ありふれていない夏 〜『ありふれた祈り』『約束の道』ほか
子供を主人公にした家族の絆の物語をミステリの味付けで、というアメリカの十八番的な2作品。
『ありふれた祈り』ウィリアム・ケント・クルーガー/宇佐川晶子[訳]
(ハヤカワ・ミステリ 2014年邦訳)
あの夏のすべての死は、ひとりの子供の死ではじまった――。1961年、ミネソタ州の田舎町で穏やかな牧師の父と芸術家肌の母、音楽の才能がある姉、聡明な弟とともに暮らす13歳の少年フランク。だが、ごく平凡だった日々は、思いがけない悲劇によって一転する。家族それぞれが打ちのめされもがくうちに、フランクはそれまで知らずにいた秘密や後悔に満ちた大人の世界を垣間見る…(裏表紙より)
アメリカ探偵作家クラブ賞、バリー賞、マカヴィティ賞、アンソニー賞という全米4大ミステリ賞で最優秀長篇賞を受賞!となると、何がそんなに評価されたのか探らずにいられない笑 ミステリ読みのサガかも?
田舎町の草原広がる郊外、鉄道と川の交わる辺りでさほど時を置かずして見つかる3つの死体。さては連続殺人鬼でも紛れ込んでいるのか?と想像させながら、実は、人間は身近な人の死をどう乗り越えていくかという内面的な主題の物語だった。加えて、大人たちが抱える戦争の傷跡、ネイティブアメリカンや障害をもつ者への偏見など、社会的な要素を取り入れているのもポイント高そう。
主人公の父親が聖職者という設定なので、宗教的な話題も多い。物語のクライマックスは一家に訪れる小さな奇跡。この奇跡をどう受け止めるかで小説の印象が変わる気がする。自分はすんなりと受け入れた。この程度の奇跡を信じないと人生つまらないからね。40年後に飛ぶエピローグも爽やかで、ミステリとしては小粒だったけれど読後感は良かった。
「ありふれた祈り」というタイトルは、信心深くない自分にも理解できる、内容を的確に表した良いタイトルと思う。が、しかし、子供がひと夏で偶然にしても3人の死を体験するというのは、まったくありふれてないよね。
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『約束の道』ワイリー・キャッシュ/友廣純[訳]
(ハヤカワ文庫 2014年邦訳)
母さんが死に、施設に引き取られたわたしと妹のもとに、3年前に離婚して親権も放棄したウェイドが現われた。母さんからはいつもウェイドは野球に挫折した負け犬だと聞かされていたが、ほんとうはもっとひどかった。ウェイドは泥棒でもあったのだ。すぐに彼と盗んだ金を何者かが追ってくる。やむなくわたしたちはウェイドとともに旅に出るが…(文庫カバーより)
こちらは英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)受賞作。やっぱり少年と違って、総じて小説に登場する少女は賢く健気だと思わざるを得ないね!
物語はシンプルだ。舞台はアメリカ南部。時はサミー・ソーサとマーク・マグワイアがホームラン記録争いをしていた年ということなので1998年か。貧困のうちに母親が薬物過剰摂取で亡くなり、被虐待児童保護施設で暮らす12歳のイースターと7歳のルビーの姉妹のもとに、別れた父親ウェイドが訪ねてくる。父親は落ちぶれた元プロ野球選手で、娘たちに接することも禁じられていたが、ヤバい金を盗んだせいで、姉妹の身にも危険が迫り、一緒に逃亡することに。
登場する殺し屋が漫画チックなこともあり、サスペンスというには弱い。だから、親子が絆を取り戻すロードムービー的小説というのが正しいのだろう。しかも、その絆は共犯者としてのそれという形をとるのが洒落ている。
少女の機転がもたらす大逆転とか、そのまま映画にしてもいけそう。紋切り型な感動映画になりそうだけど…。
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『犬が星見た ロシア旅行』武田百合子
(中央文庫)
生涯最後の旅を予感している夫武田泰淳とその友人竹内好のロシアへの旅に同行して、星に驚く犬のような心と天真爛漫な目とをもって、旅中の出来事・風物を克明に伸びやかにつづり、二人の文学者の旅の肖像を、屈託ない穏やかさでとらえる紀行。読売文学賞受賞作(文庫カバーより)
面白かった! 百合子さんは、みんなが正面を見ているときに一人横を見ているタイプというか、決してひねくれているわけではなく、自分に価値判断に忠実に生きてる人という感じ。描写の表現も独特だ。
訪れた先々のトイレ事情、何を食べたか、お土産に何を買ったか、現地のお金でいくらしたかとかが綴られているから、私なんかでもかったるくなく読めちゃう。でも、この人の一番の関心事は、人なのかな。
海外旅行記というと今なら個人旅行だろうけど、この昭和44年(1969)当時は、旅先が旅先だからか観光ツアーに参加しての旅行記というのが逆に新鮮だった。ナホトカから飛行機を乗り継いで西に移動していくという、今もこんなコースのツアーあるのだろうか。
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