、ピルグリムは実は女性が大好きで、女性たちからもセクシーと言われると自ら語らせる場面が出てきたのはなんだったのか笑

あと、こっちは世界を股にかけて活躍するところが違う。今作のメイン舞台はトルコのボドルム。最近人気上昇のリゾート地というのを、昨年なにかの記事で見た。新興の観光地には目ざとい金持ちの欧米人が集まる。こんなところもジェームズ・ボンド映画風。どうやら次は東欧辺りが舞台か?

そういえば、リー・チャイルド同様、著者はイギリス人。無敵タイプのアメリカ人を描いても嫌味にならないところは、そこが関係しているかもしれない。この小説については、ムスリムテロリストの生い立ちにもしっかりページ数が割かれているのが良かったと思う。


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『血の裁き』ロバート・ゴダード著/北田絵里子訳
(講談社文庫 2014年邦訳)

かつて高額な報酬に惹かれ、セルビア民兵組織リーダーの生体肝移植を成功させたことがある高名な外科医ハモンドの前に、リーダーの娘が現れた。大量虐殺を繰り返し、戦争犯罪人として逮捕された父親の財産の隠し場所を知る組織の元会計係を探してほしいという。半ば脅迫されたハモンドはハーグへ向かう…(文庫カバーより)


Bloodcount 題材となっているコソヴォをはじめ旧ユーゴスラビア紛争については複雑すぎてニュースだけ見ていてもよく理解できないところを、こういうスリラー小説を楽しみながら少しずつでも学べるのはいいね! オランダのハーグにある旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷がいまも継続中とか、ぜんぜん知らなかったもんね。訳者あとがきによると、著者のゴダードも一般の注目度の低下にショックを受け、人道に対する犯罪にもっと関心を持って欲しいとの思いをこの作品に込めたらしい。

主人公のハモンドは娘が一人いる男やもめだが、富も社会的地位もあるロンドンの外科医。13年前に高額の報酬で請われてベオグラードに赴き救った命が実はとんだ怪物であり、今はハーグで審理を受けていることに、自分には責任はないとしながらも後ろめたさは感じていた。まあ普通に善人だ。しかし、突然目の前に現れた女性から、同じく13年前に起き未解決のままになっている彼の妻が殺害された事件も、ベオグラードに起因があったという衝撃の事実を知る。ハモンドはまずは自らの保身のために行動を起こすが、やがて社会正義に目覚めていくのがこの小説の骨子。

ロンドンからハーグ、北イタリア、ベオクラード、さらにブエノスアイレスへと旅するハモンド。途中、驚きのどんでん返しあり、最後に再び強烈なアッパーを食らい、試されるハモンドであったが、彼の心にもう迷いはなかったようだ。

2014年11月30日 (日)

今はまだ死ぬわけにいかない。〜『その女アレックス』ほか

『その女アレックス』ピエール・ルメートル著/橘明美訳
(文春文庫 2014年邦訳)

おまえが死ぬのを見たい――男はそう言ってアレックスを監禁した。檻に幽閉され、衰弱した彼女は、死を目前に脱出を図るが……しかし、ここまでは序章にすぎない。孤独な女アレックスの壮絶なる秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、最後に待ち受ける慟哭と驚愕へと突進するのだ…(文庫カバーより)


Pierrelemaitre 母国フランスでリーヴル・ド・ポッシュ読者大賞ミステリ部門、イギリスでCWA賞インターナショナル・ダガーを受賞。我が国でも、年末恒例の各所での翻訳ミステリー人気投票で、どうやら今年のナンバーワンを総なめしそうな作品。
売れてるみたいだし、いつの間にそんなに話題になっていたのかな? 文春だから? それともこういう驚きの仕掛けで唸らせる作品のほうが幅広いミステリ小説ファンに受けるってことですかね。

3部からなるサスペンス小説だが、これだけはっきりした3部構成も珍しい。アレックスという女性に対する印象が、第1部、第2部、第3部でがらりと変わるのは見事。確かに面白い!
しかし、ひっかかるのは硫酸に執着するようになった出来事だよ…うーん。題材として好きではないんだけど、でもここまでしないと、アレックスというヒロインの個性が成り立たないのかな。
一方で警察小説シリーズとしては、主人公のカミーユ警部が身長145センチのチビであることがたびたびネタにされてユーモアもあり、フロスト警部のフランス版ぽいところあり。家が裕福でいつも高級なファッションを装っているルイ、署でも捜査先でもタバコをねだったり備品をくすねたりが習慣となっているけちんぼのアルマンという捜査チームの仲間とは、厚い信頼関係が築かれており、警察小説といっても、ずいぶんほのぼのとしている印象だ。フランスのコメディ映画によくあるノリというか。

パリ生まれの著者が作家デビューしたのは、55歳のときとか。遅くデビューした作家の作品というのは、それまでの仕事の経験などから得た人生の機微が詰まっていたりするので、そこは期待したい。奇抜な展開に目を奪われたけれど、読ませる文章でもあったことは確か。


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『三銃士の息子』カミ著/高野優訳
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳)

さあてお立ち会い。人類史上最高のスーパーヒーローをご紹介しよう。かの三銃士を父に持つその名も〈三銃士の息子〉だ。なにしろダルタニャンの機知、アトスの気高さ、ポルトスの精力を一身に受け継いでいるのだから天下無敵も道理。そんなヒーローが、美しくも無垢で薄幸のヒロインを救うべく、悪の権化の公爵殿と闘うんだから、コレを見逃す手はない! かのチャップリンも脱帽したとかしないとかいう、ユーモアの神様カミが放つ冒険巨篇…(裏表紙より)


Cami こちらもフランス製。1919年に刊行されたユーモア小説。『三銃士』をはじめとするダルタニャン物語の続編パロディということらしいが、三銃士は未読なのですあしからず。

えっと、これは童話ですね。しかも、頓智で危機を乗り越えていくという…。私が幼い子供なら、早く続きを読んでくれと親にせがんでいたことでしょう? 著者自身によるヘタウマなのか素人くさいのか分からない挿絵も童話感を高める。

三銃士の息子(主人公なのに名前がない)の一行がスペインで出会う、「人道的な闘牛」を主催するキュウリモミータが、シュールすぎてインパクトあった。名前もね…。三銃士の息子の従者ミロム(アゴがしゃくれた小さいおじさんでいつも上げ底ブーツを履いている)も読み進めるにつれてかわいいと思えてきた。おや、なんだかんだで最後まで読んでしまいましたよ。

2014年10月19日 (日)

地理にも強いリーチャー 〜『最重要容疑者」ほか

『最重要容疑者』リー・チャイルド著/小林宏明訳
(講談社文庫 2014年邦訳)

冬のネブラスカの夜間。ヴァージニアに向かおうとしていたジャック・リーチャーは、州間高速道路の路肩で目当ての車に拾われた。だが、運転席と助手席の男二人は辻褄の合わない話を続け、後部座席の女は不安げに黙り込んでいる。そのころ付近では、殺人事件発生の報を受け、FBIが動き始めていた。リーチャーは最悪の事態に陥ったことを悟った…(出版社サイトより)


Wantedman 孤高のアウトロー、ジャック・リーチャー・シリーズはこれで17作目。翻訳されたのは6作目。
出だしこそ、期待どおりだったんだけどね…。アマゾンのコメント見ても、がっかりしている人が多い。敵のアジトに3人で乗り込もうとするあたりから、これはあかんと思った。ちょっと『アウトロー』とかぶるところもあったしね。古い作品の翻訳を待ちますか。

リーチャーが銃で決闘をする場面があるのだけれど、リーチャーがとったあの作戦は、パトリック・デウィットの『シスターズ・ブラザーズ』での決闘シーンと同じで、あっちではいかにも姑息だったのに、ここではリーチャー流の正義のもとに正当化されていて笑った。無敵という設定だから構わないけどさ…。


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『夜愁』サラ・ウォーターズ著/中村有希訳
(創元推理文庫 2007年邦訳)

1947年、ロンドン。第二次世界大戦の爪痕が残る街で生きるケイ、ジュリアとその同居人のヘレン、ヴィヴとダンカンの姉弟たち。戦争を通じて巡り合った人々は、毎日をしぶとく生きていた。そんな彼女たちが積み重ねてきた歳月を、夜は容赦なく引きはがす。想いは過去へとさかのぼり、隠された真実や心の傷をさらけ出す。ウォーターズが贈るめくるめく物語。ブッカー賞最終候補作…(文庫カバーより)


Nightwatch ミステリージャンルではなさそうだからと読み残していたサラ・ウォーターズ作品。
心の描写がうまいなあ。そして、生々しい! 自分にも覚えのある感情にドキリとしたり。
いい作品でした。百合作家という呼び方はこの人にはもはや軽すぎるね。戦時下という特殊な事情もあるだろうけど、同性同士が引かれ合うのがごく自然に描かれていて、愛について、恋愛と友情にそれほどの違いはないのではないかという気分にもなってくる。

終戦間もない1947年に始まり、1944年、1941年と過去に遡っていく構成の群像劇。男装していてミステリアスなケイ、同居人への一方通行の思いに身を焦がすヘレン、不倫関係に嫌気を感じ始めているヴィヴ、身内でもない老人の家に閉じこもって暮らすヴィヴィの弟ダンカン。読み終わったあとは、最初の1947年の章で感じたかすかな光を頼りに、彼らの未来が好転したことを祈りたくなる。


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『北雪の釘』ロバート・ファン・ヒューリック著/和邇桃子訳
(ハヤカワ・ミステリ 2006年)

北方の国境近く、北州に知事として赴任したディー判事。以来数カ月というもの平穏な日々が続いていた。ところが、町で無残な女性の首なし死体が見つかったことから、判事の周辺はにわかに風雲急を告げる。いずこへともなく姿を消した被害者の夫を名指して糾弾する家族。だが被害者の衣服が消えていることに判事は首をひねる。あるいは土地の名士の娘が数日前から失踪した件とも関係があるのかもしれない。事件の目鼻もつかぬうちに、高名な武道家が浴場で何者かに毒殺される事件も起きた。そして判事はかつてない窮地に追いこまれることに…(裏表紙より)


Chinesenailmurders 挿絵が楽しいこのシリーズ、久々に手にした。1989年の『中国鉄釘殺人事件』の改訳版。
いままで読んだ中では、あまり印象に残らない作品。最初は新鮮だったこの国のこの時代の設定に慣れてしまったからか…。
市井の描写など面白いとは思うけど、古代以来の中国文化にまったく詳しくないと、そこに仕掛けられている遊びにも気づかず読んでしまうところがあるからなんともいえません。

巻末にロバート・ファン・ヒューリックについての解説文が載っている。オランダの外交官であり、広範な教養をもつ文人であり、房中術の研究家で、古代中国を舞台にした小説だけでなく散文や書画作品でも才能を発揮したとか。大使として何度も日本に派遣されているので、日本でもディー判事シリーズが刊行された当初は知名度も高かったんでしょうか? 

シリーズ作品が原案となったツイ・ハーク監督の映画「王朝の陰謀」はわざわざ映画館まで見に行って、けっこう満足した覚え。この夏に公開された続編「ライズ・オブ・シードラゴン」は行かずじまい。面白かったんだろうか。

「コミンチャーモ(さあ、はじめよう)」〜『カルニヴィア2 誘拐』ほか

『カルニヴィア2 誘拐』ジョナサン・ホルト(著)/奥村章子(訳)
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳)

イタリア駐留米軍基地の建設現場で発見された人骨は、第二次世界大戦中に謎の失踪を遂げたパルチザンのものだった。当時何があったのか? その頃、憲兵隊の大尉カテリーナと米軍の情報将校ホリーは、米軍少佐の娘ミアの誘拐事件の捜査を始める。犯人は基地の建設反対を訴えて、ミアを責め苛む映像をインターネットで全世界に配信する。狡猾な犯人に苦慮するカテリーナとホリーはSNS「カルニヴィア」の創設者ダニエーレに協力を求めるが…。(裏表紙より)


Abduction イタリア・ヴェネツィアを舞台にした”国際スリラー”3部作の2作目。
ともに米軍基地のあるイタリアと日本において、アメリカの影響力はとてもよく似ているというのが、政権も自由に操ろうとするCIAの工作など多くの史実を題材にしたこのシリーズを読むとよく分かるよね。いやむしろ、現在の日本もこうなのかもしれないという思いが強くなる。マスコミは大々的には暴かないけれども。

あと、誘拐グループが少女に行う”拷問ではない”強化尋問手法は、CIAが編み出したもので、グアンタナモやアフガニスタンのパルワン収容所などで実際に行われてきた(いまだ行われている)ものであるというのも衝撃的だ。著者のもとにアメリカの読者からクレームが寄せられることもあるって、さもありなん。

その昔、携帯電話の登場がミステリ小説を大きく変えたと言われたが、今はSNSや動画配信やWiFiといったさまざまなインターネットサービスがモダンミステリーならではのストーリーを生む。このシリーズ作品では、広く普及したそれらがごく当たり前のこととして出てくるので、異国が舞台であっても、普段からネットをよく利用する読者には親しみを持って読めるかも。

しかし、アメリカ国家安全保障局のネット監視プログラム「PRISM」に収集された個人のネット履歴から犯人を特定していくところは怖いわ〜。パソコンの履歴を消せばいいといったそんな単純なものではないんだね。

前作に続き、旬の郷土料理などのグルメの描写も楽しかった! そして、カテリーナの性的奔放さがパワーアップ。イタリア人にはこれが普通? まったく恐れ入るよね(笑)


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『もう年はとれない』ダニエル・フリードマン(著)/野口百合子(訳)
(創元推理文庫 2014年邦訳)

捕虜収容所でユダヤ人のあんたに親切とはいえなかったナチスの将校が生きているかもしれない――臨終の床にある戦友からそう告白された、87歳の元殺人課刑事バック・シャッツ。その将校が金の延べ棒を山ほど持っていたことが知られ、周囲がそれを狙ってどんどん騒がしくなっていき…。武器は357マグナムと痛烈な皮肉。最高に格好いい主人公を生み出した、鮮烈なデビュー作…(文庫カバーより)


Dontevergetold バック・シャッツという名前がカッコイイね(本名はバルーク)。殺人課刑事時代の活躍はいまでも署内の伝説。「ダーティー・ハリー」のモデルにもなったらしい87歳が、大学生の孫の助けを借りて逃亡ナチを見つけ出すという設定も痛快そうじゃん。でも、連続殺人が起きるあたりから、単純にスカッとする話ではないと気づき…。

お年寄り探偵なら、L・A・モース『オールド・ディック』やロバート・ゴダート『還らざる日々』のほうが好きだな。本作は主人公が、ユダヤ人迫害の被害者として、70年近く経た今もナチに対する憎しみをまだ生々しく持っていたり、小説の中でも宗教の話がちょこちょこ出てくるあたりが、閉鎖的な感じがしてしまうというか…。(ちなみにイスラエルの組織が追うナチ戦犯はアメリカ国内だけでもまだ数百名いるらしいけど!)
さらに老いについての自虐っぽいユーモアも、さすがに87歳(作中で88歳の誕生日も迎える)ともなると笑えないというか…。しかし、これ、続編もあるのか!びっくりだわ。


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『救いようがない』リンウッド・バークレイ(著)/長島水際(訳)
(ヴィレッジブックス 2014年邦訳)

家族思いだが極度の心配性のSF作家ザック。近所の少女が殺害されたことから、都会は危険と不平たらたらの妻子を連れて郊外に移り住んだが、そこで今度は死体を発見。さらに気のいい隣人にもじつは裏の顔が…。郊外も物騒に思えてきた矢先、家族の不用心さを戒めようと、よかれと起こした行動で、なぜか命まで狙われだして…(文庫カバーより)


Badmove ストーリーに破綻があるわけでもなく、キャラクターもしっかりしていると思う。なのにどうなんだ、この単純さ、退屈さは…。正直、時間をムダにした。『失踪家族』の著者という時点で躊躇はしたのに、表紙デザインが小説風だったものでついね…。

これを読んでいたときにちょうどTVドラマ「ブレイキング・バッド」を立て続けに見ていた。小説に登場する心配症の父親は、あのドラマの主人公のように病気になったり、犯罪に手を染めたりということはないけど、まさにあんな感じの(シーズン1あたりの)絵に描いたようなアメリカ風の家族だし、父親が家族のために良かれと思って起こす行動がどんどん墓穴を掘っていくところが似ていなくもなかった。

「物語のない事実は、文字が全部消えてしまった道路標識にすぎない」~『ゴッサムの神々』ほか

『ゴッサムの神々』リンジー・フェイ(著)/野口百合子(訳)
(創元推理文庫 2013年邦訳)

1845年、ニューヨーク。バーテンダーのティムは街を襲った大火によって顔にやけどを負い、仕事と全財産を失ってしまう。新たに得た職は、創設まもないニューヨーク市警察の警官だった。慣れない仕事をこなしていたある夜、彼は血まみれの少女とぶつかる。「彼、切り刻まれちゃう」と口走って気絶した彼女の言葉どおり、翌日胴体を十字に切り裂かれた少年の死体が発見される。だがそれは、ニューヨークを震撼させた大事件の始まりにすぎなかった…(文庫扉より)


Thegodsofgotham 少し前に、ロンドン警視庁に殺人捜査課が創設された当時を舞台にした小説(『刑事たちの三日間』)を読んだけれど、これは警察という組織が初めて組まれたニューヨークの物語。
時は、アイルランドからの移民が母国のジャガイモ飢饉から逃れてニューヨークの港に続々と押し寄せてきており、旧住民による彼らの排斥運動が起き、プロテスタント対カトリックの対立もエスカレートしている最中。しかし、「自分の身は自分で守る」という開拓時代からの精神が根付く地に、警察組織ができても、市民からはそれほど歓迎されていないようだし、ましてや最初に警官に雇われた民族混成部隊には、職にあぶれていたごろつきや乱暴者もいる…。犯罪者たちの隠語を理解するには、その道に通じたメンバーも必要ということらしい。

アメリカの歴史はもちろん、主人公のティムと分署長の兄ヴァルとの確執、ティムの初恋の行方などの展開も読ませたし、ほかの登場人物たちもなかなか魅力的。表紙のイラストから、ヤングアダルトな小説をイメージしていたけれど、かなり歯ごたえあった。ひとつには文章にクセがあってするすると読みこなせなかったというのもある。翻訳のせいかなと最初は思ったが、もとからそんな感じなのかも。読みなれると味わいになるような表現方法かな。


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『緋の収穫祭』S・J・ボルトン(著)/法村里絵(訳)
(創元推理文庫 2014年邦訳)

「血の収穫祭」と呼ばれる伝統的な儀式が残る英国の小さな町。ある日、教会の墓地の塀が崩れて、そばにあった幼い少女の墓が壊れてしまう。だが墓からは、そこに眠っているはずのない二人の子供の遺体までもが発見された。少し前まで土には埋められていなかったようで、頭蓋骨には酷い損傷があった。この地でかつて何があったのか? 血塗られた町の秘密を暴く戦慄のミステリ…(文庫カバーより)


Bloodharvest S・J・ボルトンの3作目。地主のような一家が、古くからのしきたりとともに、よそ者には見えない権力で支配する小さな町。そこに新たに引っ越してきた一家には、3人の子供たちがいて、遊び場となっている隣接した古い教会の墓場で弟が幽霊と会話し、その秘密を兄にも話そうとしない。一方、末っ子の妹は常に何者かに見張られていて、ついには誘拐未遂まで起こる。一家の危機を察した、隣人であり、やはりこの町に新任としてやってきた司祭ハリーと、精神科医エヴァは、町で育った子供たちに現れる風土病を手がかりに、謎に迫っていく。

閉鎖的な町とか、奇っ怪な出来事、不気味な伝統儀式など、なんとなく横溝正史風。暴かれた真相もえぐいわ…。期待を上回る鬼畜なゲス野郎の登場で、ワクワクした。しかし、この作家はいつも初々しい少女が好むようなラブロマンスも絡めてくるんだよね。そこを邪魔と感じる人もいそう。読ませるんだけども。

2014年10月18日 (土)

「この闘いにおいては、人々は生きるか死ぬかなのです」〜『北京から来た男』ほか

『北京から来た男』ヘニング・マンケル(著)/柳沢由美子(訳)
(東京創元社 2014年邦訳)

凍てつくような寒さの早朝、スウェーデンの中部の小さな谷間でその惨劇は起きた。村のほぼ全ての家の住民が惨殺されていたのだ。ほとんどが老人ばかりの過疎の村が、なぜ? 女性裁判官ビルギッタは、亡くなった母親がその村の出身であったことを知り、現場に向かう。現場に落ちていた赤いリボン、ホテルの防犯ビデオに映っていた謎の人影。事件はビルギッタを世界の反対側へと導く…(出版社サイトより)


Kinesen スウェーデン作家マンケルのノンシリーズ作品。これも国際問題や人権に関心の高いマンケルらしい作品だった。著者の人柄や考え方が主人公(この作品は女性だけど)に投影されていると感じるのも同じ。いつもよりイデオロギーを押し出したところもあったけども、やはり終盤はエンターテインメント色が増し、ハラハラさせて一気に読ませる。ロンドンの場面はちょっと力技かなと思ったけど、面白かったです。殺人の動機など事件の背景は、同じノンシリーズの『タンゴステップ』に似てるかも。

マンケル作品では、これまで東欧やアフリカ、中米、南米など異国からの訪問者がストーリーに密接にかかわっており、本作もタイトルのとおり。単に中国人が登場するだけでなく、物語はいきなり19世紀半ばに飛んで、貧しい中国人兄弟が開拓時代のアメリカで味わった苦難が綴られたり、主人公が北京に観光旅行に出かけたりと、主題が中国そのもので、最初の空前の大量殺人事件もかすむほどのスケールといいましょうか。改めてテレビドラマがどうなっているのか…お金がかかってそうだね。

アフリカの豊富なエネルギー・鉱物資源に目をつけた中国は、2000年に中国アフリカ協力フォーラムを発足させて以降、毎年巨額をアフリカに投資。企業とともに労働者も送り込む政策は「新植民地主義」と批判されるが、いまではアフリカの最大貿易国。2010年には将来の食糧難を見越して、アフリカの未開の農地開発にも乗り出している。
小説では今の中国の象徴として、この農業協力フォーラムが題材となっていた。欧米の食いものにされてきた貧しい国が経済大国となり、先進国がやってきたことを繰り返す。そんな歴史の因果が込められた本だった。


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『特捜部Q ―知りすぎたマルコ―』ユッシ・エーズラ・オールスン(著)/吉田薫(訳)
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳)

「特捜部Q」――未解決事件を専門に扱うコペンハーゲン警察の一部署である。「Q」が今回挑むのは、外務官僚の失踪事件だ。真面目で心優しいこの官僚は、出張先のアフリカからなぜか予定を早めて帰国後、ぷっつりと消息を絶った。背後には大掛かりな公金横領が絡むようなのだが……。事件のカギを握るのは、叔父が率いる犯罪組織から逃げ出したばかりの15歳の少年マルコ。この賢い少年と「Q」の責任者カール・マーク警部補がすれ違い続ける間に、組織の残忍な手がマルコに迫る…(裏表紙より)


本が分Marcoeffekten厚いほどうれしくなる特捜部Qシリーズも、もう5作目か!早い!
構成はいつもよりあっさりめだが、いつもより国際色豊か、そして、ロマの少年マルコの「逃亡劇」がメインストーリーになっている。犯罪組織の首領ゾーラや、謎のアフリカ人殺し屋から終われ、警察にも頼れないからと、孤独な逃亡を続けるとても賢い少年マルコが、ついに「Q」の前に姿を表したときのメンバーの反応が最高だったね。カールもアサドもローセも善い人だ!

アフリカへの援助を隠れ蓑に公金横領。そこには国際的な犯罪組織や官僚が絡んでおり、下っ端の汚れ仕事を引き受けるのがロマ集団。まあ大抵どの世界でも汚れ仕事は、社会の底辺に押し付けられる。といっても、この小説に登場するロマ一族の首領は、アメリカ生まれのヒッピー崩れの犯罪者で、恐怖によって集団を束ねている様子。子供たちに物乞いやスリをさせて稼ぐロマは現実にもいるのだろうが、ここでは彼らも被害者として扱っているところが著者の良識を感じさせてよい感じです。というか、それがノーマルというものか。


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『レクイエムの夜』レベッカ・キャンドル(著)/宇佐川晶子(訳)
(ハヤカワ文庫 2010年邦訳)

心臓を刺されて死んだ若い男。警察署の〈身元不明死体の廊下〉に張り出されていた写真の一枚に、わたしは弟を見つけた。美貌の女装歌手として愛されていた弟はなぜ殺されたのか? 絶対に殺人犯を突き止める。そう決意してひそかに調べはじめたものの、わたしの息子だと主張する謎の幼い少年が現われたことにより、社会の裏にうごめく様々な思惑と対峙することに…(文庫カバーより)


Traceofsmoke_2 ハワイ在住のドイツ人作家による、ナチス政権前夜のベルリンを舞台にしたミステリ。主人公の新聞記者ハンナは、いつもの記事ネタを得るために警察署を訪れ、そこに身元不明の殺人事件の被害者として弟エルンストの写真を発見しショックを受けるが、彼女には警察にそれを告げられない理由があった。シオニストとして政府から目を付けられている友人とその息子をアメリカに亡命させるために、ハンナと弟は身分証明書を貸していたのだ。ということで、ハンナはたったひとりで犯人を探すが、弟の周辺にも、警察にもナチスがいるし、弟の所持品からは持っているだけで命を狙われるのが確実な品々が見つかるし…。

いちおうサスペンスフルな歴史ミステリであるわけだが、あまりそういう印象が残らないのは、謎の幼い少年アントンの存在だな。この子が、やることしゃべることいちいち大人たらしで、可愛いくてたまらん。ハンナとアントンの関係は、映画「グロリア」(カサヴェテス版)を思い出させた。主人公はあんなに渋くないけどね。

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